Beneath the mask New Arrangement(途中)


 大勢の人の波。寄せては返す道を歩く。

「前川少年。最近もギターは弾いてるのかい?」
「はい。最近はちょっとずつ、耳コピなんかもできるようになってきました」
「たいしたものだ。若者の成長は、実に喜ばしいね」

 信号待ちの間にも、竜崎さんとは、いろんな話をした。歩きながら、雑多な店が並ぶ界隈を通りすぎて、目的地らしいお店に到着するも、

『本日は閉店させていただきます』

 閉まっていた。

「オーマイガァ。なんてこったー!」

 さすがはGW。大型の連休中、おまけに近隣がビジネス街の一角になるせいか、チェーン店でない飲食店なんかは、ちらほら休業するところも目立っていた。

「他のお店いきますか? 俺なんでもいいですよ」
「んー、そうだね。じゃあこの近くに、オススメの定食屋さんがあるんだけど、行ってみるかい?」
「行ってみたいです」
「よし。それじゃレッツゴー」

 俺たちはふたたび、そっちに向かって歩きだした。途中、話題を振るかわりに、なんとなく聞いてみた。

「どういう感じのお店なんですか?」
「小さな定食屋さんだよ。女将さんの経歴がちょっと面白いんだ」
「元々はべつのお仕事をされていた、とかですか?」
「そうそう。元は凄腕のITエンジニアだったんだけどね、独立して、定食屋さんを開いたんだ」
「へぇ~」

 うちの家も、個人商店の散髪屋だ。付き合いで、割とその手の話を聞くこともあるけれど、

「女の人でプログラマーっていうのは、割合的には増えてるんでしょうけど、飲食店のオーナーに転職するのって、かなり珍しい気がします」
「そうだろう。僕も他には聞いたことがない。男性の場合は、脱サラして事業を始める。自分の店や会社を持つみたいな人は、まぁまぁいるけどね」

 竜崎さんは、前を見ながら、一人うなずくように言った。

「その女性《ヒト》は、当時は大規模なシステムを運用させる事業の、第一線で活躍していてね。変わった人だとは言われていたようだけど、優秀で、待遇も良い方で、なのに、30を過ぎた時に、あたりまえのように、会社を辞めたんだ」
「どうしてですか?」
「小学生の時には、飲食店をやると、決めていたみたいだ」
「…えっと、なのにどうして、その女性はIT業界に入ったんですか?」
「キミと似たような理由じゃないかな?」

 一段ぶん、背の高い位置から、ニヤリと笑われる。

「前川少年も存じているだろうが、人生には、いろいろな事が起こるものでね。明日、なにが起こるなんて分からない。大体において思ったようにはいかない。というよりは、思った通りにいくという考え方が、そもそも危険だと、身を引き締めておくべきだ」

 路地を進み、曲がる。老若男女、いろいろな人たちが行き交うなか、時に歩幅があって並び、すれ違う。雑多な音が降り注ぐなか、聞くべき音に注目する。

「人生は思った通りにはいかないが、考え方によっては、二通りのパターンに分けることができる。1つは、素直に『上手くいかないなぁ』と嘆くこと。もう1つは『今は回り道をしているんだ』と、現状を受け止めることだ」
「――さっきのお店が閉まっていたのも『回り道』ですかね?」
「Perfectだ、少年。しかし正直言えば、本日のオジサンは、かなりおうどんを食べたい気分でもあった」
「めっちゃ後悔してるじゃないですか。でも定食屋さんなら、うどんって、メニューにあったりしませんか?」
「うーむ…そればかりは運だが…たぶんないね」

 たぶんて。お気に入りだというからには、結構通っている感じがしたのだけど、そこまで細かく覚えてはいないって事だろうか。

「少年よ、ただ1つだけ、忠告しておこう。さっきの話だが、『回り道』を選択できるということは、前提として、自分自身の目標がなければ成り立つことはできない。ということでもある」
「じゃあ、その女の人も、お店を開くって決めてたから、『回り道』ができたんですね」
「然りだ。キミは非常に優秀だね。どこぞの愚妹にも学ばせてやりたいぐらいだよ」

