Neetel Inside ニートノベル
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もう、こんな魔法!
第一話「黒の代償」

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〇第一話「黒の代償」

「代償魔法……?」
「そ、代償魔法。その名の通り、アンタの体の一部を代償に使う魔法だよ」

 悪魔と契約し、力を得る。それには何らかの代償を払う必要がある。
 まあ、よくある話だ。そしてそれは大抵、フェアな取引にはならない。
 だとしても……だとしても、俺はそれに頼るしかない。

「その魔法で、邪竜を倒せるのか?」
「それはアンタ次第じゃないの? 魔法を使うより先にまた殺されちゃうようなら、話にならないし」
「う……」
「でもまあ、普通の魔法を使うよりは可能性は上がるだろうね。小石を投げつけるか、大砲を撃ちこむかくらいの違いはあるよ」

 俺には何の力もない。非力で、武器だって満足には振れない。
 そんな俺にとって、これは唯一残された可能性なんだ。

「分かった。契約しよう」
「へえ、随分とあっさりと決めたね。後悔しても知らないよ?」
「……い、いいからさっさと、力をくれ」
「くふふふ……じゃあ、目を閉じて」

 代償魔法……代償となるのは、腕か、足か……
 怖くないと言えば嘘になる。それでも奴だけは、俺のこの手で……

「おっと、アンタの名前を聞いてなかったね」
「リヒター」
「ふぅん……ではこれより、契約の儀を始める。我、ラプンツェルの名において、汝、リヒターに代償を求め、力を与えん」

 先程までの軽い調子から一転、大仰な口調で契約の儀式とやらを始める、悪魔。
 すると俺と悪魔の足元に、何やら魔法陣のようなものが浮かび上がった。

「万物を飲み込み滅ぼす、黒き光の力よ、この者に宿れ! その代償は――」

 その、代償はっ――


 ◆16年後 王都エステラの地下水道

「リヒター殿! なぜ、なぜ魔法を使ってくださらないのです!」
「ぐ、ぬぬ……」

 俺の目の前に巨大なスライムがいる。どのくらい巨大かって言うと、こう、馬車とかがすっぽり入りそうなくらい? とにかく巨大なのである。
 って言うか、今はそんな事はどうでもいい。問題は、こいつには俺のにわか仕込みの剣が全く通じないという事なのだ。

「そんな細身の剣で斬れるわけないじゃないですか! 早く魔法を!」
「いや、そんな君、簡単に言うけども……」

 王都の水質汚染の原因として、傭兵ギルドに討伐依頼があったのが二週間前。初めは中堅クラスの傭兵達が依頼を受け、討伐に当たった。
 だが、スライムが最弱モンスターの代表みたいな話はどこか別の世界の事であって、少なくともこの世界のスライムはそれなりに強いモンスターである。ましてや、こんなにも巨大となれば、並の傭兵では太刀打ちできなかったのだろう。
 そこで、この俺に討伐依頼が回って来たわけだが……立場上、断るわけにもいかず……

「あ~、それじゃあこの油瓶をぶつけて、火をつけてみるか」
「無駄ですって! そんなの俺の仲間が――前任者が、とっくに試してますよ!」
「そ、そうなのか?」
「ちなみにその前任者の一人が、あそこに取り込まれてます!」
「おおう……」

 案内役の傭兵が指さす先、巨大スライムの体の一部に、まだ消化され切っていない人間の骨が埋まっている。その手には、俺が持っているのと同じような油瓶があった。
 更によく見ると、巨大スライムの体内には他にも色んな動物やら何やらが埋まっており、スライム自身も泥水のような色で、臭いも酷い。こりゃあ、水が汚染されるわけだ。

「ズロロロロ……」

 と、その時、巨大スライムは緩慢な動きながらも、その身を大きく引き伸ばし、こちらに覆い被さろうとしてきた。

「ひっ!?」
「むっ!」

 しかし、その狙いは俺ではなく、案内役としてついてきた傭兵であった。
 恐らくこのスライムにとっては、無意味な剣を振るって来る者よりも、静寂を破る者の方が許しがたい存在なのだろう。この傭兵、さっきからずっと大きな声を出していたからな。
 ただ、この傭兵もそれなりに戦いの経験があるようで、悲鳴をあげつつもその場から大きく飛び退き、スライムの攻撃を間一髪で回避していた。

