Alexandrite - onoken(途中)


 竜崎さんの案内で『ラボ』と呼ばれる開発室に通された。嘉神さんが、なんかアレな感じだったので、てっきり他の人たちも、なんかアレな感じだったりするのかなと戦々恐々していたけど、そんなことは無かった。

 誰もが普通に愛想がよくて、しっかりした感じの人たちだった。それから一様に確認をとっていた。

「えっ? その子を【シアター】に入れるんですか?」

 その度に、竜崎さんは「大丈夫。責任は僕が持つよ」と、相手をとりなすように言った。

 そして、たぶん『普通』と呼べるオフィスの奥に、またセキュリティでロックされた扉があった。

「さぁ、この先の部屋だよ。前川少年。もういちど確認しておこうか。ここはね。うちの会社の中でも、一応はトップクラスの秘密というか、関係者以外は口外をしてはいけないよ。といった取り決めの部屋になる」

 竜崎さんは、そこで一旦、言葉を区切った。

「率直に言おう。キミは『ネクストクエスト』が権利を保有し、大きな収益をあげている【桜華雪月】の二人にとって、とても有用な存在であると思っている」

 ――評価されている。おそらくは、とても高く。

「キミは我が社にとって『資産価値』のある人間だと見なせる。ということだ。故にこれから行うのは、僕個人の『投資』といってもいい」

 竜崎さんの雰囲気が変わっていた。相変わらず距離を感じさせない、気さくな態度と笑顔でありながら、その裏にひそむ――きっと俺なんかには、まだまだ想像のできない世界を渡り歩き、生き抜いてきた大人の視線が、まっすぐに向けられていた。

「この先の部屋を見せることで、おそらくキミは、望んで彼女たちに協力してくれるのではないかと、そう思っている」

 その貌はまぎれもなく、1つの世界を統べる支配者のようなものだったと思う。ただしく、相手を操ることのできる権限を勝ち得た、権力者としての振る舞いが存在した。

 
 全身がふるえた。ぞわりと、鳥肌が立った。

 この人は、ヤバイ。


 【強い】。

  
 そう。俺にはこの人が視えないのだ。これまで出会ってきた大人たちは、誰もが視えていたのに。

 その思想に宿るもの。

 思考の【糸】/【性質】が。

 瞳が映しているものの範囲が。

 願い、想い。期待が。

 そして

 【想像力】という名の演算によって導き出される解が。原因と結果が。おぼろげではあるも、確かに見えていた。

 すべてではなくとも、一介の【点】となるべき上限と下限が、じっと静かに、意識を集中させると、手にとるように視えることがあった。

 俺は、それを利用して生きてきた。人々の無意識を逆算して、自分に有利な状況を作りだし、なおかつ『ただの中学生が、そんなところにまで思い至れるはずがない』という、心理的状況の裏を突いてきた。
 
「前川少年。僕たち大人はね、いつだって、子供たちの一歩先の未来を生きている。ならば、成すべきことはなんなのか。僕の答えはシンプルだよ」

 だけどこの人の【想像力】の果てが、上限が視えない。

「この先で、キミ達を待ち受けているのだと、信じることだ。得意満面な笑顔で『ここまでおいで』と言ってあげるのが、自分たちの役割だと信じてるんだよ」

 目の前に【視えない怪物】が姿を現していた。


「さぁ、キミはどうする?」


 いったいこの先に、なにがあるんだろう。頭の中が、余裕めいて笑う【怪物】の意思を探ろうとする。だけど届かないんだ。これがきっと正解だと確証できるラインに到達しない。

 全身が震えていた。興奮と不安。
 まるで今から、おばけ屋敷に入るみたいだ。

 反対に内情を知りつくしている案内人は、たっぷりの悪戯心に満ちている。その度合いの予想がつかない。こっちは、ただ身構える他にないのだ。

 一方的に不利な交換《トレード》だよな。
 不利じゃん。なんて思っていたら、



「前川少年。キミは、過去と未来、どっちが好きだい?」



 その言葉に不安の一切がふきとぶ。それは卑怯すぎた。俺は笑ってしまった。ヤベェよ。この人。対面での駆け引きが面白すぎる。

「そんなの、未来に決まってます」
「Perfect」

 ピッ、と音がして、最後のゲートが開かれた。


* * *

 ラボの人たちが【シアター】と呼んでいた部屋。

 そこには、広々とした【白い空間】が広がっていた。

 なにもない。

 つい、視界をぐるりと見まわしてしまう。

 壁、床、天井には、真ん中にほんの小さな黒点の見える、四角い淵の枠で区切られた素材で作られている。まるでCMなんかを撮影する、舞台のようだった。

 ただ、部屋の中央。見上げた先の天井には、見た事のない機械が取り付けられている。黒い半円球型の装置が埋め込まれる形で存在している。

「アレはね。現在、とある大学の研究施設と共同開発中の投影機だよ。仮称だが【フォトン・エフェクター】と呼んでいる」

 隣に立つ、竜崎さんが口にした。

「あれは、どういう機械なんですか? なんとなく、この場所ってプラネタリウムとか、映画館っぽい雰囲気ありますよね」
「はは。察しがよろしい」

 言うと、天井の装置が『…キィィィ…』と音を立て始めた。


『リュウさん。【エフェクター】起動したよ。自社内限定接続完了。オペレーティングモードを実行。コンソール操作の一部を音声認識モードに切り替えて、条件判断を【セカンド】に兼任するけど、オッケー?』

