彼の部屋の中は、一瞬時が止まったかのように静まり返った。
 「この世界に居ないって、まさか死……」
 「いえいえいえ! 命に別状はありませんから!」
 青ざめた男の顔を見て、少女が慌てて説明を続ける。
 「最近、このあたりで急に人が消えていることは、あなたもご存知ですよね?」
 オリンが部屋の片隅に目をやる。
 男の部屋と同じく、居間の脇に週刊誌が詰まれているのを、目ざとく見つけていたようだった。
 「まぁ、一応。世間じゃ、神隠しだとか集団失踪だとか色々言われてますけど……」
 「実は、その人達全員、我々の世界に来てるんです」
 「……世界?」
 次々と出てくる突拍子の無い情報を、どうにか頭に詰め込もうとするように、男は頭を抱えた。
 「その……つまり、あなた方の国が、彼らを拉致した……と?」
 「いえ、これは我々の意図するところでは有りませんし、彼らは国境ではなく世界を超えて移動したんです」
 「えーと、さっきから言ってるその世界と言うのは一体……」
 「上手く説明するのが難しいのですが、物理的な連続性を持たない別な空間に移動した、と考えてもらえれば」
 「別な空間……」
 事件について調べていた中で、ただのオカルトとして切り捨てていた仮説の一つに、似たようなものがあったことを男は思い出した。
 フィラデルフィア実験を引き合いに出し、関係者の体は何らかの条件によって時空の頚木を逃れたのではないかとする仮説である。
 「それで、あなたの友人もどうやってかは分かりませんが、こちらの世界に飛んできたんです。急な話ですから、すぐには信じられないとは思いますが……」
 「まぁ、そうですね。いくらなんでもオカルト過ぎる気はしますけど……」
 そう言いながらも、男の目は机の上のスマートフォンに向けられたままであった。
 どれだけ調べても見つからなかった友人の手がかりを持っていた以上、この少女がただの無関係な狂人であるとも、男には思えなかったのである。
 「いや、俺が信じる信じないは、この際置いておきましょう。……取り合えず、今の話が全部本当だったとして、何であなたは俺のところに?」
 「ええ、実はそのことなんです。その……重ねて言い難い事なのですが、彼の強制送還のお手伝いをお願いしたくて……」
 「……はい?」
 彼の部屋は再び時が止まり、静まり返ったその中を、男の頓狂な声だけが暫く跳ね回っていた。