「だ、大丈夫か?」
「…………」

 体勢を立て直した後も、自身が狙われた事により、表情に焦りと恐怖が浮かぶ傭兵。しかしその顔は次第に、怒りの形相へと変わっていった。

「だ……大丈夫か、だって? ふざけるな! 何が天才魔術師だよ! 依頼料だけで俺の何倍ももらってるくせに、とんだ役立たずじゃないか!」
「や、やくたたず……?」
「噂じゃ、物凄い魔法使いだからって言うから! 目の前で仲間の仇を討ってくれると思って! だから俺、案内役を引き受けたのに!」
「お、おい、あんまりそんな、大きな声出してると、また……」
「あ、分かった! お前偽物だな!? リヒター殿の名を騙って、依頼料だけもらおうとしてるんだろ! それで邪魔者の俺が死ねば、口封じもできると思ってるんだな!?」
「え、いや、ちがっ……」
「くそ! そうはさせるか! こうなったらせめて、お前だけでも!」

 と、傭兵が先程までと同様に――いや、それ以上に大声でがなり立て、終いには俺に剣を向けてきた、その時……

「ズロロロロォ!」

 再び、スライムが体を伸ばし始めた。ただし今度はそのまま覆い被さるのではなく、流体である自身の性質を活かし、体を幾つかに枝分かれさせ始めた。
 それはまるで巨大な手のようであり、その形状も相まってか、先程までよりも明らかに、確実に、捕食の意志を感じさせた。

「ひっ、あ、あ……」

 傭兵はスライムの新たな攻撃態勢を目の当たりにし、慌てて剣の切っ先を俺からスライムに向け直したものの、腰は完全に引けてしまっていた。
 そしてやはり、スライムの攻撃目標はその傭兵に向けられているようで、傭兵が一歩後ずさったその時、巨大な手となったスライムが傭兵目掛けて伸びてきた。

「う、うわあああ!?」
「ええい、仕方ない!」

 俺は、覚悟を決めるしかなかった。できれば魔法を使わずに討伐したかったが……最早、そんな甘い事を言っていられる状況ではない。
 俺は先程まで使っていた剣を素早く、逆手に持つ。実はこの剣は元々、魔法の触媒として使う杖に仕込まれたものであり、柄の先端には魔法の効果を高める宝珠が付いているのである。
 そして続けざまに、詠唱らしい詠唱もしないままに、宝珠の先を振るった。その瞬間、俺達の目の前に大きな魔法陣が展開され、それがバリアとなって、スライムの攻撃を阻んだ。

「え、え、え?」

 何が起きたのか分からない様子の傭兵と、その一方、スライムも少し驚いているようだった。まあ、スライムの表情なんて分からんが、動きが止まってるから、多分そうだろう。
 しかし、バリアとしての効果は単なる副次的なものに過ぎない。この魔法の本来の用途は、攻撃なのだ。

「俺にこの力を使わせたこと……あの世で後悔するがいい」

 と、俺のキメ台詞の直後、魔法陣から真っ黒な光線が、その魔法陣の直径と同様の太さで発射された。そしてその光線は、スライムの巨体をまるごと地下水道の壁に押しやり、貼りつけにしながら焼き続けた。スライムの体が全て、蒸発し切るまで。
 後には、地下水道の壁に真っ黒な穴のような焦げ跡だけが残された。と言うか、少し壁の方も削ってしまったようで、これはこれで後で文句言われそうだ。一応、できる限り出力を絞ったつもりなんだが……

「……ハアァ……さて、大丈夫か?」
「え……あっ!」

 俺は大きなため息をつきながらも、傭兵を気遣って見せた。
 いや、別に俺は、先ほどまでの傭兵の態度を怒っているわけではなく、仕方なくとは言え、魔法を使ってしまった事を後悔しているだけだ。
 しかし、傭兵の方はやはり、俺が怒っていると思ったようで……

「も、申し訳ありませんでした!」

 と、土下座する勢いで頭を下げてきた。

「無礼な言葉の数々や、リヒター殿を偽物と疑った挙句、剣まで向けてしまって……この上は、どのような処罰も受ける所存です!」
「ああ、いや、そんな大袈裟な……まあなんて言うか、俺もほら、ちょっと焦らし過ぎたかなってね」
「焦らし……そ、そうとは知らず、俺、いや、私は……」
「まあ、何だ。お互い、いい経験になったと思おうじゃないか。なあ?」
「うう……何とお優しいお言葉……やはりリヒター殿は噂に違わぬ、英雄です!」