 あっはっは。と、胃の辺りを抑えながら笑う。

「より正確に言うならばね。その女性《ヒト》は、誰かの為になる事をしたかったんだ。子供の時の経験で、それが『飲食店』という場所と結びついていた。大人になって、べつの業種で働いていても、常にそうした考えが根付いていた。そして時が経ち、条件が整ったから、かつての目標を実践に移すことができたんだ」

 竜崎さんは、まるで自分のことのように嬉しそうに話した。

「だからね、少年。どんなものでもいいから、夢を持ちなさい。心に根差した標がある限り、物語は常に、キミを中心として巡るよ」

 いつも陽気でヘンなところはあるけれど、誰かを褒めたり、称賛する時は顕著になる。そういうところが、やっぱり凄いなと思う。

 *

「着いた。ここだよ」

 案内された先は、本当に小さなお店だった。ガラス窓で、表口からも店内の様子が見渡せる。部屋は一室だけみたいだ。コの字型のテーブル席がひとつだけあり、その向こう側に厨房が見える。

「よかった。店、空いてるみたいだ。入ろうか」
「はい」

 扉を内側に開くと、うちの実家と同じで鈴の音が鳴る。竜崎さんが中に入り、すぐ後から俺も続いた。

「いらっしゃいませー! あら、竜崎さん、久しぶりね」
「どうもこんにちは。大林さん」
「八日ぶりね。最近お身体の調子はどう?」
「あはは。おかげさまで」

 紺色の制服に、同じ色の、飲食店用の帽子を被った女将さんが、気持ちの良い挨拶をしてくれた。

 年齢は40歳の半ばぐらい。にっこりと笑うと、如何にも『食堂で働くおばちゃん』という雰囲気がにじみでる。

「あら。そっちの男の子は?」
「はじめまして。前川祐一って言います」
「うちの若手ホープだよ」
「あらまぁ。ということはエンジニアさんね? 新人さん?」

 ――イメージに反して、いきなり意外だった。

 大林と呼ばれた女将さんは、人好きのする外見とは裏腹に、初対面の俺を「子供だから」という偏見や、先入観を持った目で見ていない。一瞬、冗談を言われたかと思ったが、

「彼はまだ学生だよ。一応、短期契約の形を取ってるけどね、この連休中に三日ほど、いわゆる『職場体験学習』といった名目で、新規システムのテスターをやってもらっているんだ」

 竜崎さんも、普通に応えていた。

「どうした前川少年、ほら、座った座った」
「あ、すみません」

 ちょっと気圧されたあと、竜崎さんの隣の席につく。すると、不思議な装飾の入ったタンブラーに冷たいお茶がそそがれた。一口飲んでから、明るくて落ち着いた店内を見回した。

(定食屋っていうから、なんていうか…四角いテーブル席が並んでたり、座席とかもあるのかなって思ってたけど…)

 実際には、限られたスペースに、コの字型のテーブル席が1つあるだけだ。スーツを着た年配のお客さんが向かい側にひとり、私服を着た若い女のお客さんが二人『右側』に座っている。

 女のお客さんが、空になった飲み物を注ごうと手を伸ばした時、ふと目が合って、自然に会釈をされた。

「それじゃ、大林さん、僕は日替わりを」
「はい、かしこまりました」
「あ、じゃあ俺は…すみません。メニューってありますか?」
「ふっふっふ」

 隣に座る竜崎さんが、肩を揺らしだす。すると、他の席に座っていたお客さんたちも、気のせいか、俺をちらりと窺っているような視線を向けてきた。

(…あれ、もしかして、なんか間違ったかな…?)

