第二話 自由時間と波乱の予感

 果耶と後味悪く別れてから、アヤキはつい十数分前に来た道を逆戻りして、陽光が丘高校に舞い戻っていた。
 午後四時、五時の段階では、部活動や委員会活動にまっとうに励む生徒の姿も普通に見られるが、五時半を過ぎた頃には、『居残り』目的の輩しか残らなくなる。
 そして午後六時を告げる鐘の音と共に、放送委員のアナウンスにより新年度最初の『自由時間』の開始が告げられ、途端に敷地内のあちこちから喝采、怒号、悲鳴、果ては花火のような音が上がり始めた。
 『自由時間』が始まった矢先に、一瞬にして校内が混沌と化す辺りが、陽光が丘における普段の平穏さが所詮うわべだけの、仮初のものであることを如実に物語っている。
 アヤキは、『自由時間』において他の生徒のように羽目を外したりするわけでもなく、ただ犯罪と欲望と暴力のるつぼと化した敷地内をぶらぶらと歩いて回るのが常だった。たまに、学食に立ち寄って飲酒したりもするが、その程度はまあ、ご愛嬌だろう(『居残り』する生徒の中でも、堂々とアルコールを頼めるようになる学食は人気スポットだ。『自由時間』における学食は居酒屋と変わらない)。
 しかしそれにしても、適当にぶらついているだけでも、居残り組の明暗が分かれているのが目に留まる。
 通りがかる生徒を襲って次から次に財布を奪っている奴もいれば、逆に奪われて途方に暮れている奴もいる。
 建物の隅に隠れるようにしてシンナーをキメている奴もいれば、シンナーを売り捌いて荒稼ぎしている奴もいて、荒稼ぎしている奴に金で雇われて用心棒をしている奴もいる。
 そいつらが揃いも揃って、昼間は大人しく真面目に授業を受け、まともに学校生活を送っているというのが、何よりの笑いどころだ。
 アヤキは生徒会長に敗北したあの日から、開き直って適当に学園生活をやり過ごすことを心に決めて漫然と生きているが、『居残り』は暇潰しに過ぎず、その権利を得るために品行方正に過ごそうと心掛けたことなど一度もない。にも関わらず『居残り』の権利を剥奪されていないのは、自分に再び生徒会とやり合おうなどという意志が欠片も残されていないと、連中も知っているからだろう。
 今さら波風立てるようなつもりはない。
 それがたとえ、可愛い友達の頼みでも。
「ヒーローなんて、柄じゃねえしな」
 そう呟きながら、アヤキは中庭のベンチに腰掛け、購買で仕入れたウイスキーの小瓶を開けていた。
 陽光が丘の中庭はグラウンドと変わらないほどの広さで、桜や梅など様々な木が植えられているほか、池も掘られていて錦鯉が泳いでいる。満開に近い桜が地面に設置された照明によってライトアップされている光景は、ちょっとした公園に来ている気分になれる、それなりの壮観だ。
 時折、ひらひらと舞い散った桜の花びらが、ブレザーにふわりと落ちてくるのも、鬱陶しくは感じず、むしろ立ち上がるときまではそのままにしておきたいと思える、不思議な愛おしさがあった。
 この場所もまた、陽光が丘の支配層たる生徒会が、被支配層である一般生徒たちの不満を軽減させるために設けたものの一つに過ぎないわけだが、花や木自体に罪は無い。陽光が丘入学以前、喧嘩に明け暮れていた中学時代のアヤキも、河川敷で寝転がって川の流れや雲の動きを眺めるのが好きだった。その頃から自分は、根底的に変わっていないのかもしれない。所詮自分はヒーローでも救世主でもなんでもなく、ただ不満なものに噛みつき、敵わなければ諦めるだけの野良犬なのだ。
 そんな風に黄昏ていたら、プツ、という短いノイズが頭上から聞こえた。
 校舎の壁に設置されたスピーカーから、放送機具のスイッチを入れた音が漏れたのだ。校内放送が入る前触れだ。普段は生徒の呼び出しなどに使われる校内放送だが、『自由時間』においては、基本ロクな内容ではない。まあ、生徒の呼び出しだってロクな内容ではないといえばそうだが。
