「HELLO」ユニコーン(これまでの振り返り回)

動画はこちら
https://youtu.be/od5wUhOE2ls


 今回で40曲目。10曲ごとにこれまでを振り返るのが何となくの流れ(最初の振り返り回は20曲目だったけど)。しれっと40曲(=40編)と書いたけど、こんな回数連載を続けた事なんてなかった。素晴らしい曲を作って下さるミュージシャンの方々、読んで、コメントを残して下さる読者の皆様に感謝します。

「HELLO」はユニコーン再結成時のアルバム「シャンブル」のラストを飾る名曲。作詞作曲は阿倍義晴。ユニコーン再結成のきっかけの一言をくれた、レピッシュの故・上田現への追悼曲だとか。
 大分前からこの曲で書こう書こうと思ってはいたものの、どう調理しても、自分の手に負えないくらいの詞と曲の強度に跳ね返されて断念していた。ので、この曲をバックにこれまでを振り返る事にします。


「光の射す方へ」Mr.Children(1999)

 前回の振り返り回「ニムロッド」終盤で少し触れた、会社の同僚からの個人的依頼によるもの。最も最初私はGRAPEVINE「光について」と混同して受けてしまっており、ミスチルの曲とは後で気付いた。普段聴くことのないミスチルではあるけれど、昔周囲がみんな聴いてたからある程度は知っている、その中でも割と好き目の曲、だから良かった。
 外注&自分から距離のある曲、という事で客観的になれたのか、コメント欄でも触れられていたが、完成度の高い一編になっている。会社の同僚は自分一人の為に書かれたと思っているかもしれないが、こうして公表しているので、ごめんなさい。
 ちなみに同僚からの感想は「ヘリポートヘリポート言い過ぎ」。
「でも高層ビルのヘリポートはあそこに書いた通りの目的で設置されているのであって、中川の父親(漫画「こち亀」に出てくる大企業の社長)が気楽に取引先に飛んでいく為の物じゃないんだよ」
「あの栄養ドリンク背負ってる人?」
といった物だった。
 説明抜きで「中川の父親」とかいう私も、それで通じる相手もどうかとは思う。



「90'S TOKYO BOYS」OKAMOTO'S(2017)

 全編大真面目な前回と逆方向に振り切った回。ちなみに私はもう5年くらいアルコールを飲んでいない。それでも酔っ払って書いたように見える回。こういう手法以前どこかで使った気がするが、忘れた。
 家族で楽しんでるEテレ「ムジカ・ピッコリーノ」にOKAMOTO'Sのボーカル、オカモトショウが出ている(これを書いている2020年1月現在は、以前のシリーズの再放送なので、オカモトショウが出ている時期のではない)。いつか「ムジカ」でも彼らの曲を取り上げたらいいのに。


「今日もどこかでデビルマン」十田敬三(1972)

 そういえばアニメソングはまだ取り上げてなかったっけ、と思いながら、当時やけにはまっていたこの曲に。アニメ「デビルマン」のエンディング曲。オープニングの方は、子供が生まれる前から風呂場でよく歌っていた。
 昔「ネオデビルマン」という漫画シリーズがあった。様々な漫画家が「デビルマン」をトリビュートして描く企画。黒田硫黄のが大好きだった。泥辺五郎版「ネオデビルマン」といった感じ。


「球根」THE YELLOW MONKEY(1998)

 再結成後テレビ出まくりのイエモン。彼らには苦い思い出もある。高校時代、所属バンドが解体した頃に「ドラムもやってみたいかも」という一言がきっかけで、イエモンコピーバンドのドラマーに加えさせられてしまった。本番でリズム走りすぎて迷惑をかけたり、当時大学受験生だった兄に、自宅でのトレーニングドラムの音で勉強の邪魔をしてしまったり。
 その頃コピーした曲はあまり聴かなくなっても、長年経って、その後の曲を聴いたら大好きになった曲があった。「球根」はその中の一曲。一人カラオケにはまっていた頃によく歌っていた。
 明確なオチがある話は自分の中では珍しいかも。「光の射す方へ」以降、意識して「一般的な物語」への歩み寄りもしていくようになった気がする。


「青い車」スピッツ(1994)

 作中書いているように、たまたま出会った曲。
 ここで書いている執筆リズムに、新連載「ボトムオブザワールド」を重ねる(週2編ペース)のか、隔週ペース(音楽1ボトム1)にするのかは思案中。
 スピッツは、私の声では、歌えない。歌おうとはするのだ。でも家族や同僚に止められるのだ。



「Arabesuqe」COLDPLAY(2019)