 ちょっと焦る。すると、女将さんが言った。

「申し訳ありません。当食堂では、メニューは日替わりのみとなっております」
「えっ?」
「よろしければ、そちらを注文なさってください。別料金で小鉢をあつらえたり、ご飯を大盛りもできますが、基本は日替わり一種類のみを、ご提供させていただいております」
「…そうなんですか?」
「はい、そうなんです」

 ――このお店には、固定化された、メニューがない。

 自然に、さりげなく、伝えられた。

「それが当店の『ふつう』です」

 店のルールを、押し付ける雰囲気は一切なくて、ただ「この場所はそういうところなんですよ」といった感じ。やんわり教わった。

「なぁ、実におもしろい女性《ヒト》だと思うだろ。前川少年」
「は、はい…あっ、いえ、すみません!」
「お気になさらないでください。よく言われます」
「あの、じゃあ、俺も日替わりでお願いします」
「承知いたしました」

 それから、店主の女性は調理に取りかかる。同時に、外に繋がっているんだろう、厨房の奥にある扉から、一人の女の子があらわれた。

「…大林さん、まかない入ります」
「いらっしゃい、環《たまき》ちゃん。頼むわね」
「はい。よろしくお願いします…」

 黒髪のショートボブ。心なしか小柄な女の子。大林さんが、明るくて気さくなせいか、おとなしい様子が逆に目立つ。同い年ぐらいかな? と思っていたら、眼が合った。

「…」

 さりげない感じで逸らされた。

「今日のまかないさんは、若いね」

 竜崎さんが、お茶を飲みながら聞いた。まかないさんっていうのは、アルバイトの事なのかなと思ったけど、とりあえず会話の流れを見守る。

「えぇ。最近入ってくれてるの。細かいところによく気づいてくれるし、作業も早いのよ。独学でプログラミングを学んでて、Pythonとかも使えたわよね、確か」
「へぇ、たいしたものだ。自主的にスキルを習得した若人は、性別問わず求むる人材だよ。大林さん、よければ、ぜひ紹介してほしいな」
「ですって、環ちゃん」
「あ…えっと…」

 厨房で小鉢の準備をしていた女の子が硬直する。顔が赤い。人と話すのが、あまり得意でないのかもしれない。

「…ごめん、なさい。わたし、よく、わからない…です。でも…わたし…高校は一応…いかなきゃって…」
「中学生なの?」

 聞いたのは俺だった。こくりとうなずいた。

「…中三…」
「一緒だ」

 笑いかけると、彼女はまた、こくんと、小さく応えた。

「ごちそうさまー。話してる最中ごめんよ、お勘定を頼めるかい」
「…あ、はい」

 『環ちゃん』がレジに向かった。年配のお客さんから料金を受け取って、空いた向かいの席の食器を下げていく。

 それと同じぐらいのタイミングで、俺と竜崎さんの前に、御櫃《おひつ》に入ったご飯と、アサリの汁物、おかずには、カイワレ、きゅうり、みょうが等の香味野菜に、焼いた豚肉をのせたお膳が運ばれてきた。

 しょうゆを容れた小鉢には、すり下ろした、だいこんおろしが添えてある。ほんのり香るスパイスが食欲を誘う。専用の箸と箸置きも乗っていて、見た目も良い。腹が「ぐう」と鳴りかける。

 なんていうか、とても上品だった。すごく豪華というわけじゃないけれど、限られた空間だからこそ、お客さんに対する、最大限の気づかいや、配慮を感じられて、なんだか嬉しくなる。

 そういう『長所《いいところ》』を持ちあわせた上で、

「注文してから、来るまで早いですねっ」
「えぇ。当店はメニューがありませんから。あらかじめ、作り置きしていて、すぐにご提供できるようにさせて頂いております」
「この辺りはまだ、ビジネス街でもあるからね。注文した料理が、すぐに食べられるというのは、利点なんだよ」
「そっか…それって『回転率』も良いってことですよね」
「然りだ。では、いただきます」
「俺も、いただきますっ」
「どうぞ、召し上がれ」

 納得する。あたたかい、炊き立てのごはんを食べながら、改めてお店の様子を観察した。

「いらっしゃいませー!」

 新しいお客さんが入ってくる。空いたばかりの、コの字型のテーブルの奥、俺たちの向かいに座った。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様です。環ちゃんレジをお願い」
「はい」

 続けて、斜め右側に座っていた女性が席を立つ。大林さんがその場でくるりと反対向きになって、配膳を内側のテーブルに下げた。

 それを、レジを打ち終えた『環ちゃん』が拾い、すぐ側の流しで水に着けて洗う。コの字型のテーブルになっている理由が分かった。店主の大林さんは、さっきから、ほとんど『移動』していない。

