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 シド・ヴィシャス六十三歳。ナンシー・スパンゲン六十二歳。生きていたシド&ナンシーの身体からドラッグが抜け切るまで、四十年以上の歳月を要した。体型も髪型も変わり果て、シドにはもうツンツン頭に出来る程の髪の毛もなく、ナンシーも昔よりずっと穏やかな性格になっていた。実年齢よりも二十ほど老けて見える彼らは、端から見れば、仲睦まじい晩年の老夫婦のようであった。

 二人はロックダウンされたロンドンの安アパートの部屋の中で、久しぶりに懐かしいパンク・ロックを聴きながら過ごしていた。子供も孫もいないので、買い出しはまだ歩く事の出来るナンシーの役割だった。シドは床に置いたエレキベースを遠慮がちに弾いていた。周辺から苦情が来ないように。激しく弦を弾いた反動で自分の指が飛ばされないように。
 
 セックス・ピストルズのアルバム「Never Mind The Bollocks」の一曲目「Holiday In The Sun」。スタジオ録音時にこの曲のベースを弾いていたのはシドではない。ギタリストのスティーヴ・ジョーンズがほとんどの曲を弾いていた。だからだろうか、シドはこの曲は好きなのに、うまく自分の物には出来ないでいた。ドラッグが抜けたといっても昔のように飛び跳ねる事も、ベースを肩にかける事も出来ないシドは寝ながらベースを弾いた。
「今さら練習してどうなる」と、最初シドはぼやいた。
「かっこよくなれるよ」とナンシーは言った。
「昔のように。いや昔よりずっと」

 二週間後に二人は亡くなる。
「隣の老夫婦の部屋から、セックス・ピストルズがいつまでも流れてくるんだ」という隣人の通報により、大家がシド達のいる部屋に入ると、冷たくなった二人を発見してしまった。死因は老衰と判断された。ベッドで抱き合いながら息絶えた二人に寄り添うように置かれたベース、白のフェンダー・プレシジョンは、全ての弦が切れていた。シドが最期のプレイでかき鳴らして弾け飛んだのか、二人と同時に寿命を迎えたのか、弦が切れたから二人も亡くなったのか、ここでは正解を書かない事にする。

「Holiday In The Sun」の作詞エピソードがある。テレビの生放送で放送禁止用語を連発してしまったピストルズのメンバーは、メディアに袋叩きに遭い、レコード会社からは契約を打ち切られ、半ば無理矢理にジャージー島という所で休暇を与えられた。しかしそこでは退屈な日々しかなく、「俺には晴れた休日なんていらねえ」という事になった。その後ベルリンの壁に囲まれたベルリンに移り、その閉鎖的な場所でむしろ快適に過ごし、この曲が出来上がる。自由度が高すぎても人は実力を発揮出来ず、数々の制約に縛られていた方が、人は本能的に良い働きをする、という事かもしれない。

「バナナ買ってきた?」シドは帰ってきたナンシーに訊ねた。
「なかった」
「ミルクは」
「お腹壊すし」
「野菜ジュース」
「一本だけ」
「後は」
「それっきり」
「金、なかったっけ」
「全然」
「もう寝ようか」
「ベース弾いてよ。練習してたんでしょ」
「うまく弾けなくて」
「『Bodies』にしたら? あなたの曲でしょ」
「自分の事なんてほとんど忘れてしまった」
「じゃあ散々練習したのなら、下手でもいいから『Holiday In The Sun』聞かせて」
「もう遅いよ。夜だよ」
「まだ、朝」
 シドはベースに手を伸ばした。ナンシーは落ちていたピックを拾い上げ、シドに手渡した。

(了)
 
sage