 私の中では、2019年に発表された曲の中でナンバーワンソング。アルコールや薬物の力など借りなくても、音楽で人はトリップ出来る。
「悪童イエス」に出てくるギタリスト「ユダ」の後日談。自分で書いておいてなんだけれど、どうやってこの話を思い付いたんだろう。自分にしか書けない話なのに、どこでどうなってこの曲からこの話を書く事になったのかよく思い出せない。


「KURT」SALU(2019)

 たまにはラップやヒップホップも聴かなくちゃな、と思っていたら、最新リリースの中に気になる題名を発見。カート・コバーンの事を歌った曲だった。そして「ラップの歌詞って自分語りが多いよな」と思いつつ、私自身の事を包み隠さず書いた。大手まとめサイトが消えてるので、「首がもげたキリン」もそのうち自身の手で手直ししてどこかにまとめようとは思ってる。


「Let Me In」R.E.M(1994)

 こちらもカート・コバーン追悼曲。会社の休憩時間中に音楽を聴き始めた事を取り込んだ。しかし一人早い時間に休憩している為か、トイレやお茶を飲みに来た人達に絡まれ通しでイヤホン外す事も度々。ベトナム人実習生達に絡まれる私は彼らのうちの誰よりも色が黒い。日本人なんだけれど。


「Into the Unknown」中元みずき(2019)

 娘と映画「アナ雪2」を見に行った話。見に行く前からこの曲がお気に入りで、よく歌ってた。まさかそこから「紅」の話になるとは思ってもいなかった(嘘)。
 X JAPANは中学一年生の頃そればかり聴いて親に心配された。高二~高三の頃、バンド仲間のテクニカルな面子の間でX JAPANリバイバルブームが起こり、コピーバンドが結成されていた。ドラマーはYOSHIKIマニアの子で、自宅にドラムセットがある本格派だった。しかし在学中に既にヘルニアになっていた。ボーカルはイタリアンマフィアみたいな見かけの停学経験ありのいかつい人だった。ライブ後半には声が枯れていた。文化祭でステージに20名程のギャラリーが上がり込み、仮設ステージが崩壊しかけた。私は外部から見ていて無事。
 しばらく私の中でYOSHIKIごっこが流行り、本社に戻った元工場長に動画を送った所、「次そっち行った時に殴る」というメッセージを頂いた。私が何をしたっていうんだ。動画を送ってなかったってどうせ殴られる。


 亡くなった誰かの為の曲、という点で「HELLO」は「KURT」「Let Me In」と共通している。私もこの作品集の中で、いくつか故人を想って書いた話がある。
「ぐでんぐでん」は萩原健一に。
「なぜか今日は」アベフトシに。
「リッケンバッカー」ランディ・ローズに。
「JACK NICOLSON」は吉村秀樹に。
「夜明けのBEAT」は志村正彦に。
「New Born」は吾妻ひでおに。
「光の射す方へ」は同僚の自殺した弟に。
「KURT」「Let Me In」は曲と同様カート・コバーンに。
 それぞれ追悼の意を捧げ、書いた。

 人は死んでしまう。残された者は死者を想って生きていく。スピーカーやイヤホンから故人の歌声や演奏が響く度に、泣き崩れていては身が持たない。悲しすぎて聴けなくなっても、いずれ魂は故人の遺した物を求め出す。この世に生きた証を何らかの作品として遺せた人達は、ある意味永遠に近い生を生きているとも言える。

 全ての作品はいずれ必ず、創り手の遺物となる。
 関わる人がいる限り、それは死ぬ事はない。
 だから人は創り続ける。
 人は作品を求め続ける。
 
「HELLO」で一番好きなのはラストの少しずつ変化していく歌詞だ。

「流れゆく 光たち 消えていく 命たち
 舞い上がる 燃え上がる 時を越え 突き進む

 流れゆく 光たち 消えていく 命たち
 舞い上がれ 燃え上がれ 時を越え 突き進め

 流れゆく 光たちよ 消えていく 命たちよ
 舞い上がれ 燃え上がれ 時を越え 突き進め」


 始めは情景描写、次に願望、最後に「光」「命」への呼びかけ。故人への呼びかけが「まだ、これでは足りない、もっと亡くなった相手に伝わるくらいに」という気迫も感じられる。


 というわけで、外注から始まりながら、自身の事へと流れていった31曲目から40曲目。次はどんな曲でどんな作風で、かはまだ未定。

 一曲単位ではなくアルバム単位でやってみよう、という事で、新連載「ボトムオブザワールド」(Eastern Youthのアルバムタイトル)始めています。
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=22262
 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願い致します。

(了)


※ちなみに2019年の執筆実績は、
「悪童イエス」全14話
「音楽小説集」39編。
「千文字前後掌編小説集」2編追加。
 計55更新と、週一ペースを上回った。
sage