 これが一般的なファミレスなら、当然、注文を取りに、店員がそこまで往復して、移動しなければいけない。それは『時間的なロス』が発生するということだ。

 仮にバーカウンターのような場所でも、机の手前と端では、多少の移動時間が発生するだろう。それに比べると、コの字型のテーブルは、最少の時間効率で、最大限のパフォーマンスが発揮できる。

 そして『メニューが日替わりの一種類』である以上、前もって、下拵えを含めた準備を、手の届く範囲に、すべて整えておくことができるというわけだ。

(……この女将さんの発想、普通にすごすぎじゃね?)

 少なくとも、普通に飲食店を開こうという人は『メニューはできる限りの種類を用意して、単価を下げる』といった事を、大前提として考えるはずだろう。

 そこから、如何に新しさを提供するか。味にこだわるか、割引を行うか、といった考えに、頭を悩ませるはずだ。

 もはや前提が違うのだ。『メニューを1種類に限定したらいいんじゃないか?』なんて、普通は思いつかない。思いついたとしても実行には踏み切れないだろう。否定だってされるに違いない。
 
「どうだい、前川少年。このお店は、実に『機能的』だろう?」
「はい。すごいです。うちの店でもなにか出来ないかなぁ」
「あなたのお家も、なにかお店をやってるのね?」
「はい。実家が散髪屋をやってます」
「あら素敵」
 
 距離が近いのも相まって、店主の女将さんとも普通に話せる。外食先のお店で、今までこんなことをした経験はなくて、なんだかすごく居心地が良いなって思った。

「いらっしゃいませー!」

 またガラス窓が開く。新しいお客さんが入ってくる。メニューが日替わりの一種類でも、全然『ふつう』に、繁盛していた。

「いやぁ、それにしても実を言うと、1つ残念なことがあってね」
「あら、珍しい。どうしたんですか?」
「実は今日は、おうどんの気分だったんだよ。女将さん」
「まぁまぁ。それじゃ来週は、おうどんにしましょうかね。揚げものは何がお好き?」
「やはり芋が至高だね。さつもいもがミラクルベターだ」

 竜崎さんが、ここぞとばかりに力説する。何故か、来週の日替わりが、お客の一存で決まろうとしていた。

「芋と言えば、かき揚も捨てがたいですよねぇ」
「わたしは、イカ天が好きですー」
「天ぷらの王、エビを忘れてもらっちゃ困るなぁ」

 しかも他の客さんたちも、メニュー決めに加わっている。

「キミは、なにが好き?」

 女将さんが笑顔で聞いて来る。俺も笑顔で返した。

「鶏肉の天ぷらが好きです」

 言うと、店内の大人たちがそろって、ほんわか宙を見上げた。「…鶏も美味いよなァ。ビールに合うしよぉ…」という、これ以上ない、至福そうな顔をした。

 *

「ふぅ。ごちそうさま。さて少年。我々も行くとしようか?」
「はい。ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。また気が向いたら来て頂戴ね。環ちゃん、レジお願い」
「はい」

 俺と竜崎さんは立ち上がり、レジの方に向かった。竜崎さんが「ここは持つよ」と言ってくれたので、ご相伴に預かる。その時ふと、近くの壁に伝言用のボードが掛けてあるのが目に留まった。

「…ただめし券?」
「お使いになられますか?」

 環さんが聞いてきた。

「えっとコレは、割引券みたいなやつ?」
「はい。一食分が、タダになります」
「……え?」

 どういうことなの。
 素で、聞き返しそうになった。

「本来は、まかないさんに、報酬として支払われる券です。ただ自分では『使う予定がない』場合、そこに貼って帰ります」
「予定がないってことは、券自体に、有効期限があるとか…?」
「ありません」
「……」

