生物に使用する場合、転送先の環境については事前に調査を行い、被施術者の心身が転送後の環境下で健全に保てることを確認した上で施術しなければならない。
 被施術者は、転送後の世界の生態系並びに精神的、物質的文化に対する介入、改変を避ける義務が存在し、可能ならば接触も慎む事が望ましい。
 被施術者は、転送後の世界に存在する物質を、許可なく転送前の世界に持ち込んではならない。
 施術者は、被施術者の人品骨柄、体質、能力をよく精査の上で……
 「……法律か何かですか?」
 事情を説明する代わりにと渡された紙片から一端目を離し、男がオリンに視線を送る。
 「……」
 オリンは返事もせずにもう一枚の紙を鞄から取り出すと、小声で何か呟きながら、紙片の表面を掌で擦った。
 紙片に記されていた記号の羅列は、オリンの掌で擦られた瞬間、テーブルマジックのように、日本語の箇条書きへとその姿を変えていた。
 「何だよ、そっちでも何かあったのか?」
 テーブルに置かれたスマートフォンからは、要領を掴めない友人の声が響いている。
 「今から、状況の説明をします。あなたも、良く聞いておいて下さい」
 オリンは男の代わりに返事をして、手に持っていた紙片をテーブルの上に置いた。
 「法として制度化もされていますが、これは転送魔法を使う際のマニュアルです。私も魔法でこちらに来たので、一通りレクチャーを受けました」
 「結構注意事項多いんですね……」
 「特に異文化との接触は注意点が多いですね。世界が違うというのは、文化体系の違い以前の問題として、それまでの文化的蓄積の一切を共有できていないという事ですから」
 「なるほど……」
 男は魔法の仕組みについては当然門外漢であったが、生命体の居る別の星にロケットを飛ばすようなものだろうか、と自分なりに解釈する事にした。
 「え、つまりどういうことだよ?」
 「つまり、別世界の住人が良い奴だとは限らないし、どういう常識で生きてるかも分からないから、なるべく関らないようにしようってことだろ。例えばプレ――」
 要領を得ない友人の声に男が答える。
 「――あぁ、なるほどな」
 地球より遥かに文明の進んだ星からやってきた狩猟民族に地球人が襲われる、という内容の有名なSF映画を例に挙げて男が説明したところで、友人の方もようやく合点がいったような声を上げた。
 「仮に友好的な関係を築けたとしても、それによって起こる文化の変容が、必ずしも双方にとって良いものであるとは限りませんし、何か問題が出たときに国際社会で責任を問われるのは、やはり異世界に先に接触した側になりますからね。結局リスクの方が大きいんです」
 「もしそっちの世界が帝国主義全盛だったらと思うと、ゾッとする話ですね」
 話を聞くうち、男は異世界の社会が思想面において高度に近代化されていたことに感謝の念を抱くと同時に、なぜ一介の学生でしかない自分が友人の送還補助を依頼されたかについて理解し始めた。
 それなりに意思疎通が可能で、かつ社会への影響力がなるべく低い者、つまりは一介の学生の方がむしろ異世界側にとっては適役だったのである。
 「……それで、どうして急にそんな話を?」
 この一件が己の人格や能力を見込まれて依頼されたものでなかったことを悟って内心気落ちする男に向って、オリンは残る疑問の答えを示した。
 「この部分、どういう意味か分かりますか?」
 そういってオリンが指差したのは、マニュアルの後半に記述された一文であった。
 施術者は、かならず形代を用意し、被施術者の帰還までこれを管理、保護しなければならない。