「光の射す方へ」Mr.Children

動画はこちら(ライブ版)
https://youtu.be/datXpA5tja0
執筆経緯は前回「ニムロッド」の最後の方参照。



 蟻が太陽に焼かれている、そんな晴れすぎた空にヘリコプターが飛んでいる。大都会にそびえる高層ビルの屋上にはヘリポートが設置されているがそこに着陸するわけではない。何処か遠くへとヘリは去っていく。何処か遠くまで太陽は光を降り注がせる。風に吹き散らされた蟻の焼死体が鼻に入って、人々はくしゃみを繰り返している。

 高層ビルの屋上のヘリポートは緊急時の救助用のもので、大企業のお偉いさんが気軽に取引先まで飛んでいく為のものではない。航空写真で見ることの出来るヘリポートには二種類あって、「H」マークのものは着陸可、「R」は不可。R指定のヘリポートではホバリング状態のヘリに人は乗り込まなければならない。5トンの重さのヘリに耐えられる構造のビルにしかHマークのヘリポートは許されない。はしご車ではどうしようもない高層ビルの災害が起こるその時まで、ヘリポートはヘリを待ち続ける。出来れば永遠に出番の来ない事が望ましい設備。ヘリポートに意識があれば正気ではいられないだろう。

 航空写真の最小ドットにすら写り込めない僕ら人間は、時には使用機会を望まれないヘリポートよりも、気が狂いそうな孤独の中で生きている。と思い込んでいる。誰もが「ここではない何処か」へ行きたがり、「今の自分ではない自分」になりたがり、触れ合う機会のある人々全てをないがしろにして顧みる事なく過ごしている、そんな流れに疲れて僕は一人の世界に沈み込んでヘリポートに想いを馳せている。

 思い切って誘った女とのやり取りも食事の最中に飽きてしまい、送るのも面倒になって一人で歩いた帰り道、街灯に群がる虫を見上げた。夜の中に点々と灯る偽物の太陽に向かって羽を焦がしていく蛾が、そこら中に溢れる人々と同じに見えた。無我夢中で向かうその先にあるのは、作り物の小さな灯り。でもそれだってしっかりと夜道を照らし、人々をほんの少し安心させる役割を持っている。狂わされた虫も灯りが消えれば正気を取り戻す。
 さっき送って行かなかった女に、繋ぐ為の手を差し出せば何か変わっていたかもしれない。太陽なんて大きすぎる物なんてどうせ持ちきれない、抱き締められない。眩しさに目がくらむだけ、正気を保てなくなるだけ。

「パーシヴァル P.74」というヘリコプターの話が出てくる小説を読んだ。燃料の尽きるまでローターを回し続けても飛び立つ事の出来なかった、歴史に残る失敗作ヘリ。操縦士の脱出機構が備えられてなかったというから、飛び立たなくて良かった。
 書き忘れていたけれど、これは手紙だ。僕からあなたへと向けた、取りとめのない、ちぐはぐでうやむやで、本当に伝えたい事はきっと書ききる事の出来ない、未完の手紙だ。きっと出す事はないだろうから、細かい所には目をつぶって欲しい。

 使用機会のないヘリポートと、飛び立つ事のなかったヘリコプターとの間で、歩いて走っていずれ倒れていく僕ら。やらなければいけない事と、やらなくてもいい事と、やってはいけない事をやり続けて日々は過ぎていく。やりたい事は見つけられずにいずれ「やりたかった事」に変換されてしまう。
 だから僕は手紙を書くよ。書く事を探して海に行ったり美味しい物でも食べるよ。たとえ向かっていく先が誘蛾灯だったとしても、何もしないよりは何かが残る。そう信じて。光の射す方へと。心にプロペラ付けて。

(了)