Your Affection(途中)


 一泊二日の、短い旅をして帰ってきた翌日。
 月曜日の昼休み。弁当を食べたあとに、本を開いていた。

「祐一、今度はなに読んでんだー?」
「初心者向けの、ギターの教本」
「なんだよー。またじいちゃん達に言われたんかー?」
「前川、今度はバンドでも始めるの」

 寄せた向かいの席に座る、滝岡と原田が言った。じいちゃん達と集まって、バンドをやる場面を想像したら「おもしろそうだなそれ」って、つい笑ってしまう。

「今回は、じいちゃん達は関係ねーよ。この前の土日にさ、知り合いの家にお邪魔して、電子ギターを借りてきたんだ」
「マジ? 祐一、いま家にギターあるん?」
「あるぞ」
「音とか平気なんか? あ、電子ならイヤホン付けれたりするのか?」
「繋げられる。通信用のオーディオハードウェアも借してくれて、PCにソフトインストしたら、ギターアンプにもなるからな。トランスミッターってやつをギターに刺したら、無線のヘッドホンにも直に音がとばせて、超気持ちいいぞ。編集もできるし」
「…お、おぉ…? わりぃ。なに言ってるか全然わからん…」
「基本無音。後はやり方を覚えたら、自分で作曲もできちまう」
「よくわかったぜ。すげーな」
「前川、そのオーディオって、正規品かどうか分かる?」

 PC無くても、スマホでだいたい間にあってるし。という滝岡とは裏腹に、原田は興味深そうに聞き返してきた。

「たぶんな。きちんと国産のライセンス取得したやつっぽい」
「開発してるメーカー名もわかる?」
「えーと、確か…」

 メーカーの名前を答える。あかねが『初めて投資した会社』を、俺は聞いたことはなかったが、原田は「知ってる」とうなずいた。

「その会社って、元は家電とか作ってたよね」
「確かそうだったと思う。原田、そういうの詳しいのか?」
「詳しいってほどじゃないよ。ただ……」

 まだ知り合って数ヶ月。それなりに仲良くなれて、友達として普通に話ができるようになった。

「うん、そうだな」

 だけど今は、距離感を探っていた頃と同じように、少し考えた素振りを見せてから、言った。

「実はね。僕の実家、っていうか店。楽器屋をやってたんだよ」

 夏休みに入る前だった。梅雨の時期にあらわれた転校生は、クラスメイト達からは注目の的だった。

 聡い連中からは、この時期に転校ってことは、なんかあったんだろうなと思っていたし、本人も自覚していた。遠巻きに見ても、慎重に立ち回っているように見えた。けど、

「マジかよー、すげーじゃん。ハラヤンの家、ミュージシャンの家系だったりするん?」

 ここには、いい意味で『アホの男子』が、一匹いた。

「そこはまぁ、微妙ってとこかな…ただいろいろあって、店は現在休業中」
「そっか。いつか活動再開できるといいなっ」
「……滝岡。空気な」

 7年前にできた、俺の初めての友達。滝岡という男子は、空気が読めないというよりは、

「なんでだよ。いま空気読んだところで、原田の人生が変わるわけじゃねーだろ」
「おまえな。そういうとこだぞ。いつも直球すぎんだよ」

 坊主頭のトラブルメーカーは、あえて空気を読まない。

「いいよ、前川。滝岡もありがとう」
「おう」

 女子からは「デリカシーがない」とか言われる。

 滝岡を嫌うやつもいるけど、本音に近い言葉で話せるぶん、ありがたい奴ではあった。割とたまに、ぶっとばしたくもなるけどな。昔は殴り合いのケンカもしてたけどな。
 
「まぁそんなわけだから。音響機器、音楽に関するツールを開発してるメーカーさんの名前とか。普通の人よりも知ってる感じなんだよ」
「わかる。なんかわかるぞ、原田」

 その気持ち。同意する。
 
「俺も業務用の整髪剤とか、美容師の使う道具作ってるメーカーさんの名前を聞くと『あそこのか。やっぱいいよな~』って、父さんと話したりするんだわ」
「そうそう。そんな感じ。それでさっき、前川の言ったメーカーはさ、最初は家電を作ってたんだけど。全体的に質が良くて、事業拡大する時に、いろいろ部署立ち上げたらしいんだよね」

 原田がまた、普段とは違う印象で、楽しそうに話す。

「それで音楽関係とか、あとVRだったかな? とかにも進出したみたいでさ。当時はライセンスのない、非正規の商品も多かったんだけど、そのぶん値段は安いのに、機能がすごく安定してるって。親父もさ、楽器はじめたばかりのお客さんには、けっこう勧めてたよ」
「そっか。じゃあ俺にピッタリだな」

 ――確かなクオリティの商品が、評価されるのは良いこと。

 あかねが言ってた言葉を思いだす。今は離れたところにいる友達も、褒められた気がして、なんだか嬉しくなった。

「原田。ついでに聞いてみたいんだけど、いいかな?」
「いいよ。答えられることならね」
「んじゃ遠慮なく。オーディオの変換機器でさ、PCじゃなくて、ギターとスマホを繋げるやつ、あるじゃん? そっち系でなんかいいのない?」

 昨日家に帰って、借りてきたソフトウェアをPCにインストールしてる途中で思った。スマホと電子ギターを接続して、録音さえできたら、割とどこでも練習できるんじゃないかって。

「あー、そっちはねぇ、正直勧めにくいんだよ。アタリハズレが大きいっていうか」
「不良品が多いとか?」

 実際、俺と同じことを考えた人は多いみたいで、該当する商品もいくつかあった。ただ調べたところ、全体的に評価が低かった。
 
「いやどっちかっていうと、スマホ側の問題かな。携帯ってさ、機種とかバージョンで、中身のOSが全然変わってくるからね。そもそも、外部のツールと接続するっていうのが、スマホの仕様としては規格外なんだよ」