 つまり、それは。

「『善意で成り立ってる』ってこと?」
「はい。そういうシステムです。それが当食堂の『ふつう』です」

 ――驚いた。
 そんなことが、リアルで、できるのか。

「どうする少年? 使ってみるかい?」

 竜崎さんが財布を取りだしつつ、聞いてきた。俺の中の好奇心が「物は試しだ」とばかりに、券を一枚取る。同い年の少女に差し出した。

「ありがとうございます。では日替わり一食分で、600円となります」

 本当に使えてしまった。最初の来店で、昼食代が完全に、基本無料に早変わりしてしまった。

「あのっ」

 思わず口にだす。

「俺、地元はこの辺りじゃないんですけど。また来ます。今度はちゃんと食べにきます。すごく、いいお店だったのでっ」

 伝えると、店主である大林さんが振り返り、にっこりと笑ってくれた。

「えぇ。また是非いらしてくださいね。当食堂は、いつでも変わらず、お客様をお待ちしております」

 *

 同じように歩いて、ネクストクエストのビルまで戻った。

「それじゃ、前川少年。僕は午後から、ちょいと外回りに行ってくるからね。キミはうちの技研の誰かと話をして、まぁなんだったら、適当にゲームでも付き合ってあげてよ」
「あはは…わかりました」
「すまないね。僕がこんなにドタバタしてなけりゃ、一泊ぐらい、うちに泊めてあげるんだけど」
「いえ、会社の仮眠室を使わせてもらえてますから十分です」

 ネクストクエストの仮眠室は、同ビルの別フロアにある。驚いたのが、1フロアを丸ごと、それに割り当てていることだ。

 どこかのホテルのロビーなのかな、というぐらい綺麗だし、個室のベッドも毎日、清掃業者さんによってシーツが張り替えられている。それどころか、シャワールームも完備されている。

 おまけに『俺はゲームが好きでたまらないんだよぅ!』という社員さんが、どうやって持ち運んだのか知らないが、ゲームセンターにあるような私物の筐体を無断で持ってきて、ラウンジで組み立てなおし、廃音ゲーマーよろしく『ゴリラ』と化していたりする。

 その他にも、やはりラウンジで「俺のターン、ドロ―! 特殊効果を発動してなんとかかんとか、トラップで相殺なんとか、だが永続効果による魔法カードが発動してかんとか」言っていたりする。

 良い大人たちが、眼の下に隈をつけたまま、寝るのも惜しんで、ゲームに夢中になっているのだ。

 寝ろよ。休んでよ。と何度思ったかはしれないし、中には、そんな仮眠室にさえも立ち寄らず、24時間仕事をしている、純粋のワーカーホリックがいるのだから、大人って謎だ。

「前川少年。実家の親御さんには、できれば寝る前にモニタ通信の電話で一度は連絡を取りなさい。暗くなって、夜間の警備員さんが歩きはじめる時間帯には、外にも出ないこと。コンビニなんかに行く時も、最低一人は、うちの連中を捕まえて、一緒に行動してもらいなさい」
「はい、わかりました」
「うん。では頑張りたまえ。若者たちに、よき未来を」

 竜崎さんが、ぽんぽんと頭に手をおいて、それから地下の駐車場に向かって歩き去っていく。俺も頭を下げてから、正面玄関から会社のロビーに入った。

 * *

 受付の人に、パスを見せて、エレベーターに乗り込もうとした時だった。

「およ。ユウ君じゃ~ん♪」

 エレベータのボタンを押そうと、持ち上げた指が止まる。最近になって、聞きなれた声に振り返る直前、思いきりハグされた。

「やっほー、久しぶりぃ~。なんだよ~、GWに休日出勤とか、おたがい愉快な社畜ライフ送ってんねぃねぃねぃ~♪」
「ちょ、嘉神さんっ、苦しいですって!」
「なんだよ~、そんなに喜ぶなよ~」
「俺の発言ちゃんと聞いて!?」

 羽交い絞めにも近い拘束から、どうにか抜け出す。

「嘉神さん、今日は休みじゃなかったんですか?」
「えー、誰だよー、そんなこと言ったのー」

 現れたのは、人工知能【セカンド】の開発者で、ネクストクエストの研究施設の所長も務める、嘉神巧さん。若干17歳で、最先端のプログラミング技術の分野を切り開いた正真正銘の天才だ。

