まとめて読む

 僕には絵の才能がない。
 それはともかくとしてここはどこだろう。目を開けると広い空間にいた。体育館ほどの広さだ。僕のほかにもけっこうな人数がそこにはいた。
窓はない。全面がコンクリートでできていて、息のつまりそうな圧迫感がある。天井に貼られた薄い照明が、刺すようにとげとげしく発光している。
「ここはどこだ? 拉致か? なんだってんだ」
僕の隣で男が言った。手をせわしなく振っている。あたりを見回すと、同じような人が何人かいた。他には、半狂乱になり大声で叫んでる人、立ち尽くしてる人、さっきまでの僕がそうだったように、まだ寝てる人。
 どうやら全員、僕と同じらしい。突然襲われ車に乗せられ、ここに拉致されたのだろう。だとすると何が目的だ。僕はくだらないニートで何もない。実家もそれほど裕福ではない。脅そうというならターゲットを間違えてる。つまりそれが目的ではない?
 あれこれと考えていると、どこからとなく音がした。何かの稼働音だった。見るとコンクリートの壁が一枚、シャッターを上げるように上昇していた。シャッターの先には同じような空間があり、黒いスーツを着た男が十人ほど立っていた。男たちはぴんと立ち、うしろで手を組んでいる。
黒服の一人が前に出た。地位の高い黒服なのだろう。男が手を横にやると、他の黒服がうやうやしくマイクを差し出した。
「ごきげんよう! しょくん!」
初老の男だった。フランクな態度の、飄々とした男だった。それは、この状況に照らして考えると不気味でもあった。
「なにがごきげんようだ! おまえわかってるのか! なにがごきげんようだ!」
「なにがごきげんようだ! おまえわかってるのか! なにがごきげんようだ!」
次々と声が上がる。しかし男は取り合わない。
「君たちは絵を描くね? そうだろう?」
「他のものは知らんが・・・俺は描く、描くが、だからどうしたというのだ」
 人々がざわめきだす。どうやらみな、身に覚えがあるようだ。
「くっくっく、つまりそういうことだよ。どうしてきみらが集められたか、単純明快だ。考えれば分かる。必然的な帰結だからだ。だがあえてというなら、よろしい、私の口から述べよう。つまりだね」
男はここで言葉を切って一呼吸おいてこう続けた。
「画力ある者、画力者は、殺し合わねばならんのだ!!!!」
場は騒然とした。
 男が一人、黒服たちへと向かっていった。
「ふざけたことをぬかすなこのっっっ」
こぶしを振り上げ殴りかかる。しかし男の攻撃は何かに当たって失敗した。よく見るとこの部屋と黒服の間には透明な壁が張られていた。
「こ、これは・・・」
「くくくその通り、つまり君たちの生殺与奪は、常に我々が握っているのだ」
「ぐうううう、ぐううううううううううううううう」
 何人かが声を上げ崩れ落ちた。
「殺し合いといっても、当たり前だが、殴り合いをさせるわけではない」
抵抗が無意味だと悟った僕らは、男の語ることを聞くしかなかった。
「既にきみたちは改造されており、我々から「ギフト」を授けられているのだ」
「ぎ、ぎふと?」「さようギフトさ」
「ギフトは二つある。その二つとは「画力戦闘値」と「特殊画力」だ」
「二つともしょくんらは自由に使える。ただし一度に一つ、片方だけだ。二つのギフトを同時に使うことはできない。そのことだけ覚えておいてくれ」
「・・・」
唾をのむ音が聞こえた。
「まず「画力戦闘値」について説明しよう。これは簡単に言うと、つまり肉体の強度だ。しょくんらの肉体は、このパラメーターによって強化されている。ぶつかれば当然、高い方が殴り勝つ。単純だろう?」
「この値は相手の頭上を見れば分かる。「画力戦闘値」を解放した際、その人物の値が表示されるのだ。これを見て力量を測ることができる」
「さてこの「画力戦闘値」、その数値はどう決められるのか。まぁ、説明するまでもないと思うがね。一応させてもらう。つまりそういうことだ。その者の「画力」に応じて決められている」
「絵の上手いやつが殴り勝つ。要約するとそういうことだ」
「ざわざわ」「ざわざわ」
 人々がざわめきだす。
 画力で殴り合う? むちゃくちゃだ。あまりの荒唐無稽さに、僕も理解が追い付かなかった。
「ここまで聞いて、しょくんらは思わなかったか? つまり、それでは、あまりに単純、愚鈍、豚の殴り合いと変わりない。要するに、芸が無い、と」 
「安心しろ。そうならないための仕組み、工夫、つまりゲーム性も、我々は用意しているのだ。二つ目の要素「特殊画力」がつまり、それに該当する」
「「特殊画力」とは、プレイヤー各人に授けられた固有能力を言う。その内容は多種多様であり、一つとして同じものは無い」
「これを使い、あるいは推察し合い、立ち回ることで、戦いに多少の戦略性が生まれる、そうは思わんかね? ん?」
「そうだな、死ね!!」
男の一人が叫んだ瞬間、その頭が消し飛んだ。
「言ったろう? 生殺与奪の権は、常に我々が握っていると。死後は厳禁だ、罰金は命で払ってもらう。異論のあるものはあるか? あれば聞こう。その遺言をな」
男は、ゾッとするような、酷薄な表情で告げた。
「ふむ、分かってもらえてうれしいよ」
「最後に残った一名だけが、ゲームから生還できる。優勝賞金は四十八億、これはここにいる四十八人の命の値段だ。くははは」
 男は歯を見せ、凶暴な笑みを浮かべた。
「説明は以上だ。今からそちらに催涙ガスを投入する。目覚めたとき、そこは既に戦闘会場だ。健闘をいのるよ。ぎひひひひ」 
僕の意識はそこで途切れた。
 潮の香り、吹きすさぶ風、波が満ちては引いていく音。目を開けるとそこは砂浜だった。
「俺はどうしてこんな場所に」
次第に記憶がよみがえる。そうだ、これはデスゲームなのだ。画力を用いて殺し合い、最後まで残った一人が、四十八億の賞金とともに帰ることができる。
 ふざけた話だった。立ち上がり周囲を見回す。砂浜に立って海岸を背にすると、そこには森が広がっていた。薄暗い森で、たとえば狩人や、肉食の野獣が潜むには、絶好の場所であると思えた。
 困ったことに、ここを抜けないと、他にどうしようもない。森は砂浜を両側の端まで覆っており、海と挟んでこの場所を包囲していた。
うっそうと生い茂る、どこまで続くかも分からない、薄暗闇の道。島内を探索するには、ここを抜けるしか無いようだ。もっともここを抜けたところで、目下の目的すらないので、やはり途方に暮れるかもしれない。
 しかしここにいても死を待つばかりだ。まず、喉が乾いたし、腹も空いた。四十八人、いや一人ルール説明中に爆死したから四十七人か、ともかく、大人数での殺し合いだ。それも、島一つを使ってのそれである。一日二日で決着がつくはずない。こじれれば数週間、あるいは数か月かかるかもしれない。
 連中はルール説明の際、「面白み」だの「ゲーム性」だのといったワードを頻繁に出していた。つまりこの「殺し合い」を、「娯楽」として享受してる人物がいるのだ。個人か、あるいは複数か、ともかくそういう連中が、「餓死」などという決着を認めるだろうか?特殊な力を貸し与え、「戦闘会場」とかいう、ふざけた場所も用意した連中だ。それを存分に使い、知恵を絞って殺し合う。連中が見たいのは、そういう戦いだと僕は思う。
 何が言いたいかというと、つまり、飲食の問題というのは、解決されているはずなのだ。島内のどこかに、食料と水があるのだろう。それを巡っての殺し合いすら、連中は望んでいるかも知れない。
 ここを出れば、その食料にありつけるかも知れない。逆にここを出なければ、いずれ飢えて死ぬだろう。
 ゆえに、森を抜けなければならない。現状の僕に、選択肢など無かった。
 しかし、危険な試みである。見ての通り、薄暗い森で、潜むには絶好の場所である。催涙ガスの効き目には個人差があるだろう。早く目覚めたプレイヤーの中で、「画力戦闘値」ってやつに自身のあるプレーヤーは、積極的に他プレイヤーを襲うのではないだろうか?
 こういった森の中で、潜み、獲物を待っているプレイヤーもいないとは言い切れない。 ・・・いや待てよ。
 ここまで考えて、あることに気づいた。僕はまだ、自分の「画力戦闘値」について知らないし、「特殊画力」についてもそうだったのだ。 
画力戦闘値は、頭の上に表示される。そう説明されていた。ということは、海の水を鏡にすれば自分で確認できるのではないか。
 「画力戦闘値」の開放は、なぜだか直感的にできた。上手く説明できないが、ともかく、自由に行えた。案の定、水面に映った僕の頭上には、黄色い文字で数値が表示されていた。
「500」
 高いのか低いのか、それすら僕には分からなかった。しかし多分、低いと思う。僕の絵は、決して上手いと言える部類のそれでは無かったからだ。
 「特殊画力」についても同じだった。つまり、直感的に使えた。発動した際、脳に数行の文章が流れ込んできた。
「能力名「パースブレイカー」触れた画力の形をわずかに捻じ曲げる力」 
なんだそりゃ。意味が分からなかった。捻じ曲げたところでどうなるのだ? 相手が血を吐いて倒れるのだろうか? とてもそうは思えなかった。
 外れ能力かもしれない。
 ともかく、現状で分かるのは以上の三点、つまり、置かれた状況と、戦闘値と、能力。それだけだった。
 もう森へ行くしかない。腹も空いてきたし、のども乾いた。
 うっそうと茂る森へと、僕は足を踏み入れた。
 森の中を、鈍く光るバイクが五機、爆音を上げ疾駆していた。
「ずらーーーーー!! 殺すずらーーーーー!!」
「ぎしぇしぇ、まじ万死~」
「ずらーーーーー!! 殺すずらーーーーー!!」
「ぎしぇしぇ、まじ万死~」
またがるのは男たち。パンクファッションに身を包み、体には入れ墨を刺している。体格が良く、くぐってきた修羅場の数を連想させる。男たちは悪だった。地元では名の知れた暴走集団で、恐喝、強姦は日常茶飯事。窃盗、密輸、詐欺、悪質タックル、不倫、スレ荒らし、いっぱげ、強姦、殺人、強姦、そして強姦。
 殺人以外の悪いことは大体やっていた。 

