第1話 消化試合のような日々

 いつの時代もどこの学校も、呼び出し場所といえば体育館裏か屋上と相場が決まっている。
 雑草が生えた植木鉢や古タイヤ、コケとカビで緑色に変色した机や椅子が乱雑に積まれた体育館裏は、四方のうち二方が校内と校外を隔てる塀、一方が体育館の建物となっているため、人気もなければ日も差さず暗い。
 そして、残る一方に三人の屈強そうな男が立っているとなると、華奢な女子高生に過ぎない私、天宮天希(あまみや・あまき)にとっては本来、警戒を通り越して身に迫る危険を感じていなければならないシチュエーションなのだろう。
 自分が今置かれている状況をどこか客観的に捉えながら、私は目の前でニヤニヤと笑う学ラン姿の男三人を眺めていた。
 見たことのない顔ばかりだが、あちらは私を知っているらしい。今朝、下駄箱に入っていた手紙の文面から、それは窺い知れる。
 この学校の生徒は、右の襟元に学年を表すローマ数字のバッジを付けることが義務付けられているので、それを見れば彼らが三年生であることがわかる。
 しかしそんなことより注目すべきは、彼らのうち二人が得物を持っていることだろう。
 一人は、木製バット。
 金属バットでないだけマシ、だとはどうにも思えない。
 というのも、その先端から二十センチほどの範囲に乱雑に釘が打ち込まれていて、それらはドス黒く変色したモノに塗られていたからだ。そいつで殴った人間の数は、少なくとも一桁ではないだろう。
 一人は、ナイフ。
 具体的には、折り畳み式の、いわゆるバタフライナイフと呼ばれる種類のもの。この学校でもなければ銃刀法違反で補導間違いなしの代物だが、こちらも同様に刃が変色している。
 残る一人は何も持っていないが、ことこの学校においては、それは必ずしも武器を持っている他二人より安心、とは限らない。得物を使うまでもないほどに、むしろ得物を使わないほうが有用なほどに、強力な『能力』の持ち主である可能性があるからだ。
 しかし――それでも私は、彼らに対してさほどの脅威を感じてはいなかった。
「ノコノコ来てくれてありがとよ。お前、もう『卒業権』があるんだってな。まだ二年の癖によ」
「俺ら、このままじゃ『卒業』できなさそうなんだわ。先輩を助けると思って協力してくれよ、天希ちゃんよォ」
「心配しなくても、大人しく二、三発殴られてくれりゃあそれでしまいにしてやっからよ。あんたの綺麗な顔とカラダに傷つけたかァねぇからなァ」
 そう言って下卑た笑い声を上げる三人。
 仮に私が彼らの言う通り、無抵抗でいたとしても、どうもただ殴られるだけでは済まなさそうだ。
「はあ……」
 私は、思わずため息をついていた。
 こんなことなら、卒業ギリギリで『卒業権』を得られるように上手く調整するべきだった。不可抗力も多々あったとはいえ、私は異例の早さで『卒業権』を得てしまったがために、こういう輩に目を付けられるくらいには、校内でも名が知れてしまっている。
「どうでもいいけど、先輩方。二年で『卒業権』を得ている私に、卒業が危うい劣等生がたった三人で、どうにかなると思ってるの?」
 私の言葉に、彼らはバカ笑いを止めて目を見開いた。
 しかし、すぐにその目は細められ、リーダー格と思われる素手の男がフフン、と鼻を鳴らした。
「さすが優等生サマは大した自信だな。でもなぁ天希ちゃん、残念ながら天希ちゃんの『能力』がこういう荒事向きじゃないってのは割れてるんだわ」
「……へえ。私の『能力』を知ってるんだ」
 それは少しだけ意外だったので、私は素直に驚いてみせた。まあ、本当に少しだけ、だが。
 私は自分の『能力』をペラペラと吹聴するような愚は犯していないが、私の『能力』を知っている生徒も、そう多くはないが存在する。そのうちの誰かが、情報を売った可能性はある。動機は、『卒業権』を得た私への妬みかもしれないし、私がリタイヤすれば卒業枠が一つ空くかもと考えたからかもしれないし、こいつらを焚きつけておいて、漁夫の利で手柄を得ようとしているのかもしれない。わからないが、この学校においては、他人を安易に信用しないほうがいい。私の『能力』を知っている人間は基本的に私と付き合いのある相手ばかりだが、彼ら彼女らのうちの誰かが裏切っていたのだとしても、私は驚かないし、さして責める気にもならない。
 ここは――この学校は、そういう場所なのだから。
「ま、俺たちだけ天希ちゃんのコト知ってるのはアンフェアってモンだよなあ。だから教えてやるよ――俺の能力は」
 リーダー格の男の得意げな語りは、硬いもので硬いものを殴打する、鈍く不快な音によって妨げられた。
「がっ……!?」
 額から血を流しながら、男は白目を剥いて背中からぶっ倒れる。
 ぴくぴくと手足を痙攣させているあたり、かなり派手に脳が揺れたようだ。
 何が起きたのか。
 釘バットを持った男が、その釘バットをすぐ隣にいた仲間の頭にフルスイングしたのだ。
「お、おい、何やって――」
「し、知らねえよ、手が勝手に――」
 うろたえる残り二人も、すぐにお仲間の後を追うこととなった。
 二たび振られた釘バットと、突き出されたバタフライナイフとがクロスし、彼らは相討ち、否、同士討ちとなって崩れ落ちた。
 生きてはいるが、この怪我ではしばらく『保健室』送りだろう。
 そうなると、卒業はまあ絶望的だ。卒業式の日を待たずして『退学』になるかもしれない。
 私は、血だまりに沈んだ哀れな男たちを見下ろし、呟いた。
