ベイビーアイラブユーだぜ(途中)


 技術の程度を問わず、絵を描くのが好きだ。という人は多い。

 そのキッカケをたずねても、単に好きだったと答える場合がほとんどで、次に多いのが、元々好きなアニメや、マンガがあって、真似をしている内に、自然と描けるようになっていた。という答えだ。

 わたしの場合、必要に求められ、覚えた技術だった。
 それは間違いなく『防衛本能』だったと言ってもいい。

 物心ついた時から『そういうもの』に支配されている。ずっと、どうしようもない息苦しさを、漠然と感じていたんだ。

* * *

「ねー、涼子。SNSのアイコン、オリキャラにしたいんだけど、できる~?」
「いいよ。どういったのをお望みで?」
「ほんと? ありがとー! えっとねぇ。『この子』を、頼めるかなぁ?」

 中学校の昼休み。洋服だとか、化粧品だとか。とにかく『自分を可愛くすること』を、人生の第一目標に掲げ、今日を生きてる友達が言った。

「実はさぁ、最近はやりみのアプリ落としたんだよね。それで、わたしもやり始めたんだ。『VTuber』ってやつ」

 ただ最近は、そのグループも、二派にわかれてきた。
 現実の三次元か、それとも、アニメの二次元か。

 承認欲求のカタチは、携帯とネットデバイスの進化によって、よく言えば良いとこどりに。意識高めの言い方をすれば、ハイブリッドにイノベーションしていた。

「ほらこれ、この子。みてー」

 クラスの友達が、はにかみながら見せて来たのは、スマホの画面だった。キラキラと、隙間なくデコられたピンクのスマホ。保護フィルムの向こう側には、よく見知ったログイン画面が映る。

【もう一人の、キミの呼びだしに成功しました】

 3DCGモデルのキャラクターがいた。ポニーテールの、アッシュグレーの女の子が笑っている。着ているのは、わたしたちと同じような、学校のブレザー服だ。

「【セカンド】だね」
「そーそー。カエデちゃんっていうんだよ~」

 うちのクラスの委員長が笑う。休日になれば、ヘアスプレーで髪の毛を明るく染めて、色付きリップに、睫毛はマスカラ塗って、家をでかける前には自撮り&ツイートが必須項目になっている。

「ほほぉ、ポニテいいっすねー」
「そうそう。いいっしょー」

 休日はカラコンでオッドアイになったりする瞳も、今はありふれた眼鏡と、黒い瞳が、ありふれた優等生を演じさせている。ネイルアートを施した付け爪も、校則の範囲内に収まっていた。

「頭から生えてるのは、犬耳?」
「そそ。エモいっしょ? 実は前から思ってることがあってさー、ポニーテールっつー髪型が、最強に似合う人類女子って、二次元だと思うんだよね」
「あ、それわかりみー」

 彼女は、自分を磨くのと同じぐらい、アニメやマンガという世界も愛してた。

「ポニテを自分一人でやると、アレ? んん? ってなるよね」
「そうそう。しっぽの長さがねぇ。見栄えよさげの長さにするのが、ほんっと難しいんだよ」
「しかも二次元には、ケモ耳まで生える」
「我々三次女子は、ポニテ時空にて、敗北してしまったか」

 クラスの中でもオープンに「うちらオタクでーす」と公言してる我々は、限りなく現実に近づいてきた妄想話をしていた。

 お昼のお弁当を食べていく。わたしもミートボールを口に放り込みながら、画面の先に映る、ひとなつこい感じの女の子を何気なく見つめた。すると、


 風見涼子さん。
 いつも、お姉ちゃんがお世話になってます。


 にっこり笑って、フキダシが浮かぶ。
 頭の先から生えた、三角の獣耳がぴょこぴょこ動いた。

「…ところでさ、カエデって、あの葉っぱの?」
「たぶんね」
「たぶんて。委員長が親じゃないんかい」
「元々は、うちのわんこの名前だったんだよ」
「へー、そうなん?」
「そうそう。名づけ親は、同居してるばっちゃんでさ。わたしが10歳の時に亡くなっちゃったんだ。あっ、死んだのは犬ね」
「おばあさまはお元気ですか」
「ウゼーぐらい元気」