バイクの向く先には、少女が一人立っていた。少女は絶望の表情を浮かべていた。はじめ少女は、木々のある方へと逃げた。バイクならそれ以上は追跡できないと考えたのだ。しかし考えははずれた。彼らのバイクは木々を平然となぎ倒したのだ。この時点で少女は気づく。つまりこれが彼らの「特殊画力」なるものであると。
 この状況を打破するには、自分も「特殊画力」を発動するしかない。どういう能力かはまだ確認していないが、数で劣る以上、それに望みをかける他ない。
 「特殊画力」を発動した直後、少女は気づく。前から迫るバイクがいつの間にか四機になっている。
 これは・・・陽動・・・?
 背後から排気音がして、少女は前へと吹っ飛ばされた。数秒して、自分が跳ねられたのだと気づいた。
 悪漢たちは、すでにバイクを降りていた。少女は必死でもがいたが、体は少しも動かなかった。
「泣く子も黙る暴走集団「悪質タックルズ」の標的になったのが運の尽きよ」
「俺ら以外のプレイヤーを殺し、俺らも死ぬんだよ。一人を除いてな、ひひひひひひひひ」
「つまり、プレイヤーの数が絞られるまでは、俺らはダチ公、ズッ友なんだよ」
「にしてもリーダー? この子、ちょっと良いよなぁ? そんな気しね? ここで殺すってのはよぉ、ぐしゅしゅ、ぐしゅしゅしゅしゅ」
男の一人が、少女の顔にかがみこんで、口からよだれを垂らし始めた。
「バカがよぅ、画力戦闘値があるんだぞ。縄で縛るか? すぐ千切られるぞ。つまり拘束のしようが無いんだよ。いつ目覚めるか分かんねぇんだ。俺はごうりしゅぎしゃなんだよ。寝てるうちにとどめを刺すんだ・・・と思ったけど、なんだか俺も、もったいない気がしてきた・・・」 
「実は、俺も」
「ぐしゅしゅ、俺も俺も・・・」
 リーダー格の男が、気を失った少女を抱え、ふたたびバイクを具現化した。
 このあと何が行われるかは、推して知るべしだ。
 無情だが、それがこのゲームなのだ。俗世の規範などもはやない。あるのは野獣の画力だけだ。そしてゲームは、まだ始まったばかりだった。
 やはり外れ能力だったのだ。パース・ブレイカーで触れても、女は微動だにしなかった。ことは数分前に遡る。

