Neetel Inside 文芸新都
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悪童イエス(完結)
12.All Apologies/Numb/Walk

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 YouTubeにて「悪童イエス」関連プレイリストを作成しました。
 特に今回は和訳も絡んでるので、
Linkin Park 「Numb」https://youtu.be/y2AJbYg1kBk
Foo Fighters「Walk」https://youtu.be/W-GlsAzml6k
の2曲は、視聴を踏まえてお楽しみ頂ければ幸いです。
 では本編。



「行くぞ、イエス。何やってんだ」
 出発間際だというのにもたもたと何かを探しているイエスにユダは訊ねた。
「双眼鏡が何処にあるか知らないか、ユダ。だってすごく大きなステージでマリアは踊るんだろ? 双眼鏡でもないとよく見えないよ」
「うちにはそもそも双眼鏡なんてないよ、イエス。それにマリアはちゃんとVIP観覧席を用意してくれたんだからよく見えるはずだよ」
「そうか、すまない。で、何を踊るんだっけ」
「NIRVANA全曲、だって。もう行くぞ。ヨハネもトマスも待ってる」
「俺達と組んでたマリアが今や世界的なダンサーだなんて、夢みたいだな」
「ああ、夢だからな」

 イエスは留置所の中でNIRVANAの曲ばかりを口ずさんでいた。看守はもう何も言わずにイエスの歌声を聴いていた。人捨て場で働いていた時に繰り返し聴き続けたNIRVANAは、どの曲が、というより、NIRVANA全体としてイエスに刻み込まれていた。時折無性にカート・コバーンの声を聴きたくなるのだった。猟銃自殺する事になるカートの事を、その死に様を先輩のメロスから聞かされる前からイエスは、そのようにして死んでしまう人だと知っていたような気がした。老成したカート・コバーンを想像出来なかった。そしてイエス自身が老人となる未来も。
 イエスが「All Apologies」を歌っていると、留置所に暴徒がなだれ込んで来て、看守は殴り倒された。イエスの独房の鍵は開かれたが、それはイエスを救う為ではなかった。いくらでも彼等を蹴散らすことが出来たイエスだが、抵抗なく彼は暴徒達に連れ出された。眩しい太陽の光がイエスに照り付けた。錆びた鉄を運ぶ風がイエスに突き刺さった。

「その歌じゃない、イエス」とユダは呟いた。暴徒の群れの中に彼は居た。イエスは引きずりだされてもなお、「All Apologies」を口ずさんでいた。彼を囲む群衆を挑発するように。
「死にたくない、って歌えよ」ユダは自分の言葉が祈りの響きを帯び出した事に気付いていない。
「Foo Fightersの『Walk』を歌えよ」俺は死にたくない、永遠に、と叫ぶ、カート・コバーンに向けて作られたその曲のイントロをユダは頭の中で弾いていた。しかしイエスは違う曲を選んでしまった。
 手首にロープを巻かれ、引きずられて歩きながらイエスはLinkin Parkの「Numb」を歌い始めてしまった。イエスに合わせて歌う者はいない。誰かが投げつけた石がイエスの額に当たり、血が流れるがイエスは気にせず歌い続けた。何もかもが嫌になってしまった、あんたの思い通りに生きるのはごめんだ、と歌っていた。
「チェスター・ベニントンも死んだ! イエス、死ぬな! 生きて醜く老いて、枯れた声で歌え! 同じようにくたばり損ないになった俺が傍らでギターを弾いてやる! ゆったりとしたブルースでも、ひたすら愛について歌う眠たいバラードでも! それじゃ駄目か、イエス! どうして自殺した奴の歌ばかり歌うんだ、イエス!」

 イエスを取り囲む人々は増え続けた。中にはイエスの無実を理解し、彼を守ろうとする者も居たが、もみくちゃにされる内に動かなくなったり、反転して暴徒の一味になったりした。イエスに投げ付けられる石の中には始めから血が付いている物もあった。投げる前に自分を傷付けている者が居たのだ。歯が折れ喉を潰されてもイエスはまだ歌い続けていた。誰よりもイエスに近付こうとしたユダは、乱暴な者達に邪魔者扱いされて腕を折られた。二度とギターを弾けないほどにぐちゃぐちゃに。イエスを連れて移動する群衆に置いていかれたユダは、地面を背に寝転びながら、腕の痛みをかき消すように声をふり絞って叫んでいた。

「死んでたまるか! 若くして死んで伝説になるなんてごめんだ。後から他人がどんどん伝説を付け加えて、語り継がれて、もはや人間でなくなってしまい、崇め奉れられる存在になどなるものか。俺は人間を続けるぞ、イエス! 神になどなってたまるか。誰かギターを寄越せ。誰か俺に折れていない腕を寄越せ!」

 それからユダは「Walk」を歌い始めた。ギターや腕を差し出す者はいなかった。

       

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