 原田の言いたいことは、なんとなく検討がついた。

「そっか。PCって、基本的に他のツールと接続するのを前提にしてるけど、スマホだと、そこがビミョウなんだな」
「そうそう。パソコンは元々、外部の物と繋いで、本体で実行するっていう前提条件があるわけだけど。スマホって、それ単体をネットに繋げて、アプリをインストールしてなにかする。って考え方が先だよね。だから、その辺りの規格、っていうのかな。共通してるルールが曖昧だから、環境にものすごく左右されるんだよ。携帯の本体が更新されたりすると、いきなり使えなくなったりするし」
「あー、わかるわー。なんかわかるわー」

 もう一度、同意する。 

「シャンプーとか、コンディショナーもさぁ、よく常連さんからオススメ聞かれるんだけど。お客さんの髪質とか、住んでる場所の環境ひとつで変わるんだよな。俺らが良いって思ってても、お客さんには、合わなかったりするわけだし」
「そうそう。そういう感じだよ。たぶん」

 楽器屋と散髪屋。まったくべつの系統の店だけど、通じるところは多かった。ただ一人、

「…俺には全然わかんねー。なんなん? おまえらオタクなの?」

 紙パックの牛乳を吸い上げながら、ビミョーそうな顔をしてる奴がいた。

「オタクじゃねぇし。俺らは純粋に、いい商品とはなにか。という話をしてるだけだぜ?」
「それがオタクっつーんだよ」
「なんだと」
「僕はべつに否定しないけどね。でも滝岡だって、野球の道具は、あそこのメーカーが良いとかあるだろ? バットも、グローブも、物によって、ぜんぜん感度違うし」
「いやまったくねーですけど? 学校の練習で使うのは、どれもボロっちいし、自分のは全部、サイズが合えば問題ねぇ」

 相変わらず、アバウトな奴だった。

「でもさぁ…それだと…」
「やめとけ原田。俺らの常識は、コイツには通用しないんだ」

 片手で制して、軽く首をふる。同じ年齢の男子といえど、

「人には、わかりあえない領域《テリトリー》があるんだよ」

 暗に告げる。

 二次元と、三次元の女子のおっぱい、どっちが最高か。

 その世界線において、俺たちが相容ることができないように。人という生き物は、すべての物事において、おたがいの価値観を認め合い、納得しあえるなんて、そんなことけっしてありえないんだ。

 せめて、俺たちは一歩、他者を想い、身を引くべきなんだ。
 悲しい戦争が、起きないように。

 ――そう、それが、大人的解決というものだ。

 目で訴えると、原田もまた、深々と同意を示してくれた。

「わかった。滝岡の存在は無視しようか。だいたいコイツが間に入ると、話が長くなるね」
「そうそう。それでいいんだ」
「マジなんなん。話が長いのはそっちだろ。あとさらっと俺をディスんのやめろ」

 滝岡が不服そうに、上体を椅子の背にあずける。口元だけでストローをくわえ「ベコベコ」と音を鳴らしていた。

「だいたいよー、祐一、なんか曲とか弾けるようになったん?」
「無茶言うな。まだ楽譜の読み方覚えて、音鳴らしてるとかだぞ」
「ほーん。どれぐらいやってたんだよ?」
「まぁ…そこそこ、かなり…」
「それで今日、前川ちょっと眠そうな顔してるんだ」
「え、してたか?」
「目のした、隈できてっぞ」
「げっ、マジ?」
「いや気のせいだったわ」
「おめーな」

 滝岡のからかいはともかく、実際に熱中しすぎて、深夜の2時を過ぎても、ヘッドホンを付けて弾き続けていた。

 ネットで検索すると、最近の曲の新譜も見つかったし、流れる曲のMV《動画》に合わせ、ギターコードを確認しつつ練習できる便利なサイトもあって、有名処の曲をひたすらループしていた。

 そのうち、無意識に、口ずさんでいた。
 真夜中、自分の部屋で、弾き語りのような真似事をしていると、たまたま用を足しに起きてきた父さんに見つかった。

 「今何時だと思ってるんだ」初めて、叱られてしまった。

 それから「血は争えないなぁ」と、冗談交じりに、父さんが苦笑した。「やりたいことは応援するが、身体を大事にした上で頑張りなさい」とも言われた。

「でもそっか。前川がギターか。僕もドラムが叩けるんだよね。まだ実家に機材も一式残ってるし」
「お、マジで?」
「うん。とはいえ僕も、前川とそんなに変わらないよ。楽譜が読めて、一応その通りには叩けるって感じ」
「十分じゃん。誰かに教えてもらったん?」
「親父にね。いつか同じライブのステージに立って、セッションしようぜって」
「あ、いいよなライブ。やってみてーかも」
「やりたいよね。けどギターとドラムだけだとね。せめてピアノ弾ける人がいれば、最低限の形にはなるんだけど」
「お? ピアノなら弾けるぜー?」

 なにか聞こえたが、とりあえず無視した。

「ピアノがいないのもあるけど、そもそも弾く場所っつーか、機会がねーよな」
「文化祭は? バスケ部の知り合いから、この学校、11月の終わりにやるって聞いたけど」
「あ、そういえば。去年も上級生が、体育館でなんか弾いてた記憶あるわ。俺らもワンチャンある感じ?」
「よっしゃ。ピアノは任せろ」
「いいね。あとはピアノ弾ける人間がいればね。まだ二ヶ月近くあるし、今から曲決めて練習していけば、初心者でも間に合うと思う」
「なんかワクワクしてきたな。ピアノなら、探せば弾けるやついそうだよな」
「おめーら、ここにいるって言ってんだろ?」
「どこかにいないかな」
「ここにいるっつってんだろ!?」