「何かがいる・・・」
 僕はそう直感した。木々の鳴く森の中、そのざわめきの中に、何かの動く気配がしたのだ。
 やはり他のプレイヤーか。それもきっと好戦的なやつだ。周囲を見回すと、草むらの中に一つ、揺れているものが見つかった。
 しめた、と僕は思った。奇襲を受ける前に、相手の出どころを知れたのだ。ならやりようはある。カウンターを食らわせてやろう。
「そこにいるのは分かってる! 出てこい!」
僕はそう叫んだ。ただし、揺れる草むらとは逆側、つまり的外れな方向へだ。こうすることで、尾行には気づいているが、位置はまだ分かってない、と、相手に思わせるのだ。かまかけに失敗したな、と、相手はほくそ笑むだろう。その油断がつけ入る隙だ。僕はあらかじめ、手に砂を握りこんでいた。こういう事態に備えて、砂浜から持ってきたのだ。

「出てこないなら、こちらから行くぞ!」
 そう叫び、僕はそちらへ走り出す、ように見せかけ、体を反転させ、逆側へ砂を投げつけた。これは目つぶしだ。今ので視界が封じられたはず。あとはこの「画力戦闘値」を発動させ、殴る蹴るをするだけだ。
「くらえええええええ!」
草むらへと飛びかかった。しかし次の瞬間、僕は作戦の失敗を悟った。
 そこにあったのは、細い釣り糸だった。それが草の一本に結び付けられ、上に伸び、木の枝に引っかけられ、別の方へと下がっていた。
 これは罠だったのだ。別の場所から草むらを動かし・・・注意を引くための・・・フェイク・・・!!
背後から何かが飛び出し、僕の後頭部を殴りつけた。弾けるような痛みが走って、僕は地面を転げまわった。口の中で鉄の味がした。地面を見ると、そこには血が広がっていた。僕は吐血したのだった。
 後ろから足音がする。襲撃者が、とどめを刺さんと近寄ってくる。こうなったらやけくそだ、やるしかない、つまり徹底抗戦だ。
 「画力戦闘値」を開放して、僕は立ち上がり、向き直った。
 しかし次の瞬間、僕は戦慄した。

 そこにいたのは女だった。年のころは十代後半から、二十代の前半。短髪で、眼鏡をかけており、ニーハイソックスを履いている。ふとましく、良い脚だったが、問題はそこでは無かった。
 彼女の頭上にも、「画力戦闘値」が表示されていたのだが、その数値が、何というか。
 そこには、黄色い文字で、6000と表示されていたのだ。
「ふぅん、あなた、画力戦闘値500なんだ」
 女は冷淡にそう告げた。
おわた。
 女は、じりじりと寄ってくる。おしまいだ。画力戦闘値に十倍近い差があるのだ。おわた。
 しかし女は歩みを止めた。冷淡な表情から、わずかに躊躇の色が見えた。
「殺さなきゃ、わたしが殺される、生き残るために、仕方ないのよ・・・」
女もまた苦しんでいたのだ。突如として始まったデスゲーム。普通そうだ。ためらいなく人を殺せる人間なんてそうそういない。
「な、なぁ、殺し合いなんてさぁ、バカげてるだろ? そうは思わないか?」 
僕は説得を試みた。
「悪いわね、わたしはもう決めているの。つまり、生き残るため、ゲームに乗ると」
無駄のようだった。もうおしまいか。諦めかけた瞬間だった。突如としてそれは起こった。
 耳をつんざくような爆音、そして震動。木々が震えている。空の方に目をやると、爆音のようなものが上がっていた。音の発生源はあれだろう。この近くだった。女の方に目をやると、彼女もまた同様していた。
 あれ・・・。僕はその時、異変に気づいた。彼女の画力戦闘値が消えているのだ。顔に汗を浮かべながら、周囲の気配をうかがっているようだった。
 何はともあれチャンスだった、僕は隙だらけの彼女へとかけより、ニーハイソックスからむき出しになっているその太ももに触れた。女はそれに気づき、「変態!」と叫んで僕を睨みつけた。
 しかし僕は変態ではない。これは戦略的痴漢なのだ。なぜなら肌に触れた瞬間、僕は「特殊画力」を発動したからだ。
 特殊画力「パースブレイカー」触れた画力を捻じ曲げる力。果たしてこれでどうなるのか。追い詰められた僕の、最後の希望だった。
 僕に触れられた瞬間、彼女は防御のため「画力戦闘値」を復帰させた。説明文には「画力を捻じ曲げる」とあった、なら、これで何かが起こるはずだ。しかし何も起こらなかった。彼女は顔を赤くした。
「特殊画力・・・でも無いようね。あなた、何がしたかったの?」
 僕の望みは絶たれたようだ。しかし彼女は、よく分からない勘違いを展開しだした。
「まさか、死ぬ前に、私の太ももを堪能したいってこと!?」
 なるほどそうなるのか。まぁ、無理もないことのように思えた。僕は変態として死ぬのか。しかし意外な展開になる。彼女はスカートをつまみ上げ、その脚をあらわにしたのだ。
「いいわ、好きなだけさわって・・・。それであなたが満足できるなら、私はかまわない」 それは彼女の情けだったのだ。彼女の脚は汗ばんでいて、柔く、絹のようにしっとりしていた。舐めまわしたい。しかし僕の口は今血だらけだ。
 ん・・・。待てよ。
 その瞬間、僕は気づいた。この状況への打開策を。そして、太ももを舐めて死ぬより、太ももを舐めて生き延びた方が良いに決まってると言う、当たり前の事実に。
僕の口からは、今も絶えず血が出ていた。彼女の足へ這いよるようにしながら、口内に血をためる。そして彼女の傍らに来た時、僕は顔を上げ、血を思いっきり吹き出した。
 それが目に入り、顔を押さえる彼女。目潰しに成功したのだ。
 体を起こす。肋骨が何本かやられていたが、どうにか立ち上がることができた。僕はそのまま走り出し、逃げることに成功した。
 森の中、僕は来た道を戻っていた。
 僕のポケットには鋭利な小石が入ってる。ここまで来る道中、これで木に傷をつけ、引き返すための目印にしていたのだ。その備えが、功を成したと言える。
 目印に従い、僕は「目的」の場所へと向かっていた。
「ぐぅぅぅ」
 腹を押さえる。彼女の襲撃で、おそらく肋骨が折れていた。この体じゃ、そう長くは走れない。恐らく今も追跡してきているであろう彼女を、はたして振り切れるだろうか。振り切れればそれで良し。振り切れなければ、僕の「仮説」がより強く補強される。この「仮説」に確証はないが、いざとなったら、そこにすがるほか無くなるだろう。
 
