Neetel Inside 文芸新都
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吐き捨てられていく文字列
なしといちぢく

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なしといちぢく

 彼女の食べる姿が好きだ。外でお行儀よく食べている姿も悪くはないが、家で食べる姿が好きだった。食事は会話を弾ませるとか言うけどそんなんじゃない。食べるために食べる。一心不乱に食べる。幸せそうなその顔が好きだ。
 彼女は僕をかっこつけだと言う。好きな食べ物を聞かれた時にビーフストロガノフと答えたことに起因する。旨味と酸味のバランスがなんとも言えず、好きなのだ。
「じゃあ君は何が好きなんだ」
かっこつけと言われて少しむかっときた僕は聞いた。
「梨」
「なんで?」
「甘いから」
彼女の答えを思い出す度に僕はかっこつけなのかもしれないと思う。
 その日、彼女が見つけたのは元カノの写真だった。付き合って数か月しても気取ったままの彼女に愛想が尽きて別れた。写真は全て捨てたと思っていたのだけれど、本棚の隙間でそいつは生を繋いでいた。
「綺麗な人だね」
「元カノ」
彼女に嫌な思いをさせないよう、できるだけ素っ気なく事実だけを伝える。
「写真とか取っておくタイプなの?」
「落ちてたとこ考えたら分かるでしょ」
それに対しての返事はない。
「私も整形したらこれくらい綺麗になれるかなあ」
と彼女はおどけた。笑顔になんとか一安心。
「とりあえず化粧もうちょっとちゃんとしたら?」
油断した一言が彼女に傷を作ってしまった。
「どうせ私は花のある顔じゃないですよ」
そう言うと彼女は泣き出した。いくらなだめても、彼女は泣くばかりだった。どうしようもなくなった僕は、彼女が来る日はいつも買ってある梨を切って出した。
「こんなのでご機嫌が取れると思わないでよね」
と言いながら、彼女は泣き止んで梨を食べ始めた。一心不乱に。やっぱり綺麗だ。花が無くなんてない。彼女の花は隠れて咲くんだ。無花果みたいに。
「梨の花言葉って知ってる?」
彼女は「ん?」という顔でこちらを見る。こんな純粋で綺麗な花の前でかっこつけてもしょうがないか。
「なんでもない」
梨の花言葉は愛情。僕は彼女と梨を貪った。一心不乱に。

       

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