 
 天井の装置から、嘉神さんの声が聞こえてきた。

「おけまる」

 竜崎さんが、右手の親指と人差し指で『〇』を作る。すると今度は明確に『キュイン』と音がした。【フォトン・エフェクター】と呼ばれた機械が、その半円の中に目があるように、俺たちを見つめているような気がした。


【おはようございます。竜崎達彦さん。こちら、セカンドです。もしよろしければ、貴方に座る椅子をご提供いたします】


 ――――喋った。いや、正確には、さっきの嘉神さんみたいに、そこから電子音声が流れてきた。というのが正確かもしれない。

「あぁ、それじゃ頼むよ。僕と彼に一席ずつ」


【かしこまりました。プレイヤー1と、ゲスト1の身体構造を分析――――完了しました。色の変わる床にご注意ください】

 
 色の変わる床?
 ご注意くださいって、なんだ? どういうこ


 真正面の床が、ほのかに青く光っていた。それが黄色に変わり、信号機のように点滅したと思った瞬間、


 ――――カシャンカシャンカシャン。
 カシャカシャカシャ、カシャシャシャン。ガシャン。 


 背もたれと、手すりのある椅子が二脚、あらわれた。

「…………? ? ?」

 俺の頭の理解が追いつかない。
 ただ、なんとなくではあるけれど、

「ふっふっふ、いいだろ、こういうのいいだろ~」
「あ、はい、なんつーか、無駄にカッケェ…!」
「だろー! 変形ロボみたいでカッコイイよね!」
「わかります。職人の心意気を感じました」 
「秘密だぞー! コレマジでクラスのみんなとかには言っちゃダメなやつだからなー! まぁ特許申請済みなんだけどー!! まぁまぁ座りたまえ、少年! さぁさぁ!」
「はい、じゃあ――ってなんだこれ…すげぇ座りやすい…」
「だろー! 椅子ってのはねぇ、立ち仕事がつらくなり始めた、37歳のおじさん的には、もう人生のマストアイテムなわけよー! この漢のロマンシステムを組み込んだだけで、何十億とんだかわからないよねー、あははは」

 竜崎さんのテンションが、ブチ上がっていた。ここぞとばかり、椅子への情熱を語ってくれた。パッションした。

(…37歳の、変なおじさんは、椅子マニアだったのか…)

 なるほど、人生の大半を仕事に明け渡した男というのは、だいたい総じて、そうした趣味に向かっていくんだろう。きっとじいちゃん達の年頃になれば、壺を愛でて「いい仕事してますねぇ」とか、ニコニコしながら言ってるに違いない。

「まぁ、もちろんね。椅子が良いのはもちろんだけど、当システムはこれだけに留まらない。さて、前川少年の意見を頂戴しよう。これは、この空間は一体、なんだと思う?」
「たぶん…VRの映像を流す場所ですよね。みんな【シアター】って言ってましたし」
「イエス。お察しの通りだ。本当に説明の手間が省けるね。こちらとしては少々、物足りないよ」

 椅子に座った姿勢で、竜崎さんが天井を仰ぎ見た。

「だけどそれだけじゃないぞ。【セカンド】――領域展開。拡張現実《AR》の命令を実行。パターン『LIVE』の実行を」


 【EXEC.実行します】


 声が交わされる。すると次の瞬間また、部屋の床が、壁が、天井が。今度は部屋の全体が、パッと青く染まり、今度は黄色くは点滅せずに、そのまま――――光と音の奔流が押し寄せた。


 「っ!?」


 俺はとっさに立ち上がった。今さっきまで、白一色だったはずの世界は、まばたくような、無数のスポットライトと共に照らされている。

 俺たちの座る場は高台に変わっていた。それをぐるりと取り囲む『観客』たちの姿が見渡せる。息をあわせたように、手にしたサイリウムを左右に振っている。

 映像だけじゃない。確かな音の洪水が渦巻き、熱気となって轟いていた。焼けつくような空気感を醸しだしているのだ。

「さすがに驚いたかい? 【セカンド】映像を戻して」


 【EXEC.実行します】


 今度は、見えていた世界のパーツが切り取られていく。縁取られた、特殊な白い面のひとつひとつが、立体視のできるモニターの様なものになっているらしい。

(すっげぇ…臨場感、完全に本物かと思った…)