「はぁ、はぁ」
もう限界だ。僕はその場にうずくまった。周囲を見回す。彼女の姿は無い。草陰に隠れ息を潜める。
「・・・」
風は止み、静寂が森の中を満たしていた。心臓の鼓動が早くなる。意識の研ぎ澄まされる感じがした。
「ふ、振り切れたようだな・・・」
僕はそうつぶやいた。しかし次の瞬間、爆発したような痛みが走った。
「無駄よ、私からは逃げられない」 
案の定、そこにいたのはさっきの女だった。草陰からはじき出され、僕は地面を転がった。
「お願い、煩わせないで、せめて楽に殺してあげるから」
彼女は、泣きそうな目で懇願していた。思うに、彼女は甘いのだ。極限状況下において、自分の立場を理解し戦うだけの冷徹さはあるが、人情や躊躇が抜けきらぬため、攻めの手が緩められてしまうのだ。
 その甘さは、戦場で命取りになる。平地を挟んで彼女とは逆側にある木へと、僕は這って移動した。彼女はそれを、ゆっくりと追ってきた。僕は木までたどり着き、へたりこんで彼女へと向き直った。
 彼女がこちらへ歩いてくる。僕のいる位置まであと十メートル、八メートル。
「あなたはもう終わりよ、だからお願い、大人しくして・・・」
彼女は泣いていた。当たり前だ。殺しなんて、誰もしたいはずがない。それは僕も同じだ、だから。
「くっくっく、くっくっく・・・」
僕は笑った。そんな僕を見て、彼女は困惑したようだった。
「分かるさ。だって、当然じゃないか。当たり前のことなんだ」
「な、なにがよ・・・!?」
「人を殺したくて絵を描く人間なんていない。君も僕もそうだろう? だから・・・」
「君がそうしてくれたように、僕も手を抜くよ、君のことは殺さない」
「はぁ!? どうしてそんなことが言えるの? 状況が分からないの? あなたは虫の息じゃない!?」
そう、形勢は僕の絶対不利。しかし僕にはあったのだ。状況を打破する最後の切り札が。
 僕は大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「おおおおおおおい!!!! 誘い出したぞ!!!! この女を殺せえええええ!!!!」 痛む体に鞭打って、声の限りに僕は叫んだ。
 僕の行動を見て、当然彼女は動揺した。額に汗を浮かべ、周囲をうかがう仕草をした。その瞬間、彼女の画力戦闘値が、頭上に表示されたその数値が、消えたのを僕は見逃さなかった。僕は自分がもたれかかった木の、その後ろにかけられたロープを、ポケットにあった小石で切り、引きちぎった。
 すると、彼女の頭上から石が落ちてきた。石はボーリングの玉ほどの大きさで、それが彼女の頭に直撃した。彼女は糸の切れた人形のように崩れ、その場に倒れ伏した。
これは、彼女の使ったトラップと似たようなものだった。石をひもで縛り、そのひもを木の枝に引っかけて、僕が今もたれかかっているこの木の根元に結び付けた。彼女の立ち位置から見て死角となるこの木の裏にかけられたひもを切ると、頭上から岩が落ちてくるという仕組みだ。僕は彼女と出会う前、砂浜で拾ったひもを使って、このトラップを作っていた。今回も、備えが功を成した形だ。

 
 僕の「仮説」について話そう。
 まず疑問に思ったのは、最初に草むらを動かした、あのトラップだった。
 どうしてあんなものが作れたのだろうか?
 作ったところで、無駄じゃないか。戦闘会場の広さは分からないが、僕はあの森の中で、結構な時間を歩いた。それだけ広い森なのだ。
 その森の中で、標的がピンポイントで通らないと使えないような罠。そんなものが果たして役に立つのだろうか。僕の落石トラップのように、誘い出して使うならまだしもだ。 仮に彼女が、同じ罠を複数作っていたとしても、それでも同じことなのだ。この森は広い。罠のある場所を標的がピンポイントで通る確率は、やはり低いと言わざるを得ない。
 ならどうしてあの罠が成立したか。その秘密は多分、彼女の「特殊画力」にあるのだ。

 森で爆音が響き、爆炎の上がったあの瞬間、彼女の画力戦闘値は消えていた。僕が思うに恐らく彼女は、あの時「特殊画力」を使っていたのだ。
 「画力戦闘値」と「特殊画力」は同時使用できない。「特殊画力」を使うと、「画力戦闘値」は消えてしまう。
だがあの時、僕の身には何も起こらなかった。攻撃には意味をなさない能力のようだ。なら一体どういう能力だろうか?

 血で目潰しし、一度逃げた後も、再び彼女は襲ってきた。草陰に隠れても無駄だった。この時点で僕の「仮説」はほぼ「確信」に変わっていた。
その「仮説」とはこうだ。

 彼女の特殊画力は索敵能力であり、彼女は危機を感じた時、必ずこれを発動する。

 これはそもそも、彼女が森という場所を狩場に選んだ理由でもあるのだろう。入り組んだ場所であればあるほど、索敵の能力は真価を発揮する。
 罠に関しても、これで説明がつく。彼女は僕の進路を見て、予想される方向へと先回りし、罠を仕掛けていたのだ。

 これが分かればあとは簡単だった。彼女を落石トラップの場所まで誘い出し、そこで味方の存在を示唆する。十中八九ハッタリだと彼女も彼女も考えたろう。しかし念には念をと考え、彼女は「特殊画力」を発動してしまった。
 僕との距離がまだ八メートルほどあったことも、彼女に能力を発動させた要因だろう。これがもっと近ければ、僕の反撃を警戒して「画力戦闘値」の発動を維持していたかもしれない。

 何はともあれ、彼女の油断が重なって、僕はどうにか生き延びたのだった。
 
 女は死んでいなかった。気を失ってはいるが、息はあった。頭部を強く打ったことによる後遺症等が無いとは言えないが(詳しくないので、なんとも言えない)、どうすることも僕にはできないので、このまま先へ進むことにする。
 まぁ、このまま置き去りにするのは流石に忍びないので、女の体を茂みに隠して置いた。ハイエナに見つかるかも知れないからな。
 できることと言えばこれまでだ。死んでたならそれまで、正当防衛だから仕方ない、そう考えていた。結果として生きていた。これが僕にとって幸運なことだったのか、あるいは…。
 考えていても仕方ない。いつの間にか赤くなっていた空を見て、僕は焦燥に駆られた。どこか寝泊まりできる場所を探さなくては。穴倉でも良い。夜行性の獣に襲われたらひとたまりもない。

 それはそうと、これは僕が彼女を茂みに隠した理由でもあるのだが・・・。
 彼女との戦闘中、近くでしたあの爆音、空に上がった灰色の煙。あれは多分、誰かの特殊画力だろう。僕はぞっとした。恐ろしい能力だ。あんなものの使い手ともし遭遇してしまえば、画力500の僕ではどうしようもない。そんなのがこの近くをうろついているのだ。こういう「化け物」プレイヤーが、他にも数名いるのだろうか?