 英雄……英雄ねぇ。俺はただ、後先考えずに復讐の為だけに悪魔と契約した、愚か者なんだけどな。
 それに、その大層な肩書のせいで、今もこうして戦いを強いられ……ハアァ……
 まあともかく、討伐は達成した。傭兵ギルドへの報告は案内役の傭兵に任せて、俺は一足先に帰るとしよう。

     


 ◆王都、三番街、孤児院

 俺の家は、王都でも富裕層が集まる一番街……ではなく、低所得者層が集まる三番街にある。
 いや、既に一番街で暮らすだけの所得はあるのだが、元々そんなに裕福な家に生まれたわけでもないし、親を亡くしてからはずっと三番街の孤児院で育ったせいか、贅沢な暮らしというものが肌に合わないのだ。

 それに、そう、三番街に家があるおかげで、ちょっと寄り道をすればすぐに孤児院に顔を出す事ができる。
 先程も言ったが、この孤児院は俺が11歳で親を失ってから、18歳になるまで世話になっていた場所だ。独り立ちした今でも感謝の念は尽きない。だから今でも時折こうして、傭兵ギルドの仕事で得た金の一部を寄付しに来たり、院長先生に顔を見せに来たりしている。

 ああ、あとついでに――

「うわ~~ん! リヒター! プラムがイジメるぅ!」
「こらっ、待ちなさいラプンツェル! イジメてたのはアンタの方でしょ!」

 孤児院の敷地に入った途端、庭の奥の方から、騒がしい声が近づいてきた。
 そして現れたのは、ワンピース姿の金髪の少女……を模した、30cmほどの大きさのぬいぐるみと、それを追いかけて来た赤髪の女性。
 俺は彼女らを、呆れの籠ったため息と共に迎える。まったくこいつは、また何かやらかしたのか。

「アタシはイジメてたんじゃない! ジョニーがリヒターみたいになりたいって言うから、稽古をつけてやってたんだ!」
「掃除当番を押し付けてただけでしょ!」
「雑巾がけは足腰の鍛錬になるんだよぅ!」
「言い訳するな!」

 ぬいぐるみは俺の周囲を飛び回って、追いかける女性から逃げ続けている。
 そう、このぬいぐるみは空を飛べるのだ。いや、正確にはこのぬいぐるみ自体にそういう能力があるわけではなく、ぬいぐるみに取り憑いている存在の仕業である。
 そしてその取り憑いている存在というのが……ご存知の通り、俺がかつて契約を交わした、悪魔なのだ。

「……いい加減にしろ、ラプンツェル」
「むぎゅっ!」

 さすがにいつまでもこうしているわけにもいかないので、俺は隙を突いてラプンツェルを捕まえた。

「うわ~ん、リヒター、アンタどっちの味方なのよぅ!」
「そりゃあもう、全面的にプラムの方だろ」
「裏切者! 浮気者! 鬼! 悪魔!」
「悪魔はお前だろ」
「う~~~……この、若ハゲ野郎!」
「まだハゲとらんわ!」

 俺にとって、何より悪質な悪口を言い放つラプンツェルに、思わず怒鳴る。そしてそのまま、プラム……ラプンツェルを追いかけていた女性に渡す。
 ああ、ちなみにプラムは、俺とほぼ同時期に孤児院で生活していた子供の一人で、いわば幼馴染である。そして大人になった彼女は、孤児院の職員の一人として、ここで働いている。

「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、あ、ありがとうリヒター。それと、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。院長先生は?」
「いつも通り、お部屋にいるわ。さ、ラプンツェルはこっち、罰として芋の皮むきね」
「うぅ~、リヒタぁ~……」
「ま、観念するんだな」

 ラプンツェルは助けを求めるような視線を向けてきたが、自業自得だ。おまけに、俺を若ハゲなどと、どの口が言うのかと……
 いや、一応言っておくが、俺は本当にまだハゲてないぞ。まだ28歳だし、自慢のセミロングの黒髪は、女性より艶があると評判なんだからな。そしてそれに合わせるように、黒を基調としたベストとコートで、ダンディで紳士的、且つミステリアスな――