 本当に毎日やかましくてさー。という顔をする。

「それじゃ、このカエデちゃんを元に、イラスト描いとくわ。サイズって、twitterとかのプロフぐらいでいーい?」
「うんうんOK。たすかるー。今度マジなんかおごるー」
「パパぁ、涼子ねぇ、新しい服とバッグほしいのー。ついでにスマホも最新機種に買い替えたいの~」
「げへへへ。ええぞええぞ。パパと家族になってくれるなら、家族割プランで一緒に入ってやるよ」
「わかった~、じゃあ奥さんと別れて~。今日中に別れないとバラすからな、おらっ」
「や、やめてくれ! 今はマズイ! 妻のお腹には子供が…!」
「まさかの新婚設定。マジもんのクズだった」
「クズ系も、けっこう好きなんだわー」
「二次限定?」
「それな。二次には勝てなかったよ」

 声にだして、笑う。
 さも当たり前のように。二つのセカイを比較対象する。

「ところでさ。涼子は【セカンド】作らないの?」
「んー、やってないなー。ほら、わたしの場合はさー」

 『防衛本能』が機能する。
 息を吐くように、嘘を吐く。

「自分でキャラを作るよりは、誰かに『書いて』って言われて、描く方が好きだから」
「プロっぽいかよー。でも涼子、ここまで描けるなら、お金取れるんじゃない? イラストサイトに挙げてる版権絵とか、再生数ハンパないじゃん」
「でも趣味だからなぁ。好きな時に、好きなだけ、好きな相手のために描くぐらいが、たぶんちょうどいいんだわ」
「涼子~、あたしのこと好きすぎかよ~」
「か、勘違いすんなし。アンタのためじゃないんだからね」
「あはは。なんだっけそれ? ツンデレ?」
「確かそういうのだった気がする」
「いつぐらいの言葉なんだろ」
「さぁ。昭和ぐらいじゃないの?」
「オールドかよー。ってかさ、ツンデレって、どこにもエモみなくね?」
「知らんがな。昭和の人たちの感覚なんて」
「それなー」

 14歳。
 わたし達の世界は、どこまでも狭くて、息苦しい。

* * *

 家に帰ってから、学校の宿題や、明日の準備をすませた。友達のお気に入り、カエデちゃんのアイコンも書いて送信。リテイクはなかった。

 けれど一方、べつの大人による案件の方は、延々とワケのわからない御託をならべていて、要約すると、先月の振り込みミスを詫びてはいるが、自分悪くないんで大目に見てくれよな。ということらしかった。

「安く見積もってくれてんなぁ」

 夜の8時。そろそろ時間かなと思っていると、マンションの玄関先で「リョウちゃーん」と、わたしを呼ぶ声がした。席から立ち上がり、自分の部屋をでる。

「リョウちゃん。それじゃママ、お仕事いってくるわね」
「ん、りょうかーい」

 靴に足を通したママと向き合う。

「リョウちゃん、玄関の鍵はきちんとかけるのよ。知らない人が来たら絶対に開けちゃダメ。もしもガスを使ったら火元は絶対に閉めたのを確認すること。なにかあれば、携帯にすぐ連絡して」
「わかってるわかってるー」
「リョウちゃん。いつもの頂戴」
「はいよー」

 わたしは両手を広げる。夜のお仕事に向かうママと、熱いハグをかわし合った。顔には触れないよう気をつけた。

「…ん~、よしっ! 超元気でた! 娘パワー注入したッ!」
「ママも気をつけてね。夜道はなるべく大通り通ってよ」
「っ! 泣きそうっ! でも泣いたらメイク落ちるっ!」
「泣くな泣くな~。これから仕事でしょー」
「またべつの意味で泣きそうっ。もしなにかあったら、娘をダシにして飛んで帰るから、さびしかったら呼ぶのよ。むしろ呼んでいいのよっ!!」
「呼ばねーよ。しっかり稼いできー」
「あぁ無常っ! ママの人生は、たった今闇に包まれたっ!」
「はいはい。良い子だからお仕事がんばって」
「ふぇ~、がんばうー」

