Euphoria by じん (Jin) - IA


 秋が過ぎ。

 初雪が降り。

 年が明け。

 受験の時期を迎え。

 上級生は卒業していく。

 限られた進路と生き方。

 花が咲き、陽のあたる時間が長くなる。

 *

 西暦2025年3月。
 卒業式が終わって、春休みがやってきた。

 世界が目まぐるしく進歩する一方で、大昔から変わらない、ありきたりな慣習《ルール》に従って、来月には、2年生から3年生になる。

「祐一くん。メンテ先生から聞いたよ。いよいよVR美容院、お披露目なんだってね」
「うん。まだα版だけどな」

 月曜日。最近は定休日になると、そらが家にやってきて、カットモデルになってもらう機会が増えていた。

「なんかねぇ、文部科学省だっけ? 将来的にVRの通信制の学校が認められたらね。その場所で、いろんな職業を疑似体験して、将来のやりたいことを探してみようって話が、来てるみたいなの」

 椅子に座ったそらの髪を、ほんの少し切りながら、これからの事を話す。

「らしいな。俺も聞いたよ」
「えっ、いつ?」
「先週だったかな。あかねと直で話す機会があって、その時に聞いたと思う」
「なにそれー、わたしより早いじゃん。なんで~?」
「なんでって言われても。VR美容院、ヴァーチャル散髪屋の開発を手伝ってるから。本当に片手間だけど、開発に使ってるプログラムなんかも、skypeとか通じて、あかねから教わってるし」
「…あーちゃん、最近祐一くんに甘くない?」
「甘くねーよ。そらも知ってるだろ。あいつ基本、めっちゃスパルタだぞ。しかもセンスの塊で生きてるとこあるから、ダメ出しが容赦ねーし。短気だし、心に刺してくるし」
「うん、まーそうなんだけど。そーじゃなくて。…将来有望株みたいな捉え方してない?」
「あぁ、人材は早めに確保しとけ的な…」

 横髪の位置を整えながら「わかる」とうなずく。

「竜崎さんの影響だと思うけど。あかねって将来は独立して、自分の会社とか経営してそうだよな」
「うーん、まぁ…ね。うん」

 下手すると、高校生になった時には、しれっと社長とかになってるかもしれない。

「そーだよ。あーちゃんなら、しれっと祐一くん捕まえて、明日からハヤトを使って、どんどんうちの会社PRしろ。愚兄の会社に圧力かけてけ。権利奪っていけ。とか平然と言うよ」
「やめて? ただの想像だと分かってるけど、俺を骨肉の兄妹争いに巻き込むの、リアルに怖いからやめて?」

 まぁあそこの兄妹は、お互いをディスり合う形で仲が良いから、血を見ることはないだろうけど。

「というか、俺がそんな事になったら、そらも絶対、どこか近くにいるだろ」
「えー、どうかなぁ。わたし麻雀しかできないよ~」
「またまた、ご謙遜を。CDだしてるし、LoAのフェスの後には、新しいゲームの実況依頼もけっこう来てるじゃないですか」
「そうだけど…でもね、祐一くんの理解力、ゲームの腕前とか、あーちゃんの歌唱力とか、そういう、本物の才能の前には――」

 そこで、いったん言葉を区切って、

「…こんなこと、いつもはぜったい言わないけど。やっぱり、敵わないんだよね。麻雀だって、大好きだけど、プロの人たちには勝てないし、そもそも覚悟もないんだよね。わたし、この先、大人になってもね。自分のそういうとこ、変わらないと思うんだ」

 鏡の向こう側。女の子が、ちょっと自信なさげに笑う。すると、俺の胸がきゅっと痛むんだ。

(確かに、そういうとこが、そらの良いとこなんだけど)

