第十話 チームツバキVS校内マフィア

 刈夜巫女人は、身の丈というものを弁えて生きてきた。
 自分より強い者に歯向かうような真似は、客観的に物事を見ることができない無能か、英雄願望のある救いようのない馬鹿がすることだ。
 身の程を知り、自身の能力で到達できる中での最高の立ち位置を確保する。
 陽光が丘入学以前から、刈夜はそれこそが人生を最良にする手段だと信じ、決して実力以上の目標を掲げることなく、しかし実力以内の目標に関しては、いかなる手段も厭わず実現してきた。
 陽光が丘において、校内マフィアの首領という肩書きを目標とし、実際に勝ち得たのも、それが自身の才覚と陽光が丘に通う他の生徒たちの能力とを相対的に見たときに、実現可能な範囲内で最高の地位だったからだ。
 選挙管理委員会のスカウトを受けたこともある。しかし断った。生徒会に入っていても、ある程度の出世はできただろう。だが、『ある程度』より上には行けないという確信があったからだ。
 奇しくも刈夜の学年は、陽光が丘史上最強と呼ばれる世代。
 生徒会長・儚木縁、副会長・片倉亜実、生徒会書記・折機紫織。
 風紀委員会第一班班長・『会長の右腕』黒崎藤高。
 さらに、陽光が丘四天王のうちの三人に、生徒会から一クラス分の自治権を認められている『氷の暴君』東条凍牙(とうじょう・とうが)――挙げていくとキリがない。
 刈夜より強い人間、優れた人間、恵まれた人間など、陽光が丘には何人もいる。
 だから刈夜は、校内マフィアの首領という立場に甘んじた。
 しかし、その地位は決して悪いものではない。
 『自由時間』におけるビジネスの多くを取り仕切り、場所代や上納金を集めることができるシステムを、校内マフィアは確立していて、刈夜の代でそのシステムはさらに発展し、より多くの金を集めることができるようになった。
 生徒会関係者や、自身より強い者を決して敵に回さないことで、刈夜は『自由時間』において甘い蜜を吸い続けてきたのだ。
 そしてこの夜も、入学したてで粋がっている一年生たちに、身の丈を、身の程を思い知らせてやるつもりだった。
 ――ここは、お前ら程度が思いのままに生きていけるほど温い場所じゃない。
 俺と同じように身の丈を弁え、身の程を知り、そして俺より遥か低みで、搾取されながら、強者の顔色を窺って生きるのがお似合いだ――!
 刈夜巫女人は、自分より劣る者が、自分と同等以上のものを得ようとする行為を、決して許さない。



「あんたがこいつらのリーダーか」
 ツバキの取り巻きの三人のうち、いち早く刈夜の接近に反応したのは、他の二人よりも早く敵を倒してフリーな状態になっていた、マッシュルームカットの男だった。
 中肉中背、エリート然とした神経質そうな顔には、倒してきた男たちの返り血の滴が飛び散っていたが、彼はそれを不愉快げに、ポケットから取り出したハンカチで拭い、そのハンカチをしまうことなく地面に捨てた。
 どうやら、見た目通り神経質な性分らしい。
「俺らは高みの見物と行こうぜ、こよみちゃん」
 アヤキは、刈夜と対峙する神経質そうな男を眺めながら、そう言った。
 しかしこよみのほうは、ツバキに対し対抗心をバチバチに燃やしている様子で、アヤキの言葉をロクに聞いてはいないようだった。
 アヤキがそのことに対し溜息をついているさなか、刈夜たちの戦いは始まろうとしていた。
「僕は紺野瑞人(こんの・みずと)という。あんたは運が悪いね、僕はこの三人の中で一番強いんだ」
「よく言うぜ!」
「ほんとにね!」
 残り二人がほぼ同時に異議を唱えたが、紺野はそれを無視して構えを取り直した。
 一般的な構えとは逆に、右足を前にした、サウスポーの構え。
 その構えと、ここまでの彼の戦い方を見る限り、その流儀は――
「ジークンドーかァ、生で見るのは初めてだぜ」
 刈夜は、ブレスレットが擦れ合ってチャリチャリ鳴る音を響かせながら、紺野とは逆に左足前の構えを取る。
 ――ジークンドー。
 サウスポーの構えから繰り出される、直線的だがその分スピーディーな打撃を特徴とした格闘技だ。
 『最速で敵を倒す』という、シンプルな理念に基づく技術体系には、相応のハンドスピードを持つ者が使えば、相手に瞬きすらさせないまま倒すことも不可能ではないだけのポテンシャルがある。
 事実、紺野は校内マフィアの男たちを、触れられることなく倒してきている。
「その通りだよ。マフィアだかギャングだか知らないけど、十秒以内に片付け――」
 紺野が言い終わる前に、刈夜は地面を蹴っていた。
 繰り出された右の拳は、大振りなテレフォンパンチ。
 隙だらけだが、体格差を考慮すると当たればただでは済まないだろう。
 それに対し、紺野は動じることなく刈夜との距離を自分からも詰め。
