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禊小説アンソロジー
魔力~マリョクノカケラ=欠片(2006年未完)/硬質アルマイト

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「魔力のカケラ」

序章

 闇に包まれた世界に、三つの光が射していた。そこには、ローブを頭まで被った三人が静かに腰を下ろしていた。
――世界は変わってしまった。それだけは確実に言える事だ。
高く透き通るような声が響く。青色のローブから聞こえた声だった。
――そうだ。だからこそ我々は、その世界を清らかに浄化する必要がある。
低い声が緑のローブの中から吐き出された。その声は、妙に歓喜に満ち溢れた声であった。
――魔人は今も増え続けている。残りの欠片を集め、そして魔人を根絶やしにしろ。
紅いローブから、まだ声変わりのしていないようなアルトの声が放たれた。
ローブは紫の液体の入ったグラスを光へ掲げると、それをローブに流し込んだ。ローブの中からは喉を鳴らすような音が響き、グラスの中の液体が無くなった。ローブは満足げに息を吐いた。
――さて、乾杯も終わったところだし、そろそろ食事に入らないか?
それはいい、とローブは力強く頷き、そして三人で一点を指差した。
すると、そこに光が射し、四肢を鎖でつながれた少年が現れた。服は所々穴や傷が付き、口元からは微かに血が垂れている。しかし、その少年は笑っていた。
――魔人…。それも「許されざるモノ」を喰う事で、我々は進化し続けることが出来る。
少年はにやりと笑い、そして咆哮と共に鎖を強引に引き千切る。手首の皮膚が微かに破れて血が滲んでいる。そして次に両足の鎖を見据えると、少年は右手の人差し指で鎖に触れ、ブツブツと何かを唱える。すると、鎖が煙を立ててドロドロの液状に熔けていった。少年は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
――許されざるものよ。お前は我らの糧となれ。「私達」になれば、キミは苦しむ事はなくなるのだよ。
少年は、鎖を熔かした右手をローブに向けると、一言呟いた。
「…なるかよ。俺は、俺だ」


 世界は変わってしまった。
それは、目で分かることであり、目では見えないことでもあった。
それは、昔記された文献を見つけたところから始まる。
昔、世界に魔法が生まれてしまった。魔法を使うことが出来たのは、双子の「リク」と「レイ」と言う名前の五歳の少年であった。
二人は生まれた時からある一つの水昌を持ち、そして常人では理解できない超常現象を起こした。それから二人は「神の子」として崇められ、一つの宗教を創るまでの力を持った。
だが、ある日双子の兄弟は喧嘩を始めた。魔法を使ったもはや「戦争」としか言えないような大きなモノだった。リクが放つ魔法で大地は割れ、レイが放つ魔法が全てを切り裂いていく。人々は止めることも出来ず、ただただそれを見守ることしか出来なかった。そしてそれは、天変地異を起こし、地球は半分に割れてしまった。と同時に水昌が砕け、破片は何処かへと飛び去ってしまった。
同時に、その影響でなのか、特定の人々が魔法を使用できるようになる。それによって魔力を持った者達は暴動を起こし、二つに分かれた地球は大きな戦場になったのであった。双子の兄弟はその光景を見て、互いに干渉しない事を約束に半分になった地球をそれぞれ治めた。そして、魔力を使う者を消し去るべきだと考えた。
魔法を使う人間は「魔人」と名づけられ、差別化されて、狩の対象となった。
全ては、世界の平和と秩序の為であった。