 いや、まあいい。どうやら院長先生は部屋に居るようだから、向かうとしよう。

 ◆孤児院、院長先生の部屋

「――失礼します」
「おお、リヒターか。無事で何よりだ」

 部屋に入ると、院長先生が窓際の椅子に座り、お茶を飲んでいた。
 院長先生は老齢の男性で、歳相応の見た目をしている。特に最近では足腰が弱ってきているらしく、部屋に籠りがちらしい。
 俺が子供の頃は、もうちょっと元気だったのにな。時の流れとは、残酷なものだ。

「先程、ラプンツェルの声が聞こえたよ。また何か、やらかしたようだ」
「ええ、すみません。後で、きつく叱っておきます」
「よいよい、あの子のおかげで、孤児院の子らも笑顔が絶えんからな」
「そうですか」

 院長先生は相変わらずの、優しい笑顔を浮かべている。
 しかし、気のせいだろうか? ほんの僅かだが、何かを迷っているかのような、小さなため息をついた気がした。

「……お体の方は、どうですか?」
「ん、ああ……特に問題はないよ。ただ、まあ、やはり昔ほどの体力はないがね」
「……」
「それよりリヒター、君の方はどうなんだ? 今のところは……まだ、大丈夫なようだが」
「ええ、まあ……」

 実は院長先生は、俺とラプンツェル以外では唯一、俺の魔法の秘密を知っている人である。
 そしてそんな彼が、俺の……顔を心配そうに見つめている。恐らく、今回の依頼でも魔法を使ってしまったことに、気付いているのだろう。

「なあ、リヒター。君はまだ若い。しかしこのままあの魔法を使い続けていたら、いつかは……」
「そう、ですね。しかし他に手段がなくて」
「ふむ……あの邪竜を倒した事で、君は英雄になってしまったからな。傭兵ギルドのみならず、国中が君の力を当てにしている事だろう。
 それに加えて君は、この孤児院すらも気にかけて、危険な仕事を続けている。それはとてもありがたいが、しかし君はそろそろ、君自身の為に生きるべきなのではないか?」
「俺自身の……?」
「そう、君自身の。さもないと、私のようになってしまうぞ」
「私のようなって……俺は、院長先生のことを尊敬していますが」
「しかし、私は今尚、独身だろう?」
「……は?」

 突然、何の話だ?

「本当は私だって、結婚したかったんだ。それなりに恋もしたし、いずれは、と」
「はあ……」
「しかし、それは叶わなかった。なぜだと思う?」
「なぜって……」

 思わず、生唾を飲み込む。
 そう、本当は分かっている。院長先生が何を言おうとしているのか。

「なぜなら、私は君くらいの歳の頃からすでに、ハゲ始めていたからだ!」
「!?」
「いや、それでもまだ最初は、若干薄くなった程度だろうと思っていた。しかし気が付けば、私は孤独になっていた。あっという間に不毛の地は広がり、最早言い逃れのできないほどの禿山になっていたからだ」

 確かに、俺が子供の頃から既に院長先生の頭はハゲあがっていた。しかしまさか、そんな昔からハゲていただなんて……

「だが、君はまだ間に合うかもしれない。この国を離れ、あの魔法の使用を極力控え、そして――」
「そして?」

 院長先生はおもむろに、近くの机の引き出しから一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。

「……求む、灰の城、攻略……?」
「隣国、アルハーバル共和国で見つかった、灰の城と呼ばれる遺跡を攻略してほしいと言うチラシだ。そこは魔物の巣となっており、最近では魔物が人里にまで降りてきていて、問題になっているようだ」
「はあ……しかし、これが何か?」
「伝承によれば、この遺跡には願いが叶う秘宝があるらしいのだ。それを使えば、一生に一度だけ、その人にとって本当に必要なものが手に入るのだと」
「本当に必要なもの……」
「そう、だから君はそれに、願うのだ。君の人生を良い方向へと導く為の、何かを」

 院長先生は諭すようにそう言って、俺の肩を優しく叩いた。
 いや、しかし院長先生も、本当にそんな、願いの叶う秘宝なんてものがあるとは思っていないだろう。
 だから多分、俺がこの国を離れるきっかけになればと思って、この話をしてくれたに違いない。そうすれば、少なくとも毎日のように討伐依頼を頼まれる事もなくなるだろうし、その分、あの魔法を使う必要もなくなるはずだと。

