辿り続けた音

ずっと欲しかったヴィンテージのワウファズを
ついに手に入れたらしい。そう彼女は突然言いだした。

ワウファズとは、ワウペダルとファズが合体してるヤツで
見た目はメタリックな重々しいイカつい代物である。
風貌や存在感はまるで小型戦車のようだ。
音も同様。あまりに途方もない音なので、誰も使いこなせず
あまり製造もされず今では5台しか現存していないらしい。

「私の尊敬してるギタリストが同じの使っているのよ。
あ、ジミヘンじゃないわよ。あの人よりエグイ音を出す人がいるの。
日本人でね。」

と、突然流し始めたそのバンドのライブ音源は
本当に途方もない壮絶な音だった。スピーカーが驚くくらいビリビリ震えている。
交通事故に巻き込まれたかのような、ギターという楽器の限界を
どこまでも突き詰めた激流の極致。
ドラムのテンポは通常のロックバンドのリズムなのだが、
体感としての速さが尋常じゃない。今まで感じた事のない
音のウネリだけでここまでの疾走感を出せるのか、
僕はただただ茫然として聴いていた。

「この人がギターを始めたきっかけはね、若い頃、恐れられていた
噂のアルトサックス奏者の演奏を生で聴いて衝撃を受けて、手にしたようね。
そのサックスの音、スピードは魂を削るような壮絶な音で、
その影響がダイレクトに表れているのわ。」

そして、彼女はそのサックス奏者のライブ音源を再生した。

…確かに今まで聴いたどのサックスよりも凄まじく、
身体が後ろに押されるような気さえした。果たしてこれは演奏なのだろうか?
あまりに破壊的な音。あるのは何もかも吹き飛ばしてしまいたいという衝動だけ。
CDに付属していた解説にはただこう書かれていた。



俺は目の前の椅子を吹き飛ばすような音を出したい。



「受けた衝撃や感動はね、一種の遺伝子と一緒なの。
CDやレコードでも音楽は音源としてもこの世に残るけど、
それだけじゃなくて、聴き手の細胞や神経へ直接打ち込むように、
次へと次へとライブを通して次世代に繋いでゆくこともあるの。
本当の子供じゃないけど、自分の意志を受け継いだ子供のように、
音もまた…。血は繋がっていないけど、音だけで繋がる関係。
サックスとギター、楽器は違えど通ずるモノがあればね。」

「そんな人が居るんですね。」

「まぁ、サックス吹きの方の最期は大量のクスリを一気に飲んで喉詰まらせ
呆気なく死んじゃったけどね。」

「ミュージシャンの人とか、そういう話良く聞きますね。」

「でも、よくある音楽的創造の拡張の為に服用していたんじゃなくて、
その人はいつも独りで演奏していたから…怖かったらしいのよ。」

「怖い?」

「おかしな話だけど、誰でもステージに立つのは緊張もするし、怖いわ。
けどね、凄い音を出す人に限って笑っちゃうくらい繊細で、
クスリにでも頼らないと人前に立てない、そんな人だったりするのよ。
音とのギャップありすぎて意外かもね。
こんなのもはや古びた伝説や神話になっちゃうくらい昔の話だし、
今ではほとんどないけど、けど、それくらい命や精神という
高すぎるリスクを賭けてでも渡らないと手に入らない音が、
世の中にはかつてあったの。本当にね。どこまでも開かれた孤独な音。」

「…。」

「音楽や音に興味無い人にとっては、何でそんなもんに
それだけ入れ込むのかって思うかもしれないけど、
音ってね、それだけ恐ろしいモノでもあるの。
そして、そんな音に、私はバトンを受けてしまったの、だから
それを聴く前にはもう戻れないの。自分でも何だか良く分からないけど
次に渡さないといけない気がするの、受け取ってしまったこの音を。」

彼女の音。それはいつまでも永遠に続くような
そんな気の遠くなる瞬間を時々感じてしまう、いつまでも消えることない。

「魂ってね、永遠になくなることないって、その死んじゃったサックス吹きが
言ってたんだけどね、その意味がね、今なら何となくわかるの。
こうして、音として、誰かに突き刺さる限り、ね。」

彼女は最後のチョコレートを口にくわえ、コーラで流し込んだ。
そして、手に入れたばかりのワウファズを愛おしそうに、磨き、
どのキャラのシールを貼ろうかと悩みはじめた。

俺はその横顔をさりげなく眺める。


忘れられない音。忘れてはいけない音。
俺はその音を誰かに渡すことが出来るだろうか。
様々な人の手に渡り、彼女へと辿り着いたあのワウファズのように。


見せてもらった写真に映っていたサックス吹きは、
とても寂しそうな表情をしながら僅かに微笑んでいた。





「私の音はね、今まで死んでしまった人も含まれているのよ。」