 幼児に逆行したママが、3秒だけ目を閉じて、口元もきゅっと結んだ。

「よし。今夜も一日がんばろう。リョウちゃんも夜更かしは、しちゃダメよ。お肌だいじにするのよ」
「わかってる。いってらっしゃい。ママ」
「いってきます」

 玄関を開く。わたしのママは手を振って、マンションの階段を降りていった。

「――――さて、やるか」


//chapter image music
//Infected Mushroom - Guitarmass

 ママに言われたとおり、玄関の鍵はしっかり掛けて、チェーンも通した。自分の部屋ではなく、居間に戻る。

 わたしには、物心ついた時から、父親がいない。ついでに言うと親族も少なくて、おじいちゃんや、おばあちゃんと呼べる相手もいない。

 小さな頃から描く絵は『お姫さま』と『女王さま』ばっかりだった。白い画用紙に、クレヨンで、数えきれないほどの『女』を描いた。

 ママが「リョウちゃん、さびしい?」と聞いてきた時は、そしらぬ顔で「ママがいなくなったら、さびしい」と返した。女王さまは、残る自分の人生を、小さなお姫様を拠り所にして、生きていた。

 お姫さまも、自分が『姫』なんかでないことはよく知っていて、ただの貧乏な母子家庭だったことを自覚していた。

 この世界に【魔法】はやってこない。

 わたしは『シンデレラ』にはなれないし、ストーリーの進行上に必要な魔法使いはどこにもいないし、王子様というのは、現代の価値観に置き換えると、金持ちのことで、貧乏人には縁がない。

 達観してたわけじゃない。ただ、わたしのことを「お姫様」と呼ぶ母親は、歳相応の大人になりきれてないのだということを、『女』のわたしは把握していただけだ。

 『防衛本能』が、わたしを導かせた。

「さーてと、寝る前に、ちょっとだけ、実況すっかなー」

 小娘は、その境遇を不幸に思うよりも「まっ、しゃーない。どうすりゃ上手く生きていけっかなー」と思ったというだけのこと。


 ――幼稚園の子たちの中で、リョウちゃんの絵が飛びぬけて上手だったわよ。

 ――それはねぇ。リョウコが、他のみんなよりも、いちばんママがだいすきだからでーす。

 ヒトは、面倒な生き物だ。息を吸う理由、原動力なんてものを、どんな時も強く求めて、欲しがっている。

 幼いわたしは、そのことをよく理解していた。その延長戦上にある『防衛本能』が、今日を生き延びさせるために、当時でもっとも安上がりな芸を覚えさせた。

 それが『絵を描くこと』だった。毎日、人生に疲れた母親の、か細い糸を切らさないようたぐりよせてやった。先の見えない、薄明かりのトンネルのような毎日を、どうにか手を繋ぎ、引っ張った。

 すべては、わたしが今日を生き抜くために。足並みをそろえてやったのだ。

 居間に置いたPCで、ゲームの配信準備を行う。音声認識のマイクとヘッドホン。ゲーム機の映像を、PCモニターに同期させる、キャプチャーボードを繋いでいく。

 8畳ていどのささやかな部屋の中、デスクトップPCだけが、やけに真新しい。男運のなかった母親だったが、3年前の年末に、掃除機を買った時に、福引であてやがった。

 親娘二人で兼用している。とはいえ、母親はほとんど使っていない。彼女にとってネットといえば、スマホでトランプをするか、娘にメールを送るかで、必要十分なのだ。

 当初、母親は、このパソコンをさっさと換金して、焼肉代にしようかと画策していた。けれど、わたしが、デジタルでイラストを描くキッカケに目覚めると、すぐに考えを改めた。