 俺と原田が、そろって声の主を見た。そこには飲み終えた牛乳のストローをかじりながら、指を下に立てている男子がいた。飲んだら捨ててこいよ。

「任せろ。弾けるぜ。ピアノ」
「悪いけどな、滝岡。今俺ら、野球の話はしてねーんだわ」
「そうそう。スポーツじゃなくて、文科系の話をしてるんだよ」
「いやだから、俺もピアノの話してんだろ!? 野球に弾くってジャンルはねぇんだよ!」

 あたりまえだよなぁ。――さすがにこれ以上は、長年の友情にヒビが入りそうなので、真面目に聞き返した。

「滝岡、一応聞くけど、マジな話?」
「たりめーよ。俺はいつだって大真面目だぜ。昔にちょっとだけ、オカンに習わされてたからな。少なくとも、楽器歴一日の、クソ初心者の祐一よか全然マシよ」
「はぁ? おまえがピアノやってるとか、そんな話は一度も聞いたことなかったけどな?」

 露骨な挑発を受けて、俺も嫌味を返す。

「オメーと友達になったの、小3のクラス替えん時だったろ。そん時にはもう野球のが楽しかったからよ。ピアノは辞めた」
「なんだよ、低学年までかよ。たいしたことねーな」
「いや、楽器って、けっこう小さい頃にやってると伸びるんだよ」
「そーそー。英才教育ってやつよ。天才だからな」

 坊主頭の脳筋が、得意げになっていた。殴りてぇ。

「今でもたまに弾くぞ。ゲームのBGMとか、アニメのオープニングとか、ネットで調べてテキトーに見つかる楽譜、プリントアウトして弾いてんだ。小さい妹が喜ぶからよ」
「え、マジかよ。ぜんぜん知らんかったわ。やるじゃん」
「おう。見直したか」

 素直に感心した。同時にけっこう、くやしいと思った。どや顔はウザいが、確かにそのレベルなら、音楽歴一日の俺よりも、滝岡の方がはるかに上手いんだろう。

「ところで滝岡。そのゲームって、どんなのだい? 詳しく」

 そして二次元と聞いて、原田が食いつく。
 
「んー、東方とか、ボカロ系のやつ? 俺も元ネタはよー知らんけど、妹がゲーセンの音ゲーでハマった曲とか歌を聞いて、ハマったぽい。自宅のパソで検索したら、誰かが耳コピした楽譜がでてきたから、そいつを落として練習したってワケよ」
「良いセンスだ。滝岡クン。ぜひ、キミの妹さんと、今度じっくり語り合わせてもらいたいものだね」
「8歳やぞ?」
「二次元を語り合うのに、年齢は関係ないさ」

 相変わらず、残念なイケメンだった。

「とりまよー。来月末の文化祭で、マジにバンドやれるかもなら、曲ぐらい、今の内に決めといてよくね? 祐一も適当に練習するよか、目標あって練習する方がいいだろ」
「滝岡にしては確かに、一理ある」
「おい、前半のワードカットしろや」
「嫌だね。けど流行りの曲で簡単そうなのってあるかな?」
「やるのは、最近の曲って決まってるんだ?」
「そりゃな。俺らが良いなって思ってる曲よか、聞いてくれる人たちが知ってる曲を弾く方が、絶対いいだろ?」

 言うと、二人が顔を見合わせた。

「前川は相変わらず、良い意味で『お客さん目線』だよね」
「だよなぁ。まぁそこは良いとしても、都合よく、曲の楽譜って見つかるんか? ピアノ、ギター、ドラム。全部いるんだろ?」
「あぁそうか。悪い、そこ見落としてたな」
「ふはは。俺は二理も三理もある男だぜっ!」

 二理も三理もあるアホだった。
 
「まぁ滝岡の言うとおり、楽譜探しは課題かな。ピアノとギターに関しては見つかりやすいと思うけど、ドラムって人口少ないから、楽譜探すのは、苦労するかもしれない」
「んー、他の人たちって、どうやったんだろ」
 
 そんな風に3人で話し合っていると、ふと視線を感じた。振り返ってみると、そらが、自分たちの女子グループに属しつつ、こっちの様子をチラチラ、うかがっていた。

「……」

 鳥の唐揚げかなにかを、一口、放り込む。一ヶ月前にも、似たようなことがあったなと、デジャブを感じた。

(楽譜をお探しで?)
(お探しです)

 ただあの頃とは違って「気のせいかな」と、軽くスルーしてしまうような事はない。

(あーちゃんに、聞いてみる?)

