Neetel Inside 文芸新都
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吐き捨てられていく文字列
目薬

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目薬

 どうぞよろしくお願いいたします。
 席替えで隣に座った女の子は恭しくそう言った。丁寧語なんか使えない僕は距離を置かれたのだと思った。僕はいわゆるぼっちだった。いや、そう思っていた。バイトの先輩が合コンに誘ってくれた時点でぼっちではなかった。でも友だちは一人もいないからある意味ぼっちだ。
 自己紹介で話すことは何もなくて、女の子に質問することも思いつかなくて、僕はただ笑い声を増幅させるだけの装置になっていた。まるでその場が楽しい場所であるかのように振る舞うことが先輩への礼儀だと思った。合コンに着ていく服はなかったから、ジーパンに白いシャツを羽織った。眼鏡はダサいと思ったから、慣れなくてほとんど入れていないハードコンタクトを久々に入れた。目がゴロゴロして、頻繁に目薬を点した。丁寧語を使った女子は他の男性陣にも敬語で話していた。彼女が僕に目薬さんというあだ名を付けた。照れ笑いとも呼べないにやけ顔しかできなかった。それでも、僕にとっての合コンのピークはそこだった。メッセージアプリでグループなんてのを作ったのは初めてで、無理やりリア充の末席に片足だけ突っ込まされた気がした。
 家に帰ったら、丁寧語の彼女からメッセージが届いていた。今度おすすめの目薬教えてください(笑)。ああ、馬鹿にされてる。間違いなく馬鹿にされてる。それなのに僕はなんて返すか悩んでいる。ああ、なんて悔しい。返したところでどうせもう返信なんてないんだろう。それなのに僕はネットで目薬について調べている。コンタクトを外すときに引っかかった左目の上瞼が痛い。どうせ叶わないと知りながら、僕は彼女と敬語でデートする妄想を繰り返す。ああ、なんでこんなにも切なくて幸せなんだろう。
 けれど返事をすること叶わぬまま夜は明けた。夜は明けたのに、日常は同じ顔しか僕に見せないようだった。きっと僕のせいだ。ああ、恥ずかしい。少しの勇気があれば日常は色を変えるのだと悟った。彼女から返事はなくとも、僕は日常の色を変えられるのだ。指先が文字列を作っていく。
 一緒に目薬を見に行きませんか。どうぞよろしくお願いいたします。
 後は、送信ボタンを押すだけだった。
 どうぞよろしくお願いいたします。
 心の中でずっとつぶやき続けていた。

       

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