 相変わらず、代わり映えのしない景色だった。森の中というのはそうなのだ。歩いている実感すらなく、終わりなど無いのではないかという気にさせられる。しかし僕は、木に傷をつけ歩いているのだから、確実にどこかへは向かっているはずだった。
「ん? あれは」
 数十メートル先に人工的な影を見つけた。近づいてみると、それは建造物だった。木でできた、パステルカラーの小屋だった。鍵は開いていた。音を立てず侵入し、中の様子をうかがう。誰もいないようだった。
「今日はここで夜を明かすか」
 冷蔵庫を見つけた。中にはコンビニ弁当が二膳入っていた。 
「やったぜ!」
 僕は食し、腹を満たした。

「それとこれは、地図か?」
 壁にかかっていたのは何かの地図だった。島が一つ描かれていた、その中にある、各地の施設が分かるようになっていた。これはここの地図だろうか? 恐らくそうだ。僕が寝ていたと思われる浜辺がこれで、地図に大きくある赤丸の場所がこの小屋だろう。あの時間の太陽の方向からしても、おそらくそうだと思われた。
 なら、方角を変えずこのまま進めば、明日には森を抜けられそうだ。
 未知なる島での生き延び方を、僕は身に着けつつあった。よし今日は寝よう、しかし、屋根裏でだ。誰かが入ってくるかも知れない、あくまで、息を殺しながらだ。
 ちょうど、そこへ登れそうな梯子があった。梯子は固定されていない。上に昇り、そこからこの梯子を引っ張り上げよう。これで誰も上がってこれない。
 そうした。その後、集めてきたクッションを敷き、その上で横になった。

 ぶおおおおおおおおん!! ぶおおおおおおおおん!!
 しかし眠ろうとした矢先、何かの機械音と思しき爆音がして、耳をつんざいた。これはそう、ちょうどバイクのそれだった。暴走族が夜するような、暴力的なエンジン音だった。
 屋根裏の床には傷があってそこからちょうど、下のリビングに当たる位置を覗くことができた。下の様子をうかがう。小屋に入ってきたのは、それぞれがパンクファッションに身を包んだ、凶悪そうな四人の男たちだった。
 よく見ると、男の一人が、少女を脇に抱えていた。
「ズラーーーーー!! もうオイラのちん●こも、おっぱ切れちまうズラ、さっさとレイプをぶっぱじめるズラ!!」
 そこに見えたのは、四人の悪漢が少女を裸に剥いていく光景であった。
 屋根裏から覗くリビングで、僕の真下で、今、少女が犯されていた。
 衣服をはぎ取られ、むき出しになった二つの突起に、悪漢たちが舌を走らせている。むせかえるような彼らの臭いが、屋根裏にまで届いた。抵抗は無駄だと悟ってか、少女は、ただうつろな目で上を向いている。小屋には、ロープやバイブレーターがあった。それを使い、悪漢たちは少女に対して、過酷なプレイを行った。汗ばむ少女の肌は、悪漢たちの野蛮なそれとの対比で、よりいっそう美しく見えた。
 まさに無法。ここに法は及ばぬ。すなわち、画力こそがパラメータであり、弱者は奪われ犯される。そんな観念を、より強調するような光景だった。
 僕は口に手を当て、目から大粒の涙を流した。僕はここにいるが、どうしてやることもできないのだ。わが身なのだ。
 凄惨な光景から、僕は思わず目を背けた。
 ぱちん、ぱちん、と音がして、直後に少女ののどが鳴った。少女の寝かされていたベッドのシーツは、あっという間に汚れ破けた。 
 だが、しょくんらにだって無理だろう。この状況で、無法の悪漢五人の前へと踊り出て立ち回るなど、愚の骨頂なのだ。第一僕は五百なのだ。君たちは千か?二千か?けれども無理だろう。僕には無理なのだ。すまねぇ。すまねぇ。
 再び少女の方を見る。・・・。しばらくして僕ははっとした。少女の視線がずっと、どこか一点を見つめているのだ。
 少女が見つめていたのは僕だった。屋根裏から一部始終を見守る、愚鈍な卑怯者。結局僕も同じだった。生き残るため、他を捧げている。アグレッシブかどうかなのだ。それ以外に違いはない。僕も、この悪漢たちと同じだった。屋根の上からのぞくそれは、少女にとって、今己を蹂躙する悪漢たちのそれと同じ、畜獣の目であったろう。
 見つかった。終わりだ。少女は僕のことをチクるだろう。そしたら僕は餌食になって、終わりだ。少女からすれば同じなのだから、道連れを作りたがるだろう。卑怯な僕をとっちめることにより、自らの死に対する留飲をほんの少し、下げるのだろう。
 ・・・。
 しかし、少女は何も言わなかった。なされるままに、ずっとされている。やがて僕から目を離し、しばらくしてもう一度こっちを向き、また目を離す。こんなことを繰り返していた。そして何度目かの時、少女は僕ことを見て、笑ったのだ。困ったような顔でほほ笑んだのだ。それは僕への許しだったのだ。この状況で動けないのは誰だって同じ、自分を責めないで、仕方のないことだよ。そんなニュアンスの笑いだったのだ。

 うわあああああああああああああああああああああああああああ。
 僕は大声を上げ、屋根裏から飛び降りた。階段を下り廊下を曲がり、いつのまにか僕はリビングに立っていた。
 どうして!?といった表情で僕を見る少女。戦闘態勢に入り、五つの方向から僕を見据えている悪漢たち。
 僕の画力は五百だが、最早やるしかないのだ。よし決めたぞ。僕は屈さぬ。野獣の画力に屈さぬのだ。
 