『自由時間運営委員会より、お報せします』
 女子生徒の声。
 誰だったかな、と一瞬考えるが、二・三年生の女子だけでも三百人以上はいるので、わかるわけもなかった。ちなみに自由時間運営委員会というのは、風紀委員会・選挙管理委員会と並ぶ三大生徒会下部組織の一つで、主にこの『自由時間』におけるイベントの企画・運営や、『居残り』権の与奪を担う組織だ。なお、生徒会関係者は非自由時間から、左腕に各々が所属する組織の腕章を付けている。
『十九時から、第二体育館で押収品オークションを行います。参加される方は、十八時四十五分までに受付をお済ませください。繰り返します――』
 案の定、ロクな内容ではなかったが、まあ、珍しい話でもなかった。
 生徒会や風紀委員会が校則違反者から押収した物品は、こうして『自由時間』において、定期的に競売にかけられることになっている。普通の学校ならば、少ししてから持ち主に返却されたりするだろうが、陽光が丘はそんなに甘くない。さらに、物品を押収されるような生徒は必然的に居残り権も剥奪されているので、一度所有物を押収されたが最後、居残り権を保持する知り合いに代わりに落札してもらうか、落札者に頼み込んで返却してもらうしかない。居残り権の無い者が無理やり暴力に訴えようものなら、さらなる制裁は避けられないからだ。
 本当に、支配し続けるためのシステムが無駄に凝っていて、それが上手く回っているのが、滑稽であると同時に恐ろしい。生徒会の方針やそれに基づいて作られた校則は、ハッキリ言って荒唐無稽で、本来ならば現代日本においてとても通用するものではない。その無理を通して道理を引っ込ませているのが、生徒会の絶対的な力。その背後には理事会があり、裏社会とも密接な繋がりがあるとされる陽光が丘理事会には、色々と黒い噂が絶えない――政府が関わっているのではないかという、とんでもなくスケールの大きな、陰謀論めいた説すらあるくらいだ。しかし、かつて陽光が丘の実情を校外に広く訴えようとした者は何人かいたらしいにも関わらず、陽光が丘の異様さが校外では騒がれていない現状を鑑みるに、それほどの権力があるのだとしても不思議ではない。
 実際、現・生徒会長の儚木縁(はかなぎ・ゆかり)は、理事長の一人娘であり、歴代の生徒会長の中には、儚木一族や、その息のかかった理事会構成員の関係者が少なくない、というよりほとんどであると聞いている。
 何のために一族ぐるみで陽光が丘を壮大な玩具箱にし続けているのかはわからない。金持ちの道楽なのかもしれないし、それこそ政府や大企業、裏社会なんかが絡んだ実験場なのかもしれないが、自分たち庶民には預かり知れぬところだ。考えるだけ無駄だろう。どうせ、あと二年やり過ごせば、自分にとっては完全に無関係なことになるのだから。
「……帰ろうかな」
 ウイスキーをストレートで少量飲んでから、アヤキは呟いた。
 夜桜を眺めながら酒を飲んで過ごすつもりだったが、果耶とあんな会話をしたからだろうか、今夜はなんだか気乗りしない。
 ウイスキーの瓶をブレザーのポケットに仕舞い、アヤキは立ち上がった。
 そのときになってようやく、肩や胸に乗った桜の花びらを軽く払い落とす。
 中庭には、自分の他にはブルーシートを敷いて花見をしている連中がいるだけで、校内の他の場所に比べたら平和と言えた。
 ……まあ、『あの』生徒会長に入学後すぐに喧嘩を売った命知らずとして、滝川アヤキという名前は轟いてしまっているので、自分の前で騒ぎを起こそうという生徒はほとんどいないのだが。
 そういう意味では、自分の存在はある種の抑止力になっているともいえる。とはいえ、積極的に悪事を働く連中をのして回るような、果耶が言うような『ヒーロー』のような行動を取ったことはないし、これからもないだろう。