   第一話

『黒髪で眼鏡を掛けたあまりパッとしない少年』
それが神谷コウの第一印象であった。成績が良く頭の回転が速い。運動は苦手でもなければ得意でもない。頭の回転の速さを抜けば、何処にでもいる平凡な少年であった。学校をサボることもあれば、友達と一緒にカラオケや映画を見に行ったりすることもある。
――そんな俺が…何で…。
眼鏡は走ったときどこかで落とした。が視力がそこまで低くは無いので、掛けてなくても半径三メートルくらいは見えている。なので、目の前にいる狂った笑いを浮かべた男性もコウにはしっかりと見えている。
「見つけた…。『許されざるモノ』だな?」
「な、何言ってんだよ。てか、何だそのゆるされざるものってのは!!」
コウは後ずさりながらも必死に相手を圧倒しようと叫ぶ。だが、既にコウの全身からは冷や汗が噴出し、足が痙攣したかのように震えていることが目でも分かった。自分は死ぬかもしれない。それだけは、確かに言えた。
狂った笑みを浮かべた男は突然、両の掌をコウに見えるように突き出す。そして何かをブツブツと唱えた後、コウの体は一瞬にして後方に吹き飛んだ。
「お前も魔人なんだろ? しかもレアだ。どんな力を持ってるのか見せてみろよ」
「痛…。だから、意味分かんねぇっつってんだろっ!」
コウは立ち上がると腹部の痛みと吐き気を堪えながら狂った笑いを浮かべる男の下へと走り、右拳を思い切り男に放つ。が、コウは喧嘩をしたこと自体無い。そんなコウの拳の軌道は一瞬にして狂った笑いを浮かべる男に見切られ顔を数センチ避けられるのみの結果に終わる。
刹那、コウの背中に悪寒が生じた。気が付けば男の右手がコウの目の前に迫っていたからである。コウは舌打ちをしながら右へ転がる。
「衝撃よ」
男は確かにそう呟き、そしてコウが避けると同時に掌の周囲の空気が激しく振動した。その範囲の広さによってコウはまたしても吹き飛ばされたが、直に食らっていた場合、どうなっていたのかを考えると鳥肌が立った。
「どうした? 魔法を使えよ。『許されざるモノ』の力、一度でいいから見てみたかった…」
「…分かった。そんなに見たいのなら、見せてやるよ!」
嘘だった。「魔人」の存在は教科書にも載っているから知っている。だが、その存在を実際に見た事は全く無かった。コウは高鳴る心臓を左手で押さえつけつつ、右手を前に出す。あいつがやったようにやれば大丈夫だ。そんな安心感が体を包んでいる。狂った笑いを浮かべた男は快感を覚えているような表情でこちらを見ている。
――一体、どうすりゃいんだよ…。
その時、真上からバタバタと何かの羽ばたくような、暴れるような音が聞こえてきた。その音に感づいた男の顔色がゆっくりと悪くなっていく。そして、男はコウから目を離すと闇の中へと走り去っていこうとした。
だが、それは既に遅い判断であった。男が走り出した刹那、前に出した右腕が綺麗に輪切りになり、手首から先が弾みながら闇に消えていった。そして次に男の絶叫が響き、同時に何かの着地音が闇に響き渡った。
「冷気よ」
 青い光が闇から現れた。ぼんやりとしか見えないが、何か棒状の物をなぞるように輝きを放っている。
「火炎よ」
次に聞こえた声と共に、赤い光が青い光の隣に出現した。青い棒のような形状に伸びた光よりも、少しばかり短いものだ。その二つはゆっくりと光の尾を引きながら闇から姿を現していく。
「成程。魔人を見つけられる狩人がこの町にもいたのか」
 闇に溶けるように黒い髪が後ろで一本に束ねられ、昔の時代の白い着物を羽織り、眼力で人一人殺せてしまうような鋭い目つきをした男性が、赤と青の光を両手に握り締めて現れた。コウから見ればその彼の姿は戦国時代を生き抜いてきた武士のような姿だった。
「てめぇ。俺を狩人と知っての行為か? 俺が今連絡をすれば加勢は何人でも来るんだぜ」
「だったら、今ここで葬り去れば良い。目を閉じろ。一瞬で終わらせてやる」
長髪の男は刀の形状をした赤と青の光を握り締めて構えた。男は激昂したまま構えを取る男へと唸りを上げて飛び掛った。
――チャンスだ! 今なら逃げられる。
コウはその一瞬を見計らい、理解できないこの二人の喧嘩に背を向け走り出した。闇夜に光る赤と青がまだ尾を引いて動くのが見える。まだ喧嘩は終わっていないらしい。このまま走り続ければなんとかして大通りに出ることが出来る。コウは確信し、そして地面をもっと思い切り強く蹴った。服の中に入れていた形の整えられていない本当に「破片」のような水昌の塊が付いたネックレスが表に出た。コウはそのネックレスを右手で握り締めながら一言呟いた。
「兄さん…」
電灯の光が辺りを照らす夜道の中、コウは静かに音も無く走り去ろうとした。
だが、走るコウの腕を、誰かが握り締めた。コウは勢いでそのまま尻餅を着いた。おどおどとしながらも背後を振り返ってみる。
そこには、先ほど紅い光と青い光を握り締めていた男性が立っていた。
「奴の言っていることが本当なら、キミは『許されざるモノ』なんだな?」
彼の言っていること自体、コウには全く理解が出来なかった。突然現れたと思ったら、自身を「許されざるモノ」と呼ぶ男性。コウの心臓は高鳴り始める。もし、ここで頷けば先ほどのように襲われるかもしれない。
つまり、この目の前の男は横取りの為だけに襲ってきた男と戦闘を行ったのかもしれない。そんな考えがいつの間にかコウを支配していた。
――やられて、たまるか…。
コウは荒く息を吐きながら静かに右手を挙げ、目の前の鋭い目つきをした男性の顔面に向けた。男性は驚く気配も無く、ただ静かにその手を見ている。コウは先ほどの襲ってきた男の叫んだ言葉を良く思い出し、そして口を大きく開けて叫ぶ。
「衝撃よっ」
コウは掌から何かが抜けていくような気がした。そして次の瞬間には、男は数メートル先へと跳んでいってしまった。男は壁に激突するとそのまま呻きをあげる。コウは体を震わせて立ち上がると飛ぶように夜道を走っていった。
――なんなんだよ。これは…。一体何が起こってるんだよ!?
数歩後方に退くと、コウは肩掛け鞄を右手で強く握り締め、理解し得ないこの現状から逃げるように去っていった。