「……分かりました。やってみます」
「そうか。だが、何かあったら、いつでも帰ってきなさい。ここは君の家なのだから」
「はい」
「ああ、それと……」
「?」
「時々でいいから、手紙を送ってくれ。プラムや子供達が、寂しがるからな」
「勿論です」

 ◆孤児院、廊下

 院長先生の部屋を出て、俺は外に向かって歩きながら、改めて考えを巡らせていた。
 俺はこのエステラという国を出た事がない。そんな暇もなかったし、必要もなかったからな。
 とは言え、興味がなかったわけでもない。俺の両親も元々別の国で生まれたらしく、遺品の中にはその当時の事を記した日記なんかもあって、それを読むたびに、どんな国なのかと想像を膨らませていたものだ。
 ……まあ、両親の出身地はアルハーバルではないのだが、それはともかくとして。
 だから、いざこうして別の国に行く覚悟を決めてみると、却って楽しみになってきている。隣国とは言え、アルハーバルは海を越えた先にあるからな。

 それに、願いの叶う秘宝、か。
 いや勿論、俺だってそんな話は信じていないが、しかし……もし仮にだが、その伝承が真実だったとしたら、俺は何を願うのか。やはり、ラプンツェルとの契約を破棄する事を願うべきか、それとも……
 
「おいこら、リヒター! さっきはよくも裏切ったな!」
「ん、なんだラプンツェル、芋の皮むきはもう終わったのか?」
「あんなもん、途中でポイーよ!」
「まったく、また怒られるぞ」
「いいもん、そしたら今度は、逃げ切るから」

 ラプンツェルはそう言いながら、俺の頭の上に腹ばいになるようにして、乗っかった。

「さあ行け、リヒター号!」
「誰がリヒター号だ、誰が」

 全く、相変わらず傍若無人な奴だ。まあ、悪魔だからと言ってしまえばそれまでだが。
 しかし、悪魔にしては、そこまで悪い奴とも思えないのも事実。実際、あの契約からもう16年もの間ずっと一緒にいるが、こいつが一緒にいたおかげで、寂しさが紛れていた側面もあるからな。
 だから……そうだな、仮に例の秘宝とやらがあって、願いが叶うのだとしても……願うのは、契約の破棄ではなく……

「お、白髪はっけーん、えい!」
「っ!? な、お、おい!? まさかお前今、白髪を……」
「抜いてやった♪」
「お、お前えぇぇ!」
「わははははー!」

 前言撤回だ! 絶対、契約破棄してやる!!


 ◆16年前の、あの日

「――おっと、アンタの名前を聞いてなかったね」
「リヒター」
「ふぅん……ではこれより、契約の儀を始める。我、ラプンツェルの名において、汝、リヒターに代償を求め、力を与えん」

 先程までの軽い調子から一転、大仰な口調で契約の儀式とやらを始める、悪魔。
 すると俺と悪魔の足元に、何やら魔法陣のようなものが浮かび上がった。

「万物を飲み込み滅ぼす、黒き光の力よ、この者に宿れ! その代償は――」

 その、代償は!?

「汝の、体毛!」
「た、体毛!?」

 魔法陣が一際強く輝き、俺は一瞬視界を奪われる。
 しかしそのすぐ後に、俺は全身の毛と言う毛が、毛穴と言う毛穴が、熱を帯びている事に気付いた。

「これより先、我が力を行使するたびに、汝は体毛を失うだろう。そしてそれは、今あるもののみならず、未来において成長し得るものにおいても代償となる」
「な、なんだ、どういう事だ?」

 あまりにも意外な展開に、理解が追い付かない。いや、何となくは分かるのだが、理解したくないというか……
 すると悪魔は――ラプンツェルは、また元の、くだけた感じの口調に戻り、代償の内容を要約した。

「……あ~、つまり簡単に言えば、いつか生えたり伸びたりするであろう分の毛も使うって意味で、最終的には全身がツルッツルになるって事だよ」
「あ、頭も!?」
「頭も」

 これは……腕や足を取られるより、マシと言うべきなのか?
 しかし、しかしだ、俺は未だ子供で、それなのに、早くもツルッパゲになる危険性があるって事だよな?

「まあ精々、ハゲめよ、少年♪」

 上手い事言ったつもりか! やかましいわ!

       

表紙

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Neetsha