Neetel Inside 文芸新都
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電気看板、赤提灯、雑居ビルと重いドア
ドッグ・デイ・アフタヌーン

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その日も30度を超える真夏日で、僕はすっかり参っていた。暑さにではない。昼間、炎天下、キンクスの「サニー・アフタヌーン」でも聴きながら、ビールを飲めないことについてだ。
平日、日中からビールを飲む連中(おそらく貴族か何かなのだろう)から少し距離をとって、僕はアルコールの無い偽物ビールを飲んでいた。街で一番大きな公園でのことだ。
街から一番近い海で、ラムネを飲んでいたこともある。それは前日のことで、僕は一人で、貴族たちからは距離をとっていた。同じだ。
そういうわけで僕はノック・アウト寸前だった。ノンアルコールとラムネは、時折浴びせられるバケツいっぱいの水みたいなものだ。
高緯度にあるわが街は、夏でも19時を過ぎると気温がみるみる落ちていく。水銀温度計は早回しみたいに降下していくし、デジタルの温度計だとカウントダウン式のタイマーかと勘違いしてしまうだくらいだ。
だがここ数日はその例が当てはまらず、時間に関わりなく気温はほぼ横ばいだった。
要するに、昼間働かされる下人にとってみれば、ビールを飲むにはうってつけの夜だったのだ(常套句的にこうは言うものの、僕は夏を「ビールが美味しい季節」と評することに対し懐疑的である。ビールがこの世で二番目にうまい液体ということは自明だし、冬、氷点下の屋外、火を囲んで飲むビールのうまさを僕はよく知っていたからだ)。

結局僕は四缶のノンアルコールを空にし、チーズブリトーを二つ食べ、ラジオへの投稿が読まれたことにそれなりの満足をしたところで、公園を後にし、営業車で仮眠をとった。そして17時を確認すると、オフィスへ戻り、二、三の雑務を片付けさて! 僕は帰宅し、その足で繁華街に繰り出した。

店は決めていた。うまいタコスを出すメキシコ料理の店だった。屋外の螺旋鉄階段を上がって、階数の感覚が狂いかけたところで猥雑なビル内に入る。多分2階だ。店はすぐにあった。ドア前のボードにこう書いてある。

「メキシコ・ペルー料理の店」

当然、二つの料理の差異は判らぬ。「オール・オブ・ザ・ナイト」と「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」くらいは違うのだろう。

カウンターについた僕はすぐに、ビールを注文した。店主が栓を抜いて、ライムを挿して、コースターとともに僕の前に置かれた。時間はかからなかった。僕はあわててライムを押し込んで、茶色の瓶の中、泡出つビールそしてその音に高揚し、震える手でその冷え切ったビール瓶を掴み、よだれ溢るる口内へと神聖な液体を流し込んだ。喉を鳴らし飲んだ。目はこんなんだ。

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少なくとも、僕はそのとき、射精の5倍以上の快楽を感じていた。
あっという間に飲みほして、すぐに同じものを注文した。また良いテンポで栓が抜かれ、ライムが挿され、僕の目の前に置かれた。実にシステマチックだったが、今度は半分だけ一気に飲んで、一息ついた。僕は胸から両切りの煙草を出して、据え置きのマッチで火をつけた。ゆっくり空気と煙を吸い、声とともにそれを吐き出した。ゆらめく煙を見つめながら、残り半分の半分を飲んだ。

この店は2度目だったが、店主にはある程度は覚えられていたようだ(前回の来店のときの状況を説明したら思い出す。その程度だ)。

僕は、何かの肉をトルティーヤで包みサルサソースか何かで煮た料理(名前は忘れた)を頼み、ビールを飲みまくった。銘柄は変えたが、もちろんどれもラガーだった。ピルスナーとの違いは判らぬ。もしかしたら、バレットとヴィシャスくらい違うのかもしれない。
ナチョスを追加で注文し、テキーラ割りの甘ったるく不味いビールも飲んだ。煙草もぱこぱこふかし、ビールを欲し頼む。システムに乗ってビールが来る。飲む。繰り返す・・・。
そう、公園の彼らは確かに貴族だったが、今この瞬間の俺もまた貴族に違いない。
一軒目からなかなかに酔いどれてしまった。

会計については語らぬ。野暮だ。
金と時間と明日を考えてビールは飲めない。
気にし始めた頃に、水で薄めた蒸留酒でも飲みだすのだろう。
僕はまだ、胃の中でしか酒を薄めないたちだ。

       

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Neetsha