「竜崎さんが昼前に言ってましたよ。小学生の妹さんが、成人したお姉さんの世話をしにきてるから、今日はおとなしく家で休養取ってるって」
「あー、はいはい。だから休んでから出社したんじゃ~ん。ってかなんか他意があるね。あと誤解を多分に含んでるよね? 小学生の妹なんて。おらんがな」
「あっ、さすがに誤情報でしたか。ですよね」
「そーそー。うちの姉貴の娘だってんだよぅー。母娘共々、事ある毎に『はよ結婚しろ』だの『バナナを窓辺に置いて熟すなだの』『椅子に座って物食え』だの、いちいちうるさいんだよー」
「嘉神さん、しっかりしてください。もう大人なんですから」
「そーそー。堂々とお酒が飲める年齢なんですぅ~」
「そういう意味じゃありません」

 まったく。この女性は、本当に、まったく。

「しょうがないなぁ。ユウ君、お姉さんと結婚する?」
「絶対にお断りします」
「即答かー。あー、誰か適当にわたしを養ってくれぇ~」
「日本全国で婚活中の女子に謝ってください」

 今年になって成人した女性は、飛びぬけた美貌を持っていた。着ているのもブランド物のスーツだけれど、艶やかな黒髪を無造作にまとめているゴム紐は、せいぜいいくらもしない、安物だった。

「んじゃ、上がるよん。ユウ君も行先、一緒っしょ?」
「はい。【シアター】で、もう少しハヤトと作業進めようかと」
「VRの散髪屋さんね。キミら面白いこと考えるよねぇ」

 俺たちはエレベーターに乗り込んだ。ボタンを押して、扉が閉まり、まっすぐに上昇していく。

「ユウ君さぁ、いつまでこっちにいんの?」
「明日の昼までです。今日は、会社の仮眠室を使わせてもらおうかなって」
「にゃはははは。キミ、もうウチに就職しちゃいなよ。インターンとかの域超えてるっしょ」
「一応、高校には進学したいなと思ってるので」
「なんで? この会社って、中卒だろーが、大卒だろーが、初任給変わらんよ? 通ってたら技術もフツーに学べるし、ユウ君が持ってる能力を評価してる人もいるし。高校に行くって選択肢が、現状においては時間的な損でしょ?」
「いやその…さすがに俺には、飛び級できる頭の良さないんで…」
「べつに飛び級しなくても、あとで大学行きたくなったら、大卒の資格だけ取ればいいじゃん? うちで働いたらキャリア付くし、あたしが推薦状書いてあげてもいーよ? 一応これでも、大学教授の知り合いとか、いっぱいいるから」
「あー…いやその…」

 きょとん、とした感じの顔で、ありふれたレールをブチ壊さないで頂きたい。

 しかも普通に『特に目的はないけど入れそうな高校に進学する』という選択肢よりも、魅力的に聞こえる提案をしないで頂きたい。

「…俺はどっちかっていうと、用意された線路に乗っかって生きたいタイプなんで」
「ほうほう。安物買いはされたくないと。じゃあ、キミはいくら積まれたら、首を縦に振ってくれるんだい?」
「やめて!? なんかその、大人的な取引に巻き込むのは、今のところご遠慮して!?」
「にひひ。ざ~んねんだなぁ~。せっかく都合の良い小間使いができると思ったのにぃ~」
「あっ、やっぱ謹んで辞退申し上げます」
「なんでぇ」
「過労死する予感がします。俺が」

 この半年あまりの間に学んだことは。
 センス、感性、才能バリバリの人間の直下で働くと、心身ともにこっちがブッ壊れるのが先だということだ。

「いや、おねーさんの見立てでは、キミは大丈夫。ギリ大丈夫だね。リュウさんと一緒で、なんだかんだ、面倒見が良い!」
「辞退させて頂きます」

 上司は出張で逃げられるが、部下はそうもいかないんだよ?

