Neetel Inside 文芸新都
表紙

悪童イエス(完結)
3.執筆者ヨハネ

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「イエスの事を書いていい?」とヨハネは言った。
「いいよ」とイエスは答えた。

 すれ違う近隣の猫に挨拶をして、挨拶を返されるイエスにヨハネは聞いたのだ。「猫の言葉が分かるの?」と。
「分からないけど、挨拶くらいするだろ」
「猫にはしないよ」
「人には?」
「知り合いや、近所の人になら」
「あれらの猫は、知り合いで、近所の猫だ」
「猫だよね」
「人も猫もあまり変わらない。生きている人間も、死んで砕かれる死体も」
「砕かれる死体の事は、君の仕事上の問題だろう。僕にはやっぱり、猫は猫、人は人だ」
 ヨハネは人捨て場に一日努めて辞めた十四歳の男だ。あちこちの仕事に手を出しては長続きせず、暇を持て余してイエスの仕事終わりに付きまとうようになった。
「あんな職場でどうして働き続けられるんだ?」とヨハネは始め、率直にそう聞いてきた。
「お金が貰えるし、嫌いじゃないし」
「人を砕くんだよ」
「豚だってそうだろう」
「血が流れ出てるんだよ」
「川の水も流れ続けてるよ」
「つらくないのか」
「他の人にやらせる方と思うことの方がつらいかな」
「君はおかしいよ」
「僕以外のみんながおかしいのじゃないかな」

 小説を書いてる、とヨハネは聞かれてもいないのにイエスに言った。本当はまだ書き始めてはいなかった。
「イエスの事を書いていい?」
「いいよ」
「本当の事ばかりは書かないと思う。脚色したり誇張したり」
「いいよ」
「作風を変える為に、幾つかのペンネームを使ってもいい?」
「いいよ」
「ルカとかマタイとか」
 まだ小説は一文字も書き出してないけれど、筆名候補ならいくらでもあるんだ、とはヨハネは口に出さなかった。

 十五歳になったイエスは人捨て場を去ることになる。人捨て場は全て機械化され、人の仕事の入り込む余地がなくなってしまったからだった。死体回収車すら無人化し、度々生きている人間を回収する事故も発生した。ほとんどの誤回収者は自力で逃げ出したが、生きているのに死体と変わらないような人の一部は、開かれたドアから出ていかず全自動で砕かれた。

 失業後しばらくイエスは元先輩のメロスと組んで博打で金を稼いだ。イエスはただ運がいいだけで勝ち続けたが、馬鹿づきの仕方が不自然だということでイカサマを疑われ、メロスと一緒にチンピラ達にぼこぼこにされた。
「お前のせいだ」とメロスは言った。仲間のイエスが幾ら勝とうが、メロスは負け続けていたので、彼は殴られ損だった。
「お前が他人の運まで背負うから。周りの皆が負けちまう」
「それも僕のせいなのか」
「お前ならあんな連中簡単に返り討ちに出来るだろうに、何でやられるがままなんだよ」
「あの人達、怒ってたから、僕が悪いんだろうと思って」
「俺だけ助けてくれてもいいだろう」
「メロスはイカサマしてただろう」
「でも負けたんだよ!」
「次は君の分も殴られるよ」
「もう次はねえよ」
 メロスは走ってイエスから去った。

 次にイエスは歌で稼いだ。
 駅前でギターの弾き語りをする、暗い目をした少年に合わせて歌ってみると、少年ではなくイエスの方に小銭が降ってきた。少年は面白くなさそうな顔をしたが、次第に自らの声を小さくし、果てには演奏にだけ集中するようになった。曲目はドレスコーズや毛皮のマリーズが中心だった。何を弾いても歌いこなすイエスに始め少年は反発したが、よく通る歌声で道行く人を魅了するイエスにやがて少年も弾かれた。

 今まで見たことのない額の小銭の山がギターケースに積み上がったのを見て、少年はイエスと初めて口をきいた。
「ユダ」手短に少年は自己紹介をした。
「イエス」とイエスも応えた。

       

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