Neetel Inside 文芸新都
表紙

音楽小説集「Zombie」追加
「パレード」平沢進

動画はこちら(映画「パプリカ」で夢が現実になだれ込んでくるシーン)
https://youtu.be/Mr86_f-kLSQ



 夢を記述してはいけない。夢の中で夢の内容を記述する夢を見るようになってしまう。夢の中で夢の内容を記述すると、支離滅裂な夢の内容を支離滅裂とは思わずに記述してしまうものだから、それが現実と同じレベルに引き上げられて、現実でも夢と変わらぬ支離滅裂さで過ごしてしまいがちになる。
 
 私が繰り返して見る夢がある。誰もが繰り返して見ている夢がある。私は行きつけの古本屋を探している。それは梅田近辺にあり、阪急梅田駅から歩いて古本屋を探す。現実に古本屋が軒を連ねる「かっぱ横町」には向かわず、私はあちらこちらをうろうろしながら、ありもしない馴染みの古本屋を探す。そこに行けば望みの本が見つかるという訳でもない。空振りに終わる宝探しの旅の繰り返し。かつてのあてのない一人旅の日々の掘り起こし。その頃見つけられなかった本の探索行。しかし同じような道を行ったり来たりして、馴染みの店どころか駅も道も見失い、かつて勤めたゲームセンターに行き着くが、実際の店の内装とは違い、行き場を失う。そもそも昔の勤務先は梅田ではなかった。
 
 筒井康隆に夢を題材にした作品が幾つもある。「夢の木坂分岐点」「パプリカ」がその代表的なもの。最初に読んだ時から二十年以上経とうとも、私の見る夢には未だに「夢の木坂分岐点」からの影響が見られる。
 映画「パプリカ」は原作:筒井康隆、監督:今敏、音楽:平沢進で2006年に公開された。当時私はレンタルで見てるので、27、28歳頃と思われる。ここで既に記憶の混濁がある。10代後半に出会ってる気がする。原作は確実に16歳に読んでいる。筒井康隆の影響で何度か夢日記をつけていた頃がある。長くは続かなかった。前述のように夢の中で夢の内容を記す事を意識して、頑張って今見ている夢を覚えていようだとか、より面白い夢、整合性の取れた夢を見ようだとか考えて、疲れてしまうのが夢日記を止めた原因であった。

 今はあまり夢を見なくなった。見てもあまり覚えていられなくなった。夢を見る夢を見なくなった。夢の中で夢を見なくなった夢を見るようになった。私は夢の中で、夢を見なくなった夢を見るようになったと思いながら、そんな夢は見ていないとも思うようになった。夢を見ない生き物などいない。猫は猫の夢を見る。鯨は鯨の夢を見る。生きている限り眠りの中で誰もが夢に入る。私は夢を見ていないという夢を見ているわけだ。それは突き詰めると私は生きている、という夢でもあり、生きていた頃の夢を死ぬ瞬間に永遠に見続けている、という夢の可能性もある。これを書いている私の今と、これを読んでいるあなたの今とは、双方気付いていないだけで実は同時に書かれ、読まれているのかもしれない。

 夢を見ている間に妙に現実的になる瞬間がある。起きている間でもふと夢の中に入り込むような瞬間がある。うとうとしている最中に聞いた周囲の話し声が、知らない国の言語で話されているように聞こえてきたり、夢の中に出てきた話相手に現実で声に出して応えてしまったり。
 私達は夢を見ている。私達こそが夢で夢の中こそ現実である。どちらが真実なのかを証明する手立てなど実は無いのではないか。今書いているこの文章は夢の中で夢の内容について書いている文章ではないか。夢の中でいう夢とは現実の事ではないか。あちらの夢がこちらの現実でこちらの夢はあちらの現実。私の隣に寝ているのは子供達なのか、子供がいるというのが夢なのか。十数年前の私から見れば、私が家庭を築き上げているという事こそ夢物語だ。あり得ない事が平気であり得てしまうのが夢ならば、今は夢で、朝が来れば消えてしまうものではないのか。もしくは、繰り返し見続けてしまっている夢の中。起きても束の間の目覚めでしかなく、記憶に残す程の現実を生きていないとか。私は私と思い込んでいるだけの私で、多くの夢の塊の中で浮かんでいるだけのあやふやなもので、人ですらないかもしれない。そもそも人という概念すら怪しい。進化する前のバクテリアが見る長い長い夢の続きに私達がいて、夢だけが過剰進化してしまったのだという説を立てたとして、否定出来るだけの根拠を私達は持ち得るだろうか。全てが消え去る朝が来るまでに。

 私は馴染みの夢の中でまた本を探す。夢の中では馴染みの古本屋で、夢の中では馴染みの作家の、夢の中でも幻の作品を。似たような本ならある。題名が少し違う。作家名が違う。開いても中身が書いていない。ついに見つけたかと思えば本棚が消える。古本屋が消え失せる。夢が終わる。現実が終わる。突然開けてしまった目が何もない周囲の風景を映し出す。ただ真っ白な空っぽの空間で、音もない。自分の体も見えない。もう一度目を瞑る。また開く。一瞬の内に用意されたらしい寝床に、子供達が静かに寝息を立てている。私の体は、まだ見えない。

(了)
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