「スロウ」GRAPEVINE

動画はこちら
https://youtu.be/PjKz5OMJvnc

※前回同様、会社の同僚に出されたお題(「ロケットえんぴつって何ですか」)に、次に書くつもりだった曲のMVからイメージした話を当てはめたので、曲や歌詞からは少し離れた作品になっています。ご了承下さい。



 宇宙に向けて絶え間なく打ち上げられていくロケットを、花火のように眺めながら私はこれを書いている。決してロケット発射場には落下しないように計算された、切り離されたブースターは、残された人々がまだ住む地上にも降る。打ち上げに失敗して空中で爆散してしまったロケットも落ちてくる。私の頭上にある電線にはムクドリ達が不安そうに群れている。まだ燃えていない地面を彼らの垂らしたフンが汚す。

 もうすぐ壊滅するらしい地球に残されたのは、貧乏人と病人と犯罪者達と、抽選に漏れた大多数の運の無かった人達である。隕石衝突やら異星人来襲予定やら食い止めようのない天変地異やら、いろいろ原因は重なっているらしいが、宇宙に脱出するロケットに搭乗出来なければ、残って花火を眺める他はない。案外何も起こらなくて、人工の減った地球に残された人達でなんとなく工夫してうまくやっていけないかな、とも思う。国やら市町村やらを率いていた人達は軒並み出ていってしまったし、テレビもラジオも何も流していないけれども。

 何も映さないテレビ画面を眺めるのも、最初からテレビを観ないのも、そう変わらないんじゃないか。元々あまり観てなかった。流行りのドラマに疎いように、地球の崩壊についてもよく知らないままに、特に構える事もなく終末を迎えてしまった。

 地球最後の風景の中に居ながらも、人々は台風や大きな地震の時と似たり寄ったりな雰囲気で、何となく避難を始めている。私も流されて着いていくと、夏祭りの準備が途中で放り出されたままの小学校に着いた。子供達は遊具で遊んだり、子供会や自治体が出店する予定だったらしい、日除けのテントが張られた下に置かれている、お祭り用の景品のおもちゃを勝手に取り出したりしている。大人達はそれを注意していいかどうか迷っているようだ。仮に盗んでも、捕まえてくれる警察も機能してはいない。

 光るおもちゃやら水鉄砲に興味はないが、ロケットえんぴつを見つけて、懐かしくて手に取ってみる。10本入りの袋を勝手に開けて使い勝手を試してみる。えんぴつの長さほどの円搭状のプラスチックケースに、小さなプラスチックに入った尖ったえんぴつの芯が10個ほど入っている。芯が丸くなれば取り出して後ろから差し込むと、次の芯が押し出される仕掛けになっている。えんぴつ削りが要らず、えんぴつ本体が短くなる事もない。実用的でもあり、おもちゃ感覚でもある不思議な文房具で、お祭りの景品にはもってこいなのかもしれなかった。

 まだまだこの世の終わりなんて雰囲気がなく、私も会社勤めをしていた頃、職場でロケットえんぴつの話題が出た時があった。各世代が懐かしく感じる物の話をしていた。同世代でもロケットえんぴつに関しては、知っている者と知らない者が居た。中野という、当時二十代半ば頃の男が、「ロケットえんぴつって何ですか」と不思議そうに言うのを、他の者は逆に不思議に感じたものだった。
「お父さんってビートルズだったの?」ジョン・レノンの息子が父親に尋ねたという逸話と似ている気がした。中野君はロケットに乗れた側だろうか。残された側だろうか。あの頃の皆は元気にしているだろうか。私は、とりあえずはまだ生きている。今にも頭上に降りかかりそうな厄災の下で。

 使ってみると案外便利な物だな、と思いながらロケットえんぴつを拝借していく。スマホもパソコンも使えなくなってしまっても、書くものと紙さえあれば書き物は出来るだろう。ブースターやロケットがいつ頭上に落ちてくるか分からないこんな状況だからこそ、死ぬまで好きな事をしていたいと思う。

 遠くの空に墜ちていくロケットに自分の手を重ねてみる。いつまでも続きそうな時間の中で書き続けるには、重たすぎるロケットえんぴつ。風はますます強くなり、私が手帖に書き記してきた文字列が風に舞う。昼間なのに暗くなった頭上には、こちらに向かって墜ちて来るロケットが、静止したようにいつまでも同じ高度で留まっている。一定の高度から上では時が止まって、地上では子供達が遊び回り、私はものを書き続けている。ずっと前からそうだったように、生まれてから今まで全てが走馬灯だったかのように。きっとこの世界の終わりの風景の至る所で同じ現象が起こり、人々は誰も死なず永遠の走馬灯の中で今まで通り暮らしているのだろう。

 千切れて飛び散った手帖は諦めて、私はテントを後にする。新しい紙を探しに。学校の中にならいくらでもあるだろう。不安さに突き動かされて飛び立ったムクドリの群れが、空の見えない壁に突っ込んで固まった。彼らの残した最後のフンが地面を汚す。駆けてきた子供達が踏み散らすので、それらはすぐに消えてなくなった。

(了)