甲皇国陸軍における軍令改革

 亜骨大戦末期、前線各所で発生した諸問題を解決する為、陸軍参謀本部は各軍に直接参謀を置くべきであるという軍令改革を立案した。
 今次大戦において、陸軍は軍の統率はその全てを軍司令官に委ねており、軍の指揮のみならず作戦の立案、兵站の確保、占領地における行政、通信や情報の掌握などの業務まで司令官に依存していた。
 当然ながら一人の人間がそれだけの業務を遂行する事は極めて困難であり、多くの場合は各級の部隊指揮官あるいは副官を補佐に置くなどして対処していたが、それにも限界があり、特に戦闘による想定外の事態が起きた場合や司令官が不在になった時など軍そのものが機能しなくなる恐れすらあった。
 さらに全てを個人に依存するという特性上、独断専行を招く事になりかねず、実際に戦時中には司令官の独断専行による作戦行動が多々見られた。
 これら諸問題を解決するため、大戦後期より参謀本部から各軍団に参謀を派遣、司令官の補佐に当たらせるという制度が設けられた。部隊指揮官、副官が兼業として司令官を補佐するのではなく、補佐を専門とする人間を置いたわけである。
 これには一定の効果があったが、しかし派遣された参謀にも出自による専門があり、それ故に専門外の職務をやらねばならないという場面が度々あった。本来であれば兵站参謀であるスズカ・バーンブリッツが作戦立案などを行っていたのが顕著な例である。
 派遣参謀制度は一定の効果を上げはしたものの、それでも様々な専門分野を少人数それも専門外の人間にも兼任させねばならないという状況は依然として変わらず、司令官の負担も軽減はされたものの、依然として大きなものであった。
 こういった状況の中、派遣参謀制の一定の効果と経験を踏まえ、参謀本部はさらなる軍令改革を立案する。
 それが軍直轄の軍令機関の設立である。
 派遣参謀制のような参謀本部から少数の参謀を派遣するのではなく、軍の下に直接軍令機関を作って専門職の参謀を常駐させるという方式である。
 常駐する参謀たちはそれぞれの専門分野を担当して軍の活動を補佐し、軍司令官は統率と決定、指揮に専念できるという形を目指したのだ。
 以下、設置された各参謀。

・行政参謀…軍の人事、占領地政策などの行政を担当。
・兵站参謀…補給、人員補充、兵站の確保など担当。
・情報参謀…情報の収集、防諜などの情報を担当。情報部とのつながりも深い。
・通信参謀…各通信の取りまとめや暗号などを担当。
・作戦参謀…軍が行うべき作戦の計画、立案を担当。

 さらに、これら各参謀を取りまとめる「参謀長」が配置され、各参謀たちより提出される軍がとるべき今後の方針、作戦案などを参考として司令官と協議する。そして決定はあくまで司令官が行い、各参謀はその決定に従って再び取りまとめや立案などを行うわけである。
 この方式によって個々人の負担を減らし、なおかつ専門職の意見を取り入れる事で柔軟な行動が出来る事を目指したものであるが、何しろ大規模な改革であったので戦争中には間に合わず、けっきょく大戦最末期に本国で再編中だったゲル・グリップ指揮下の第一打撃軍に配置されただけであった。
 しかし戦争が再開した場合に備え、軍指揮下の参謀は解散されず、むしろ全ての軍に置けるように現在も準備は進められている。
 また戦後のミシュガルド派遣軍は現地で戦闘に参加する可能性や、他勢力と関わる事が多いために軍直轄とは別に本部から参謀が派遣されている。



※完全趣味で作った設定だから使うかは君の自由だぞ!
sage