「あぃがてぇッ!!ありがてぇっ!!」
「ひょっとジョージ!!わらひのオムライス勝手にはべないでよねっ!!」
「そっちこそさっきから俺のハンバーグだいぶ食ってるろうが!!」
運ばれてきた料理をジョージ達が餓鬼のように浅ましく胃袋に入れていく姿に、貴弘は唖然とした。
まず、ジョージである。ものすごい勢いでハンバーグを口に放り込み、白米を吸い込むようにかっこみ、時々オムライスに手を伸ばす。いったいどれほどの空腹がそうさせるのか。
そして、メリーだ。
見えないのだ。
食べている姿が見えないのだ。
なのに、スプーンでだけが宙を泳ぎ、オムライスの黄色をすくい取り、見えない口に放っていく。
そして、おそらく口に入れられたであろう瞬間に、オムライスのかけらが完全に視界から消失する。
とてもではないが奇術や幻覚の類ではない。
貴弘は、目の前の真城ジョージこそが本物の霊能者であると認めざるを得なかった。
「ま、真城さん…。もしかして、真城さんの膝の上に…」
「んぁ?」
ジョージはハンバーグと白米とサヤエンドウが咀嚼されて混ざったペーストを水で流し込んでから答えた。
「ああ、紹介が遅れたな。ここにいるのが…」———見えないだろうが———と前置きをつけて「メリーだ」
見えない少女の頭に手を置いた。
「私がメリーよ。聞こえてないだろうけど御機嫌よう。そしてご馳走さま。困ってるみたいね。助けてあげてもいいわよ。ジョージがだけど」
いつの間にか、見えない少女はオムライスを完食していた。
「どうだい?すげえだろ?俺も最初に見たときは驚いたもんだよ。まあ、これでマっさんが本物の中の本物って事は信じて貰えたでしょ?」
貴弘は無言で何度も首を縦に振った。
「さて、そろそろ何があったか聞かせてもらってもいいかな?」
ハンバーグと特盛ライスをあっという間に完食したジョージは、爪楊枝で歯を掃除しながら言う。それにしてもオッサン臭い男である。
「あ、いや、その前にちょっと質問していいですか…?」
「何だい?」
「何よ?」
「幽霊…、なんですよね?メリーちゃん?は?」
「幽霊だな」
「幽霊らしいわ」
「幽霊なのに…、食べるんですか?ご飯…?」
貴弘の疑問も最もである。死してなお飢えを感じるなどとナンセンスだ。
「幽霊だって、動けば腹が減るし、たまには甘い物も食いたくなるんだろ」————俺は幽霊になったことがないからわからんけど———とジョージは付け加える。
「幽霊だって朝起きて飯食って、飯食った後は出すもん出すし屁だってこく。普通は見えないだけでな」
「ちょっとジョージ!下品よ!それに私は“へ”なんてしないもん!」
「ああ、はいはい。そうだなそうだろうな」
霊感のない貴弘から見ると、ジョージは一人で見えない何かと会話しているように見えるので、どのタイミングで会話を繋げればいいのか掴めない。
「さっき言った、俺には霊感がないってのは、霊の気配を感じられないんだ。ただし、視えはする。視えるってことは、触れるってことでもある」
ジョージはそう言ってメリーの頭を手のひらで軽くポンポンと叩いた。不服そうに口を尖らすメリーの姿は、貴弘には見えない。
「そんで、こっちのメリーには霊感がある。幽霊が霊感ってのもおかしな話だが、センサーみたいに近くに幽霊がいると感じるらしい。悪霊かそうでないか、強いか弱いかまでわかる優れものだ」
「人をテレビショッピングの防犯グッズみたいに言わないでよ!」
「それで、そろそろ肝心な所を聞かせてくれないかな?」
メリーの抗議を無視してジョージが貴弘に促した。
「あ、はい…。実は………」
貴弘は、目の前の奇怪な光景に困惑しつつも、自分達の頭を悩ます厄介を語り始めるのであった。
赫赫然然…
「ふぅむ…。ドアを叩く幽霊ねぇ…」
貴弘が事のあらましを話し終わり、時刻は7時を過ぎようとしていた。
店内はディナー客で賑わいはじめている。
ジョージ達が話している席は店の角だったせいもあるのか、日常の賑わいから少しだけ切り離されているようだった。
「どうだい、マっさん。なんとかできそうかい?」
自分の顎髭を撫でるジョージを見て、彦田が促した。
「その幽霊さ、見えた?」
「え?見えたんですか?」
ジョージの質問の意味が一瞬わからず、貴弘は聞き返してしまった。
「いやいや、柴さんが、その幽霊見えたかってだけ」
「あぁ、僕には見えなかったです…。僕の彼女も見えなかったようですし…」
「なるほど」
ジョージはわしゃわしゃと顎髭をなでながら何かを考えているようだった。メリーは話に飽きたのか、つまらなそうに店内のウェイトレスを観察している。
「実体化はしてないな。実体化できる奴は、ちょっと厄介なんだ」
「はぁ…」
貴弘は相槌をうつ。ジョージの言っている意味は分からなかったが、話の腰を折りたくはない。
「まあ、見て見なきゃ何とも言えんけど、大した奴ではなさそうだ」
幽霊にも大した奴や大したことない奴があるんだろうか…。ぼんやりと貴弘は考えてしまう。
「早ければ今日中に、少なくとも近いうちになんとかしよう。取っ払いで3万って話だったけど、どう?」
3本指をたてるジョージに貴弘は少しの間逡巡した。3万円。安いとは言えない。もっとも、このような仕事の相場がいくらか貴弘が知る由もないが。
「お願いします」
結局、貴弘には他に手立てがない事もあり、事態がこれ以上悪化する前に手を打ったほうがよいと頭の中で結論付けた。
「よっし!決まりだ!じゃあ早速行こうぜ!」
貴弘の返事を聞いて、彦田が上機嫌で音頭を取ろうとした。
「ちょっと待て!」
ふと、ジョージが鋭く言った。
貴弘はその声色と、なにより深刻そうな表情に不安を感じる。
口は固く結ばれ、髪の隙間から覗く瞳に危険な色が浮かんでいる。
まるで追い詰められた獣のように、苦しげながらも牙を剥いて周囲を威嚇しているような、見るものを威圧しるような気配を発している。
貴弘はゴクリと唾を飲み込んだ。
何か恐ろしい事が起こりそうだ…。そんな予感を貴弘も彦田も(そしてメリーも)感じていた。
ジョージは、一呼吸置いて口を開いた。
「すまん、空きっ腹でガツガツ食い過ぎた。腹が痛い。ちょっと待っててくれ」
全員ずっこけたのだった。