 目配せで、なんとなく意思を交換する。通じ合う。そういうことができてしまえるぐらいには、親しい間柄になれていた。



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//くちづけDiamond

 放課後、その日も図書館に寄ったあと、家に帰ってきた。ただ、いつもと違っていたのは、

「は、はじめましてっ」
「あらあら、ようこそ。いらっしゃい」

 クラスメイトの女の子、西木野さん、そらがいたこと。

「はじめまして。西木野そらと言いますっ。ふっ、ふつつかものですがっ、よろしくお願いしますっ」
「あらあら、ごていねいに。祐一の母です」

 その挨拶って、意味がだいぶ変わってくるんじゃないだろうか。最近はすっかり忘れかけてたけど、そらはそもそも、初対面の相手には、ものすごく緊張してしまう女の子だった。

 対して母さんは、どんな相手にも落ち着いているというか、のんびりしている。

「祐一からメールをもらって、女の子を連れてくるって言うから、楽しみに待ってたの」
「きょきょきょっ、きょーしゅくですっ! 中身がこのようなふつつかもので申し訳ありませんっ!」
「あらあら、そんなことないわよ。とっても可愛いわ」

 月曜日は店の定休日だ。以前、あかねが来た時と違い、昼休みが終わりそうなところで、事前に連絡しておいたので、母さんは「今日は準備万端なのよ」と言わんばかりだった。

「さぁさぁ、上がって頂戴ね。申し訳ないけど、表口は定休日で閉めちゃってるから、裏の勝手口からどうぞ」
「お、おじゃましますっ」

 土間を上がり、階段と居間へと続く廊下のところで、母さんが先に聞いた。

「西木野さんは『あのスイちゃん』なのよね」
「は、はい。そうです。祐一くん――ま、前川くんと同じ会社と契約した上で、公式のVTuberをやらせて頂いてますっ!」
「えぇ、いくつか動画見たわよ。画面の子も可愛かったけど、本当の貴女も素敵ね」
「はわわ…きょ、きょーしゅくですっ!」

 ぺこーっと、頭を下げた。なんだか久々で、新鮮味を感じる。

「じゃあ祐一、今日はバッチリ、お菓子も紅茶も用意してるからね。お父さんはいつも通りお馬さんで、帰ってくるのは夕飯のちょっと前ぐらいだから。お嬢さんを部屋に案内してあげなさい」

 ついでになんかうちの母さんも、いつにもまして、ふわふわとしている。

「母さんはこれから、店にだす鉢植えの手入れとかしてる感じ?」
「そうねぇ。そうしようかなーって思ってたんだけどね。あらあらたいへん。うっかりお夕飯の買いだしを忘れちゃってたわ」
「…え?」
「いやだわ~、お母さんったら~、ケーキ屋さんには行ってきたんだけど、そのことで頭がいっぱいで、スーパーに行き忘れちゃうなんて~」
「…普段通ってるケーキ屋って、最寄りのスーパーの二軒隣ぐらいのとこになかったっけ?」
「いやねぇ、お母さん歳だわ~。急いでお買い物にいかなくちゃ~」
「……」

 なんてわざとらしいんだ。昔から「嘘はダメよ」と教えられてきたけれど、うちの父さん曰く「母さんは嘘がつけない人だから、単に嘘つかれると悔しいんだよね」とのこと。

「ただいま~」

 そんなことを思いだしていると、まさかの本人が帰ってきた。

「いやぁ、今日はお馬さんの調子よくってさー。思った以上に大勝したからお寿司とか買ってきちゃった。今日はコレを夕飯にして、おや、そっちのお嬢さんは誰――」
「じゃあね。そらちゃん、ゆっくりしていって頂戴ね。お母さん的には、場合によっては遅くなってもいいんだけど、とにかくお買い物にいってきます。祐一お留守番よろしくね~」
「えっ、なんだいどうしたんだいお母さちょっ無言で襟首掴んで引っ張らないで苦しいあああああぁぁ!?」

 ばたん。

 うちの父さんが一瞬だけ登場し、退場した。
 若干うす暗い廊下のせいで、見方によっては、ホラーだ。

「…えぇと…今のって、祐一くんのお父さんだよね?」
「あー、なんか、ごめんね」
「ぜ、ぜんぜんっ、それより、祐一くんのお父さんとお母さんって、いつもあんな感じなの?」
「うん。基本的に母さんの方が強いかな。荒事的に」
「それはそうかもしれないけど。…そういうんじゃなくて、なんていうのかな、夫婦の関係っていうか」
「んー、うちの母さん、テンション上がると、父さんに絡む的なところはあるけど、そういう事?」
「そうなんだ。仲が良いんだね」