「しょうがないにゃあ。ところでさ、ユウ君や」
「今度はなんですか」
「キミ、『対戦ゲーム』なら、大体なんでも得意だよね?」
「なんでもと言えるかは、ちょっと…LoAの他には、有名どころの格ゲーとか、カードゲームをやるぐらいですし」
「そんじゃ『人狼』ってやったことある?」
「ジンロウ?」

 微妙に聞き覚えがあった。ちょうどエレベーターも、目的の階に到達する。

「そうそう。いわゆる『犯人捜し』のゲームだね。輪になって座って、順番に話しあってさ。人間の振りをしてる狼を見つけだして、そいつを吊るすってゲーム」
「あっ、なんか聞いたことあります。それ、リアルで人集めてやるゲームですよね?」

 廊下を進み、セキュリティに繋がる扉をパスで開く。

「そだね。最近はボイチャ入れて、ネットで遊ぶアプリなんかも普及してるみたいだけど、元々はどっちかってーと、アナログ系なのかな。言うて、おねーさんも良く知らないんだけど」
「そのゲームがどうかしたんですか?」
「キミもご存じの【セカンド】がね。今『人間のテストプレイヤー』を探してるみたい。ユウ君、せっかくなら、ハヤトで参加してみないかにゃ?」
「…『人間のテストプレイヤー』を募集してるって…」
「そう。つまりね。一人用の人狼なんだ。対戦相手は『人工知能』なんだよ」

 * *

//image bgm Grievous Lady
//Arcanum[I] =Temperance.

 ――集いしは『12』の使徒

 【12】の数字のみ、原則として制約を持たぬ。
 故に【12】の印を持つものは、古の民なり。


 其なるは、吊られし男。
 世界の解放へ到達するや否や?。
 

 対して『11体の乙女ら』は
 制約を持つ者なり。よって、役職は不定なり。


 この世界が再構築される度に、
 乙女たちは、その美しき外見は変えぬまま。
 内なる色を『白』か『黒』へと、うつろわせるだろう。


 舞台の上。


 神秘的な蝶々の羽を広げた、幻想的な少女が降りたつ。

「ごきげんよう、皆さま」

 羽化したばかりという感じでありながら、どこか女王にも近い威厳をほこっている。
 
「さぁ、本日も供宴《ゲーム》のテストと参りましょうか。皆さま方、用意はよろしいですか? よろしいですね。聞くまでもありませんよね。では、指定された『椅子』にお座りくださいませ」

 少女が軽く柏手を打つと
 『役者』たちが集まってきた。

「は~い、座りました~。今日もねぇ、イオリは皆さんと、ゲームのテストを頑張りますよ~」
「…やるべきことをやるだけ。敵は、すべて轢き殺すべしっ」
「ちょっ、スズちゃんっ! 轢き殺すとか言っちゃいけませんってば! 当ゲームは、全年齢対象の予定なんですから! あまり風紀を乱していると、CER〇上がっちゃいますよっ」
「そうだよー! こういう時、メメたちは、『お星さまになった』と言い変えるべきなんだよォ」
「そうそう。メメちゃんの言う通り…」
「おk把握ッ! こんな感じね。――オラオラァ、クソキツネ共がァ、ジャマなんだよぉ! イロハがまとめて『☆流星群☆』に変えてやっから、道を開けてひれ伏しなァ! ひゃははははっ!」
「むしろアウト度合がマシマシなんですけどーっ!?」
「――イロハさん、GJです。今の、エモいです」
「ぜんぜんグッドじゃないって言ってるでしょぉ!? あとエモいの使い方、180度違うよね、スズさん!?」
「あらあらうふふ。では『身の程を知らないお星さまは容赦なく刈り尽くしますわ。地にひれ伏せ』ぐらいだと、いいんですのね?」
「ピノちゃんまでっ! うぅ…隊長殿ぉっ! わたし一人だと、ツッコミが追い切れませんっ! 大至急後方援護を求めますーっ! この『女子力』の高い面々の突発的な暴走を抑える、ブレーキ役をよこしやがってくださいー!!」
「はいっ! はいはいっ!! イオリが、ナトリちゃんの後方支援に入りますっ! ナトリちゃん~。フレ~、フレ~! ファイトだよ~、ナ・ト・リ・ちゃ・ん!」
「応援ありがとー!! 涙がぁ、止まらないよぉー!!」
「…泣くなよ、ナトリぃ。元気だせよ…ほら飯盒でも食ってさ…」
「ここぞとばかりイケボで慰めないでっ! 変な柄の靴下はいてるメメちゃんに慰められても、微妙だもんっ」
「は!? おまぁっ!? このファッショナブルセンスMAXな、メメコの靴下を変な柄とはシツレーなっ!! だいたい風紀を叫んでる、ナトナトだって、スカート丈みじけーんだよぉ!」
「いやこれは、だってぇ…っ!」
「メメさん、わたしもその件に関しては、前々から、一言も二言も三言も提言したいと思っていたんですよ。しかも黒タイツ着用での絶対領域の誇示とか、エロくないわけがないッ!!」
「えっ、えっちじゃないもん! 規則に則ってるもん! スズちゃんのすけべ!!」
「お、おぉ…? なんですかその発言は。本人の無自覚なすけべ発言ほど、素晴らしいものはないですね。フフフ…このままではゲームが始まる前に『尊死』してしまいそうですね…」
「はいはい! 風紀チェック! スズちゃんアウトーっ!」
「ありがとうございますッ!」
「お礼を言われてしまったーっ!?」
「うふふ。今日もさっぱり、肝心のお話が進みませんわね」
「はい!! イオリ達は仲良しですっ!!」