「っんやっらあのかごるぁ!!」
「ってぇっぞっぇらぁ!!」
「しっじぇげてべぇじぃいい!!」
 畜獣の言葉で、僕を威嚇する悪漢たち。
 少女は乱れたシーツの上で、小鹿のように震えている。そして、どうして、という目で僕を見ている。
「黙れ馬鹿ども、モラルが無ければそれは獣だ。したがって処分するのだ。お前らのことだよ。お前ら。お前ら。お前ら。お前ら」
 僕はまくしたてた。まるで自分を鼓舞するがごとく。手足の震えや吹き出す汗を、すべて言葉に吐き出すことで、押し殺したに過ぎないのだ。僕に闘争の心得などない。この状況は絶対説明、しかしそれゆえ、いやだからこそ、せめて主導権を握らねばならぬのだ。
 そしてその狙いは、ある程度成功したようだった。その証拠に連中はいまだ、事を起こせずにいるのだ。悪漢たちは動かない。不信感を募らせている。そして耐えかねて、一人が口を開いた。
「出せよ、画力戦闘値、何だって言うんだ!?」
 そう、僕は画力戦闘値を、発動していなかった。むろん、特殊画力の方もだ。使ったところで五百なので、あって無いようなものなのだ。対する連中のそれは、四千から五千ある。リーダーにいたっては六千五百。僕の戦闘値はまさに、吹けば飛ぶ、風前の灯に過ぎなかった。
 ならば僕は使わない。これは遠回しな威嚇だった。つかりこういうことだ。
「戦闘値が無いってことは、特殊画力の方を発動済み? だとしたら、俺らやべぇんじゃねぇか!?」
「だが何も起きてないぞ!? 遅効性の能力か? あるいは迎撃型か?」
 連中をむしばむもの、それは、実体のない恐怖だった。この行動に意味なんてない。だが連中は戸惑うだろう。自身へのイメージをより増大させた側が、心理戦における主導権を得るのだ。
「こいつ不気味だぜ。第一、わざわざ上から降りてきて、俺らの前に現れた。勝算が無いわけが無いんだ。なければ馬鹿だ。しかしこいつの落ち着きよう。これが馬鹿のそれに見えるか!?」 
 実際にはバカなのだが、そうは見えないようだった。僕の策は効いていた。恐怖とはつまるところ、想像力の暴走だ。不確かさにこそ、人は恐れを見出すのだ。

「けどよぉ、ハッタリかも知れねぇよな?」
 口を開いたのはリーダーだった。悪漢たちの中でもとりわけ巨体で、残虐そうな人相の男だった。この男だけは、僕の脅しを前にしても、終始動じず落ち着いていた。
「俺たちをジレンマに陥らせるための時間稼ぎ、そうじゃねぇのか?」
 図星だった。男は不気味に笑っている。水を打ったように場が静まり、手下の悪漢たちは落ち着きを取り戻した。まずい。
「案外、突っ込んでみようか、うん、突っ込もう」
 悪漢たちのボスは、手元にバイクを具現化して、凶暴なまなざしを僕に向けた。エンジンがふき、金属が震え響いた。絶体絶命の音だった。僕は死ぬ。
「俺はこのままバイクで突っ込む、なぜならそれが悪質タックルのやり方だからだ! 命など惜しくはない。タックルが万事優先されるのだ。ぎゃははははは」
 この男は狂っていた。まず目がやばい。あれは冗談のそれでは無いと思えた。
「迎撃型能力か、あるいはハッタリか、考えたって、答えなんて出ねぇんだよ! なら突っ込むだけだ。俺らはそれだけだ。な!? そうだろ!?」
 男が再びバイクをふかした。こういうことは考えてなかった。心理戦とは、相手に理知的な損得勘定があってこそ成立するものなのだ。この男は狂人だ。暴走の鬼だ。通じない。
 バイクがついに動き出す。指数関数的に速度を上げたそれが、僕へと迫ってきた。
「うわああああああああああああああああああ」
 声を上げ、僕は横へと飛び込んだ。ごろごろと転がり、どうにか回避することができた。しかし追撃がくる。僕はバイクの方を向いた。
 そして気づく。そのトラップに。
 バイクに男は乗ってなかった。壁に突っ込んだバイクの二歩ほど手前で、男は宙を舞っていた。
 よく注意して見ると、男の腰から細いロープが伸びていた。あれは・・・、ベルトに引っかけているのか。そのロープは、男の背後に伸びて、木の柱に括り付けられていた。バイクが僕に当たる直前に、男はそこから飛び降りたのだろう。男はロープで固定され、結果としてこういう風に宙を舞ったのだ。 
 そして気づく。これは阿吽の呼吸だったのだ。
 僕がここに現れたその時、男は、少女へのプレイに使うはずだったロープを、さりげなく背中に隠していたのだ。僕から見て死角にあるそのロープは、男の手下によってベルト、そして柱に結び付けられた。野生の勘と言うほか無い。こいつらは慣れているんだ、こういうことに。
 そしてまずい。こうなってくると、こうなるのだ。
 男は指を差し、ニヤついた顔で僕に言う。
「今の回避、俺がバイクを飛び降りるより先に行われていたな。つまり、お前に迎撃型の能力は無い、そういうことだろう?」
 今のはやつからの脅しだったのだ。僕がしたのと同じ、つまり威嚇だったのだ。しかしやつの方が何枚も上手だった。何より恐ろしいのはその気迫。こいつは狂ってる、やると言ったらやる、そう思わせるだけの、にじみ出るリアリティ。
 暴走の鬼として死線をくぐってきた彼らと僕の、ぬぐいがたい戦闘経験値の差。
「脅しってのはな、ダメなんだよ。もっと死ぬ気でやらなきゃな。理屈?損得勘定?違う、必要なのは狂気だ。やるに違いないと、信じさせる“恐怖”さ」
 殺される。殺される。殺される。
「おいタクヤ、お前はその子を押さえてろ、俺ら四人でこいつを殺す」
 一人が少女を組み伏せ、あとの四人がバイクを具現化させた。
 絶望の排気音。鈍い死の光沢。
「おばけだああああああああああああああああああああ!!!!」
 僕は叫び、山小屋から逃げ出した。
「つまりやつはまるごしの雑魚! またとないチャンスだ! 殺せ!」
 四台のバイクが追ってきた。
 四台のバイクが追ってくる。僕は森の方へと逃げた。
 やつらのそれが特殊画力であるなら、ただのバイクでは無いだろう。木々は障害にならない。なぎ倒して進めるだろう。それでも潜むことはできる。木々に隠れ逃げるのだ。
 しかし連中とてバカではない。暗黒の森を疾駆する四灯のライト、その動きを追っていて気づいた。これは包囲網だ。分散し円状の包囲網を作って僕を囲んでいるのだ。そしてその円は、次第に狭くなっている。
 時間の問題だ。このままでは捕まる。ならば。

