第十四話 動き出す生徒会

 新入生との抗争の結果、一夜にして校内マフィアが壊滅――――
 その衝撃的事件の中心にいた愁井こよみと渡辺ツバキの名前は、翌日には全校生徒の知るところとなり、陽光が丘高校はにわかにざわめき立った。
 こよみとツバキにその後目立った動きがなかったことで、数日経った今では多少落ち着いているものの、彼女たちがまた何か大きなことをしでかすのではないかと危惧、あるいは期待する者は少なくない。
 廊下を歩いていても、生徒会役員や風紀委員会の巡回を見かける頻度が上がっていたし、生徒会幹部・夕凪みのりが授業に出ないことも多くなっている。
 その裏で何が起きているか、滝川アヤキはある人物を通じて把握していた。
「生徒会は、愁井こよみと渡辺ツバキを危険因子として常に動向を監視しているようだ。儚木縁と親子二代の因縁がある上にアンタ――滝川アヤキと古い付き合いの愁井こよみがより危険視されているな。渡辺ツバキは取り巻きが負傷していることと、現時点ではまだ生徒会関係者に手を出していないことからほんの少しではあるが警戒レベルが下だ。とはいえ、二人とも去年のアンタと同レベルの警戒をされていると考えていい」
 リクライニングチェアに深く座り、ベッドくらいの大きさの立派な机越しに、アヤキにそう説明したのは、『何でも屋』と呼ばれる三年生・杭瀬改新(くいせ・あらあた)だ。
 形式上は彼一人だけの同好会の会長であり、部室棟一階の片隅に小さな部室を与えられているのだが、そこで彼は『何でも屋』稼業を行っている。
 金次第で情報収集でも人材紹介でも行ってくれる彼は、生徒会ともそれ以外とも一定の距離を保つ中立のスタンスを一貫して採っているため、仕事ぶりには信用が置けた。
 校内マフィアとの一件から数日、生徒会の動きにどこか不穏なものを感じたアヤキは、杭瀬に生徒会の動向を探ってもらったのだ。
「生徒会がこよみちゃんやツバキちゃんを制裁しにかかる可能性は?」
「ゼロとは言わないが、現時点では高くない。生徒会は大義名分を欲しがる。愁井こよみがアンタの言いつけを守って合気道部で稽古に励み、渡辺ツバキが沈黙を守っている現状では、生徒会が仕掛けてくる可能性は低いな。生徒会はわざわざ新入生狩りをするほど、あの二人に脅威を感じているわけじゃない。それよりは、選挙管理委員会を通じての新入生の勧誘のほうにキャパを割いている」
 毎年度、ゴールデンウイークに入るまでには生徒会及び各委員会の勧誘は済み、組織の再編も終わっているという。昨年度もそうだった。きっと今年度もそのつもりだろう。実際、選挙管理委員会が新入生に声をかけている光景も、最近よく目にしている。
「そうか、それを聞いて少しは安心したよ。じゃあ、もうひとつ。果耶――藍川果耶は、生徒会にマークされてるか?」
「生徒会にはアンタの一番の友人として認識されている。それをマークというならマークだろうな。アンタが再び生徒会に楯突くことがあれば、生徒会は迷い無く藍川果耶の身柄を抑えるはずだ。これは『何でも屋』としてではない、一人の上級生としての忠告だが、友人の身を案じるなら大人しくしておいたほうが賢明だ」
「……ご忠告どうも」
 やはり、果耶は『そういうもの』として扱われる、か。
 分かってはいたことだが、苦いものを感じる。
 杭瀬の言う通り、自分がもし再び生徒会に弓を引くようなことがあれば、そのときは果耶も無事では済まないだろう。
「俺がヒーローになろうとしたら、果耶はヒロインになっちまうってわけか」
 アヤキは、果耶が始業式の日に口にした『ヒーロー』という言葉を思い出し、自嘲ぎみにそう呟く。
 杭瀬はそれを聞いて目を丸くし、「面白い喩えだな」と述べた。
「ただ、その喩えに当てはめるなら、映画でもゲームでも駄作になるな。なんせラスボスは絶対に倒せない」
「……ああ、そうだな。それとも、あの女のほうが主人公なのかもしれないぜ」
 アヤキは、一年前の悪夢を思い出しながら言う。
 儚木縁。
 アヤキが今まで出会った誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも恐ろしい存在。
 儚木一族史上最高の逸材であり、陽光が丘史上最強の生徒会長。
 そしてここは――陽光が丘高校は、そんな彼女の支配する、彼女のためにある一つの独立した世界のようなものだ。
「あの女の化物じみた強さには、チートって言葉がしっくりくるからな」
「確かにな。そのほうが良い喩えかもしれない。そんなチートを相手に危ない橋を渡っているアンタに、耳寄りな情報だ」
 杭瀬は、机の引き出しから数枚の書類を取り出すと、上下の向きをアヤキが読みやすいよう反転させて置いた。
