Neetel Inside 文芸新都
表紙

悪童イエス(完結)
13.世界の終わり/エレクトリック・サーカス

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 トマスは遠巻きにイエスを見ていた。かつてイエス達のパフォーマンスに熱狂していた群衆が、それを上回る熱気でイエスを打ち倒そうとしている。それでもイエスは歌うことをやめない。潰れた喉で、折れた歯の隙間から、メロディが漏れ出している。次第に歌声が復活していく。
「お前は人ではないんだな、イエス」トマスは呟く。
「今のお前が生きていられのはおかしい。歌えるはずがない。そもそもお前のような人間が生まれて来ていいはずがない。俺はお前のはらわたをこの手で探り出し、お前が人々に付けられた傷から流れ出る血を俺の舌で舐め、お前が倒れて動かなくなった心臓をこの手で掴むまで、お前の生も死も信じない」

 イエスは無理やり引きずられていたはずなのに、今では誰も彼を引く者はいなくても歩き続けている。人々と共に歩き続けている。どこまでも肥大する群衆の中にはあらゆる国籍の顔が見える。踏みしめる大地の土の色が変わる。あらゆる大陸の、あらゆる時代の土が含まれている。イエスから流れ出た血はイエスの体積を上回り始めている。イエスがTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT「世界の終わり」を歌う。イエスは遠くで倒れているユダの叫びを聞き取っている。自分に取って最良のギタリストであったユダとの別離は、傷付き続けている自らの肉体に感じる痛みよりも激しくイエスを刺す。それでもまだ歌えてしまう。頭の中でユダのギターが鳴っている。激しいカッティングでピックが削れ、ギターのチューニングが狂っていく。アベフトシは死んでユダも傍らにいない。ガラガラ声しか出なくなった今だから、チバユウスケのように歌えてしまう、とイエスは頬笑む。その頬に尖った石が刺さる。

 やがて道は尽きる。
 もう何処にも行き場所のない丘の上でイエスは立ち止まる。物語の終わりを感じてイエスはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのラスト・シングル曲「エレクトリック・サーカス」を歌い始めた。イエスに迫り来る群衆の先頭に立つ者達はいつのまにか手に手に凶器を携えている。包丁やナイフや鉄パイプだけでなく、竹槍や石斧や拳銃を手にした者までいる。あらゆる時代の罪業が、あらゆる人々が積み重ねた悪事が、イエスに押し付けられ、今まとめて裁かれる。それらはとうとうイエスに刺さり、振り下ろされ、撃ち込まれた。イエスは倒れもせずにそれらを全て受け止め、彼に危害を加える者達全てを抱き締めるようにしながら、「エレクトリック・サーカス」を歌い終えた後、息絶えた。

 ヨハネは呟いた。
「俺はお前の事を書くよ、イエス。本当の事だけでは信じてくれない人もいるだろうから、色々なフイィクションも交えて書くよ。そうしてお前はいつまでも生き続けるよ、イエス。歌い手が死んだってその人の残した素晴らしい曲は歌い続けられるだろう? お前の肉体が死んだって、お前の事を書いた物は残り続けるよ。下手をすれば永遠に。望む望まないに関わらず」
 ヨハネの筆は止まらない。ヨハネはその後死ぬまでずっと、名前を変え作風を変えイエスの事を書き続けた。


次回最終話

       

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