Neetel Inside ニートノベル
表紙

精神限界オタク
中編

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 4


 目が覚めると、僕は病室のベッドに居た。どうやら自殺は失敗に終わったらしい。
見舞いに来ていた母親が、僕が目を見開いたことに気付くと、すぐさま僕を抱きしめた。
「……修ちゃん、ごめんね。こんなことをしちゃうくらい辛かったんだね。お母さん、ちっともわかってあげられなかった……ごめんね……修ちゃん……」
 今まで自分を散々虐げてきた母親に抱きしめられている。こういう時だけ親の面をされると本当に腹が立ちそうになるが、なぜだか今は不思議と悪い気持ちにはならなかった。
 テーブルの上にあるスマホをいじってみると、小中高の同級生から「大丈夫?!」という内容のLINEが何件か来ていた。その通知を見た時に、なぜだか涙がこぼれそうになった。
 ――僕は"死にたかった"。だけど"死にたくなかった"のだ。
 ――そう、僕は実のところ死にたくなかったのだ。
 ――死にたいほどに人生が辛いだけなのだ。
 「死にたい」という言葉は、本心ではなかったのだ。「死にたいほど辛い」だけだったのだ。……なんてことをぼんやり考えていると、白いテーブルの上に置いてあるスマートフォンが鳴り響く。LINEの通知音だった。
 「天使」というアカウントからのメッセージだった。
「死にたいくらい辛い時は、いつでも連絡してください。何もしてあげられませんが、あなたをかまってあげることくらいならできますから。では」
 この文面を見た僕は、あの白い光の中で包まれていた空間でみた天使のような声の主が、さっきLINEがきた天使」というアカウントなのかもしれないと思った。僕は『天使』にすぐさまLINEを返した。
「あの…少し聞き辛いのですが、天使さんというのはあの時の天使さんですか」
 するとしばらくした後、LINEの通知が来る。天使からだった。
「はい、もちろん。私はあの時の天使です。あの時死んでいたあなたを生き返らせた天使です。生き返らせた……なんていうと、あまり信じてもらえないかもしれませんが……。というより、あなたから連絡が来るとは思っていませんでした。『天使』のような怪しい名前の私に、あなたが連絡をするなど思っていませんでしたから」
「……僕だって連絡くらいするさ。……連絡できる友達や恋人がいれば、連絡くらい、するぞ」
「そうだったのですね。わかりました。では。私は職務があるので、三途の川に戻りたいと思います。もし何か辛いことや寂しいことがあれば、いつでも連絡してくださいね。私はあなたにしてあげられることなど、何一つないかもしれません。でも、かまってあげることくらいならできますから」
「は、はぁ……そうなんですか。天使の仕事もなかなか大変なんですね。お仕事いってらっしゃい」
「……労ってくださってありがとうございます。あなたが今日一日健やかに過ごせることを祈っています。それではさようなら」
 そう言い終わると、天使とのLINEは終わった。
 『天使』とのLINEは少し不思議だった。今日一日健やかに過ごせることを祈られることは生まれて初めてだった。
 あいつは……、『天使』は何者なのだと思って、「天使 LINE 不思議」と検索をかけてみたが、しっくりくるようなページはどうにも出てこない。
 スマホをいじっていた僕を不思議そうに母親は見つめる。
「修ちゃん、どうしたの?」
「……別に」
 口を開けば嫌味、それが済んだと思えば罵詈雑言を吐くことしかしない僕の母親に対しては、何も言うことはない。この母親とは、話せば話すほど不快になってくることを思い出した。
 だから僕は母親と口を聞こうとは思わない。母親との会話など、必要最低限で良いのだ。
 不思議そうに僕の顔を見つめようとしてくる母親の視線をそらすために、少し体を横に倒す。それでも母親は僕の顔をのぞきこもうとする。
「修ちゃん、何かあったの?」
「……別に。ちょっと疲れた。眠たい。寝るから一人にして欲しい」
「……。何かあったら、お母さんに連絡するんだよ。じゃあね、修ちゃん」
「うん」
 眠たいふりをして、母親を病室から追い出した。
 もちろん、眠たいわけでもない。母親にあれやこれやと干渉をされたくないだけなのだ。


 ベッドの上で仰向けになって、真っ白な天井を見つめてみる。
 自殺を失敗してしまったということ、死ななくてよかったという気持ち、先の見えない絶望的な人生、それらが頭の中をぐるぐると回っていた。
 これから僕は、どうして生きていけばいいのだろう。
 守らなければならないもの、大切にしなければならないものすら僕は持っていない。
 社会からは爪弾きにされ、ニート。上辺の友達なら多少はいるけれど、本心からわかりあえる友達なんてゼロ、恋人なんか当然いない。
 自分を支えてくれる人なんて、この世に一人もいない。
 生きる上での希望だとか目標だとかもない。無目的、無目標で、ただただ寿命を消費して、死にゆく定めなのか。これが僕の人生なのか。
 なんて虚しい、そしてなんてくだらない人生なのか、と思った。
 やりたいことや行ってみたい場所、食べたい物もたくさんあったはずなのに、今の僕はそれらを何一つ思い出すことができない。
 もう何も見えない。何もわからない。目の前に広がっている暗い絶望を見ることしかできない。
 天井を見つめながらそこまで考えた時、ある考えが頭の中に浮かんだ。
 ――あっ、やっぱり自殺するしかないじゃん。あっ、そっかぁ……。
 「死にたい」は「辛い」と同じ意味だと思う。
 「辛い」が解消することができれば、「死にたい」と思って自殺に歩みを進めようとは思わないだろう。だが、「辛い」が解消することができなければ、どうなるのだろうか。
 答えは簡単だ。死ぬしかない。死ぬことによって、「辛さ」を解消するしかないのだ。
 だから僕は、この「辛さ」を解消するために、自殺という選択をとったのであった。
 そこまで考えた時、僕は再び死にたくなった。
 なぜか? 自殺未遂をしても、「辛さ」がちっともなくならなかったからだ。
 僕は体を起こして、病室を見回して、天窓を探した。
 自殺、自殺。飛び降りて自殺できそうなところはどこかにないものか。


