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禊小説アンソロジー
怖い話、あるいは物語のイノチ(2008年)/佐藤瑞樹

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怖い話、あるいは物語のイノチ

冬の日、やけに寒い日の話。

どうかしたかい?
何か、怖い話を教えてくれ、と。
怖い話ならいくらでも転がってるじゃないか。第一ここは図書館だろう?
…変わったのがいい、だって?僕が変わった怖い話を知っているとキミは思ってるのか?
…やれやれ、なら仕方ない。僕が作った話でよければ教えてあげよう。

そうだね、知り合いや家族なんかの、近しい人の体験として話すと、より相手を怖がらせられると思うから、
これは「ウチの母親から聞いたんだけど」っていう切り出し方で話すといい。
じゃ、いくよ。

これは、ウチの母さんから聞いた話なんだけどね。
以前、ウチの近所に綺麗好きの女性がいたんだって。
潔癖症…というのとは違うんだけど、変なところがあってね。
部屋は片付いてない、って言ってるのに、自分の家の前はよく掃除してたりね。
まぁ、総じて綺麗好き、でも変なトコもある。そんな人。

その人が信じてた健康法っていうのがまた変でね。
おへそを綺麗にすれば健康になるっていうんだ。
若い人だったからね、夏にはお腹を出すような格好もしてて、
それは綺麗な肌で、綺麗なおへそだったそうだよ。

そんな人がね、ある日死んでしまったんだ。
自殺、ってことで片付けられたんだけど、ホントはね、
変死だったんだ。
いや、結局は自殺だったんだよ。だけど変なんだ。

近所、ってことでウチに話を聞きに来た警察が言ってたらしい。
風呂場で腹を裂き、内臓を引きずり出して絶命してたって。
おかしいよね?そんなの。
そんな痛そうな死に方、したくないよね。

ところで、いきなり訊くけど、おへそって何だと思う?
そう、へその緒…まだ子宮の中にいたころ、母親から栄養をもらっていた場所の名残、だよね。
じゃあへその緒ってどこに繋がってると思う?
そう、胎児の、体内、だね。

母さんは想像力たくましい人だからね、想像しちゃったんだ。
彼女は風呂場で身体を洗っている――
いつものようにへそを念入りに洗う――
念入りに――
念入りに――
いつもよりもちょっと念入りに――
いつもよりも少し念入りに――

かなり、たくさん、ずっと、ずっと、念入りに、念入りに!

気がつけば肝臓すい臓脾臓に小腸、臓器をいくつも引きずり出して
そして、
そして――

そんな想像だよ。
どうしてそこまで「綺麗に」しようとしたのか分からないけどね。
それが、自殺だと分かっているのになお、変死と表現された理由なんだけど、さ。
母さんはだからね、言ってたよ。
日常というのは平均台の上を歩いているように見えて、実は千尋の谷に張られた、細い細い縄を渡っているものなんだ、って。
ちょっとズレても大丈夫のように思えて、でも、本当はそうじゃない。
だから1日1日、気をつけるんだよ、ってね。

どうだろう?こんな話でよかったかな?
そう、満足してもらえたならよかったよ。最後は少し説教臭い気がしてね。
大丈夫、この話はフィクションだよ。僕の想像の産物さ。
犠牲になった「綺麗好きだけど変な所もある若い女性」には悪いけど。

ただね、この話はできるだけ早く人に話したほうがいい。まだこの話を聞いたことのない人にね。
この話自体はオカルト的な怖さは何もない、他愛のない、と言うには凄惨すぎる事件のお話だけれど、
この話を聞いて、誰にも話さないでいるとね。

段々「綺麗好き」になるんだよ。
「綺麗好き」になったあとは、おへそを丁寧に洗うようになるんだ。
そこから先は…言わないでもいいよね?

おいおい、何を怖がっているんだい。
話さないでいると「綺麗好き」になる、までが僕の作った怖い話さ。
そんな呪いじみたことが起きるわけないだろ?
騙された?僕は何も「ここで話は終わり」なんて言ってないだろ?
こうやって安心させたところにもう一つ波が来たら怖いかな、なんて思ったんだよ。

でもね、僕はこうも思う。
怖い話、物語ってのがあって、その中には幽霊や殺人者やその被害者たちが出てくる。
それは彼らの話、彼らの記録、彼らの歴史だ。
それを忘れられるのは嫌だ、と彼らはきっと思うはずだよね?
彼らにしてみれば忘れられるのは死ぬのと同じことだ。
それはもう物語の中の死じゃない、物語世界そのものの死、終焉。
キミだって世界の滅亡を望まないだろう?
だから彼らもね、物語が死なないように、忘れられないようにするんだ。きっとね。
例えばそれは、彼らのことを語らない人間に呪いをかけること――
自分たちと同じ目に合わせて、同じ物語を作ること――
そんなこともあるのかも、ってね。僕は思う。

やあ、もう日も大分暮れた。
帰ろうか。
少し怖がらせすぎたかい?
じゃあ違う考え方も教えてあげるよ。

キミは自分が死ぬのを何度も体験したいと思う?
そんなことないよね。死ぬのは1回で充分。うん、僕もそうだ。
だけど、物語の中の被害者は何度も死ぬ。幽霊は何度も消されるし、殺人者は何度も退治される。
物語が語られるたびそうなるんだ。嫌だよね。
だから彼らは呪いをかける。喋った者に呪いをかける。
役割はそのままに。人物の名前を、喋った者の名に変えて。
そうして実際に事件を起こし、今ある物語を上書きし、彼らは物語から逃げ出す――

どうだろう?これもありそうだよね。
どっちにしても呪われるようなこと言うな、って?
馬鹿だな、これは作り話だよ。最初に言ったろ?
大体キミが、「変わった」「怖い話」を知りたがったんじゃないか。
じゃあもう絶対に最後だ。これをこの話のオチにしよう。

言霊って知ってるかい?言葉にすると本当になるっていう、あれさ。
だから、僕がこうして口に出してる時点で、すべては「本当」になるのさ。
今更、逃れようなんてあるわけない。

       

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