 その顔面から胸部にかけて、右拳による連打を叩き込んでいた。
「ジークンドーの突きは空手みたいに『捻り』を加えねえ。縦拳をそのまま真っ直ぐ打ち込む。だから速い。けどな」
 アヤキは、刈夜が紺野の連打をものともせず、逆にその右腕を掴むのを見ながら、言う。
「タネがバレてる以上、刈夜も食らうのは承知で突っ込んでんだ。ただでさえ体格差があるんだから、『最速』に拘泥せずヒットアンドアウェイで攻めるべきだった」
「うぎゃあああああ! う、腕がぁぁぁぁぁァァ!!」
 刈夜は鼻血を流しながらも、紺野の右腕をあらぬ方向にへし折っていた。
 紺野の絶叫が耳をつんざく。
「もげたわけでもねえんだ、みっともなく叫ぶな……よ!」
 刈夜は、痛みと動揺でもがく紺野の腕を離したかと思うと、その隙だらけの顔面に、改めてパンチを叩き込む。紺野の体は宙を舞い、そのままコンクリートの地面に転がった。
「この程度かよ、一年!」
「……チッ。ツバキさんの前でなんてザマだ。最初から俺が相手すればよかったぜ」
 そう言って進み出たのは、拳にバンテージを巻いた、茶髪オールバックの男。
 身長は刈夜と互角だが、体重は身体を絞っているため、差があるように見える。
 しかし、彼が取ったボクシングの構え――かなり、堂に入っている。
「俺は砂原巧(さはら・たくみ)だ。見ての通りボクシングやっててよ、ジュニアの大会で優勝したこともあるぜ。そこで転がってるボンボン野郎と違ってストリートファイトの経験も多い。ツバキさん以外に喧嘩で負けたこともねえ」
「それじゃあ今夜が、記念すべき二敗目ってぇわけだ」
「ぬかせ……!」
 砂原は、フットワークを用いつつ、刈夜との間合いを探る。
 ボクサーの当て勘、つまり『パンチを当てる技術』は全格闘技中屈指だ。
 そしてそのパンチは、パンチのみが許された格闘技であるがゆえに、他種目の格闘家が放つそれよりも鋭く、重い。
 ゆえに刈夜もすぐには突っ込まず、二人は互いの間合いを探っていた。
 ――そんなときだ。
 こよみが、一度は止めた歩みを再び動かしたのは。
「こんな面白い状況、蚊帳の外なんてつまらないな。ねえ、渡辺さん。私と戦ってよ」
「言ったはずですよ。あなたには私が期待しすぎていました。――ですが、どうしても私と戦いたいというのなら、桜子を倒せたら考えてあげますよ」
 ツバキはそう言って、赤髪ベリーショートのジャージ少女をクイッ、と顎で指した。
 桜子と呼ばれた少女は、ポリポリと頭を掻き、「あたしが前座扱いなの、シャクだけど。まあ、ツバキさんの前じゃしょうがないよね」とごちる。
「あたしは桜井桜子(さくらい・さくらこ)。ファイトスタイルはテコンドーがベース。足が長いんで、蹴りには自信があってね。骨とか折っちゃうかもしれないから、今のうちに謝っとく」
「初めまして、桜井さん。私のほうは、ちゃんと怪我しないように倒してあげるから、安心してね」
 桜子とこよみは火花を散らした。
 お互い、負けず嫌いな性分は共通しているらしい。
 アヤキは、目の前で始まった二つの戦いを他人事のように眺めながら、「ところで、ツバキちゃん」と、同様に静観を決め込んでいるツバキに呼び掛けた。
「ツバキちゃんは、この二つの戦い、それぞれどっちが勝つと思う?」
「何かと思えば、くだらない質問ですね。チームツバキのメンバーとして、桜子と砂原には当然勝っていただきたいと考えていますが」
 そのとき、刈夜と砂原がほぼ同時に膠着を破って動き出した。
 砂原はボクシング経験者だけあって、フットワークを駆使して的確にジャブを打ち込みつつ、決して深追いはせず刈夜の間合いに長居しない、ヒットアンドアウェイによるアウトファイトを行っていた。
 刈夜は喧嘩慣れこそしているが、格闘技の経験は無い。
 身体能力そのものは同等でも、当て勘の差で砂原がリードしているように見える。
 一方、こよみと桜子の戦いの火蓋も切って落とされていた。
 桜子が放った蹴りを、こよみは左腕で受け止めるが、その衝撃は殺し切れず、後ろに三十センチほど後ずさりしてしまう。
 身長にはそこまでの差はないが、桜子は自称していた通り、胴が短く足が長いスタイルなので、リーチの差は明白だった。
「これはなかなか踏み込めないね……!」
「踏み込んでもいいよ。あたしはそこを蹴るだけだから」
 桜子の流儀、テコンドーは、蹴りを中心とした武術だ。
 蹴りは突きより隙が多い分、ちゃんと放てば段違いの威力とリーチがある。
 足の長い桜子の適性に合致する武術といえた。
 ――緒戦を見ると、それぞれ砂原、桜子が優勢なように見える。
 しかし、ツバキの口から語られた予想は、それと裏腹なものであり。
 アヤキの予想とも、合致しているものだった。
「――残念ですが、桜子と砂原が勝つのは難しいでしょうね」
sage