Neetel Inside ニートノベル
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 ◆王都、三番街、孤児院

 俺の家は、王都でも富裕層が集まる一番街……ではなく、低所得者層が集まる三番街にある。
 いや、既に一番街で暮らすだけの所得はあるのだが、元々そんなに裕福な家に生まれたわけでもないし、親を亡くしてからはずっと三番街の孤児院で育ったせいか、贅沢な暮らしというものが肌に合わないのだ。

 それに、そう、三番街に家があるおかげで、ちょっと寄り道をすればすぐに孤児院に顔を出す事ができる。
 先程も言ったが、この孤児院は俺が11歳で親を失ってから、18歳になるまで世話になっていた場所だ。独り立ちした今でも感謝の念は尽きない。だから今でも時折こうして、傭兵ギルドの仕事で得た金の一部を寄付しに来たり、院長先生に顔を見せに来たりしている。

 ああ、あとついでに――

「うわ~~ん! リヒター! プラムがイジメるぅ!」
「こらっ、待ちなさいラプンツェル! イジメてたのはアンタの方でしょ!」

 孤児院の敷地に入った途端、庭の奥の方から、騒がしい声が近づいてきた。
 そして現れたのは、ワンピース姿の金髪の少女……を模した、30cmほどの大きさのぬいぐるみと、それを追いかけて来た赤髪の女性。
 俺は彼女らを、呆れの籠ったため息と共に迎える。まったくこいつは、また何かやらかしたのか。

「アタシはイジメてたんじゃない! ジョニーがリヒターみたいになりたいって言うから、稽古をつけてやってたんだ!」
「掃除当番を押し付けてただけでしょ!」
「雑巾がけは足腰の鍛錬になるんだよぅ!」
「言い訳するな!」

 ぬいぐるみは俺の周囲を飛び回って、追いかける女性から逃げ続けている。
 そう、このぬいぐるみは空を飛べるのだ。いや、正確にはこのぬいぐるみ自体にそういう能力があるわけではなく、ぬいぐるみに取り憑いている存在の仕業である。
 そしてその取り憑いている存在というのが……ご存知の通り、俺がかつて契約を交わした、悪魔なのだ。

「……いい加減にしろ、ラプンツェル」
「むぎゅっ!」

 さすがにいつまでもこうしているわけにもいかないので、俺は隙を突いてラプンツェルを捕まえた。

「うわ~ん、リヒター、アンタどっちの味方なのよぅ!」
「そりゃあもう、全面的にプラムの方だろ」
「裏切者! 浮気者! 鬼! 悪魔!」
「悪魔はお前だろ」
「う~~~……この、若ハゲ野郎!」
「まだハゲとらんわ!」

 俺にとって、何より悪質な悪口を言い放つラプンツェルに、思わず怒鳴る。そしてそのまま、プラム……ラプンツェルを追いかけていた女性に渡す。
 ああ、ちなみにプラムは、俺とほぼ同時期に孤児院で生活していた子供の一人で、いわば幼馴染である。そして大人になった彼女は、孤児院の職員の一人として、ここで働いている。

「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、あ、ありがとうリヒター。それと、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。院長先生は?」
「いつも通り、お部屋にいるわ。さ、ラプンツェルはこっち、罰として芋の皮むきね」
「うぅ~、リヒタぁ~……」
「ま、観念するんだな」

 ラプンツェルは助けを求めるような視線を向けてきたが、自業自得だ。おまけに、俺を若ハゲなどと、どの口が言うのかと……
 いや、一応言っておくが、俺は本当にまだハゲてないぞ。まだ28歳だし、自慢のセミロングの黒髪は、女性より艶があると評判なんだからな。そしてそれに合わせるように、黒を基調としたベストとコートで、ダンディで紳士的、且つミステリアスな――

 いや、まあいい。どうやら院長先生は部屋に居るようだから、向かうとしよう。

 ◆孤児院、院長先生の部屋

「――失礼します」
「おお、リヒターか。無事で何よりだ」

 部屋に入ると、院長先生が窓際の椅子に座り、お茶を飲んでいた。
 院長先生は老齢の男性で、歳相応の見た目をしている。特に最近では足腰が弱ってきているらしく、部屋に籠りがちらしい。
 俺が子供の頃は、もうちょっと元気だったのにな。時の流れとは、残酷なものだ。

