Neetel Inside ニートノベル
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 失踪したその友人は、特別に彼と仲が良いというわけでもなければ、特別人となりが優れていたわけでもない。
 普段大人しい割に妙なところで自己主張の強いその性格が、彼を煩わせたこともしばしばである。
 彼をしてその失踪を些細と表現せしめるには、そうした微妙な人間関係も手伝ってはいたが、ともあれその一件以来、彼を取り巻く状況は僅かに変わった。
 対岸の火事と決め込むには、その異常はあまりに身近になってしまったのである。
 「しかし、調べれば調べるほど意味が分からないな……」
 彼は憤りのこもった指で頭をかいた。
 この出来事について、何故事件ではなく現象と呼称すべきなのか。
 それは、仮に事件だとするならば、実行者が何者で、動機が一体何なのか、まるで分からないからである。
 つまりは事件性と呼べるものがそこには存在しないのだ。
 勿論、件の出来事が世間を騒がせてからこちら、各方面の有識者がこの件にしかつめらしい説明を与えようと試みてはきた。
 組織犯罪説、集団家出説、キャトルミューティレーション説。
 犯罪組織にも不文律で守られる一応の縄張りというものがある、国土の両極で同日に姿を消した若者の例を一体どう説明するのか。
 集団家出だとして、一青少年が示し合わせたように同時期に姿を消し、また一人として見つからないなどという事がありえるか。
 キャトルミューティレーションだとすれば、そもそも異星人の存在を立証しなければならない。
 百の仮説には百の反論が付き纏い、そのくせ一つの証拠も出てこない。
 結局、どの説も単なるオカルトや陰謀論の域を出る事はなかったのである。
 彼が調べた話の中には、あるトラック運転手が一瞬の不注意から横断歩道で人身事故を起こし、あわてて車から降りたところ、そこに居たはずの人影が消えており、運転手は後になってそれが失踪事件の当人だと知った、等という怪談じみたものまであった。
 「動機にしても、色々人が居る中で何でわざわざこいつらを攫うかね……」
 失踪した当人達は、揃いも揃ってどこにでも居る普通の若者、それも多くは男子高校生である。
 体力があることと臓器が新鮮である事を除けば、所謂商品価値というものを見出すのは難しい人種。
 少なくとも彼にはそう思えた。
 人間の詳しい相場など一介の学生に分かるわけが無いという指摘や、人命には等しく価値があるとする思想は、彼の見解に対する反論にこそなるだろうが、動機の説明にはなりそうになかった。
 或いは臓器の需要がここ最近急騰しているのでは……と頭をよぎった所で、彼は凡百の陰謀論者の轍を踏みかけている事に気付き、急いで頭を振った。
 「今日はこれくらいにしとくか……そもそもあいつがこの件に関ってるかも分からないし……」
 「関ってますよ」
 聞き覚えの無い少女の声が彼の背中を叩いたのは、彼が一端夕食にしようと思い立ったそのときであった。

       

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