「球根」THE YELLOW MONKEY

動画はこちら
https://youtu.be/wJmcs-ax30Q




 流星のような雨が降る。地面に埋まる人型の球根に向けて。根を伸ばして地表に出てきた物もある。髪の毛だったり、手の平だったり。無数のそれらは互いに絡み合い、結び合う。かつての人類は今では植物に似た物となっている。粉々になった世界で懸命に命の種を絶やさないように、形を変え生き延びようとしている。

 人類絶滅の流行に乗れなかった私は廃虚の中を歩く。時折人の根に躓きながら。日照りの続く日は限りある水を地面に撒きながら。

 かかれば助からない病の流行から、一年で人類の半数がいなくなった。それから百年が経った。まだ私以外の誰かが生きているのかは、伝える者もいないので分からない。世界の何処かで寂しく暮らしているのか、生き残った者達のコミュニティが存在しているのか。この期に及んで生き続けている者に、まともな神経の持ち主が居るとも思えなかった。

「植物となるのです」と高名な科学者が言ったのだ。
「我々人類が生き残る道はそれしかありません。地下に眠り、根を伸ばし、地表で茎を伸ばし、花を咲かせ、種子をばら蒔き、多数の自分を殖やすのです」
 狂っていたのだ。科学者も世界も。あるいは元より、そうなるようにシナリオが書かれていた。資源を食い潰し、宇宙への進出も不可能と証明され、遠からず我々は絶滅する予定だった。それを形を変えて生き長らえさせる手段としての植物化。ミサイルによってばら蒔かれた植物化ウィルスにより、人々は選択の余地なく人類ではなくなった。ハリガネムシに寄生されたカマキリが水辺を目指すように、人々は自分が潜り込めるだけの穴を地面に掘り、そこに埋まった。都会にある小さな公園など、隙間なく人で埋まった。埋もれる人で、埋め尽くされた。

 ウィルスを浴びても罹患しない者がいた。彼らは植物化する家族や友人に取り残されて絶望し、ほとんどが自ら死を選んだ。私には死ぬ理由が見つけられなかったので、生き続けている。
 
 幼い私が近所の公園で遊んでいた時の事を思い出す。朝早くに目が覚めた私は、家族の寝床から抜け出して一人公園に出掛けた。前の日に砂場に作った大きな穴を、埋めずに帰った事が気になっていた。誰かが怪我をする悪夢にうなされていた。しかし自身を過大評価していたのか、夢で見たよりも穴はずっと小さく、周辺の砂を足で数回寄せれば埋まってしまった。そんな私を見て、声をかけてきた者が居た。外国の女だった。
 砂場の近くの茂みに夜の間身を隠していたのであろうその女は、服に多量の血が滲んでいた。東南アジア系のその女は、何かの組織かタチの悪い男から逃れて来たのだろう。当時の私にはその腹の血が致命的な物かは分からなかったはずだが、「この人はもう助からないのだ」と直感した事を覚えている。私には理解出来ない言葉で少し私に話しかけた後、その女は抱えていた手提げ鞄から拳銃を取り出し、私に差し出した。「こぉして」と女は言った。「殺して」だという事は分かった。拳銃を受け取る事などせず、私は女に背中を向け、急いで帰った。家族は皆まだ寝ていて、誰にも私の行動は知られなかった。
 その後女がどうなったかは知らない。私ではない通りすがりの誰かに殺してもらったのか、追手に捕まったのか。早朝の出来事など何も知らない子供達は、その公園で無邪気に遊び回っていた。私と私の弟も含めて。彼女が隠れていた茂みの葉の裏に血がこびりついていたのを知っているのは私だけだった。

 無限に続く時間の中で回想に浸る。人との関わりがないと思い出は増えてはくれない。一人で行った場所、一人で遊んだ事、一人で犯した罪のあれこれを、今さら思い出す気にはなれない。

 私がこれまで見てきた中で、植物化した人類が花を咲かせた例はなかった。地表に伸びてきた髪や手は何かを求めてさ迷っている。私が握ると非常に緩やかな動きではあるが、握り返してくる者もいる。それが意志的なものかは分からない。

 世界崩壊後一度だけ、生きている人間に会った事がある。彼はとうに賞味期限が過ぎているであろう酒瓶を抱えて、視点定まらず、うわ言のように「酒、酒」と呟きながらフラフラ歩いていた。地表に出ている誰かの髪の毛に酒を浴びせていた。正気ではなかった。転んで瓦礫に頭を強く打った彼を私は助ける事もなく立ち去った。次はもっとまともな生き残りに出会えるだろう、その時はそう思った。

 それから数十年、結局誰にも会えなかったが、ふと気付いた。あの酔っ払いは「酒」ではなく、「咲け」と呟いていたのではないか? 一向に花を咲かせない、元・人類を鼓舞していたのではないか?
 アルコールの力は借りず、私も呟いてみる。
「咲け」と。
「咲け、花」と。
 それから、言葉が溢れ出す。思い出すように。忘れないように。
「花」
「母」
「父」
「弟」
「友達」
「虹」
「雨」
「夢」
「物語」
「恋」
「死」
「腕」
「肩」
「唇」
「太陽」
「別れ」
「砂場」
「花」
「拳銃」
「雪」
「人」
 私は思い付く限りの単語を並べ立てる。同じ言葉が重なる。汚い言葉も混ざり始めて私は口を塞ぐ。けれどもいつまでも言葉が止まらない。私は夢遊病者のようにふらつく足取りで、かつての家族が埋まった土地まで帰り着く。そこで初めて蕾(つぼみ)を見つける。弟の指先にある、小さな、とても小さな、これから花となるはずの蕾を。私は弟の手を握り締め「咲け」と祈る。
 その状態のまま、また百年が経つ。
 いつのまにか私の周辺は花でいっぱいになっている。弟の指先の蕾も徐々に開き始めている。まるでとがった唇のように、それは見える。耳を寄せると、弟の声が微かに聞こえた。懐かしい響きで「花」と聞こえた。
 それは、私の名前だった。

(了)
sage