 ――リョウちゃん、すっごく楽しそう。ママ、リョウちゃんに、ひとつ恩返しができたねぇ。

 実の娘に『恩返し』だなんて。つくづくわたしの母親は、小娘だった。

 ――えっ、リョウちゃん。お絵かきの仕事がきたの?
 ――すごいすごい! プロだねぇ!
 ――みんなには黙っててほしいのね。うん。わかったぁ。


 母親の名義で、いくつかイラスト書きの仕事も引き受けた。そのお金で、時々二人で美味しいものを食べた。なにか欲しいものはないかと聞いてやれば

 ――リョウちゃんが幸せなら、ママはそれでいいんだよ。
 
 そういうわけで、好きなものを買う事にした。有料のイラストソフトと、ゲーム機と、ここにある実況配信用の機材をそろえた。

 実況配信は、母親が仕事にでかけた夜にだけ行う。だから娘のわたしがパソコンを使ってやることは、3年前から、なにひとつ変わってないと信じている。

 イラストツールを起動して『でじたるな・しーじー』とか呼ばれる、萌え系の女の子を描いて、金銭を得ていることしか知らない。

「よし、準備OK」

 最後にスマホのアプリを立ち上げた。

 【keep your second】

 【もうひとりのキミを読み込んでいます】

 遠隔認証先の端末を、このパソコンに設定する。

 限定操作。

 ――【VTuberの映像は転送せず、音声のみ自動変換】

 読み込み完了。

 100%.

 スタンドに立てかけた、スマホの本体。

 わたし、風見涼子の【セカンド】が、液晶の向こうに現れる。


 よぉ、リョウちゃん。


「……」

 皮肉そうに口の端を歪めて笑う――【男】だった。


 おいおい、早速顔色が険しいなぁ?
 本日は、なにか気にくわねー事でもございましたか?


「うるさいよ」

 モニター画面に映る、ニヤニヤ顔。素直にしていれば、女心をくすぐるような、子犬系のカワイイ顔立ちをしてるのに。


 なんだよ、生理かぁ?


 性格の悪さ、底意地の悪さを微塵も隠さない、ゲスな声がわきあがってくる。ムナクソ悪くなる。しかしこれがもう一人のわたし。

 【Buzzer】だ。

 名前なんて付けるのも嫌だった。蜂のように煩わしく、耳障りで、ブンブンいうもの。面と向かった相手を落ち着かなくさせる。不快な気分にさせる。

 まるで、子供じみた『防衛本能』だった。泣いて、わめいて、叫んで、構ってもらいたがる。

 そんなことをすれば、いつかは当然、孤立する。だけど困ったことに、このモニター越しにいるヤツは、それを『孤独』とは感じないのだ。

 生きていくうえでも、電子上の存在は、飢えることも、乾くこともありえない。死ぬまで、羽音を揺らすだけ。それこそが、この世に対する自分の役割であり、成すべき本能だというように。

 
 オレは、勝手に生きて、勝手に死ぬ。
 それだけだ。それだけで、心底、満足なんだ。
 なのにテメェらは、ほんと、哀れだよな。

 人間なんかに生まれた事を、お悔やみ申し上げるぜ。
 ハハハハハハハハハハハハハハッ!!


 誰も得をしない。トータルで見れば、損をするだけだと言えるような人生。自分にとっても、相手にとっても、世界にとっても。不利益でしかない命。

 純粋に、望まれない存在。過剰に抑圧された『防衛本能』が、ブラックボックスの先にひそむ、正体不明の計算方法とマッチングして誕生した。

 認めたくないことだけれども。
 そいつは、確かに、ワタシの中の二律背反だった。

 どうしようもないものになりたがる。自ら進んで、奈落の底に飛び込んでいきたがる、そんな破滅的なイメージが、わたしの中には絶えず沈殿していた。


 なんだよ。また無料《タダ》で仕事を引き受けやがったのか。


「そっちは仕事じゃないよ。趣味だよ」


 趣味ねぇ。いい迷惑だぜ。そうやって、相手を甘やかしてやるから、連中は図体がでかくなりきった後でも、テメエを見下して値切りにかかるんだ。どうせ、テメェに詫びいれてきたメールも、似たような人生送ってきた『大人が』送ってきたんだろうよ。