「先程、ラプンツェルの声が聞こえたよ。また何か、やらかしたようだ」
「ええ、すみません。後で、きつく叱っておきます」
「よいよい、あの子のおかげで、孤児院の子らも笑顔が絶えんからな」
「そうですか」

 院長先生は相変わらずの、優しい笑顔を浮かべている。
 しかし、気のせいだろうか? ほんの僅かだが、何かを迷っているかのような、小さなため息をついた気がした。

「……お体の方は、どうですか?」
「ん、ああ……特に問題はないよ。ただ、まあ、やはり昔ほどの体力はないがね」
「……」
「それよりリヒター、君の方はどうなんだ? 今のところは……まだ、大丈夫なようだが」
「ええ、まあ……」

 実は院長先生は、俺とラプンツェル以外では唯一、俺の魔法の秘密を知っている人である。
 そしてそんな彼が、俺の……顔を心配そうに見つめている。恐らく、今回の依頼でも魔法を使ってしまったことに、気付いているのだろう。

「なあ、リヒター。君はまだ若い。しかしこのままあの魔法を使い続けていたら、いつかは……」
「そう、ですね。しかし他に手段がなくて」
「ふむ……あの邪竜を倒した事で、君は英雄になってしまったからな。傭兵ギルドのみならず、国中が君の力を当てにしている事だろう。
 それに加えて君は、この孤児院すらも気にかけて、危険な仕事を続けている。それはとてもありがたいが、しかし君はそろそろ、君自身の為に生きるべきなのではないか?」
「俺自身の……?」
「そう、君自身の。さもないと、私のようになってしまうぞ」
「私のようなって……俺は、院長先生のことを尊敬していますが」
「しかし、私は今尚、独身だろう?」
「……は?」

 突然、何の話だ?

「本当は私だって、結婚したかったんだ。それなりに恋もしたし、いずれは、と」
「はあ……」
「しかし、それは叶わなかった。なぜだと思う?」
「なぜって……」

 思わず、生唾を飲み込む。
 そう、本当は分かっている。院長先生が何を言おうとしているのか。

「なぜなら、私は君くらいの歳の頃からすでに、ハゲ始めていたからだ!」
「!?」
「いや、それでもまだ最初は、若干薄くなった程度だろうと思っていた。しかし気が付けば、私は孤独になっていた。あっという間に不毛の地は広がり、最早言い逃れのできないほどの禿山になっていたからだ」

 確かに、俺が子供の頃から既に院長先生の頭はハゲあがっていた。しかしまさか、そんな昔からハゲていただなんて……

「だが、君はまだ間に合うかもしれない。この国を離れ、あの魔法の使用を極力控え、そして――」
「そして?」

 院長先生はおもむろに、近くの机の引き出しから一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。

「……求む、灰の城、攻略……?」
「隣国、アルハーバル共和国で見つかった、灰の城と呼ばれる遺跡を攻略してほしいと言うチラシだ。そこは魔物の巣となっており、最近では魔物が人里にまで降りてきていて、問題になっているようだ」
「はあ……しかし、これが何か?」
「伝承によれば、この遺跡には願いが叶う秘宝があるらしいのだ。それを使えば、一生に一度だけ、その人にとって本当に必要なものが手に入るのだと」
「本当に必要なもの……」
「そう、だから君はそれに、願うのだ。君の人生を良い方向へと導く為の、何かを」

 院長先生は諭すようにそう言って、俺の肩を優しく叩いた。
 いや、しかし院長先生も、本当にそんな、願いの叶う秘宝なんてものがあるとは思っていないだろう。
 だから多分、俺がこの国を離れるきっかけになればと思って、この話をしてくれたに違いない。そうすれば、少なくとも毎日のように討伐依頼を頼まれる事もなくなるだろうし、その分、あの魔法を使う必要もなくなるはずだと。