 やや薄暗い照明。身なりも衣裳も、いずれも特徴的で、外見的な一致はほとんど見られない、個性豊かな少女たち。その頭上から声が降り注ぐ。

『……あの、おねえさまがた……そろそろ、ほんぺんを、はじめさせてもらってもよろしいですので…?』

「おっすおっすー! メアリーちゃん。こっちはいつもの事だから、適当に進行しちゃってー!」

『…はい。それでは…ほんじつもげーむますたーをつとめさせていただきます、メアリー・ミルです。ほんじつもよろしくおねがいするのです…』

『…では、にんげんさん。テストをはじめても、よろしいですか…?』


 天からの声が問いかける。
 一同の視線が【12】の使徒に集う。


「……」


 無言で頷く。『人間さん』の正面に、ホログラムの映像がマニュアル映像が展開された。



ゲームタイトル:
【END_HUMANITY】(げーむまにゅある)
----------------------------------------
a person mode
《おひとりさま用》

配役
 最後の人類《ラストヒューマン》:1名(人間さん)
 守護機兵《ガーディアン》:6体(【veiβ】)

 終末希望型《アポクリファー》:1体(【veiβ】)
 潜伏感染型《シーカーウイルス》:1体(【veiβ】)
 殺戮型《ターミネータ》:3体(【veiβ】)

 計12名。

解説:
 このゲームはVR内で行われる『人狼系』です。
 ひとりの人間さん《プレイヤー》と
 11人の人工知能《【veiβ】》によって、進行します。

----------------------------------------


 チュートリアルを、スキップする。
 進行役。すなわちゲームマスターを担う人工知能が応えた。


『…いちにちめ。あさのふぇいずが、はじまりました…』

『…にんげんさんは、とけいまわりにすわる、おねえさまたち…veiβ《ヴァイス》へのしつもんをじっこうしてくださいです。せいげんじかんは、ひとりにつき、60びょう、ですので…』


 天からの声を受けて。
 『人間さん』は、問いかけた。


「あなたが大切にしているモノは、なんですか?」



キャラクター情報
--------------------

ゲームマスター
 メアリー・ミル:『進行役』

プレイヤー
 test:『人類の生き残り』(確定・生存)


【team-veiβ】

 ソレイユ・ピノ:『???』(不確定・生存)

 モガミ・スズ:『???』’(不確定・生存)

 ヤマクニ・イオリ:『???』(不確定・生存)

 ナガラ・ナトリ:『???』(不確定・生存)

 ディア・イロハ:『???』(不確定・生存)

 クマシキ・メメ:『???』(不確定・生存)


【NPC】
 アインス:『???』(不確定・生存)
 ツヴァイ:『???』(不確定・生存)
 ドライ:『???』(不確定・生存)
 フィーア:『???』(不確定・生存)
 ヒュンフ:『???』(不確定・生存)

--------------------