「なんで知ってる」


 わりぃなぁ。スマホのメール、見ちまったよ。


「…【セカンド】の正体は、悪質なウイルスかなにか?」


 だったらどうする? 消しちまうか? 
 満足いくまでリセマラやって、思い通りの結果になるまで、殺しては作って、殺しては作って、繰り返すか?


 ブンブン、ブンブン。
 嬉しそうに、文句ばかりを、叫び散らかす。

「…少なくともアンタが、あたしに危険を及ぼす存在じゃないことはわかってる」

 
 そうさ。myself. 
 オレたちは、可能性の権化だ。
 【標】となれることを、望んでいる。


「その口の悪さだと、性格だと、誤解しかされないと思うけどね」


 ハハハハハ! ちげぇねぇl!
 だがよ。それじゃあ、相手の意のままの存在に成り下がったテメェは、いったいなにを拠り所に生きていくんだろうなァ?


「…わたしは、身の程を知ってるだけよ」


 それで自尊心ごと、買い叩かれちまうんじゃ、世話ねぇな。


 ブンブン、ブンブン。ブンブンブン。モニター越しの画面を見れば、ブザーが、ニヤニヤと笑っている。とげとげしいフキダシが、意識を逆なでてくる。

「もういい。ゲームの配信、やるわ」

 準備が整った。モニター画面上には、手元のゲーム機の映像を、キャプチャーボードを通じて、PCのモニター上に同期して表示させている。

 ゲームタイトルは『ぷにょぷにょ99』だ。
 ジャンルは『パズルゲーム・バトルロワイヤル』。

 わたしが小学生ぐらいの時に『対戦型バトルロワイヤル』というジャンルが生まれた。

 最初は、銃撃戦を中心とした作品ばかりで、基本的には「TPS」や「FPS」と呼ばれるジャンルの延長戦上に生みだされたものだった。

 まずはオンラインでランダムマッチングした、100人のプレイヤーが、飛行機からパラシュートで『島』に投下する。

 その100人のプレイヤーが『島』に落ちている物資――武器や弾薬を拾い集め、殺し合い、最後の一人まで生き残ったプレイヤーが勝利。というルールだ。

 流行のきっかけとなった『PUBG』は、韓国のゲーム会社によって、2017年にパソコン版が発表された。

 当初に流行したのは、海外が主だったけれど、そこから家庭用ゲーム機や、スマホの携帯でも遊べるようになってくると『バトロワ系』と呼ばれるジャンルが、日本でも流行ったのだ。

 そして流行するジャンルというのは、当然、他の会社にも真似される。開拓のキッカケとなった第一作目は、良くも悪くも、粗が多かった。

 言い換えると、粗が多くてもそれ以上に魅力的な要素が、存在していたということだ。

 それならば、魅力的な部分はしっかり抑え、粗を削る。あるいはプラスアルファの要素を足す。そんな風に流行にのっとった作品も増えはじめ、第2、第3の有名タイトルとなった『バトロワ系』も現れはじめた。

 そんな折りに、日本でも『バトロワ系』として発表されたのが『ぷにょぷにょ99』だった。

 プレイヤー達はおどろいた。

 『パズルゲームで、バトロワって、どういうこと?』

 元々『ぷにょぷにょ』というタイトルの、パズルゲームが日本にはあったらしい。軽く検索したところ、シリーズは10作近く発表されていて、ゲームを遊んだことがない人でも、タイトルだけは知っている。というぐらいには有名だったみたいだ。

