動画はこちら(ライブバージョン)
https://youtu.be/L18Y6GO0IXM




 満員の電車に揺られ、眼前のおっさんの頭髪の臭いを嗅がされる。人々はどこかから湧いてくる。人々はどこかへと去っていく。人より少し背が高いから、幾らか綺麗な空気を吸えるかというとそうでもない。人々の溜め息と熱気と様々な汚れた何かが車内上空に漂っており、その全てを自分一人が吸い込んでいるような気になってしまう。
 少し離れた所に、同じ会社の後輩を見つける。
「おはようございます、JRで人身事故が起きて止まってるみたいっす」
 だからいつにも増して人が多いのか。
 大きな駅で人が幾らか減り、後輩が近付いてきた。口からは酒の臭いが微かにする。
「また二日酔いか」
「今月に入って結婚式三回目ですよ。なんなんすかね」
「そういう時期なんだろう。お前もしろよ」
「まだまだ遊びたいんで」
「もう二十七だろ」
「まだ二十七です」
「ところで娘が二年生になってな」
「毎日先輩の子供の話を聞くのは義務ですか」
「そうだよ」
「殴っていいすか」
「毎年クラス替えがあるんだよな。俺の時は二年に一度だった」
「地域にもよるでしょ」
「で、一番の仲良しの子とは離れちゃったんだ。えーと」
「ひかりちゃんですね」
「何で俺より詳しいんだ」
「毎日聞かされてますから」
「でも幼稚園の頃の友達何人かと同じクラスになれたって」
「なつめちゃん達ですね」
「だから何で俺より」
 車内に音楽が響き出す。今乗ってきた若者のスマホから、くるりの「WORLD'S END SUPERNOVA」が流れている。イヤホンジャックから端子が外れている事に、アフロヘアーの若者は気付いていない。
「殴って止めさせましょうか」
「元ヤンキーは言う事が怖い」
「違いますって」
「現役でしたよね、すいませんでした」
 で、後輩に殴られる。
「止めなくていいよ、好きな曲だ」
 曲のリズムで車内の人々が揺れる。

 いつまでも このままでいい
 それは嘘 間違ってる
 重なる夢 重なる嘘
 重なる愛 重なるリズム

 久しぶりにライブハウスに行こうかな、とふと思う。定時でさっと上がって、家とは反対方向の電車に乗って。初めて入るライブハウスに入り、見知らぬバンドの拙い演奏や、あるいは奇跡的なグルーヴ感を生み出している、原石との偶然の出会いを求めて。
「先輩すみません、俺今日定時で上がりますんで」
 先を越された。
「体調悪そうだもんな」
「いや、好きなラッパーのライブがあるんで」

 昨日は休日だったので、七歳の娘と二歳五ヶ月になる息子と図書館に行ってきた。それぞれ好きな所に散らばって行ったので、こちらもラテンアメリカ文学の棚を物色する。しばらくすると息子が「働く自動車図鑑」的な本を「おもい」と言いながら必死そうに抱えてやってきた。
「かって」買いません。買えません。
 借りる本に思い悩む時間を貰えなかったので、最近読み出した原田マハの小説を何冊か手に取る。娘が絵本を五冊持ってきた。「『おしり探偵』無かった」大体いつもそうだ。

「来週はクレヨンしんちゃんの新作映画を娘と観に行くんだ」また子供の話をしてしまう。
「USJとか連れてってあげてくださいよ」
「あれはアメリカにあるし」
「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、ジャパンの意味知ってますか」
「焼きたて?」
「それは漫画のタイトルです」


 会社の最寄り駅に着く。
 降りたのは自分一人だけだ。
 向かいのホームに人が二人いる。
 遠く遠く距離を空けている。
「あるはずだった日常」を載せた電車は遠ざかっていく。
 出社時間までまだ少し間があったので、原田マハの公式サイトを覗いてみる。
 ロックダウンされたパリに住む作者の書いた小説を読めた。しばらく読んでから、まだコードレスではないイヤホンを耳に差して私は歩き始める。くるり「WORLD'S END SUPERNOVA」のライブバージョンの、途中から曲は再生される。


 夜を越え僕らは旅に出る
 ドゥルスタンスパンパン
 僕ビートマシン
 ライブステージは世界の何処だって
 ラフラフ&ダンス・ミュージック
 僕らいつも考えて忘れて
 どこへでもゆける

 次の電車がやって来た。
 それに乗って辿り着けるライブハウスは、今はもう存在しないので、改札を抜けて会社へと向かった。


(了)
sage