「青い車」スピッツ

動画はこちら
https://youtu.be/5K8ZuLYG0yo



 息子・健三郎が2歳になった。女の子である上の子とはやはり好みが違う。車が大好きな健三郎は、特にゴミ収集車がお気に入りで、町中で見つけると私に「あっちに向かえ」という風に指で指し示す。巨大な鉄の爪が大量のゴミ袋を飲み込んでいく。稀に袋から飛び散るゴミもあるので、少し離れてゴミ収集作業を見学する。作業が終わり、健三郎がおじさん達にバイバイをすると、彼らは笑顔で手を振り返してくれる。しかし彼らはまたすぐ近くのゴミ捨て場に向かう為、息子は「しゅうしゅうしゃ!」と間髪入れず叫び出す事になる。

 近頃の私の執筆スケジュールは大体こんな感じである。基本週一更新と考えている。

(更新日)
 放心して次の事は何も考えていない。次に書く曲を探さなくてはいけないのに、むしろ書き終えた曲ばかり聴く。

(更新日プラス1日目)
 いろいろ聴き漁るが決まらない。もしくは候補が幾つも見つかる。

(更新日プラス2日目)
 同上。

(更新日プラス3日目)
 同上。

(更新日プラス4日目)
 同上。もしくは目星が付いて書き始める。

(更新日プラス5日目)
 書き出していたら続きを書いていく。まだ曲が決まっていない場合、大抵あれこれの候補曲とは全く別方向から「これしかない」みたいな曲が「やって来る」。

(更新日プラス6日目)
「根本から構成をやり直すか」「やっぱり別の曲にしようか」などと思っても、書きかけの物を読み直している内に「この方向で問題ないでしょ」と半ば編集者みたいな意見を通して書き進める。一行でも書き始めていたら、生活・仕事している最中も常に小説の続きを考えるようになるので、その間に思い付いたネタを入れ忘れないようにする。合間合間に職場でも家庭でも怒られる。

(更新日プラス7日目くらい)
 前日までに大体書き終えた分の最終仕上げ。一部の微修正が全体の矛盾に繋がっていないか、「ここはもうちょっと具体的に」とか「ここの文末の言い回しを変えましょう」とか、校正者みたいな気持ちで。「光の射す方へ」の中にある「書き忘れていたけれど、これは手紙だ。」という一文は、元々「書き忘れていたけれど、これは手紙だよ。」だった。一字修正したまさにその箇所に反響があって嬉しかった、と校正担当の私が言っている。
 それでも誤字やらかしたりするからやはり素人である。


 
 いつもの公園が遠足の園児達でいっぱいになっていたり、別の公園では傍を通るゴミ収集車に気を取られっぱなしだったりと、健三郎の運動にならないので、近くにある大きなお寺に息子を連れていく。門へと続く階段をハイハイで這い上がっていた頃を思い出す。今は一人で階段を歩いて登れるのに、むずがって私から降りようとしない。2歳になりたての13.5㎏。重い。寺門の左右に配置されている、金剛力士像の阿形と吽形を交互に眺めている。こういう物に興味を示せるようになったのか、と思うと同時に、早く降りてくれ、と願う。
 
 映画「カーズ」シリーズの主人公「ライトニング・マックイーン」のミニカーを、健三郎は握り締めている。石で作られたベンチに着くとようやく彼は私から降りて、マックイーンを「ブイーン」と言いながら走らせたり、境内に敷き詰められた砂利で砂場遊びのような事を始めたりしている。

 一息ついたので私は気になっていた事を調べ始める。
 今回は早々に次に書く曲を決めていた。RADIOHEAD「High And Dry」である。だから安心して聴き続けていた。幾つもの訳詞を読み込んだ。自然と書けると思っていた。
 ところが、書けなかった。
 よくあるのである。「これで書こう」と思っていたが、全然アイデアが浮かばなかったり、歌詞で既に物語が完成しきっているから、手を出しようがなかったり。構想をある程度練るのだが、自己評価で作品発表水準には達していないと判断したり。
 困った私は候補曲を変更した。
 Stereophonics「Not Up To You」
 Morrissey「First of the Gang to Die」
 ホフディラン「欲望」
 ところがどれもが空回りである。そんな中、ふとスピッツの「青い車」に行き当たった。いい曲だな、と思うと同時に、所々不穏な歌詞があるのに気が付いた。
「冷えた僕の手が君の首すじに咬みついてはじけた朝」だとか「輪廻の果てへ飛び降りよう」だとか。調べてみると、歌詞考察サイトが幾つも出てくる。心中を歌った物だとか、殺人妄想だとか。これまでスピッツの曲を聞き込んだ事がなかったので知らなかったのだが、草野マサムネの書く詞にはけっこう死を匂わせるような物があるらしい。
「スマホいじっとらんでわしの相手しろやごるぁ」という感じで健三郎がブーブー言い出したので、マックイーンを砂利で隠すのを手伝う。自分で隠したマックイーンを「どこ、どこ?」と懸命に探す振りをしている。

 以前、ローリングストーンズ「Paint it Black」の歌詞を調べた時、家族や恋人との突然の死別についての曲だと知って驚いた事がある。大切な人を乗せた黒い車(霊柩車)を見送った後では、どのような色の付いた景色にも「黒く塗り潰しちまえ!」としか思えなくなる。そんな意味だったのだ。

 健三郎が「こち、こっち!」と言って私を連れ回す。賽銭を入れて拝んだり、賓頭盧(びんずる)尊者像に触ろうとして「こわい、こわい」と言い出してやっぱり触らなかったり、池で泳ぐ高そうな錦鯉を近場で眺めて、支える私をハラハラさせたり。「ドンドンタン! ドンドンタン!」と、QUEEN「We Will Rock You」のドラム部分を歌い出したり。「アアアー、ア!」とLed Zeppelin「移民の歌」を歌い出したり。つまりはいつもの健三郎である。

 私は「青い車」で構想を練り始める。「The Passenger」の続編はどうだろう。数年後の和之と再会、彼はスピリチュアルなシタール奏者となっていて、青い車に乗って私達は海へと向かう。輪廻の話などしながら。そして彼から、顧客から聞いた話と前置きされて、恋人を殺して海に捨てたという話を聞く。でもそれは彼の実体験、それも今まさに殺して来た所のようにしか聞こえなくて…。のような。

 だが私はそんな話を書かなかった。ただ、「いろいろあったけれど、『青い車』で書く事にした」という話を書こうと思った。お風呂上がりに健三郎の髪をドライヤーで乾かしながらそう決めた。健三郎は録画された「カーズ」を見ながら、レースでの大量のカークラッシュシーンで「あ、あ、あーあー」と嘆いている。オムツを履かせた後、まだズボンを履いていないのに駆け出してキャハハと笑う。一応私の元に呼べば戻ってくる。というかぶつかってくる。ズボンを履かせた所で、まだ半分までしか上げておらず、オムツ丸出しの状態でまた駆け出す。

 やがて健三郎は思い出したように「しゅうしゅうしゃ!」と言い出して、ゴミ収集車のミニカーを、車だらけのおもちゃ箱から取り出す。朝見かけた市のゴミ収集車は緑色だったが、ミニカーのそれは、青い車体だった。「青い車」だった。
 ここに繋がっていたのか、と合点がいく。
 健三郎はゴミ収集車の次にミキサー車のミニカーに手を出している。それを私に渡すと、二人のカーレースが始まるのだ。私が勝つことは、ない。
 

(了)