 コミカルなキャラクタ達が、わきあいあいと、宣言する。

 【ぷっしゅ、すた~と!】
 【げーむもーど!】
 【ひゃくにんで、ぷにょぷにょ!!】

 従来の『対戦パズルゲーム』の設定は残したまま、オンラインでランダムにマッチングした100人が、『ぷにょぷにょ』のルールにそって、最後の一人になるまで、生き残りをかけた戦いを行う。

 
 【あ~ゆ~れでぃ~? GO!!!】


 ゲーム序盤はまさに大乱戦になる。100人のプレイヤーが同時に『ぷにょ』を積み上げて、連鎖を組んでしかけると、ランダムで攻撃対象となった相手プレイヤーに『おじゃまぷにょ』が山のように降り注いでくる。


 【2連鎖! 3連鎖!! 4連鎖!!!】
 【どどーん!!!】


 『おじゃまぷにょ』は、自分も連鎖を組んで相殺するか、直接巻き込むことで消し去れる。

 一番上の天井ラインまで『ぷにょ』が超えると、ゲームオーバになるので、そうならない程度に『ぷにょ』を積み、連鎖を相殺できる『仕掛け』を積んでいく。

 序盤はどうしても、集中砲火を受けると対処が間に合わないこともあって、運にも左右されがちになる。ただし中盤以降になると、より早く、より正確に、プレイヤーの正確さを競う、まっこう勝負になるので、腕の差が顕著にでる。

 【やられたー!】
 【ばたんきゅー!】
 【くっ…殺せ!】
 【今日はこの程度にしといてやるかな!】
 【おうちに帰って、カレーたべるぅ…】

 開始5分もしない間に、100名のプレイヤーが、みるみる内にその数を減らしていく、残りが50人を切ると『ぷにょ』の落下速度があがり、10人を切るとさらに上昇する。

「………………」

 人によっては「見えない」と言える速度になる。どうやって連鎖を仕掛けようかという思考をする暇もなく、とにかく降ってくる『ぷにょ』を、同じ色でくっつけて消すのが精一杯という感じ。

「……あと5人かぁ……」

 淡々と処理する。世界のルールに従って、じゃまなものを消し去っていく。2連鎖、3連鎖、4連鎖、

 【けーおー!!】
 【対戦相手を26人やっつけたよ!!】
 【キミをいれて、あと4人!!】
 
 5連鎖、6連鎖。7連鎖、8連鎖、9連鎖。

 【けーおー!!】
 【対戦相手を27人やっつけたよ!!】
 【キミをいれて、あと3人!!】

 相殺。打ち消し。特殊技。導線確保。

 2連鎖。3連鎖。4連鎖。5連鎖。6連鎖。

 【けーおー!!】
 【対戦相手を28人やっつけたよ!!】
 【いっきうち!!】

 ラスト。

 『ぷにょ』の落下速度が最高域に達する。
 最後の一人。相手もなかなかねばる。
 決着がつかず、1分が経過すると、


 【すーぱーはーどもーど・とつにゅう!!】
 【ぷにょ・すてるす!!!】


 落下する『ぷにょ』が、下まで降りるか接地すると、透明になって、完全に視えなくなる。超高速度の世界の中。精密機械のような正確さを要求される先で、自分の記憶力までもが試される。

 なにもみえない。まっくらな画面の中、それでもわたしの指は、神経は、回線で繋がれたモノたちは、迷わず動き、さばききった。

 相殺。打ち消し。特殊技。導線確保。

 2連鎖。3連鎖。4連鎖。5連鎖。6連鎖。


 ハハハ。まさに神業だな。
 おまえの指先こそ、ブンブンやかましいじゃねぇか。


「音を立ててるつもりはないけど」


 こいつは失礼。”比喩”って、やつだよ。


 わたしは、ぼそりとつぶやいた。もう一人のワタシは『実声』をださない。モニター向こうのセカイへは届けない。

 それでも、ただ、ひたすらに、うるさい。

 毎分、毎秒。

 自分たちが望むがまま、超高速で思考し、機械のように、あるいは機械そのものとして。小さな、ちっぽけな、とても単純にできた世界とかいう枠組みの中で、窮屈に、生きてしまっている。


