第十五話 部活動に入ろう

 陽光が丘高校には、多種多様な部活や同好会が存在している。
 その中には、他校ではまず見られないような種類のものもあり、先日滝川アヤキが情報収集のため利用した、杭瀬改新の『何でも屋』はその最たる例だ。
 そして、アヤキが今、藍川果耶と共に訪れているその場所もまた、陽光が丘以外にはまず存在し得ないような場所だ。
「アヤキ君……えっと、あの……」
 アヤキの向かいに座る果耶は、あからさまに困惑している。
 無理もない。
 空き教室を改造したその部屋は、桃色や白色を基調にした可愛らしい壁紙やカーテンに包まれ、天井からはハートやウサギの形をした飾り物がぶら下がり、音響機器からはメルヘンチックなBGMが流れている――そして、アヤキと果耶が入室した瞬間から案内を行い、水とおしぼりを持ってきた女子生徒たちは皆、メイド服を着ているという、学校内とは思えない空間なのだから。
「メイド部は放課後に、こういう風にメイド喫茶をやってるんだよ。果耶も、メイド部の存在は知ってるだろ?」
「う、うん……名前だけは。でも、お店までやってるなんて、知らなかった」
「まあ、大々的に宣伝されてるわけでもないし、一年の頃はクラスにメイド部の部員もいなかったしな。でも今は何人かいるぜ。ほら」
 アヤキが目線をやった先には、メイド服を着たクラスメイトがいて、彼女は恥ずかしそうに一礼して、そのまま視線を落とした。
「ほんとだ……」
 果耶は目をぱちくりとさせている。
 まあ、『居残り』もせず健全に学校生活を送ってきた果耶にとっては、やはり物珍しく映るのだろう。
 メイド部。
 果耶がイメージしていたのは恐らく、ゴスロリ愛好会のようなものだったのだろうが、実際はこのように、メイド喫茶の経営を行ったりもしている。同好会ではなく部であることからも分かるように、それなりにメンバーも多い。
 学食が混雑していたり、違うメニューを頼みたいときなどは、アヤキもこのメイド喫茶を使うことがあった。
「でも、なんで今日はここに? ……もしかしてアヤキ君、メイドさんとか好きなの?」
 果耶がジト目になって訊いてくる。
 アヤキの斜め後ろのテーブルにいる二人組の男性客が、接客しているメイドに熱っぽく、がっつくように話しかけ、メイドを困惑させているのが、果耶の位置からはよく見えるのも原因だろう。自分も同類なのではと疑われているらしい。
「そういうのじゃねえよ。まあ、面白い店だとは思うけどな。今日は、話しておかなきゃならないことがあるんだよ」
「話しておかなきゃならない……こと?」
「ああ。――その前に、注文済ませとこうぜ。ツクシ、『ふわふわトリプルカスタードパンケーキ』とアイスコーヒーのL頼む」
「ご注文ありがとうございます、ご主人様。お嬢様はどうされますか?」
「ふえっ!?」
 果耶が素っ頓狂な声を上げる。
 メイド服を着た同級生に『お嬢様』と呼ばれてびっくりしているのだろう。
 まあ、そういう場所だと分かっていても、慣れるまではどうしても違和感を覚えてしまうものだ。
「あ、えっと、『シナモンガトーショコラ』とロイヤルミルクティーのMで……」「かしこまりました。今しばらくお待ちくださいませ」
 オーダーを受けた同級生・木坂(きさか)ツクシは優雅に一礼し、衝立の向こう側へと消えていく。
 その背中を感心したような目で見送ってから、果耶は「すごいね……」と呟いていた。
「本当のメイドさんみたい」
「メイド部は色々本格的だからな。あのメイド服も、コスプレ用じゃなくてマジなやつをオーダーメイドしてるらしいし」
「ふええ……」
 果耶は、驚きのあまり、変な声を漏らしてしまっている。
 その様が面白いのと可愛らしいのとで、アヤキは思わず笑みをこぼしていた。