 惜しいなって思う。

 今の俺じゃ、力不足かもしれないって。なんだかひどく、くやしい気持ちでいっぱいになるんだ。

「そら」

 それでも、精一杯、声をかけた。彼女の髪を梳きながら、

「そんなことないって。むしろ麻雀の新規層を拡大するとか、そっちの方向性で考えてみればいいじゃん」

 自信の一欠片を、埋められるように。

「あー、それはあるー。VRの雀荘を作りたいなー」
「いいんじゃね? 俺は仮想世界の散髪屋だし、そらは雀荘の店主やってもいいじゃん」

 想いを込めて、髪を切る。

 君は、すごいんだ。
 ずる賢い俺なんかより、たくさんの人を笑顔にできるんだよ。

「つーか、部活動じゃなくてさ、仮想的なショッピングモールみたいな環境とかどうよ? いろんな店がごっちゃごちゃに、オモチャ箱みたいに詰まってるのとか、楽しそうじゃね?」
「あはは。いいなそれー。でもどうせなら、こうやって散髪屋さんの隣に、雀卓がある方がいいなぁ」
「なんだそれ。電脳世界で髪切りながら、麻雀打つのかよ」
「そうだよ。こうやってお話しながら、脳波とかでね、サイコキネシスだっけ? 牌を念じて、ふわ~っと浮かせて、倒してね。あっ、それロンっすわ。とか」
「いやいや、ちょっと意味わかんねーんですけど。もはや何屋だよ。うちは散髪屋っすよ? 困りますよお客さぁん」
「えー、いいじゃん~。将来的には脳波で、リーチとか選択できるようになったら、髪切りながらでも、麻雀できるじゃん~」
「ちょっと麻雀から離れようぜ。中毒者」
「やだー。西木野そらの人生とは、麻雀なんだよなぁ」
「悟りすぎだろ」

 鏡の中、艶やかな黒髪を伸ばしたそらが、にこにこ笑う。胸の痛みが和らいでいく。やっぱり、好きなことを、気兼ねなく話している時のそらが、一番良い。

「そら、少し前髪よせるよ」
「うん」

 ヘアピンで留め、後ろによせる。その時に、指先が額に触れた。 彼女がまぶたを閉じる。細長い睫毛が、瞳を覆う。

(綺麗だな)

 ふと、そう思った。生きていて、実際に「美しい」なんて言葉を、口にだせる日が来るのかは、わからないけど。

(そら、がんばれ。『本物』は、そっちの方だよ)

 この世界の景色、自然の風景。あるいは調和を計算した上での被造物、世界の理に対しても思うように。

(そらみたいな人たちを、相応しい形で応援できる、そんな大人になりたいな)

 ヒトそのものにも、そんな言葉で表せるような、感情を抱く。


 やはりキミは、物分かりが良すぎるな。


 その感情が、他ならぬ、俺たちの知る以外の人間からも、もたらされる。そんな日がやってくる。


 まぁいい。それもまた、キミの美点だ。
 迷うべき時が来れば、手を貸そう。


 『らしくない』『ふさわしくない』

 そんな言葉は、いつか塗り替わる。消えていく。

 色とりどりの、美しいものたちが。
 おたがいに憧れ、認め合う。

 思い出という名の価値観を共有する。化学反応を起こし、なつかしさの向こう側に、新しいものを作りだす。

 真実と、演出込みの装飾を織り交ぜて。
 いつか本当に、誰にも想像のつかない未来がやってくる。

「祐一くん?」
「あぁ、ごめん。なんか、見惚れてたわ」
「ほえ!?」
「残念だが冗談だ」
「あっ、はい…ご注文は『女子力』ですか?」
「すいません、自分調子のりました」
「もー、早くすませてよねー。お昼から、おじいちゃん達がお手伝いしてる縁日の助っ人、頼まれてるんでしょー。遅れるよー」
「だな。それじゃ、マジメにやるわ」
「可愛くしてくださいー」
「お客さんは最初から可愛いすよ」
「はいはい。あざーす」

 シャキン、シャキ、シャキン。

 最近はすっかり馴染み始めた音が。
 澄み渡る青空を見つめるように、心の中に、すっと落ちてきた。

 黒い髪がひとすじ、はらりと踊る。