 果耶は、俺のことを買い被りすぎなんだよ――
 そんなことを思いながら、帰路に着きかけたアヤキの足を止めたのは、宴会をしている連中の騒がしい会話すらも塗り潰すほどの、耳をつんざくような悲鳴――それも、聞き覚えのある声だった。
「いやああああああああああ!!」
「――果耶!?」
 なんでここに――と、驚愕したのはほんの一瞬。
 アヤキはすぐさま地面を蹴り、駆け出していた。
 友の悲鳴にすぐさま動き出すその姿は、それこそまさにヒーローのようであったと、そのとき中庭に居合わせた生徒たちは思ったそうだが、少なくともアヤキ自身には、そんな自覚などなかった。



 中庭を飛び出し、校舎と校舎の間を駆け抜け、恐らく二分も経たないうちに、アヤキは悲鳴のした場所へと辿り着いていた。
 そこは、裏門からほど近い、園芸部が精力的に家庭菜園やガーデニングを行っているために、半ば植物園と化した裏庭だった。中庭ほどではないが、この裏庭もなかなかに広い。
 しかし、幸いなことに果耶はすぐ見つかった。
 というより、果耶を取り囲んでいる連中が目立っていて、他に人影も見られなかったので、一目瞭然だった。
「果耶っ!」
「あ、アヤキ君っ!」
 腰を抜かし、その顔を恐怖と絶望に歪ませていた果耶が、走り来る足音と呼び声とでアヤキに気付いた途端、救いを求めてその名を呼び返す。
 果耶の周囲には四人の男子生徒がいる――見知った顔は無い。
ただ、果耶のブレザーのボタンが二つほど千切れてなくなっており、倒れたときに擦りむいたのか、その膝は血と砂で汚れていた。
 それだけで、この連中が果耶を手籠めにしようとしているのだということは確信できた。確信と共に、アヤキは怒りを自覚するよりも早く、一際強く、踏み固められた土の地面を蹴っていた。
「! た、滝川――ぐべあっ」
 振り返り、恐慌を浮かべかけたその顔は、表情を形作る前に赤く塗られた。
 アヤキが繰り出した拳が、そいつの左頬にめり込み、その衝撃で、そいつの左側の歯のほとんどはへし折られたからだ。
 血と唾液を引いた歯の数々が、その口から飛び出し、宙を舞う。
 そのときには、アヤキは右斜め前に跳び、まだ視線で追うことすら適わぬ二人目の鼻柱に、左のハイキックを叩き込んでいた。
「ぶへあっ!?」
 男の首は、折れたのではないかと錯覚させるほどの勢いで、跳ねるように後ろにのけぞり、その鼻から噴き上がった鮮血のシャワーが、男自身の上体に降り注ぐ。
 アヤキはその雫を浴びることすらない。蹴った直後にはそのままの勢いでまたも斜めに跳び、ほとんど本能的にファイティングポーズを取ろうとした三人目の腕の間をすり抜ける右のボディブローを放っていたからだ。
「ゴバアッ……!」
 拳が体内にめり込んだのではないかと思わせるほどの深く重い一撃は、三人目の男の肋骨を数本どころか数対へし折り、衝撃は内臓にも伝わり、彼は血の混じった吐瀉物をぶちまけ――る前に、アヤキに肩を掌底で押されて回れ右させられていた。
「果耶にテメエの汚いゲロを浴びせんじゃねえよ」
 彼が、アヤキの低くドスの効いた声を認識できたかどうかは定かではない。
 彼はアヤキに背中を向ける形になった直後、地面に血の混じった吐瀉物を撒き散らし、そのままその池へと突っ伏すこととなったからだ。
「あ……ああ――あ……」
 アヤキが攻撃を始めてから、時間にして三秒も経っていない。
 その間に、四人の男のうち三人が沈められ、残る一人と果耶は言葉すら出ず硬直していた。
 アヤキはここでようやくふう、と息を吐き、それから、果耶のほうを見下ろして言った。
「大丈夫か、果耶!? 何もされてないか!?」
「え、あ――う、うん。だ、大丈夫……!」