「痛ってぇ…」
目つきの悪い男―簗場夜行―は頭部を右手で抑えながら立ち上がる。少年の突然の攻撃に驚いて防御が遅れた結果であった。夜行は一息つくと立ち上がり、そして自分の右手の方向で倒れている男を睨む。夜行の手には先ほど持っていた青と赤の光の刀がある。
「起きろよ、狩人サン、まだ死んでないだろ?」
「……この程度で死ぬかよ」
男は両の掌を地面につけると、腕の力で飛び上がり、そして綺麗に足で地面に着地した。男の左肩から右腹に掛けて袈裟斬りされているが、男は別にどうってこと無い表情でそこに佇んでいる。夜行は二つの得物を目の前で刀身を十字に重ねて構える。今度は油断しねぇ。と男は腰を深く沈め、獣のように低い声で唸る。
「……来い」
「衝撃よ!」
男は両手を地面に付け、そして「衝撃魔法」の反動を使って夜行へと高速で向かっていく。夜行は狩人をギリギリまで待つ。
「でぇい!」
夜行は向かってくる狩人向けて足を踏み込み、そして同時に二刀を縦横十字に振る。刹那、夜行と狩人がすれ違い、そして背中を向けて立つ。
刹那、狩人と呼ばれた男性が、噴水のように左肩から血を迸らせ、膝を着いてそのまま力なく倒れる。夜行は握っている二刀を一度振ってこびり付いた血を飛び散らせるとそれを羽織りの中に隠れていた二本の鞘にスゥっと差し込んだ。うつ伏せになった男から血が流れ始め、そして大きなみず溜まりを作っていく。
「悪い。政府の犬に手加減する必要は無いのでな」
夜行は吐き捨てるようにそう呟くと、少年の走り去って行った方向に向き直り、そして地面を強く蹴った。
すると、夜行は人間ではありえない位の高さに飛び上がり、すぐ側にあった民家の屋根に着地し、同時に吹いてきた突風が夜行の体を包んでいく。
「良い風だ」
空に掛かっている月が真っ黒な雲に覆い隠され、そしてあたりも同時に暗くなる。光と言えば電灯くらいだろう。だがそれでこの暗い世界の全てを照らすには少々数が足りない。
雲が月から避けた時、彼も同時に消え去っていた。突風と共に消えていった。

   ●
 
「なあ知ってるか? 昨日魔人の死体が道に転がってたんだってよ」
晴れ晴れとした天気の中、制服姿のコウとコウの友人「芳賀尊」が歩きながら新聞に目をやっていた。一面に大きな見出しで「魔人出現」と大きく書かれ、そして顔写真が載せられている。
「全く、世も末だよなぁ」
「何が?」
 尊のため息混じりの一言を聞いて、コウが尋ねた。
「結局は人間のほうが言い出してこうなっちまってるんだから、魔人側は悪くないと思うんだ。確かに、魔人だってその不思議な力で人を殺めたり悪事に走る奴らもいるかもしれない。けれど、全てが全てそういう奴じゃないんだ。『魔人狩り』なんてモノ、俺にはとても賛成できるもんじゃないなぁ」
尊の呟きにコウは笑顔で頷いた。確かにそうだ。と頷いた後に付け加え、それから昨日の出来事を思い出しながら空を見上げた。その時、空が何故かとても綺麗で青く見えた。魔法を使ったという自分が、コウにはとても汚らしく感じたのである。彼の言っていることには共感できるはずなのにも関わらず、心のどこかで魔人を許せなくなっている。それはコウの今の心情だった。
――魔人、許されざるモノ、狩人、そして、魔法…。
目の前に学校が見えてくる。魔人はいつ何処にいるのかも分からないこの時代で、一体学校には何人の隠れ魔人がいるのだろうか。コウはそれが気になって仕方が無かった。始業ベルの鳴る音がした。どうやら遅刻決定のようである。尊は慌てて走り出し、そして上の空になっているコウを一瞥すると、笑顔で手招きする。
「早く行って、さっさと先生に怒られようぜ」
「あ、ああ」
コウは我を取り戻すと一度頷き、そして走り出す。その首には何かの欠片のような形の水昌が掛けられ、それが走ると共に静かにゆらゆらと揺れていた。コウはそのゆらゆらと揺れる水昌のネックレスを握り締めた。
――今、一体この世界に何が起こっているんだ?
コウは自分が魔人であることを忘れてしまいたい衝動に駆られた。何の変哲も無い日常が、魔人と分かった途端跡形も無く崩れ去ってしまったような気がしたからであった。魔人と判明すれば即座に昨日の「狩人」と言う存在や、政府に追い回され、そして捕縛され、命を落とすだろう。
「死んでたまるかよ…」
コウは自分に言い聞かせるように小さな声で呟き、拳を強く握り締めた。ベルがなり終えた事に気付くと、早々と校内に姿を消していった。
「…ここが、結晶を持ってる奴の場所か」
 頭にバンダナを巻き、迷彩柄の上下の衣装に身を包んだ男性は呟いた。男性は背負っているモデルガンを右手に持ち、引き金に指をかけた。

       

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