 身長の関係上、そらが少し、こっちを見上げる感じになる。彼女の言葉が意味するところは気になったけれど、今聞きかえすのは、やめておく。

「じゃあ、とりあえず、俺の部屋いこう」
「う、うん。改めて、おじゃまします」

 俺たちは階段をあがった。

 *

 この前、あかねが来た時と同じように、まずは電気ストーブの暖房をつけた。それから返事をもらってから、制服の上着だけを脱いだ。

「そら、飲み物は紅茶でいい?」
「…あっ、うん。なんでも大丈夫だよっ! ありがとうっ!」
「じゃ、ちょっと待ってて」

 俺はいったん部屋をでて、下の階の冷蔵庫にあったケーキを、用意されていた食器の上に乗せた。ティーバックの紅茶を電気ポットから煎れたお湯でこして、二人分用意する。

 あと少し考えて、容器に入れた常温の麦茶と、グラスを二人分、それも盆にのせてから上にあがった。

「おまたせ」
「あっ、お、おかえりっ」

 部屋に戻ってくると、中央に置いてある机のところで、ものすごくきちんと正座して、そらが待っていた。その姿が逆に面白くて、少しだけ両肩がふるえた。

「そら、緊張しすぎ」
「っ!? やっ、だって! 普通は緊張するよっ!!」
「家に遊びに来たいって言いだしたの、そらだろ」

 お盆を置いて、こらえきれずに笑ってしまう。今日の昼休み、文化祭でバンドやろうぜ的な話をしたあと、眠気ざましも兼ねて、一回顔を洗っとこうかと、廊下にでた。

 午後の授業がはじまる十分ぐらい前だ。そこで、そらとすれ違った。

「…」
「…」

 おたがい、顔を見合わせた。足が止まった。まだあちこちから生徒の楽しそうなざわめきが聞こえるなか、俺たちは関係を誤魔化すように、廊下の窓をながめた。

「今日、委員会が終わったら、遊びに行っても、いいですか」

 視線を戻すと、口にした彼女自身が驚いた顔をしていた。学校の中では優等生を演じている。少なくとも、集団の輪を乱したり、注目の的になったりすることは避けている。

 そんな彼女の顔がにわかに崩れた。ほんの一瞬で、よく知るところになった、表情豊かな正体が見え隠れする。

「いいよ。今日、定休日だから」

 俺もいつものように、自然な感じで応えられた。それで、図書館で待ち合わせ、5時半を過ぎた頃に、家に二人で戻って来たというわけだった。

 *

「実は昨日、家に帰ってから『メンテ先生』に連絡もらったんだ」
「あっ、そうなんだ」

 二人で座って、ショートケーキを食べる。昨日、あかねの家からこっちに帰ってきた後。一息ついたところで、ネクストクエストからメールが届いた。

「なにか話とかした?」
「SNS関連のアカウント。天王山ハヤトの公式アカウントを、はじめてみるのはどうかって」

 言葉にすると、そらは「なるほど」という感じでうなずいた。

「祐一くん、なにか理由があって、ツイッターとかやってないんだったよね」
「理由ってほどでもないけど。今までは、完全に自分の趣味だったから、やらなくてもいいかなって。単に情報収集するだけなら『見る専』でいいわけだし」

 要は、自分の名前と活動を、もっと外部に広めるために、ツイッターなんかを始めるのはどうですか。そこから個別にリプライしてもらえると、こちらも確認の手間などが省けて助かります。

 という内容なんかも添えられていた。

「今さら、こんなことを言っちゃうとアレかもだけど…。VTuberをやってる人で、SNSを一切やってないって、むしろ珍しいと思うんだよね。っていうか、祐一君以外にいるのかな」
「たぶん、探せばいるんだろうな。だけどそういう人たちって…えーと、コレを俺が言っていいのかわかんないけど…再生数とか、めっちゃ少ないと思う」
「あー、うん。まぁ、そうなっちゃうよねぇ。導線が無いから」

 『導線』というのは、若干ネットで広まった感のある言葉だ。

 意味合い的には、言葉の通り『辿ってこれる線』といった感じだ。自分がなんらかの活動をしている場所まで、視聴者、同じ興味を持ったユーザを連れてこれるもの。

 つまり、ツイッターや、フェイスブック、あるいはラインでもいい。なにかのSNSにまつわるアプリで、活動中の名義と同じアカウントを登録する。

 自分はこういう事をやってます。よかったら見に来てくださいと発信して、該当するURLのアドレスを張り付けて、外部から人を呼び込むわけだ。

 ある程度の知名度を持った、動画投稿者なら、その名前で検索をかけると、まず間違いなく、そういったSNSのアカウントも同時に引っかかる。

「あのね、わたし、実を言うと、ちょっと不思議だったんだよね」

 だいぶ緊張が解けたのか、普段と変わらない距離感になってきたそらが、聞いてきた。

「祐一くん、ハヤト君の名前って、どうやって広まったのかな。わたしが知った時は、もう有名処の実況者さんと同じぐらい、チャンネル登録者数が増えてて、動画サイトのオススメ欄に、表示されるぐらいだったんだよね」
「あ、やっぱそらも、そういうところから、辿ってきたんだ」
「うんうん。わたし普段のアカウントで、麻雀とか、他所のVTuberさんの活動とか、流行りのゲーム実況とか、後はけっこうスイの活動自身も、エゴサするんだよね」
「なるほど」

 そこで麻雀が一番に来るところが、らしかった。

「きっとね、VTuberとか、ゲームとかで検索してるから、ハヤトの動画チャンネルも、オススメ欄にでてきたと思うんだけど。あぁいうのって基本、それなりに見てる人が多いっていうか、ある程度の人気がないと、ピックアップされにくいよね?」
「だと思う。俺もあんまり詳しくないけど、普段からmobaと『LoA』の動画だけ見てるとかじゃないと、小さなチャンネルは、オススメ候補には選ばれにくいんじゃないかな」
「やっぱりそうだよねぇ」

 紅茶に口付けながら、そらが小首を傾いだ。まっすぐな黒髪が少し揺れて、見惚れそうになる。目をそらしてから、俺も紅茶を口付けた。

「実は、ここだけの話ね。わたしと、あーちゃんもね。VTuberの活動をはじめた最初期は、動画の再生数まったく伸びなかったの。だけどそれは、外部の宣伝を、極力おさえてたから」
「あれ、そうなんだ?」
「うんうん。竜Pの考えでね。まずは、タレントの活動をすることに慣れていこうって方針だったの。っていうか、竜Pがね、お母さんを説得する時に、そういう条件をだしてくれたの」

 なんだか申し訳なさそうに、そらが笑う。
 きっと、良くも悪くも、自分に素直なところが、宵桜スイの魅力の一つなんだろうなと思った。

「あーちゃんや、メンテ先生、それから同じVTuberの先輩たち、技術班の人たちとも話して決めたの。わたしが、ちゃんと自信もってやっていけるように、初めの宣伝は最小限にしようって」
「変なおじさん、いろいろ考えてくれてるんだなぁ」
「だよね。とにかくそれでね、わたしがだいぶ活動に慣れてきたところで、竜Pが『そろそろGOで』って判断だしてくれたの。まずはクロちゃんが、ガチ歌ってみた系のMV発表したり、わたしも四面同時打ちの麻雀やってみたり、それを有名処の先輩とか、メンテちゃんが、導線になって宣伝してくれてね。雑誌のインタビューにも応えたりして、一気にフォロワー増えたの」