 『居残り』をしたことがない果耶は、これまでの人生、暴力とは無縁に育ってきたことだろう。そんな彼女の前で繰り広げられた凄惨な光景。受けた恐怖とショックは決して小さなものではないはず――それでも果耶は、アヤキを見上げ、混乱しながらも、やがて状況を呑み込み、安堵に目を潤ませた。
「ありがとう、アヤキ君……!」
 その言葉に、ようやく口元を緩ませたアヤキだが、残る一人の男の狼狽した声に、再び臨戦態勢へと入る。
「な、なんでこんなことになんだよ……! 許してくれよ、俺たちはアンタとやり合うつもりはなかったんだ! この女に手ぇ出そうとしたことは謝る! だから……!」
 その言葉に、アヤキはハァァ、と心底軽蔑しながら息を吐いた。
 先ほどまでの自分を突き動かした激しい情動は一見すると収まったようではあったが、その実静かに、よりその温度を増していた。赤い炎よりも、青い炎のほうが高温なのと同じように。
「お前の謝罪に価値なんてねえよ。――安心しろ。死にはしないし、一瞬で意識も飛ぶ。まあ、目が覚めた後は死ぬほど痛いだろうけど、『居残り』で稼いだ金で保健室行ってモルヒネでも打ってもらえよ」
「か……金なら払う! 二十万、いや、三十万なら払える! あ、いや――こいつらの分もかき集めれば、なんとか、百万くらいは――だ、だから、があっ!」
 アヤキが放ったローキックが、男の左脛に炸裂し、男は一瞬にして地面に両膝を付いていた。あまりに鋭い一撃に、立ち上がることすら叶わず、蹴られた脛を抱えて悶絶することしかできない。
 果耶が息を呑むのが分かったが、だからといって遠慮はしない。
 アヤキは怒っていた。言い知れぬ怒りを感じていた。
 それは、果耶を手籠めにしようとした挙句、都合良く許してもらおうとしているこいつらへの怒り? それもある。だが、それだけではない。
 ……アヤキは、果耶に対しても怒っていた。
 どうして、今まで一度だって『居残り』をしたことのなかった彼女が、この時間のこの場所に足を踏み入れてしまったのか。
 しかし、その理由も、すでに理解していた。
 果耶は恐らく、自分を追ってきたのだ。
 あんな後味の悪い別れ方をしたから、一旦は食い下がったものの、次第に居ても立っても居られなくなり――自分ともう一度話をするために、『自由時間』の真っ只中の陽光が丘に飛び込み、その結果、危険に晒されたのだ。
 だからアヤキは、何より自分に対して、怒っていた。
 果耶の身を危険に晒してしまった自分に。
 果耶に、見なくてもいい光景を見せ、触れなくてもいい悪意に触れさせ、関わらなくてもいい世界に関わらせてしまった、自分に対し。
 しかし、そんな状況に置かれてもなお、果耶はどこまでも優しかった。
「アヤキ君、もういいよ……!」
 果耶のその言葉は、アヤキの怒りを一旦は収めかけた――が。
 その言葉に、浅ましくも便乗するように発された男の台詞が、癪に障った。
「ほ、ほら! この子もそう言ってることだし、ここは穏便に――ぶはあッ!」
 アヤキは最後まで言わせず、男の側頭部を廻し蹴りで一閃し、その体を地面に叩き伏させた。果耶の動体視力ではその蹴りの軌道は見えなかったに違いない。実際、彼女が息を呑んだのは、それから一秒以上後だ。
 ……これで、四人ともしばらくは『居残り』どころか日常生活も難儀だろう。二度と果耶に手を出そうなどとは思えないはずだ。ぴくりとも動かない四人を見下ろすと、陽光が丘の生徒がブレザーの襟に付けることを義務付けられている学年章は、ローマ数字のⅢの形、すなわち第三学年のものばかりだった。まあ、同級生だろうが上級生だろうが関係ないが。
 しかしそれにしても――どこまでも不愉快な連中だった。