 まるで本物みたいだった。世界が【白い空間】に戻る。俺は脱力したように、椅子に座りなおした。

「前川少年の意見は正解だ。この【シアター】は、ARとVRの技術を併用させて、疑似的に超リアルな仮想空間を展開する領域なんだ。これが今、子供の頃に夢見た、僕ら大人たちが手掛けている、技術の結晶の1つさ。どうだい、なかなかたいしたものだろう?」
「ハンパないです」

 正直に言うと、竜崎さんも笑った。俺たちと同じような、仕掛けたイタズラが成功して、あるいは期待通りの反応が得られて大満足ですという顔をした。

「前川少年。僕はこの部屋に入る前に、キミに言ったね。この部屋の光景を見せれば、キミが望んで彼女たちに協力するだろうと」
「はい。聞きました」
「実はね。キミの話を、スイちゃんと、ユキちゃんから聞いて、今日うちの会社に来て話をすることが決まっても、こちらが提示した案件に、心から了承の意を示してくれるのは難しいだろうと想像していた」
「…それは…」
「おそらくね、キミは今夜あたり、ご実家の方で、ご両親に今日の話をするのだろう。当然、保護者の同意が必要な契約書も提示する。自らが『VTuber』というキャラクタを演じていたこと。それがキッカケでスカウトをされたこと。今日までに起きた出来事のだいたいのところを話すわけだ」
「はい、そのつもりです」
「ただ話を聞く限りでは、キミのご両親は、こちらの業界にはまったく縁がなかった。すると当然、我が子が『VTuber』というキャラクタで、期間限定とはいえ、タレント活動をすると言われてもピンと来ないだろう」
「はい、でもそれはあの…仕方がないっていうか…」
「責めてるわけじゃないんだ。そうではなくて、なにも知らないご両親を説得できるとしたら、他ならぬ、当人であるキミ自身の熱意が必要だ」

 熱意。

 VTuberとして、期間限定とはいえ、企業に属し、働いて、お金をもらうのだという、その気持ち。ともすれば、俺に欠けているもの。

「キミは迷っているね。ある側面では、とても大人びた思考経路を持つ少年のことだ。自分の両親に黙って、そんな勝手な真似をしたらいけないのではないか。失望させてしまうのではないか」

 心を読まれる。言葉の先を越される。悪意はない。ただ、やさしい笑顔の下に、悪魔じみたほどの良心を感じる。

「気を付けたまえよ、少年。僕はとうてい善人とは言えないが、そうでない部類の中では、まだマシな方ではあるはずだ。単純に惑わされない様に、よく考えて、聞きなさい」
「はい」

 反射的にうなずいた。俺は話の続きを待つ。

「キミは、理知的な知性と、鋼のような心を持っている。自分の【生き方】や将来といったビジョンを備えている。
 だが一方で、そんな自分自身に苦しんでもいたはずだ。熱意が世界を変える。想いが世界を揺るがす。【自分という世界のどこか】に、自らさえも知らない、正しい理屈や価値よりも、感情だけが先行して止まらないような、そんな【もうひとりのジブンの世界】があってもいいのではないかと、悩んでいた」

 まるで鏡合わせのように問いかけられた。自分もそうした道を通ってきたんだというように。赤い血液よりも色濃い、生命の時間に刻まれた印《DNA》からは、逃れられぬ宿命だというように。

「そんな二律背反に苦しむ、どこにでもいる男子と、そしてそんな【少年とマッチングした、もうひとりのキミ】もね」
「…………え?」

「【セカンド】――領域展開。拡張現実《AR》の展開を要請するよ。パターン『B-Bshop』」


 【EXEC.実行します】


 またしても世界が変わる。世界の色が変化する。

 白い床、壁、天井が淡く輝いて、超リアルな立体映像を【シアター】内部に展開した。俺がこの世界でもっともよく知る光景が現れる。―――ガシャガシャガシャガシャンと、機械音が続いた。

 部屋の中央に、もう一台、特別な椅子が構成された。


 『散髪屋の椅子』だった。

 
 父と母が築き上げてきた世界。人生の経験も、哲学も、そこにあった。すべての起点。日常の中心地。お客さんと接し、ふれあい、過去、現在、未来を語り合う場所。


 出会いも、別れも、ここに在った。



(…あぁ…俺が守らないと…)