 増えた、というか、増やした、ともいえる。

 けっして悪い意味じゃない。そらが言いたいのは、VTuberと呼ばれる商品が、供給過剰にもなった環境では、なにかしらの『導線』がなければ、そもそも広まらない。ということだ。

「今さらだけど、祐一くんって、そもそもハヤトを有名にしたかったわけじゃ、ないよね?」
「ないね」

 本当に、自己満足のためだった。どこにもいけない、自分の中で廻る、どうしようもないものを、吐き捨てたいだけだった。

「でも結果的に、もう一人の祐一くん。『天王山ハヤト』は有名になった。わたしもね、動画クリックして内容見た時は、笑ったよ。おもしろいなー、この人って」
「きょっきょっ、恐縮ですっ!」
「あはは。それ、わたしの真似なのかなぁ? ところでこの前ね、あーちゃんから『女子力53万のボディブロー講座』っていう動画を見せてもらったの。実践してもいいかなぁ。後輩クン?」
「すいませんパイセン。自分調子のりました。許してつかぁさい」
「二度目はないよ? えぇと、だからわたしが言いたいのはね。動画の内容がすごく面白くても、本当に、ぐうぜん人気になったっていうのは、今の時代だと、ものすごく難しいよねってこと。特に『天王山ハヤト』は、SNSなんかの宣伝活動を一切してなかったわけでしょ?」
「うん。マジメな話、正直、俺も最初は不思議だった」
「祐一くんが、想いあたる節ってある?」

 どこかでバズった、とか、口コミで広まったとか。当時の俺も、そらが言った通りのことを考えた。

「実はひとつ、心当たりがあるんだ」

 単に『動画が面白かったから』という可能性は皆無じゃない。だけど、そもそも、そういう広まり方をする物こそ、他ならぬ『導線』が必要になるわけだ。

 いちばん最初。

 『天王山ハヤト』に注目し、火を点けたのは、誰だったのか。導火線そのものを作り、人々の注目を集めたのは俺自身じゃない。

「『RYOー5』って名前のイラストレーター、知ってる?」

 その人物の名前を口にした。

「あ、知ってる知ってる。ちょっと前から、急に人気がでてきたイラストレーターさんだよね。描く女の子がもう、ほんとにすっごく可愛くて、あと――」
「エロいよなー」
「…う、うん…」

 そらの顔が赤くなった。妙な緊張感が漂う。

 …もしや…今のは、セクハラ案件なのでは…?
 
「祐一くん」
「すみません。悪気はなかったんですっ」
「え? なにが?」
「出来心で! うっかり! 目前の女子というよりは、友達の男子と話してる感じとそう変わらないので! 普通にエロという言葉を発信してしまいましたが、どうか見逃してください!」

 深々と謝罪する。面をあげると、そこには、

「その発言は見逃せないよねぇ?」

 二度目はないって言ったよなぁ?
 笑顔で微笑む、女子力53万の女子がいた。

 *

 夜の7時が来る前に、そらをトラムの駅まで送っていった。もう一度家に戻ってくると両親の二人も帰っていた。

「ただいま。そら――西木野さんは、きちんと送ってきたよ」
「あらあら残念。次はいつ来てくれるの?」
「しらんがな」
「あらあら、照れちゃって。祐一、ほっぺたどうしたの?」
「…あー、53万の代償的な…いやなんでもないです」

 ひりひりする。とりあえず適当に誤魔化しておいた。

「やれやれ。結局、いつもの時間に帰ってきたわけだね」

 父さんが「疲れた疲れた」とぼやいて、両手にスーパーの袋と、寿司の入った包みを、台所にあるテーブルの上に置いて、お茶で一服していた。

 その晩は、贅沢な夕飯になった。後片付けをして、自室に戻り、充電していたスマホを見ると、ラインに新着が届いていた。

 *

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//psyco dive 


あかね:
 ごめん。今夜ちょっと私的な予定が入った。こっちの家に帰れるか微妙だから、今日はゲームできそうにない。明日は平気。

そら:
 了解だよー。確認しましたー。

 ――ということで、

祐一:
 こっちも了解。またなんかあったら、連絡ください。

 今日の『LoA』は、ナシになった。

 昨日、あかねの家にいる間、フェスの残り試合を消化した。合計30試合ぶん。前日の20試合と合わせ、全70試合のうち、50試合を終了したことになる。

 結果は『46勝4敗』。
 公式サイトによると、順位は6000位前後だ。

 参加チーム数は、全部で9万ほどあるらしい。というのがユーザーの検証で判明していて、仮にここで終了しても、上位10%以内の【ROOK】の称号は獲得できそうだった。

 さらに上位のチームも、70試合を終えたところが増えている。
 プレイヤー達が交換している情報によれば、50位圏内の【KING】を獲得するなら、最低でも60勝分のレート確保は必須。