 『自由時間』によって欲望を刺激され、それを満たすことだけに腐心する救いようのない連中。陽光が丘ではそう珍しくないタイプではあるが。まあ、こんな連中のことより、果耶だ。
「……立てるか? 果耶」
「う……うん」
 静寂を取り戻した裏庭で、アヤキは果耶に手を差し伸べ、そっと立たせた。
 果耶の手は、アヤキが少し力を込めただけで壊れてしまいそうなほど、細く小さい。擦りむいた膝の出血は止まっているが、タチの悪い菌にでも感染したら後が怖い。確か裏庭の片隅には、園芸部が花の水やりに使用するための蛇口があったはずだ――と辺りを見回しながら、アヤキは改めて思った。
 ……果耶は、陽光が丘で生きていくにはあまりに弱く、そして優しすぎる。
 だから、彼女はこんな風に『自由時間』などとは、関わってはならないのだ。
「……なあ、果耶。なんで、ここに来たんだ? 俺に何か話があったなら、携帯でもよかっただろ」
「うん……私も、そのつもりだった。でも、ファミレスを飛び出してすぐに、陽光が丘の制服を着た子が声をかけてきて、陽光が丘まで案内してほしいって言われたんだ。それで、その子と話しながら歩いてたら、アヤキ君に連絡しそびれて」
「……。ウチの制服着てるのに道が分からないってことは、新入生か」
「うん。入学式は明日だけど、その子はもう制服姿で――今にして思うと、それ、ちょっとヘンだよね」
 陽光が丘の入学試験は、陽光が丘の内部事情を知られないため校外で行われるので、新入生が正確な立地を把握していなくてもおかしくはない。入学式当日に遅刻しないために、前日に通学路を自分の足で確認してみるというのも、心理としては理解できる。
 ただ、だとしても、前日の時点で学校指定制服を着ていることと、よりにもよってこの時間帯にそのリハーサルを行うことの説明はつかない。
 アヤキが訝しむのに対し同意するように頷いて、果耶は続けた。
「その子、中学の頃の先輩が陽光が丘生で、その人にこっそり教えてもらってたから、こういう特殊な事情も知ってるって言ってて。それで、その先輩と裏門前で待ち合わせをしてるから、そこまで案内してほしいって頼まれたんだ」
「――なるほどな。で、裏門で待ち合わせのはずが、お前の案内が終わるや否や、そいつは校内に飛び込んでいって、お前は慌てて後を追いかけた――ってとこか?」
「……うん。そのときはびっくりしちゃって、つい……」
 果耶は、気まずそうに視線を逸らした。
 実際、もっと良いやり方はあっただろう。例えば、携帯で自分に連絡して状況を報告するとか。しかし、それが思いつかないほど、果耶はその新入生を心配し、とにかく大変なことになる前に追いつかなければという一心で駆け出したのだろう。果耶のその甘さとも言っていいほどの優しさは、美徳であると同時に、陽光が丘生としては致命的な欠点でもある。
 しかし――意図してはいなかったにせよ、結果として果耶を危険に晒した、その新入生。
 アヤキには、思い至る節があった。
 そうであってほしくない――その一心で、アヤキは尋ねた。
「――果耶。その新入生、もしかして、身長160cmくらいで、黒髪のショートカットで、色白の女子か?」
「え? あ……うん。そうだけど――なんで、それを?」
「――っ。マジかよ……」
 アヤキは、思わず嘆息していた。
 なんてことだ。
 果耶を救い出せて一件落着、とは、どうもならないらしい。
 新年度早々、それなりに平穏だった自分の陽光が丘での学園生活に、大きな波乱が起きようとしている。
 アヤキは、説明を欲している様子の果耶に対し、静かに切り出した。
「お前に道案内をさせた奴は、俺の間違いでなければ多分、俺の知ってる奴だよ」
「えっ――」
「そいつの名前は愁井(うれい)こよみ。俺の中学の頃の後輩で――お前が言うところの、『ヒーロー』みたいな理念を持ってる奴だよ」
sage