スタジオ

彼女はドアを開けるやいなや、キャラクターのシールが貼りつけられている
機材達(エフェクター)を手に、カチャカチャと律儀にひとつずつ置き始めた。
傍から見ると、とにかく背が低く幼いので…ミニカーで遊んでいる女の子かな?
と言うとギターで殴られそうなので、ただただその作業をじっと眺めていた。

「…何やってるんですか?」

「何って…エフェクター並び替えてるのよ。」

「えっ?エフェクターに正しい並び順ってあるんですか?」

「あるわよ。というか、ひとつでも間違えると全体の音が
ガラっと変わってしまうから、大事なことよ。」

「へー…。」

「例えば、これ、ディレイっていうヤツなんだけど、
これは最後の方に置くの。つまりアンプに近い場所に繋げないと
芯になる元の音が潰れちゃって、美しく響いてくれないの。」

「なるほど。」

「逆に歪み系は中間くらいに置くわ。ピッチシフターは最初の方に置くの、
そうしないと音が不自然に変化しちゃうから、
ワウは歪みの後か前かはその人の好み次第ね。モジュレーション系は
歪みの後に置いた方がハッキリ効果が出るわ。とにかく大量にあるから、
例えば一つのエフェクターのつまみをいじると影響し合ってるから
全体のバランスを整えるだけで気が付くと朝になったりするわ。」

「はぇ~…」

かれこれこんなエフェクター講義を30分は受けている。
ここは練習スタジオ。そこになぜか呼ばれる。マネージャーに何を練習しろと…。

「ここはね、個人練習だと一人は1時間だと700円、2人だと1000円になるのよ。
なんと二人で割れば一人500円で練習出来るの。オットクゥー&スタンプゲットォー。」

「…つまり200円浮かせる為に呼ばれたと。」

「あ、アンプ動かすの手伝って。」

「はい…。」

「私はエフェクターだけじゃなく全部のアンプを【ちゃんと鳴らしたいの】。
だって仲間外れは可哀想じゃない、まぁ、こんなの誰だって当たり前だけどね。
アンプの種類によってつまみの調整が違うからセッティングに時間がかかるの
良い音を出してもらう為には機材に愛情込めて接しないとね。」

羽音純は音に関する話になると饒舌になる。
それ以外はほとんど心ここにあらず状態なのだが、一度スイッチが入ると
演奏と同じくらい喋る喋る。キラキラとした眼を益々輝かせながら。

「エフェクター大体20個くらいあるけど、これでも減らしたのよ。
今まで100個(!?)くらい試して選ばれた子達なの。
メーカーはBOSS、EBS、DIGITECH、LINE6が特にお気に入りかな。かなり暴れさせたいなら
M.A.S.F.を時々使うわ。コレは制御出来ないから、踏むととんでもない音になるわ。
やっぱり有名でメジャーだけど、BOSSはホント良い仕事してるわね。
ファズで納得のいくやつ探して全種類使ってみたけど、最初に買ったBOSS FZ-5が残ったわ
まぁ、こんなのは好みなんだけどね。」

「…本当に好きなんですね。」

「まぁね。眼はね、目をつぶればシャトダウン出来るけど、
音だけはね、耳を塞いでも骨を通して振動で伝わってしまうから、
届けたい【一つだけの正解の音】を見つけてあげるまでちゃんとしないとね。
音はね、正解は一つしかないの。それを探し当てるまで徹底的にやるの。
付き合ってるとなんとなくだけど、それが段々分かってくるわ。」

正解は一つだけの音…。
彼女が言葉にした瞬間、あの鋭い眼光がフッと垣間見えた気がした。

エフェクター講義の数分後、俺はあの惨劇轟音地獄にひたすら耐え続け。
間近で見る彼女のギターを弾く姿と音は実際のライブと変わらず鬼気迫る演奏で
ライブハウスより狭いスタジオという環境が功を奏し、
逃げ場のない暴力という名の爆音が骨を突き通して鼓膜に壁ドン。
いつも感じるのだけれども、こんな過激な音なのに不思議と包まれるような
どこか心地良いこの感触。安堵にも近い気持ち。
一人だけなのにまるで機材やエフェクターを指揮するオーケストラのような
あらゆるすべての色を内包する透明な騒音。

彼女の音の秘密。

その底知れない深さにゾッとしながらも
俺はまた神経を突き抜かれるような感覚をじっと味わっていた。
この人の音はやはり何かが違う。
なんとなく成り行きでマネージャーになってしまったが、
それが間違いではなかったと少しずつ思い始めていた。

「宣伝、頑張ってみっか…」







スタジオ代は全部俺が払った。

スタンプカードの半分が真っ赤になった。
sage