 こよみちゃんもこのくらい可愛げがあったら良いのにな、などと思いつつ。
 程なくして、先に飲み物が運ばれてきた段階で、アヤキは話を切り出すことにした。
「話っていうのは、生徒会から俺に対してのお達しのことだ。正確には、俺とこよみちゃんだけどな。あと、ツバキちゃんにも別途話が行ってるらしい」
「生徒会からって……それ、大丈夫なの?」
 果耶が心配そうに顔を曇らせる。
 すでに果耶にも、こよみやツバキが関わった、校内マフィアとの抗争の件は説明しているので、それを受けて生徒会が動いたのではと危惧しているのだろう。
 実際、ここ最近の生徒会や風紀委員会の動きは今まで以上に活発で、ゆえに不穏だ。だからこそアヤキは、『何でも屋』に情報収集を依頼したりもした。
「安心してくれ、大丈夫だ」
 今のところは――とは、付け足さない。
 果耶をいたずらに不安にさせるようなことを言う必要はない。
「ただ、みのりを通して生徒会から言われたんだよ、『四月中に既存の部か同好会に入部すること』ってな。無視すると生徒会への叛逆とみなすんだと」
「えっ……なんでまた、突然そんな話に?」
「建前としては、『居残り』をする条件の一つは部活動か委員会に所属して活動を行うことであり、帰宅部にも関わらず『居残り』を繰り返していたことに対する最終通告――らしいぜ」
 これまで黙認されてきたのは、アヤキには生徒会に再び楯突く意思は無いと判断されていたからというのと、アヤキを制圧するためには生徒会長の手を煩わせる他に術が無く、生徒会としてはなるべくアヤキとは不可侵でいたかったから、という理由が考えられる。
 ――ならば、なぜそのスタンスに変化が生じたのか。
 考えるまでもない、こよみとツバキの台頭が理由だ。
 生徒会は、再び反生徒会の動きが勃発することを恐れている。
 そのために、なりふり構わず手を打ってきているのだ。
「まあ、生徒会にしてみれば部活に所属させていたほうが、管理というか監視も楽になるからってのが大きいだろうな。もう一つ条件があって、俺とこよみちゃん、ツバキちゃんはそれぞれ別の部に入らなきゃならないらしい。これはまあ、反生徒会の芽を一箇所に集めたくないってことだろうぜ」
「なんか、ロコツだね……」
「ああ、なんか笑えてくるくらいにな。でも、それだけ生徒会もマジってことだ。だからここはひとまず言う通りにすることにした――で、ここからが本題だ」
 アヤキは、ここで一旦話を区切り、先ほど出されたアイスコーヒーに何も入れず、無糖のまま三分の一ほど飲んだ。
 ファミレスの味気ないものとは違い、しっかりとしたコクと苦みがある。
 メイド部で出されるコーヒーはインスタントコーヒーではなく、コーヒー豆を挽いて作っているから、味は保証付きだ。ファミレスの安っぽいコーヒーもそれはそれで嫌いではないが。
「こよみちゃんは、今仮入部扱いになってる合気道部に、正式に入部させる。ツバキちゃんは、まあ、あっちで勝手にやるだろ。で、俺なんだけど、そこそこ関わりのある奴らがいる同好会に入ろうと思ってる」
「それって、どこ?」
 果耶の問いに、アヤキは、その『そこそこ関わりのある奴ら』を思い浮かべ、一瞬、逡巡した。
 一通り考えた上で、あの同好会がベストだと結論を出したし、同好会の会長にはすでに話を通している。しかし、『あいつら』はなかなかにアクが強い。自分の判断は、果たして本当に間違っていないのだろうか。
 いや――そんなことは、今さらだ。
 アヤキは迷いを振り払い、果耶に対してこう言った。
「俺は、ボランティア同好会に入ろうと思う。それで、果耶さえよければなんだけど――俺と一緒に、ボランティア同好会に入会してくれ」
sage