「これは昨日行われた生徒会幹部会議の議事録だ。出席者は儚木縁筆頭に、副会長・片倉亜実、書記・折機紫織、会計・平坂来世(ひらさか・らいせ)、庶務・佐々藤藤一郎(ささふじ・とういちろう)の生徒会五役全員と、幹部のほとんど全員。それに、風紀委員会第一班班長・黒崎藤高に、選挙管理委員会委員長・環条環奈(かんじょう・かんな)、自由時間運営委員会委員長・浮雲徨(うきぐも・こう)。アンタのクラスメイトの夕凪みのりも出席している」
「それはまた、そうそうたるメンバーだな。三大下部組織のトップまで招集して、一体何の打ち合わせだ?」
「愁井こよみと渡辺ツバキの件と、新入生スカウトの件がメインだが、他の議題としては校内マフィアのビジネスを自由時間運営委員会が引き継ぐことが決まったのと――新組織の創設についてがある。今回アンタに伝えたいのはその件だ」
 杭瀬は、書類のうち上の数枚を指で滑らせてよけ、該当する書類を露出させる。
 アヤキの目に、『陽光が丘特殊作戦実行部隊(仮)の新規創設について』という大文字が飛び込んできた。
「特殊作戦実行部隊って、これまた大仰な名前だな」
「略称は特作部隊だそうだ。アンタの名前もチラリと出てるぜ、ほら」
 杭瀬が指さした先には、確かに滝川アヤキというワードがあった。
 アヤキが目を通す前に、杭瀬が要約して説明してくれる。
「アンタとやり合ったとき、生徒会と下部組織は大打撃を受けて、結局は生徒会長の手を煩わせることになってしまったわけだが、それが連中にとっては汚点らしい。特作部隊のコンセプトは、アンタが再び生徒会に牙を剥いた際に、生徒会長の手を煩わせることなく迅速に制圧することだそうだ」
「俺一人潰すのが『特殊作戦』にあたるわけか。それは光栄だな」
「生徒会及び三大下部組織、さらには各委員会から戦闘向きの精鋭を招集して編成するらしい。総隊長には本人の希望で、書記の折機紫織が就くそうだ」
「紫織さん、ねえ……」
 生徒会書記・折機紫織。
 生徒会のナンバー3であり、剣道部の部長でもある『陽光が丘最強の剣士』。
 一年前の生徒会との戦いで、アヤキは紫織と一騎討ちになり、勝利している。
 その彼女が、対滝川アヤキを想定した部隊のトップに志願したということは、今もまだ、復讐心を捨ててはいないということだろう。
「生徒会で最もアンタを敵視しているのは折機紫織かもしれないな。とはいえ、アンタにしてみれば一年前に倒した相手だ、今さら脅威ではないかな?」
「それは分からないぜ。紫織さんは人間に対して真剣を何の迷いも無く振れる奴だ。衝動で人を殺せる奴、流れで人を殺せる奴、憎悪で人を殺せる奴、信仰で人を殺せる奴――そんなのはいくらでもいるけどよ、『普通に』人を殺せる奴は少ない。陽光が丘でも、片手で数えられるくらいしかいないと思うぜ」
「それはそうかもしれないな。俺も殺しは御免だ。後味が悪いし、懲役食らうからな。リスクとリターンが見合わない」
 金で依頼をこなす『何でも屋』らしい見解を述べてから、杭瀬は「しかしだ」と、声のトーンを落として訊いてきた。
「アンタは本当に、二度と生徒会と戦うことはないのか?」
「色んな奴からそれを言われるけどよ、もちろんだ。儚木縁は化物すぎる」
「藍川果耶や愁井こよみが、生徒会の誰かに傷つけられたとしても?」
「……。そんなことには、させないさ」
 陽光が丘で生きるにはあまりに甘く、優しすぎる友人・果耶。
 母から背負わされた夢という名の呪いを解くためひたむきに戦う後輩・こよみ。
 その二人に、生徒会の容赦の無い魔の手が伸びたとき、果たして、自分は本当に――それでも生徒会とは戦わないという選択を、するのだろうか。
「アンタは強い。しかし、アンタの大切な人間は、アンタほど強くはない。だから、気を付けろ。『特作部隊』なんてものを創設するということは、アンタに対する生徒会からの警告だ。お前が馬鹿な真似をすればこちらも手段を選ばない、という、な。実のところ、俺がアンタの依頼でこの情報を収集したことも、生徒会にはバレている」
「……おいおい、『何でも屋』の名が泣くぜ」
「生徒会はそれだけ強大な組織だということだ。アンタには報酬を弾んでもらっていたし、生徒会に悟られないよう全力を尽くしたが、それでも駄目だった。……もう一度言う、気を付けろ。生徒会は、臨戦態勢に入っている」
 杭瀬の忠告に、アヤキは肩をすくめて苦笑してみせる。
 生徒会に不穏な動きを感じていたのは確かだが、思っていた以上だ。
 妙な気を起こすな――生徒会は、無言の警告を突き付けてきている。
 自分は問題ない。
 問題があるとしたら――
「……杭瀬センパイ、今日話したことは、仮に尋ねられても、こよみちゃんには内密に頼む」
「特作部隊の創設自体はじきに発表されると思うが、それでもいいか?」
「ああ。その部隊が対俺を想定していることと、創設自体が生徒会からの警告だってことだけ、伏せといてくれればそれでいい。無駄かもしれないけど、一応な」
 生徒会も面倒なことをしてくれる、とアヤキは心底思った。
 生徒会のほうも、自分やこよみやツバキに対して同じことを思っているのかもしれないが。