5


 飛び降り自殺ができそうなところを探して病院の中をぐるぐると歩き回っていたら、施錠されていない扉を見つけた。扉を開けると電気のついていない薄暗い通路が姿をあらわした。薄暗い通路を辿っていくと、外の光がこぼれているドアを見つけた。ドアを開けてみると、そこは屋上だった。
 屋上を見回す。人気はなかった。ここから飛び降りれば、きっと僕は死ぬことができるのだろう。そう思ってフェンスに手をかけて飛び降りようとすると、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あなた、何をやっているのですか! 危ないですよ!」
 僕を呼び止める声の方向に目をやると、天使がいた。
「何をやっているのか、って? そりゃあ。自殺ですよ」
 僕は淡々と声を発した。天使は必死の形相で僕を見つめている。
「自殺は……やめましょう」
「どうして自殺をやめなきゃいけないんですか。……あのさ、あんたと少しLINEをした後、今までのこととこれからのことを少し思い返していたんですよ。そうするとさ、やっぱり自殺するしかないんじゃないかなって。人生は辛すぎるよ。だから自殺します。……もうほっといてくれよ」
「駄目です。自殺を選んではいけません」
「……どうして? もういいだろう? 僕はもう散々がんばってきたんだ。がんばってがんばって、あがいてあがいて、それでも駄目だったんだ。もう僕の人生はどうにもならないんだ。だったらこれ以上生きていても仕方がないよね。だから僕は自殺をするのさ。というか、自殺を選ぶしかないんだ。それ以外の方法は、ないんだ」
「……確かに、生きていれば辛いことばかりかもしれません。しかし、辛いことばかりではないと思います」
「ふん。もう僕に何を言っても無駄だよ。じゃあね」
 そう言って僕は飛び降りようとする。
「……わかりました。そこまで言うなら……止めません。でも、最期にもう少しだけ私に時間をくれないでしょうか」
 天使が僕に懇願してくる。
「……しょうがないね。少しだけだよ、少しだけ」
「ありがとうございます。では……三秒間目をつぶっていてください」
 天使に言われた通りに、三秒の間目をつぶる。
 目を開けると、目の前に金髪の髪をしたかわいい美少女が立っていた。
「……は? えっと……これは……」
 状況がよく飲みこめなかった。
「これは……一体……? というか君は……その……誰……なんだ……?」
 僕が声を発すると、金髪の美少女は目を輝かせながら、僕の両手を握ってくる。
 美少女の手は、とても柔らかい感触がした。
「ねぇそこのお兄ちゃん、今から私を少しだけ抱いてみない?」
「えっと……言っていることの意味がよくわからないんだけど……。それに抱いてくれって、君……」
「あっ、違うよ!抱いてみない? っていうのは、私をギュってしてみない? っていう意味だから! べ、別に性的な意味じゃないからね?!」
 早口で美少女が話す。
「は、はぁ……」
 意味がよくわからなかったが、どうやら今から僕はこの美少女を抱擁してもいい、とのことらしい。どういう成り行きでそうなったのかさっぱりわからないが、抱擁できるならさせてもらうことにした。
 美少女は僕の方に手を広げ、幼児が母親にそうするような声で「おいで~」という声を発していた。
「じゃあその……失礼します」
 僕は知らぬ間に敬語になっていた。
「うん、いいよ!」
 僕は美少女を抱きしめた。ぬいぐるみを抱いた時のような、柔らかい不思議な感覚が僕を襲う。
 力強さを感じない華奢な体つき、柔らかい肌の感触、目の前の美少女が死者ではなく生者であることを暗示させる肌の温もり、今まで感じたことのない何とも形容しがたい甘い香り……。
 それらの全てが未経験で、だけど嫌な気はしなかった。むしろ何だか幸せな気分になってきた。ずっと美少女を抱きしめていたいと思った。
 美少女と抱き合ってしばらくした後、お互い無理矢理離れるわけでもなく、阿吽の呼吸でそっと体を離した。
 美少女を抱きしめている間は何だか幸せな気分に包まれていたが、美少女の肌が自分の肌と離れた途端、途方もない虚しさが僕を襲ってきた。
「……一体なんだ、この感覚は」
 僕は空を見上げながらそうつぶやいた。天使は僕を見つめながらこう言った。
「その感覚は、一体何なのか教えてあげましょう」
 天使はもったいぶりながらそう言う。
「では教えてもらおうか」
 僕は天使に問うた。この途方もない虚しさは何なのか、と。
「それは寂しさという感情です」


       

表紙

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