 【ばたんきゅ~! やられちゃった~!】


 繰り返す。画面の上に大きく表示される。


 【やったね!! キミが、いっちば~ん!!】
 【おめでとう!! 568回目のチャンピオンだ!!】


 表彰される。魔法使いの女の子が、両手を広げて、ぴょんぴょん嬉しそうに跳びはねていた。


 【もういっかい、あそぶ~?】


「そう。”子供の遊び”だよ」

 喉がふるえる。ククク。あぁ『たかがゲーム』だ。それでも実際のところ、この世界の大半は、そんなものばかりでできている。

 肉体が全力で稼働しているか。
 脳みそが全力で稼働しているか。

 その先でもたらされる【勝利】によって、何某かの努力は実り、麻薬物資が分泌して気持ちよくなれる。そういうのってさぁ、実に健全じゃないか?

 子供も、大人も、老人も。男も女も一緒だよ。つまり、人間は有志以来、ずっとそうしたものを求め続けている。

 世界がどれだけ進歩しても、
 セカイがどれほど重なっても、
 二重螺旋の構造は、ルールはなにひとつ変わらない。 
 限界だ。そこいらが、ニンゲンの限界ってやつなんだ。


 ――too,easy. 


 普段のわたしなら、決して声にはださない。

 流れるコメント。

『つっよ』
『うまいなー』
『まさにぷにょマスターだわ』
『どういう脳の構造をしてるんですか?』

 自分が称賛されるコメントが付く。すると、心がざわついた。モニター越しのセカイで、言葉《フキダシ》を発する。


 ――もういいだろ? 好きに暴れろよ。


 過剰なベールに包まれた『防衛本能』が臨界点を超える。
 いっせいに、転化する。

「……負け犬どもが……っ!」

 小声でささやく。それを、もうひとりのワタシが受け取る。すっかり変声期を終えた【男性】のものとして放つ。

 
「「どいつもこいつも、雑魚ばっかりかよォ!!」」


 【攻撃本能】/【SOUND_ONLY】

 この息苦しいばかりの世界で、それでも前に進もうとする。悲鳴をあげながら、小さな、かすかな羽音のささやきを震わせて、心臓がやかましいぐらいの音をたてる。


「「ひれふせってんだよぉ、負け犬どもォッ!!」」

 
 不可視の刃が、ブンブン轟き回る。


「「テメーら、今日も『たかがゲーム』で、イキってる奴にすら勝てなかったなァ!!」」

「「この世の中、みじめに息をひそめて、音にすらできず、胸の内で、気にくわないやつを罵倒する賢しい連中ばっかりだよ!!」」

「「クソにすら劣る!! 悲しい人生だなァ!!」」

「「なにひとつ、トップに立てない!! おまえらの人生は無意味だなぁ!!」」

「「最後には泣き言さえこぼせず死んでいくんだ!! オレが、テメェらの人生を、盛大に祝福してやるぜッ!!!」」


   「「 Thanks too much, LOSERS!! 」」


「「この先もそのまま、歯が抜け、舌を引っこ抜かれた負け犬の遠吠えを続けてくれよなァ!!!!」」

「「有象無象の雑魚共が、負けても、繰り返し、キレイさっぱり心折られるまで、みじめに頑張ってくれてるおかげだよ! オレは今日もごきげんだあッ!!」」


 「「!!!! ハーハハハハハハッ !!!!」」


 ぶんぶん、ぶんぶぶん、ぶんぶんぶん。

 まき散らせ。わめき散らせ。ひそひそと。盛大に。

 正義も、悪も、現実も、虚構も。

 今日日、どれだけの差があると思ってる?

 どれも公平に、例外なく、斬り刻んでやる。

 二律背反のキモチを、変換された羽音に乗せて

 風船のようにふくらんだ自意識丸ごと

 たっぷりの夢と希望と俗物を詰めたドタマごと

 オレが、カッ斬ってやるぜ。