Neetel Inside 文芸新都
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吐き捨てられていく文字列
水蜜桃

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水蜜桃

 彼女の肌は絹のように繊細で白く透き通っていた。その白い肌に僕は恋をしていた。
「今日も楽しかったね」
何度目の食事だろう。会えば会うほど、仲良くなっていく。けれど僕の思惑とは別の方向へ進んでいく。男友達。典型的なそれになってしまいそうになっていた。
「次はさ、遊園地行かない?」
僕は決めていた。そこで勝負を決めると。
「いいよ。楽しみにしてる」
そう言った彼女は鞄から紙袋を取り出した。
「これ、実家から送ってきたんだけど、あげる人いないから」
袋の中を覗くと、見るからに贈答用の箱があり、水蜜桃と書かれていた。
「ありがとう。うれしい」
彼女からもらった初めてのプレゼントに僕は浮かれた。
「じゃあまた次の土曜日に」
そう言って別れた。
 家に着いて箱を開けると、赤い桃が一玉鎮座していた。赤か。そう思った。桃は白ければ白いほど美味い。白桃がその最たる例だ。土曜日に僕の人生は決まる。桃を切りながらそんなことを考えた。そこまで甘くないはずの赤い桃は甘酸っぱくて美味しかった。彼女にもらったからだろうか。舌が勘違いしてしまうほど、僕は彼女に心底惚れているのだ。
 土曜日。晴れ。雨が降らなかったことに一安心。彼女をエスコートしたり、一緒に絶叫したりする間も、僕の頭の中にずっと観覧車がいた。お約束の決戦の地。
「観覧車乗らない?」
あくまで自然に。
「ええ、なんか気恥ずかしいよ」
そう言う彼女にもう一押し。
「せっかくだから乗ろうよ」
僕らは観覧車に向かって歩き出した。
 「はいどうぞ」
係員の誘導に従ってまずは彼女が乗る。続いて僕が乗り込む。隣に座る勇気は無くて、正面に座った。後ろ向きにゆっくり進む観覧車。前を見れば彼女。
「いつぶりだろう」
彼女がそう言った。ここで僕は少し後悔をした。もしかしたら昔の男を思い出させてしまったかもしれない。そして僕はこの後、口を衝いて出た言葉にさらに後悔する。
「恋人と乗ったの?」
彼女は肯定とも否定とも取れない微笑みを見せた。沈黙が流れていく。僕は聞いていた。彼女が前の恋人と別れた理由を。暴力を振るわれるようになって、別れた。観覧車は頂上に近付こうとしている。先に口を開いたのは彼女だった。
「本当、最低な男だった」
と笑った。悲しみを湛えた瞳が、白い肌の美しさを一層際立たせた。
「僕なら」
触れたら壊れそうな白に、声は震えた。
「僕なら君にそんな悲しい思いはさせない」
彼女の瞳に映る僕が見えた。必死に、言葉を続けた。
「好きです。付き合ってください」
彼女は少し俯いた。僕は昨日の赤い水蜜桃を思い出していた。僕が知らなかっただけなんだ。赤くても甘酸っぱくて美味しい水蜜桃のことを。
「私なんかでよければ」
目に涙を浮かべて頬を真っ赤に染める彼女。今まで見たどんな彼女より美しい。僕はまだまだ彼女のことを知らなかった。もっと知りたい。僕は目の前の水蜜桃にそっと口をつけた。

       

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