第十六話 ボランティア同好会

 ボランティア同好会の部室は、部室棟四階の東端にある。
 途中、すれ違った生徒に「なんでコイツがここに?」という疑念の眼差しを向けられながらも、滝川アヤキは藍川果耶を連れてそこに辿り着いていた。
 『ボランティア同好会』というプレートが貼られたドアの前で、果耶が小声で呼びかけてくる。
「……ねえ、アヤキ君」
「どうした?」
「なんか、この辺り一帯だけ雰囲気が違うような……」
「まあ、部室棟四階の東側は『異界』とか言われてるからな」
「カルチャーショックがすごいよ……」
 部室棟といえば、ジャージやユニフォーム姿の生徒たちが行き交い、通路にはウォータークーラーや各部が部室に収まりきらずに外に出している備品などがある、そんな青春感溢れる風景が広がっているものだ。それは陽光が丘とて例外ではない。
 しかし、部室棟最上階である四階、そのうち中央の階段を挟んで東西に分かれているうちの東側は、そんなステレオタイプな部室棟のイメージとはかけ離れた光景が広がる、まさに『異界』である。
 ここに来るまでに四つの部室の前を通ったが、果耶が不安になるのも致し方ない。
 まず、最も階段寄りにはオカルト同好会が陣取っている。
 通路にスプレーででかでかと魔法陣が描かれている上、ドアにはお札が無造作に貼られ、そこに出入りする生徒は制服の上から黒や紺のローブを羽織り、杖やら分厚い魔導書のようなものを持っている。
 心霊、呪い、黒魔術、果ては都市伝説の類まで、オカルト全般を研究する集団であり、何かの儀式でもしているのか、時々部室棟から不気味な歌が聞こえてくるそうだ。
 続いて二つ目の部室は、忍者同好会のものである。
 こちらは金属製のドアを外して、わざわざ横開きの木製の戸に改造しており、ドアの前の床にも何故か畳が敷いてある。
 この戸を出入りするのは忍装束に身を包んだ生徒たちであり、時々裏庭辺りで的に向かって手裏剣を投げたりしている姿が見られるが、裏庭を活動拠点にしている園芸部との縄張り争いが絶えない。
 さらに三つ目は、生物同好会の部室である。
 白衣を羽織った生徒が出入りしているが、それだけなら先の二つよりまともに見える。しかし、その活動内容は危険極まりない。
 というのも、本来は国内で飼育が許可されないような危険生物を部室内で多く飼っているらしく、全盛期は同好会ではなく部であり、校内マフィアを通じてそれらの生物を販売していたらしい。
 あまりにもやりすぎて、風紀委員会に目を付けられ、同好会に降格させられると共に活動内容に制限が課されたことで今では目立った動きはないものの、噂では人体実験をしていて、危険生物の販売もその資金を集めるための手段に過ぎない、とかなんとかまことしやかに囁かれている。真偽のほどはともかく、そのような噂が立つくらいには、得体の知れない連中であることは確かだ。
 そして四つ目、ボランティア同好会のお隣さんが、メイド部の部室である。
 彼女たちメイド部員はここでメイド服に着替えて、先ほどアヤキたちも訪れたメイド喫茶に向かうのだ。
 部室の前には、メイド喫茶の宣伝ポスターも貼られているが、わざわざこんな部室棟の最果てまで訪れるような物好きはそうそういないので、意味があるのかどうかは分からない。
「毎日この通路通るの、ちょっとやだな……」
 果耶が率直な感想を漏らす。
 まあ、気持ちは分からないでもない。
 現に、今もローブ姿のオカルト同好会メンバーが三人、それぞれ燭台・フランス人形・錆びたナタを持って部室から出てきてどこかに行ったところだ。またどこかで怪しげな儀式でもやるつもりなのだろうか。
 果耶は、陽光が丘のダークサイドにほとんど触れることがないまま一年次を終えている。こういったものに免疫が無いのは当然だ。
「なんなら俺がおんぶして一階からジャンプすれば、通路通らなくて済むぜ。帰るときは同じように飛び降りればいいし」
「え? あ、いや……さすがにそこまでは……。というか、ここ四階……だよ?」
「おいおい、前に俺をヒーロー呼ばわりしといて、そこは信じてくれないのかよ」
 伊達に儚木縁と出会うまでは、自身を最強と信じてやまなかったわけではない。
 今でも、儚木縁以外の陽光が丘生には負けないという自信がある。