「うーん…ボーダー、もうちょい落ちるかなと思ってたんだけどなぁ。やっぱガチ勢の3人組はつえーなぁ…」

 おそらくは、61勝でギリギリ。62勝あれば安全圏内じゃないか。という説が有力そうだった。俺たちの成績を鑑みれば、本当に微妙だ。

 もうここから先は、少なくとも初心者チームとは絶対に当たらない。プロを名乗る人種とも、それなりの確率で遭遇するはずで、基本的に落とせる試合はない。

「まぁ、全力でやるだけだよな。それに、二人のファンの評判も悪くないみたいだし」

 昨日、あかねの家で録画した、そら視点のプレイ動画は、二人の許可を得て、もう一度スタジオを使わせてもらい、編集した。

 【セカンド】を立ち上げ、ハヤトとなって喋り、いつものように解説プレイ動画を作りあげた。

 その試合は、相手チームが、まっ先にジャングラーの二人をピックした。そのうちの一人は、そこまで優先度の高くない『リンディス』だった。

 あきらかに『ハヤト』を警戒していて、その為の計略をリアルタイムで取り決められる、ガチ勢なのは言うまでもない

 ――といった事から解説を始め、だがこちらも、それに関する対策は考えていた。その為に残る二人が、ゲーム終盤に強いタンクを『カウンターピック』として選択。

 試合が始まってからは、二人の立ち回り方を中心に話を広げた。どうしてそういう動き方をしたのか。どういう意図があったのか。自分たちのチームの強みはなんなのか。優先すべきはなにか。

 できる限り、わかりやすく。かつ誤解を生まない様に。

 これさえ守っていれば『初心者でもできる』というのだけは、絶対に避けた。そういう時は『初心者でも必要最低限はできるようになる』という言い回しを徹底した。

 宵桜スイも、黒乃ユキも『初心者』の域を脱していること。実際に、特定プレイヤーに対する『メタ』を意識できる、上級者との対戦でも、十二分に渡り合えているところを、誇張せずに称賛した。

 その動画、ハヤトのアカウントでアップロードしたものは、普段《いつ》にもまして、再生数がのびていた。

 理由は単純だ。数時間まえ、そらと話をしたように、スイと、ユキの二人が『導線』になってくれたおかげだ。自分たちのアカウント上で、該当する動画を紹介したわけだ。

 そうすることで、彼女たち、二人のファンが、URLのアドレスをクリックして、リンク先を辿り、動画を見にきてくれた。同時に天王山ハヤトのチャンネル登録数も、大幅に増えた。

 有名人による、宣伝効果は絶大だ。
 きっと昔から変わらず、あるいはそれ以上に。

 数多の情報が錯綜するようになり、リアルですべてのやりとりを行う必要性が無くなった分。過剰な宣伝文句は、むしろ逆効果になりつつあるはずだった。

 あかねも言っていたように、人々は『信用性のおける情報媒体』をキッカケとし、質の良い商品を求めるようになってきている。

「俺も、できる範囲で頑張らないとな」

 ラインのアプリを閉じて、お気に入りから『LoA』の公式サイトを開いた。

「一位はやっぱ、あそこか」

 確認したのはもちろん、フェスのランキングだ。


 第1位:チーム名『All For One』(日本)
 成績:67勝0敗。
 レーティングポイント:2651pt

チームメンバー:
【KINGx5】xxXBuzzER-BEateRXxx:グランドマスター
【KINGx5】loli is justice:グランドマスター
 Fujiwara:ブロンズE


 相変わらず、ヤバ過ぎる強さだった。仮に残る3戦を全敗しようとも、確定で【KING】の一枠を決めている。

 さすがにここまでの強さとなれば、極力、対戦は避けたい。現在の俺たちの成績でも、もしかするとぶつかる可能性があるので、そうなれば最悪、1敗増えるのも覚悟しないといけない。

「けどそれ以上に、二人のイメージが下がるかもしれないしな」

 なにせ相手の一人は、敵味方関係なく、非難中傷を気にしない、やりたい放題、暴言の権化みたいな奴だった。しかしそれでいて、間違いなく強いのだから、性質が悪い。

「…『3戦』余らせてるの、なんか気になるんだよな…」

 この成績は、昨日の深夜に確認したのと同じだった。単に時間が無かったのかもしれないし、また警戒されて、マッチングを避けられたのかもしれない。

 だから、あくまでも、本当に考えすぎかもしれないが、

「…俺たちのチームと、確実にマッチングできそうな機会《チャンス》を、待ってたりしないよな…?」

 今週の日曜。フェスの最終日にもあたる日。その夕方には、生放送の形で『LoA』のゲーム実況をする予定だ。

 残る『3戦』を。
 VTuber《もう一人のジブン》達が行う。

 最たる理由としては。あかねから、直に教えてもらった、利益を追及する大人たちの約束事が絡んでいる。まだ公にはされていない、水面下での取引。

『日本国内における、eスポーツの活性化を目的とした
 宣伝広報としての採用条件。その実力の証明。
 すなわち、今回のゲーム大会における
 最上位の称号である【KING】の取得』


 あかねの話では『VTuber』を採用する方向性で、話が進んでいるらしい。という事だったが、仮にこの大会で『VTuber』をしていない人物が採用されるケースもあるだろう。

 ここで実績を作り、後から『VTuber』を始めていく。というやり方も出来なくはないからだ。

 というか、すでにそういう方向性で動いている、プロプレイヤーおよび企業もいるはずだ。

 だからこそ、逆に言ってしまうと。

 この大会で俺たち『すでに活動中のVTuber』3名が【KING】の称号を獲得できたなら、将来的には(俺はともかく、スイとユキの二人は)採用される条件が跳ね上がるはずだ。