 明かりの一つに目星をつけ、そのバイクが通ると予想される場所に出た。
「ひゃああああっ、みっけたっぜええええええ」 
 声を張り上げ、男が迫ってくる。鈍色に光るバイクを、僕はすんでのところで回避した。
「げあああああああああっ!!」
 振り返ると、男が、喉を押さえてうずくまっていた。口からは血が滴っている。乗り手を失ったバイクは木の何本かをなぎ倒し、バランスを崩して倒れた。
 トラップだった。階下に降りた際、壁にかけてあったロープを一つ、僕は、くすねてあったのだ。連中の能力は、屋根裏で聞いた排気音で、概ね察しがついていた。そして、予想通りのものだった。目の前の光景は、順当な結果だった。
「げぇああ、げぇああ、げぇあば」
 男は倒れた。死んだのだろうか? 分からない。ともかく、これで一人を倒した。
 同じことを、他の三人にもしてやるのだ。

「ケンちゃんのライトが消えたっ! お前ケンちゃんに何をしたーーーっ!」
 迫ってきたのはリーダーだった。リーダーは、目の前のロープにすんでのところで気づいた。しかしもう無駄だ。バイクは今さら止められない。勢いそのままに、特殊画力発動中、すなわち、画力戦闘値がない状態の首に、このロープを食らうのだ。
 しかしリーダーはほくそ笑んだ。「バカめ!」
 リーダーはすかさずジャンプし、ロープの上を飛び越えた。バランスを崩し横転したバイクを消し、再び能力を発動。新しいバイクに飛び乗ることで、勢いをそのままにこの問題をクリアした。

「うわああああああああああああああああああああ」
 もはや避けられない。僕は画力戦闘値を発動した。
「ひゃあっ! お前戦闘値500しかねぇのかよ! ざっこしね!」  
 鉄の猪が直撃し、僕の体はぶっ飛んだ。放物線を描き、いくつかの木をなぎ倒した僕の体は、そのまま崖下の森へと落ちていった。
「リーダー、やったか?」
 手下の一人が、バイクで走り寄る。
「さぁな、けど、少なくとも、もう動けやしないだろう」
 男は崖下を覗き、冷酷に笑った。
「戻ろう。かわいこちゃんが待っているしな。ぐひひ」
 三大のバイクが、小屋へと走り出した。
 かすかに聞こえる、バイクの排気音。ええと、僕は何をしていたんだっけ。逃げなければならない気がする。
 目が上手く開けられない。体に力が入らない。
 全身をびっしょりと、何かが覆っている気がする。汗かな。蒸し暑いもんな。けどそれにしては、量が多すぎる気もする。何かの錆びた匂いがする。
 少しずつ、右腕が痛み出した。ひりひりと、焼けつくようなそれに支配されていく。僕は歯を食いしばった。声を上げた。痛みから逃れたくて、その場をのたうち回った。どうしてこんな目にあっているのか、状況を整理しようにも、この痛みじゃ頭が回らない。僕はわけがわからぬまま、暗闇の中を転げまわった。

「あああ、あああああああああああああ」
「落ち着いて・・・、落ち着いて・・・」
 その時、声が聞こえた。女の声だった。聞き覚えのある声だった。
「血が固まって、まぶたを塞いでいるのよ。今綺麗にしてあげるから」
 声の主の、その意図は不明だが、少なくとも好戦的では無いようだ。彼女の言に従うことにした。
「大丈夫よ・・・少しずつ目を開けて」
 まぶたを開く。
「お前は・・・!?」 
 そこにいたのは、先ほど、森で僕を襲った、あの女だった。
 そして瞬間、色々なことを思い出した。これはデスゲームで、画力の殴り合いであること。暴走族によって、少女が拉致監禁暴行を受けていたこと。そいつらを相手に立ち回り、僕は現在このような状態になっていること。

「大丈夫、ねぇ、大丈夫?」
 女は僕の前で右手を広げ、それをひらひらと振っている。ぼーっとしていたので、心配になったようだ。
「思い出してたんだ、色々と。そして君のことも思い出した。昼間の襲撃者がどうして、今度は、僕を介抱だなんてしてくれたんだ」
「戦ってたでしょ、暴走族と。全部見てたわ」
「いつから?」
「初めから」
「と、言うと?」
「言葉の通りよ。山小屋に連中が入ってきて、女の子を・・・あんな風にし始めた。あなたはしばらく静観していたけど、耐えかねて、連中の前に出ていった」
「本当に最初から見てたんだな。お前、どこにいたんだよ」
「わたしもあそこに潜んでいたのよ。あなたより一足先に入り、息を潜めていた」
「というか、気絶してたんじゃ」
「演技よ。気を失ってすらいないわ。だから、あなたが私を茂みへと隠したことも知っている・・・」
「どうして僕を尾けてきた? ・・・なるほど、寝入るのを待って、その首をかくためか」
「正解・・・。そう・・・そうするつもりだった・・・」
 一度助けてやったのに、とんでもない女だな、と思った。しかし、曇った彼女の表情を見てると、この女自身にも、それなりの葛藤があるのだなと思えた。
「あなたを殺せなきゃ、私はいつか脱落する。鬼にならなきゃいけないのよ。情を捨てなきゃ、いずれ狩られる。だから、私を見逃してくれた、そんなあなただからこそ、私は殺さなきゃならないんだと、半ば強迫観念にも似た思いでもって、あなたのことを尾行していた」

「なるほど、そして今、とどめを刺そうとしている」
 冗談だった。彼女にそのつもりが無いことは、僕がまだ、こうして生きながらえている、その事実が証明している。
「その通りよ、あなたもおしまいね」
 彼女はそう言い、力無く僕に笑った。
 ところで、僕はどのくらいこうしていたのだろう。彼女に尋ねてみた。
「五時間ほどね。今は深夜の二時よ」
 彼女は時計を取り出して言った。多分、あの山小屋で手に入れたのだろう。ちゃっかりしているな。
「ところで私、一つ、気づいたことがあるの」
 そう言い、なぜか僕を指した彼女。その先端は、腹部の方に向けられている。そこをさすって、僕は言わんとしていることに気づいた。
「君に蹴られたところか。うん、もう痛くないよ」
「やはりね、あなたの体を見たとき、その部分がすでに傷一つ無かったから、気になったの」
「つまり画力戦闘値には、自己治癒力を強化する働きもある、ということだな」
「わたしの頭も、鏡が見つからないから確認はできないけど、たぶんもう癒えてると思う」
「僕が確認するから、頭を見せて」
「やだ」
「なんで!?」
「なんかキモイ…」
 僕は傷つき、うなだれた。しばしの沈黙。風に揺れる木の音だけが、ざぁざぁとこだました。
「嘘よ」
 しばらくした後、彼女が顔をほころばせて言った。
「じゃあ見せてよ」
「それはいやだ」
「あっそう…」

