「JACK NICOLSON」bloodthirsty butchers

動画はこちら
https://youtu.be/60hYAK8wcKw

他関連曲
eastern youth「街の底」
https://youtu.be/7ilUtaTAMxI

Number Girl「TATTOOあり」
https://youtu.be/UMQQ3fZ1hPI


 うなるようなベースの音が街の底を流れている。音源を辿っていく。禿げ上がった白人の老人が酔って倒れている。右肩に入れ墨を入れた女が介抱してやっている。老人は蚊でも払うように女を煙たがっているが構わず女は彼を抱き起こす。巨体を事も無げに女は支えて歩き出す。

 音源に近付いていくとベース以外の音も聞こえ始める。ギターが。ドラムが。街中の大気を震動させる音圧で響いている。住人は慣れたもので、それぞれがリズムに合わせて好きにノッている。空には黒い雲と晴れ間が交互にやって来て、雨も降らないのに虹があがる。ヘドロのような河にも純白の白鷺がいる。日なたぼっこをする亀がぷるぷると震えている。

 歩いている。靴底にベースの音が貼り付く。俺は誰だろうと思う。入れ墨を入れた女がボロアパートの一室をノックすると、総白髪の大柄な白人の老婆が出てきて、悪態をつきながら酔った男を引き取っている。入れ墨の女も一緒に男をなじりながら、老婆からタッパーに入った何かのおかずを受け取っている。日常の香りがする。俺が失った物だという気がする。肌寒くなってきた。老婆が長袖の上着を入れ墨の女に投げ渡す。何語か分からない言葉で女は礼を言う。入れ墨が、隠れる。

 歌は始まらない。
 違う。
 これはアウトロだ。歌が終わった後の演奏が、リズムを速めて繰り返されている。終わり続けている。新たな始まりを待つように、アウトロだけがリピートされている。

「吉村君、おかえり!」
 突然、眼鏡をかけた髪の毛の無い男に声をかけられる。大きな叫びだ。街の底に流れるビートが彼にも絡み付いている。
「待ってたんだよ、みんな。朝も、昼も、夜も。そしてまた朝も」
「吉村さん、こっちこっち!」
 また別の眼鏡男が俺を呼んでいる。大人しそうなのにやはり叫び声だ。どいつもこいつも。周囲に人影がじわりと滲み出る。影だけだった人々の輪郭に命が戻り始める。右肩に入れ墨を入れた女が若い方の眼鏡男と、地下への階段を降りる。彼等は手招きしている。後ろからは髪の無い方の眼鏡が勢いよく俺の背中を押す。ライブハウスだ。ライブハウスだ!
 薄汚れた空気、煙草と酒の臭い、無数の名も知れないバンドのライブ告知やCD宣伝のフライヤー、音、音、音。繰り返されるアウトロの曲を俺は知っている。終わってしまった歌声の持ち主が誰か知っている。歌詞も全て覚えている。
「吉野さん、もういいいよ」俺の背中を押してきた人の名前を思い出す。
「向井君、ありがとう」
 ライブハウスのドアを開けて待っていてくれるもう一人の眼鏡にも声をかける。大音量の曲が街中に溢れ出している。俺の曲が街の底にうねっている。さまよっている。生きている。

 俺はもう死んでしまったんだけどな。
 みんなは演奏を続けてくれていたんだな。
 俺たち、他にやりようがないもんな。
 観客が振り向いて俺を迎え入れ、道を開けてくれる。射守矢、小松、ひさ子。バンドの三人が俺をステージに引っ張り上げる。
 アンプとアンプの間に立て掛けてあったジャズマスターを手に取る。俺の口から言葉が、溢れる。
「どうも、bloodthirsty butchersです。曲は、『JACK NICOLSON』」
 イントロのギターを、奏でる。
 このバンドでずっと、やっていきたいな。踏み込んでいたい。
 行くさ。


(了)

Wikipedia「bloodthirsty butchers」より。
吉村 秀樹(よしむら ひでき、1967年1月20日 - 2013年5月27日) - ボーカル、ギター、北海道留萌市出身、B型。2013年5月27日、急性心不全のため逝去[2]。46歳没。