 お父さんと、お母さんを。

 俺が、護らなきゃ。

 血の繋がらない子供を、いっぱいに愛してくれて、一緒に、あたたかいごはんを食べてくれた二人を、助けなきゃ。

 ヒトはみんな、老いていく。

 子供から大人になって、おじいさん、おばあさんになる。

 足腰が弱くなって、立てなくなって、

 いつかは枯れ木のように、死んでしまう。

 みんな、しっている。

 父と母が、いつか仕事を引退する前に。俺が学校を卒業して、大人になった日には、俺がこの店に立ってなきゃならない。

 それが、ヒトの道理だ。
 親に報いる。恩を返すということだ。

 やっぱり、勝手な真似はしてはいけない。

 散髪屋の椅子の前。大きな鏡の中に映る自分の顔を見る度に、俺の中の【大人】が叫ぶんだ。本能が訴えるんだ。


「 おまえは、何処にもいけないんだよ 」


 この場所にいる限り、俺は自分の中からわきあがる【正しい答え】に抗えない。間違いではないと、他ならぬ俺自身が知っているのだから。


 だから、今日も、

 「チリン」と、聞きなれた鈴の音を聞いた。

 俺は反射的に立ち上がる。条件反射で振り返り、口にする。両親に遅れることなく、笑顔で、お客さんを――――

「いらっしゃいま……せ?」



「やぁ、若き店主よ。今は空いているのかな?」


「……………」

「どうした? 都合が悪いのであれば、今日は日を改めるが?」

「………………………」

「おや? これは失礼。直接お会いするのは初めてだと思っていたが、もしや【どこかべつの場所】で、キミとは、お会いしたことがあっただろうか?」

「……………………………」

 あぁ。

 なんだこれ。

 言葉がでない。

 頭の中が、まっしろだ。

 驚きすぎて。本当に、サプライズで。


「ハヤト?」


 俺は、つぶやいていた。


「ごきげんよう。【こちら】では、はじめまして、だな」


 もうひとりのオレが、気取ったポーズで言う。店内のラジオから音楽が流れだす。

//image music BGM or songs
//The Whole Rest

「実はな。最近、新しいヘアスタイルというものに憧れている。普段のオレのルックス、ビジュアルは確かに完璧ではあるが、流行というのは、常にうつろいゆくものだろう。なぁ、若き店主よ」

 皮肉そうに口を歪ませる、最大に挑発してみせた。
 大股で、胸をはり、自信を持って、歩く。

「たまには、新たに挑戦するのも悪くない。我が半身が自己犠牲という名の鎖で自らを律するというのであれば。その場に立ち止まらざるを得ないのであれば、オレが代わりにやっても良い。【お前という名の世界】を拡大し、飢えた欲求を満たしてやろう」

 俺の言葉も、了承も受けず、ハヤトはさっさと部屋の中央まで歩いた。勝手に椅子に座ると、正面ミラーに格好良く映るようなポーズでわざわざ言った。

「これが我が半身の玉座か。ふむ、悪くはないが、オレにはいささか窮屈なようだぞ。ハハハハハ」


 ――――あぁ、なんだこれ。
 本当に、俺はいま、夢でも見てるんじゃないだろうか。


(なんだコイツ、バッカじゃねぇの?)


 目に映る現実と、モニター越しに映る世界の狭間に、今時、どれほどの差があると思ってる? そんな風に、スカした視点で見ていた俺が、今は一番「ありえねぇ。バカバカしい」と思ってる。

「おいハヤト、あんまり調子にのってんじゃねぇよ」

 あぁ、すげぇ。

 心臓がドキドキしている。俺の口元は笑ってる。ありえない仮想現実の床を、確かな両足が踏みしめている。鏡台の引き出しを開こうとしたら、半透明のオブジェクトが表示されるんだ。

 【Haircut scissors】を、迷わずタップ。

「あんま調子こいたこと言いやがったら、出禁にすっぞ」
「フッ、技術も経験も未熟な子供が、口先だけは一丁前か」
「うるせー! おまえもガキじゃねーかよ!」
 
 利き手の左で触れると、俺の左手に、一ミリグラムの重さも感じられない鋏が現れる。俺の指の動作にあわせて、シャキン、シャキンと動いていた。

「なぁハヤト。鋏以外の道具が表示されねーけど?」
「店主、この【部屋】はまだ試作段階なのだよ。そういえば、値段設定もしていなかったな。いくらだ、決めさせてやる」
「500円でいいぜ。未熟者なんでな。サービスしてやんよ」
「後が怖いな」
「入ってきたからには黙って切られとけ。で、おまえどんな髪型にしたいんだよ。『前川美容院』は、2024年最新の秋モードスタイルから、丸坊主まで、一通りのサンプルを取りそろえてっけど?」
「フッ、愚問だな」

 俺たちは、言葉を交わした。いつだってそうだ。一瞬の躊躇や、ありふれた常識《かこ》なんてものは置き去りに。ただ目前の現実《いま》を平然と受け止めて、新しいモノ《みらい》を、最大限に楽しむんだ。


「【最強】のヘアスタイルを頼む」


 俺は大笑いした。


「バカだろ。おまえ」