「……分かりました。やってみます」
「そうか。だが、何かあったら、いつでも帰ってきなさい。ここは君の家なのだから」
「はい」
「ああ、それと……」
「?」
「時々でいいから、手紙を送ってくれ。プラムや子供達が、寂しがるからな」
「勿論です」

 ◆孤児院、廊下

 院長先生の部屋を出て、俺は外に向かって歩きながら、改めて考えを巡らせていた。
 俺はこのエステラという国を出た事がない。そんな暇もなかったし、必要もなかったからな。
 とは言え、興味がなかったわけでもない。俺の両親も元々別の国で生まれたらしく、遺品の中にはその当時の事を記した日記なんかもあって、それを読むたびに、どんな国なのかと想像を膨らませていたものだ。
 ……まあ、両親の出身地はアルハーバルではないのだが、それはともかくとして。
 だから、いざこうして別の国に行く覚悟を決めてみると、却って楽しみになってきている。隣国とは言え、アルハーバルは海を越えた先にあるからな。

 それに、願いの叶う秘宝、か。
 いや勿論、俺だってそんな話は信じていないが、しかし……もし仮にだが、その伝承が真実だったとしたら、俺は何を願うのか。やはり、ラプンツェルとの契約を破棄する事を願うべきか、それとも……
 
「おいこら、リヒター! さっきはよくも裏切ったな!」
「ん、なんだラプンツェル、芋の皮むきはもう終わったのか?」
「あんなもん、途中でポイーよ!」
「まったく、また怒られるぞ」
「いいもん、そしたら今度は、逃げ切るから」

 ラプンツェルはそう言いながら、俺の頭の上に腹ばいになるようにして、乗っかった。

「さあ行け、リヒター号!」
「誰がリヒター号だ、誰が」

 全く、相変わらず傍若無人な奴だ。まあ、悪魔だからと言ってしまえばそれまでだが。
 しかし、悪魔にしては、そこまで悪い奴とも思えないのも事実。実際、あの契約からもう16年もの間ずっと一緒にいるが、こいつが一緒にいたおかげで、寂しさが紛れていた側面もあるからな。
 だから……そうだな、仮に例の秘宝とやらがあって、願いが叶うのだとしても……願うのは、契約の破棄ではなく……

「お、白髪はっけーん、えい!」
「っ!? な、お、おい!? まさかお前今、白髪を……」
「抜いてやった♪」
「お、お前えぇぇ!」
「わははははー!」

 前言撤回だ! 絶対、契約破棄してやる!!


 ◆16年前の、あの日

「――おっと、アンタの名前を聞いてなかったね」
「リヒター」
「ふぅん……ではこれより、契約の儀を始める。我、ラプンツェルの名において、汝、リヒターに代償を求め、力を与えん」

 先程までの軽い調子から一転、大仰な口調で契約の儀式とやらを始める、悪魔。
 すると俺と悪魔の足元に、何やら魔法陣のようなものが浮かび上がった。

「万物を飲み込み滅ぼす、黒き光の力よ、この者に宿れ! その代償は――」

 その、代償は!?

「汝の、体毛!」
「た、体毛!?」

 魔法陣が一際強く輝き、俺は一瞬視界を奪われる。
 しかしそのすぐ後に、俺は全身の毛と言う毛が、毛穴と言う毛穴が、熱を帯びている事に気付いた。

「これより先、我が力を行使するたびに、汝は体毛を失うだろう。そしてそれは、今あるもののみならず、未来において成長し得るものにおいても代償となる」
「な、なんだ、どういう事だ?」

 あまりにも意外な展開に、理解が追い付かない。いや、何となくは分かるのだが、理解したくないというか……
 すると悪魔は――ラプンツェルは、また元の、くだけた感じの口調に戻り、代償の内容を要約した。

「……あ~、つまり簡単に言えば、いつか生えたり伸びたりするであろう分の毛も使うって意味で、最終的には全身がツルッツルになるって事だよ」
「あ、頭も!?」
「頭も」

 これは……腕や足を取られるより、マシと言うべきなのか?
 しかし、しかしだ、俺は未だ子供で、それなのに、早くもツルッパゲになる危険性があるって事だよな?

「まあ精々、ハゲめよ、少年♪」

 上手い事言ったつもりか! やかましいわ!

       

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