小鳩先輩は何者でもない。
 会うたびに顔が変わるし、年齢不詳。髪型や声も一定ではなくて、ロングだったりボブだったりハスキーだったり。
 それでも会えば彼女とわかる。
 一度も話したことがなくたって、彼女も私を私とわかって話しかけてくる。
 変わらないのは、彼女を呼ぶときはいつだって「小鳩先輩」であることだけ。
 まあでも、性別だとか制服姿だとか――実は色々とあるのだけれど。
 どのみち言えることは。
 彼女は正体不明だ。
 ニュースでたびたび話題に上り、たびたび世代の異なる大人達から「今時の若者」と揶揄される類の人間。
 要するに――小鳩先輩には、自分と呼べるものが存在しないのである。
 他人の望む自分でいようと考えすぎてしまった人。本当はとても優しい心の持ち主なのだけれど、優しさなんてものは言葉遊びの材料に過ぎなくて、その心の本質はいつも靄の内と外とで泥濘んでいる。

 時計がくるり。
 何度かその針を回転させた頃。
 雨は止まず、空は昏く。
 私は相変わらずコンビニの店内にて雨宿りを続けていた。
「あのさー、須藤」
 小鳩先輩がぱらぱらと捲られる雑誌に目線を向けたまま、
「なんで須藤はさー、雨宮なんかとつるんでんの?」
「別に、つるんでないですよ」
「でも、いつも一緒だよねー」
「それは否定しないですけど」
 というか出来ないですけど。
 だって事実だから。
 でも、そう認めてしまったら終わり。
 何となくそんな気がして。
「腐れ縁ってやつですよ」
 そう答えるしかなかった。
 本当はもっと不本意丸出しの顔と声を繕いたかった。
 けれど口先から吐き出されるのは複雑の様相を呈した灰色のため息だけで。
 小鳩先輩はけらけら笑いながら、
「不思議だよねー。ふたりとも、明らかにタイプが違うっていうか、幼なじみって理由がなかったら一緒にいる理由がなさそうっていうか」
「私と篝が出会わなかった時空があるなら、今からでもそっちに行きたいくらいですよ」
「ふーん」
 ふーん、ふーん、ふーん、と。
 小鳩先輩は何度もふんふん鼻を鳴らす。
「そんなに邪魔なら、ウチで引き取ろっかー?」
「なんですか、それ」
 まるで粗大ゴミみたいな。
 まあ、無料で引き取ってくれるというなら、勢いだけで買ってしまった一万円のエレキギターも付けますから是非お願いしますというところ。
 でも、引き取るって、どういう意味だろう。
 思ったことをそのまま口にすればいいのに、何故か私は言いよどんで。
「だってさ、あの子、明らかに須藤本位で生きてるじゃん。家族はいない、友達も須藤以外にひとりもいない。誰からも嫌われて、雨宮自身も他人なんて望んでない」
 自分がないんだよ。
 わたしと一緒だ。
 放っておいたらいずれ。
 いずれ。

 ――――。
 ――――。
 ――――。
 ――――。

 雨。
 雨が降っている。
 夜空は雨雲のなかに吸い込まれ、雨となって大地を打つ。
 濡れるのが嫌い。湿るのが嫌い。
 雨が降ると、いつもまっすぐ歩けないから。
 他人が広げた傘が邪魔だし、私の広げた傘が邪魔になるから。
 やっぱり雨は嫌いだ。
 コンビニの床には無数の足跡が刻まれている。
 今日が晴れなら、こうはならなかったんだろう。
 雨は嫌いだ。
 そろそろ止まないかな、と外を、空を見上げて項垂れる。
「……篝は、いつか両親がふらっと帰ってくるんじゃないかって、本気で信じてますから」
「ますから?」
「私がいなくなっても、ただ待つだけですよ」
 待ち続けるだけですよ。
 篝の両親と。
 多分、私のことを。