調書を纏め、元の世界に戻ったオリンが再び男の部屋を訪ねたのは、更にその数日後の事であった。
 「奴の調子はどうですか?」
 「おかげさまで、不起訴処分で済みそうです」
 以前と同じようにテーブルを挟んで茶をすする二人の表情は、やはり以前と同じように渋い。
 「まぁ、この件については殆ど予定調和みたいなものですからね」
 聴取の際に、オリンが形式的と枕につけていた通り、男の友人は許されるべくして許されたようであった。
 異世界側としても、件の団体への配慮や近づく選挙等の事情も合わさり、放免する口実を探していたというのが実情であるらしい。
 「何にせよ、友人としてはひとまず喜んでやるのが筋ですかね」
 一瞬、司法の判断に選挙がどう関係するのかという疑問が頭をよぎった男であったが、他所の世界の話であるのと同時に、他所の世界だけの話でもないと気付いて言葉にする事は避けた。
 「……それで、ここからが本番というわけですか」
 「そういうことになります」
 オリンは鞄の中から小さなケースを取り出し、中に入っていたスマートフォンを男に差し出した。
 「以前にお話した通り、あなたには彼の強制送還のお手伝いをお願いします」
 異世界と男の世界とを行き来するためには、転送魔法による空間転移の他に方法は無く、そのためには術士と対象者両名の同意が不可欠となる。
 オリンが男に依頼したのは、まさしく強制送還の要となる、そのコンセンサスの補助である。
 「……早い話が、あいつがこっちに帰ってくるように説得すればいいわけですか」
 「その機械は、こちらで魔法による改良を施してありますので、通話操作を行ってもらえれば、私の世界に通じるはずです」
 「本当にこれが魔法の道具になるとは皮肉な……」
 男が受け取り画面に触れると、パスワードの入力も無しにメニュー画面が開かれた。
 「それで、どこにかければ?」
 「連絡先でしたら、その機械を改造した時に技術担当が登録したと言っていました。見れば分かるとのことでしたが……」
 男は通話アプリを立ち上げ、連絡先の中から友人の名前を探していると、一つだけ象形文字のような記号の羅列を発見した。
 「なんて書いてあるか分かりませんが、これであってます?」
 「どれですか? えと……あぁ……」
 促されて向かいの席から画面を覗き込んだオリンは、難しい顔をしながら頷いた。
 「これは……我々の国で使っている文字ですので、恐らく間違いないと思いますが……」
 「恐らく?」
 歯切れの悪い返事に、男が眉をしかめていると、オリンが言葉を付け足した。
 「これ、彼の名前ではないんですよ。我々の国の言葉で、そちらの表現に改めると、その……」
 「何て書いてあるんです?」
 「……タダ飯喰らいのゴミ野郎と」
 「あいつ向こうで相当嫌われてますね……」
 難しい顔をしたままオリンが頭を下げる。
 「すみません、最近彼のような転移者が爆発的に増えていて、対処するための行政コストもかさむ一方で増税の話も持ち上がるくらいでして、国民感情的には彼らを無原則に受け入れるというのは、何と言うか難しいようで……」
 「いや、もうむしろこっちがすみません……」
 親が聞いたら泣きそうな話であるが、親族ではなく友人に今回の話を持ちかけたのは、あるいは異世界側の温情だったのだろうか。
 下げ返した頭の中で、男は不意にそんなことを考えていた。