二月十三日。日曜日。午後二時五十三分。
 雨宮邸のオープンキッチンにはおよそチョコ作りには無関係と思われる色とりどりの食材が並べられていて、小柄な篝を見失ってしまいそうなほどの小山が所狭しと築かれていた。
 スイカやかぼちゃにカレーのルー。エナジードリンク各種、業務用洗剤、溶けてでろでろの氷菓子、雑巾。
 料理の出来ない人間が画一的に口にしたがる「手作りチョコ」の定番といえば、湯煎で溶かした板チョコを型に流して冷蔵庫で固めたものというイメージだったけれど、どうやら篝の計画は違うらしい。
「真昼。あたしはね、完璧なチョコレートを作りたいの」
 どこか決意めいた表情を浮かべる篝。
 私が完璧とはなんぞやと問うと、
「そりゃ、ギフトコーナーで買えるような既製品とも、どこかの知らない誰かが書いた――如何にも美味しそーなレシピをなぞっただけの手作りでもない、もっと何か、違うものだよ」
 なるほどなるほど、わからない。
 およそ完璧とは無縁の回答。
 ひょっとするとそれは、言語化するには難しすぎるものなのか。
 それとも或いは、篝自身もわかっていないのか。
「で、どうやってその……完璧なチョコレートとやらを作るおつもり?」
「真心を込めるの」
「……真心」
 そう、真心。
 篝は心を込めたかのように抑揚をつけて反復する。
「よくわかんないけど、私は何も手伝わないかんね」
「あ、うん。真昼はただ、見ていてくれれば、それでいいよ」
「見もしないかもだけど」
 別にお菓子作りとか興味もないし。
 退屈だったらテレビを観るかも眠るかも。
 すると篝は、
「いてくれるだけで、いいよ」
 ただ、そこにいてくれさえすれば。
 それでいい――と言った。
「そっか」と私。
 じゃあ、頑張ってね。
 素っ気なく言って、ぽふんとソファに飛び込み、道すがら購入した自己啓発本を読み始める。
 それから――篝が自らチョコ作りと称したその行為に於いて一体全体どのような禁忌を犯したのかはわからない。
 但し結論を言ってしまえば単純な話だ。
 彼女は挑戦し、そして失敗した。
 完璧なチョコレートを作ることは出来なかった。
 時計の針がくるくる回って、今は夕暮れ。
 篝が、にゃーっと悲鳴を上げた。
 見ると、焦げた臭いを放つオーブンレンジからもくもくと黒煙が噴き上がり、ばかんと開いた扉からは細い右腕がにょきりと生えて、それからずるり――と銀髪の少女が滑り落ちた。
 へたり込みながらけほりけほりと咳き込む少女、その頭上にはまっちろい輪っかが浮かび、背中にも異形の翼が生えている。
 どちら様? なんて言葉はいらない。
 どこから誰がどう見ても、彼女は天使だった。