「――この学校で見ず知らずの相手に呼び出されて、戦闘向きの『能力』持ちでもないのに、たった一人で足を運ぶバカがいると思ったの?」
 彼らを同士討ちさせたのは私ではない。
 そんな『能力』があったなら、それこそ一人で出向いている。
 私は振り返り、その厄介極まりない『能力』の持ち主の名を呼んだ。
「ありがと、きずな。おかげで助かったよ」
「……え、えへへ。天希ちゃんの役に立てて……よかったよ」
 口元がひきつった、媚びと恐れに満ちた下手な笑顔。
 入学式の頃から変わらない、おどおどとした立ち振る舞い。
そしてそれらがすべて演技に過ぎないことを、私は知っていて。
私が知っていることを彼女もまた知っているからこそ、彼女は私に寄り添って、この一年半ほどの高校生活を過ごしてきた。
彼女の名前は宇田きずな(うだ・きずな)。
 私のクラスメイトであると同時に、卒業までの残り一年半、特に警戒しておかなければならない生徒の一人だ。
「こ、この人たち、どうするの?」
「放っとけば『風紀委員』の連中にでも回収されるでしょ。心配しなくても、このくらいで死にはしないわ」
「え、えへへ。だ、だよね。し……死なれたら、私、『退学』になっちゃうし、生きててもらわないと、えへへ」
 中学生どころか小学校高学年くらいと言っても通るくらいの幼い顔立ちと体躯には似合わない、とても邪悪な本性が滲み出た笑みをきずなは浮かべ、足元に転がる男の一人の腹を、つま先で軽く、戯れに蹴った。
 この学校では、すべての生徒がそれぞれ特殊な『能力』を付与される。それは校外では使えないが、いずれも常識を超越した便利な力だ。私たちは『能力』の実験体として、データ収集に協力する見返りとして、この『能力』を校内において自由に行使していい権利を与えられている。
 だが、さすがに殺人は行き過ぎた行為とみなされ、発覚した瞬間に『能力』を没収されると同時に『退学』が言い渡される。
 きずなはそれを、人一倍恐れているようだった。
 まあ、無理もない。
 この学校に入学する以前、辛い経験をしていた者、弱者だった者、自分自身を嫌っていた者――そういった人間ほど、一度手に入れたこの異能力を手放すことを恐れるものだということを、私はすでに知っている。
「ね、ねえ、天希ちゃん。私がこの人たちを倒したってこと、『職員室』に……」
「わかってるよ」
「えへへ……ありがと、天希ちゃん」
 保身の塊であるきずなが私に協力してくれるのは、決して私がきずなの本性を見抜いていて、また彼女の『能力』に対する天敵であるからというだけではない。もちろんそれが大きいが、校内で名が売れて悪目立ちしている私を狙う輩は一定数いて、そいつらを返り討ちにしていくだけで、きずなは『卒業』に向けてのポイント稼ぎができるからだ。
 私は餌であり、同時に証人。
 『卒業権』をすでに得ていることが、対きずなという点においてはとても有効だ。なんせ、私はこれ以上ポイントを稼ぐ必要がない。きずなからしても、手柄を掠め取られる心配がなくて安心というわけで、きずなが安心して私に付いてくれるということは、私にとっても安心で。
 要するに、私ときずなはウィンウィンの関係だった。
「きずなも、もうだいぶポイント溜まってるんじゃないの? 二学期になってから、こういう連中多くなってるし」
「う、ううん。まだ……微妙、かな。やっぱり、こういうのって、雑魚ばっかだし、えへへ」
「……うん、そうだね」
 つくづく、私の『能力』がきずなを完封できる類のものでよかったと思う。
 卑屈なようでいて、その胸の内には悪意と野心が渦巻いている――味方にしておきながらなんだが、本当に恐ろしい相手だ。
「だ、だから、ね、天希ちゃん。私、できれば、もっと大物を」
「無理だよ」
 私は、きずなの言葉をぴしゃりと遮った。
「私ときずなの『能力』は、雑魚狩りには向いてても大物食いには向いてない。一年の頃、亜衣紗(あいさ)に勝てたのだって奇跡みたいなもんなんだから」
「そ、それは、わかってる……けど」
「この話は終わり。さ、早く『職員室』に行こう。他の誰かに手柄を取られる前に」
「え、あ、うん。そ、そうだね、行こ」
 釈然としないながらも、きずなは引き下がってくれたようだ。
 そのことに内心安堵しながら、私はきずなと共に歩き出す。
 ……この学校では、普通に三年間過ごしただけでは『卒業』することができない。いや、この学校から出ることはできるが、その代わりに、学校から貸し与えられている『能力』を、返さなければならない。
 人間は、一度便利なモノを手に入れると、それをなかなか手放せなくなるものだ。
 だが、『能力』を積極的に駆使して、データ収集に多大な貢献をすると共に、『能力』を行使する者としての自身の価値を学校側にアピールし続けることで、『卒業権』を得ることはできる。
 そうすれば、三年間の学校生活の終わりと共に、『能力』は借り物ではなくなる。あくまでもモニターとして一時的に貸し与えられていただけに過ぎなかった『能力』の所有者となり、校外でも法律の許す範囲で『能力』を駆使し続けることができるようになるのだ。
 私は、奇跡とも言っていいような僥倖により、二年二学期現在、すでに『能力』の所有者となる権利が内定している。
 だから、学友たちを蹴落としてポイント稼ぎをする必要なんてない。
 しかし、そんな特殊な立場である私を、周囲はそう易々と放っておいてはくれない。
 私がこの学校で、卒業式の日までやらなければならないこと。
 それは、ただただ、「毎日を生き抜くこと」――この物語は、その記録だ。