 理由は『信用性のある実力』を証明しているからだ。

 今回、日本企業や政府が欲しているのは、『日本世間のゲーマー達、ゲームオタクが納得できる、見栄えのする実力者』なのは、間違いない。

 だからこそ、勝ちたい。

 【KING】の称号がほしい。


 宵桜スイと、黒乃ユキが、

 これからも活動できるために。

 VTuberという文化が、なんらかの形で残り。

 次に繋げるための【標】となるために。

 たいせつな、友達のために。

「―――――――『たかがゲーム』に、勝ちたい…」

 竜崎さんたち、ネクストクエストの大人たちも、VTuberの将来性を確保するために、頑張って働いている。

 『たかがゲーム』だけど、やるからには勝たないといけない。どんな相手でも、負けるわけにはいかない。適当にやってしまっては、なにも得られない。

「俺たちは、このチームと当たる。そう考えるべきだ」

 視えている可能性《キケン》を放棄して、先送りにすることだけは避けたい。

 現代の人々から、信用してもらえる『質の良いもの』を目指すのならば、誰かを守りたいと思うのならば。むしろ、そういう風に考えた方が良い。

「どうせ今日は、LoAの試合ができないんだったら…」

 ギターの練習を…じゃなくて。
 気になる懸念材料を、一つずつ、潰していこう。
 うん。ギターはまた今度だ。うん。

 *

 最終日に、ブザーのチームとマッチングするかどうか。

 仮にそれが確実だとしても、こちらの生放送の時間は決まっている。対戦相手はシステムによって決定される以上、プレイヤーの俺たちが相手を選ぶことはできない。

 向こうが、こちらのマッチング待ちに合わせて、あえて対戦相手に選ばれるように『スナイプ』してきたら、やるしかない。

 そこでもう一度、相手チームの動画を確認しようと思ったが、その前にひとつ、個人的に気になっていることを、先に確認しておこうと考えた。

「…確か『風見』だったよな…」

 昨日、あかねの家にいた時に「3人は中学生かな?」と、そらのリプライに対して、ストレートな質問を投げかけてきた相手。

 個人情報の詮索をするのは、暗黙の了解とはいえNGで間違いはないし、単に注目を惹きたくて「当てずっぽう」な発言をしたようにも思える。

 ただ、事実として。俺たちに限っては当たっている。

 そしてもう一人、俺の知る限り『ハヤト』の中身を、中学生だと確定している人物がいる。

 ――ブザーだ。

 あいつの、実況配信のアーカイブ。録画された物を、あとから見ていると、リアルタイムに訪れていた視聴者とのやりとりで、『ハヤト』の正体に関してコメントを交わす場面があった。

 声優志望の専門学生だろう。おっさんだろう。とか言われてるなかで、アイツはハッキリと「中学生だと思う」と言いきった。

 それはない。と視聴者がコメントする中で、さらにブザーは暴言を返して、見にきてくれた視聴者を追い返してしまった。

「…えぇと、確か、いちばん最初に投稿した動画だったよな」

 思いだしながら、俺は『ハヤトのアカウント』を開き、投稿済みの動画を編集する画面に移動する。

 『【最強】VTuberによる、LoA対戦動画 part1』

 関連したシリーズ物として投稿してる一番最初の動画は、やっぱり他と違って、再生数が伸びる。だけど最初期、俺以外、まだ誰もハヤトの存在を知らなくて、『導線』もなかった時期。

 アップロードしたところで、山ほどいるVTuberと、さらには星の数ほどいる、ゲーム実況者の中に囲われて、注目を惹く要素も全部取っ払っていた、完全に趣味の動画に。


風見@kazamidori:
 2:14, 3:17, 7:52 
 行動理由を詳しく教えてください。


 ぽつりと、無視できない雨粒が、降っていた。

 『風見』が示した数字は、動画の再生時間だ。そこを辿っていくと、一見地味だが、ゲームをしている俺の中では、どれも明確な行動理由がある、重要なシーンだった。

 初投稿の動画は、正直まだ『解説』もおぼついてなかった。
 自分なりに、思考錯誤の連続だった。

 『ハヤト』の口調も棒読みというか、演じるキャラクタの意思がまだ、言葉の中に込められきってないといった感じがする。

 棒読み、という以前の問題。用意した原稿を、そのまま諳んじるような感じだ。聞いていても違和感がぬぐえない。端的に言ってヘタクソだった。

 『導線』ができて以降のコメントは、そういう感想がそのまま、結構な量が届いている。

 目のあたりにすると、さすがに「うるせーよ、こっちは好きにやってんだよ。くそぅ、次はもっと上手くやってやんよ」とか思ったりもしてしまうが、それはおいといて。

「…この『風見』って人だけが、すっげぇ的を得た質問してくれてたんだよなぁ…」

 part2、part3、part4。

 再生数が1000いくかもあやしい、しかも投稿する度に、徐々に人が減っていく、ゲームの対戦動画をアップロードする度に『風見』という人だけが、同じ様なコメントを繰り返していた。

 最初はそのコメントにレスを返していたが、次第に、きちんとした『声』で返事をしたいと思った。

 そこで動画の最中に「それでは、前回もらったコメントについての返信だが――」といった感じで喋らせるようになった。

 大勢の人に、注目されなくてもいい。

 それでも、わずかに足を運んで来てくれる人たちには、自分が持てる限りの能力で、最大限のもてなしをしたい。

 それは、この家で『散髪屋さん』として働く、父さんと母さん。一方で、大勢の人たちから『悪者』扱いされて、だいじなものを無くしてしまった、お父さん。

 二律背反の思想。
 理解を示してくれる人たちの存在が。
 俺を否定するたくさんの声が。

 この世界と、ネットの世界、両方で導いてくれた。二つの現実を行き来して、さまよいながら、ぐるぐると。迷いながらも歩み続けさせてくれた。やっとここまで辿り着かせてくれた。

 まだまだ、目指すゴールには程遠いけれど。でも、少しでも応えたいと思うんだ。そのために、見極める必要があった。


(…『風見』は、ブザーなのか?)


 あなたは、はたして、俺たちの敵なのか?

 あなたは、どうして、ゲームをするのか?


 VTuberになって、初めて投稿した、一番最初の動画。コメントされた『風見』のアカウントをクリックし、詳細を追いかけた。