 彼女に、手ごろなサイズの木を探してもらった。受け取ると、それを杖にして僕は立ち上がった。
「どうするつもりよ」
 彼女が眉を寄せて尋ねた。
「行くのさ、あの子を助けに」
「倒置法を使ったって、あなたはそんな有様じゃない。かっこよくないし、返り討ちにあうのがオチよ。それを蛮勇というのよ」
「この自己治癒力に気づけたのは大きい。これなら小屋へたどり着くまでに、相当の回復ができるはずだ」
「だってこれはデスゲームよ、殺さなきゃ生き残れないのよ、あの子を助けて、あなた一体どうするつもりよ」
「考えるのさ。考えるためには、まず生き残らなければならないんだ。このゲームを無力化し、ここから逃げ出すんだ。そうするためにはまず、一人でも多くの人間を助けなくちゃならない。少なくとも、あの暴走族らは最低のクズだ。生き残るためですらなく、殺すために殺してる。ゲームという大義名分を得た、快楽殺人者の集団じゃないか」
「後半については同意するわ。むかつくしね。みんながみんなそういう連中なら、私も喜んでゲームに乗れるのだけれど」
「俺は行くよ。介抱してくれてありがとう」
 杖を突きさし、歩き始める。一歩進むごとに、経験したことのないような痛みが全身を突き抜ける。漫画でこういう時、雷模様のトーンが使われるが、まさにあの通りだと思った。
 死にそうだ。耐えられず、杖を落としてへたりこんだ。悪質タックルを受けてできた傷は、いましばらく癒えそうにない。

「はぁ…」
 後ろからため息が聞こえた。振り返ると、目の前に彼女がいた。
 彼女は僕が倒れた方へ立つと、そこにしゃがみ、背中を差し出して「ん…」とだけ言った。
「は?」
 僕が疑問を呈すると、彼女は表情を歪め、早口でこう続けた。
「おぶっていってあげるのよ! そんな体で、山小屋まで戻れるわけ無いでしょう!」
 なぜか彼女は、顔を赤くしていた。
「それはありがたいが…無理だ。成人男性一人をおぶって長い道のりを歩くなど、きみの細い体じゃ、とてもできそうにない」
 それを言うと、彼女はさらに顔を赤くした。そのことを悟られないようにか、そっぽを向いて、彼女は強引に続けた。
「やってみなきゃ分からないでしょ。さぁ、背中に乗って」
 彼女とてバカではない。ここまで言い切るからには、何か考えがあるのだろう。最後の力で体を起こし、僕はその背中へと身を委ねた。
「んっこいしょっと!」
 すると驚いたことに、彼女は僕の体を、背中で楽々持ち上げたのだ。
「そうか、画力戦闘値か!」
「その通り。つまりこれは、腕力の強化ね。色々とできるようになっているのよ」

 夜の森を、僕を背負って歩く彼女はまるでネコバスのようだった。
 辺りは静寂に包まれていて、時折、小動物か何かの動く音がしたが、基本的にはずっと静かだった。索敵能力のある彼女が反応しない以上、辺りに他プレイヤーはいないようだ。どこまでも暗闇の続く、影絵のような森を、彼女は迷うことなく進んでいた。
「どうして協力してくれる気に?」
 僕は尋ねた。
「暴走族を倒すところまで、付き合うつもりよ。私にとっても都合が良いのよ。好戦的なプレイヤーは危険だもの。あなたのような協力者を得て戦えるなら、またと無いチャンス。つまり、わたしたちの利害は一致しているのよ」
 彼女の頭から、かすかにシャンプーの匂いがした。柑橘系の何かの、それでいて甘い匂いだ。
「変なこと考えてない?」
 言われてぎょっとした。なぜバレたし。話題をそらすため、僕は彼女に提案すた。
「協力するなら、お互いの能力についても知っていた方が良いと思うんだ。どうだろう?」
 すると彼女は戸惑ったようで、少しの間黙り込んだ。しばらくして、彼女は答えた。
「そうね…かまわないわ。あなたは好戦的ではないし。それにどうせ、もうバレてるし」
「え…?」
「私の能力が索敵だって、あなたは既に気づいてるんでしょう? でなきゃ、私が負けたことの説明がつかないしね」
 たしかにそうだった。考えてみれば、当然のことだった。
「けれど効果の範囲とか、その他もろもろの特性とか、そういうことはまだ知られてない。逆を言えば、それを知られた場合、私のリスクはさらに上がるわけだけど、まぁいいわ。その変わり、あなたの能力も教えてもらえるわけよね?」
「ああ良いよ、ゴミみたいな能力だけどね」
「それは知ってる。でなきゃ、あんなトラップには頼らないわよね」
「その通りだよ」
「ところで、名前は?」
 唐突に彼女がたずねてきた。
「呼び方に困るから、教えてよ」
「画力なたろう。ただのニートさ。君は?」
「筆岡みやび。学生よ」

「話を戻すわね。私の能力、あなたは索敵と辺りをつけたわね。まぁ正解だわ。もっと言うと、レーダーに近い能力よ。私を中心とした半径100メートルに円形のオーラを飛ばし、他プレイヤーがいれば知ることができる、というもの。知ることができるのは他プレイヤーの位置だけで、そこに至るまでの障害物や地理、屋内だとその間取りなんかは、全く分からないわけだけど、それでも多分、入り組んだ屋内や森などでは、奇襲作戦と合わせれば、無敵に近いんじゃないかと思うわ。反対に、開けた場所ではなんの意味もない能力だけれど」
「森に潜んでいたわけだ」
「その通り。で、あなたの能力は?」
 振り向いて、彼女がたずねる。おぶられているので、彼女の息が顔にかかった。ほんの少し、甘い匂いがした。
「変なこと考えてない?」
「考えてない!! 僕の能力だろ? 教えるよ! えーとだな」
 かくかくしかじか、と、僕は彼女に説明した。
「ゴミじゃない!!」
「だからゴミって言ったじゃん!!」
「思った以上のゴミだった。それ一体、何の役に立つのよ!?」
「知るかよゴミの使い道なんて」

「…。んん、いや、待って」
 何かを思いついたように、彼女が首を上に向けた。再び彼女は振り向いて、僕に言った。
「使えるかも、それ」
sage