 儚木縁にだって、純粋なフィジカルにおいては、決して引けを取っているつもりはないのだ。四階程度の高さからの飛び降り・飛び上がりは問題なくできる。自分も一般的な基準から見れば超人の部類であることは疑わない。
 ただ、あの女には、肉体的な強さだけでは越えられない、ある秘密がある。
 その秘密を知るのは、生徒会でもごく一部の人間と、実際に戦ったことのある自分くらいのものだ。あの常識を超越した『魔法』を破れない限り、儚木縁は倒せない。
 そんなことを考えていたところに、果耶がむうっと頬を膨らませて言ってくる。
「だってアヤキ君、よく私に冗談言って遊んでたじゃん」
「それはお前の反応が面白いからだよ。ま、とりあえず中、入ろうぜ。会長をいつまでも待たせても悪いし」
「まあ、そうだね。正直まだ、ボランティア同好会がどんな感じの部活なのかわからないから、入るかどうかは決めてないけど……」
「それでいいぜ。同じ部にいてくれたほうが俺も嬉しいし安心だけど、無理強いはできないしな」
 とは言ったものの、果耶にはこのままボランティア同好会に入ってもらうつもりでいる。第二候補はお隣のメイド部だが、今後のことを考えると、ボランティア同好会に自分と果耶が所属しているほうが都合が良いのだ。
 こよみはともかく、ツバキがどう動くか分からない以上、不測の事態に備え、果耶をなるべく目に入る位置に置いておきたい。果耶に余計な心配はさせたくないので、そういった事情は話していないが。
 ……ボランティア同好会の面子、濃いからなあ。
 入りたくないって駄々をこねられたらどうしたものか。
 なんてことを考えながら、アヤキはドアを開けていた。
「遅くなりました」
 正面に窓がひとつあり、中央にはロの字に置かれた長机。
 あとは部屋の片隅に本棚があるくらいの、シンプルな小部屋だ。
 そこに、ボランティア同好会のメンバー三人のうち二人が揃っていた。
 そのうちの一人、正面に座っている、垂れ目に泣きぼくろの柔和そうな女性が、穏やかな声で話しかけてくる。
「ごきげんよう、滝川。待ちくたびれたわ」
「それはすいません。救堂(ぐどう)はどこに?」
「あの子は時間が勿体無いからって、ゴミ拾いに出かけたわ。そのうち戻るわ」
「相変わらず善行大好きなんすね、あいつは」
「まあね。しかし、まさかあなたがウチに入るとは思わなかったわ。その子が噂の彼女さん?」
 腰まで伸ばしたロングヘアもあいまって、上品な大人の色気を感じさせる彼女は、ボランティア同好会の会長だ。
 薄く微笑むその姿には、深窓の令嬢という言葉がよく似合う。
「か、彼女じゃないです。アヤキ君の友達の、藍川果耶です」
 果耶があたふたと首を横に振ったのに対し、会長はさらに目を細めて笑った。
「照れちゃってかわいい。滝川、この子のこと、大事にしなきゃだめよ」
「言われなくてもそうしてますよ、先輩」
「あ、アヤキ君まで……! もうっ」
 果耶が頬を紅潮させてそっぽを向く。
 本当にからかいがいのある奴だ。
 そんなやり取りをしていたら、左側の長机に頬杖をついていた女子生徒が、気だるげに会話に交じってきた。
「あのさー滝川。登場して早々イチャつくのやめてもらえるー? なんかすっげーむかつくからさー」
「お前は信者にモテモテだろ、夢悠」
 目に染むような蛍光ピンク色の髪をツインテールにし、顔には派手な化粧をを施して、人工的な白色の肌と鮮血のように真っ赤な唇に仕上げた女子生徒。
 高級だがやや強すぎる香水の匂いを漂わせた彼女は、ボランティア同好会のメンバーにして、同時に――――
「まあねー、アタシの『クルミ教』が陽光が丘を掌握する日も近いかもよ? さっそく一年生も何人か信者にしちゃったしぃ?」
「宗教ごっこも程々にしとけよ。最近は生徒会も神経質になってるからよ」
「それ、アンタやあのダブルルーキーのせいだけどね。それよか藍川果耶ちゃん、だっけ? アタシのこと分かる? 一応、同級生なんだけど」
「えっ、あ……うん。胡桃ヶ丘夢悠(くるみがおか・むゆう)――だよ、ね?」
 果耶が恐る恐るといった具合にそう確認する。
 無理もない。
 面識があったところで、『この姿』の夢悠を見るのが初めてである以上、戸惑うのも当然だ。
 夢悠のこのピンク髪はウィッグで、地毛はいたって普通の黒髪のショートボブだし、放課後までは化粧も薄くしているので、日中に見かける彼女は、特に目立つ風貌ではないのだから。
「ピンポーン、大正解! で、ボランティア同好会っていうのはアタシにとっては隠れ蓑みたいなものなのよ。いずれ陽光が丘生全員を信者にする予定の、クルミ教の教祖様であるアタシのね!」
「……これ、本気で言ってるの?」
 果耶が小声で囁くように訊いてくる。
 珍しく辛辣な口ぶりだが、まあ、思い返せば自分も初めて夢悠の口からクルミ教の存在を明かされたときには、似たような感想を抱いていた。
 クルミ教。
 胡桃ヶ丘夢悠が開祖である、一年にも満たない歴史の超ローカル新興宗教だ。わざわざ教典を作ったり礼拝場を作ったりと、思いのほか本格的らしい。
 ちなみに礼拝場は例によって裏庭に無断で作られているため、クルミ教もまた忍者同好会同様、園芸部との争いがたびたび勃発する。というより、裏庭はやたらと無断で利用されるので、裏庭の正統な利用者であるところの園芸部はいつも割を食っている。
 ともかく、胡桃ヶ丘夢悠はボランティア同好会のメンバーであると同時に、陽光が丘のみを布教・活動範囲とする新興宗教『クルミ教』の教祖でもあるのだ。
 ちなみにクルミ教を独立した部にしようという野心もあるらしいが、生徒会の許可が下りず未だ実現していないそうだ。さすがの生徒会も、クルミ教という胡散臭さの塊を認めたくはないらしい。
 だが、夢悠とその信者たちは自分たちをイロモノだとは思っていないようだ。
「残念ながら本気らしいぜ。そこまで目立つ勧誘はしてないから、『居残り』してなかった果耶が知らないのも無理ないけどな、これでも十人くらいは信者がいるらしい」
「十人も!? ……すごいね」
 アヤキの説明に驚きを露わにする果耶。
 しかし夢悠は、それに対して不満げに口を尖らせた。
「何言ってんの、全然少ないわよ! アタシはアタシの教義をより広くより深く浸透させなきゃならないんだから! 卒業まであと二年しかないのよ? 時間が足りない買いたいくらいよ!」
「えっと……そういえば、クルミ教って名前は、胡桃ヶ丘さんの苗字から取ってるんだよね? どんな教えなの?」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
 夢悠は、豊満な胸をバン、と叩いて得意げに語る。
「胡桃ヶ丘夢悠を愛し、胡桃ヶ丘夢悠を尊び、胡桃ヶ丘夢悠を敬い、胡桃ヶ丘夢悠に殉じる! 要はアタシのために生きてアタシのために死ぬ! それが教義よ! 光栄なことでしょ?」
「うわあ……」
 果耶が素で引いていた。
 というより、物理的にも半歩ほどドア側に下がっていた。
「……果耶がボランティア同好会に入らなかったら、お前のせいだからな」
「えー何それ心外。せっかくクルミ教のプレミアム信者権をあげようと思ってたのに」
 プレミアム信者って何だよ、とは聞かない。夢悠にまたクルミ教についてべらべらと喋る口実を与えてしまうからだ。
 しかし、よくこんな胡桃ヶ丘夢悠ファンクラブに十人も信者がいるものだ。
 いや、これくらいぶっ飛んでるほうが、かえって興味を惹くのかもしれない。
 ――それはともかく、だ。
 夢悠に構ってばかりもいられない。
本題に入るべく、アヤキは会長のほうに向き直っていた。
「――会長。ボランティア同好会に入れてほしいと言っておきながら何ですが、俺を入れることで会長に迷惑がかかる可能性は、正直ゼロではないです。会長が、一番分かってるでしょうけど」
「今さらだけど、その会長っていうのはやめてほしいかも。儚木会長を連想するしね。『先輩』とかでいいわ」
 会長は困ったように微笑んでから、夢悠のほうをチラリと見た。
「胡桃ヶ丘とも救堂とも、ちゃんとその辺りの話はしているわ。それに、あなたがウチに入ることは、生徒会にとってもメリットがあることだし、あなたが危惧しているようなことにはならないと思うわよ? この私が言うんだから、説得力はあると思うけど」
「……ですね。先輩が言うなら、そうなんでしょう」
 目の前にいるこの女性は――ボランティア同好会会長は、いち同好会の会長という以上の力を持っている。だからこそ、アヤキはボランティア同好会を選んだのだ。
「東条の『氷の教室』ほどではないにせよ、この『異界』もそれなりの自治権を持っているわ。だから、安心して」
 会長は。
 左腕に巻いた腕章を示すように肩を上げ、言った。
「ボランティア同好会会長兼、生徒会会計・平坂来世の名において、あなたたちの平穏は私が保証するわ」