Fable by mili


 顔合わせの時間が終わったあと、俺たちは非常階段を上がっていった。

 てっきり、あの物々しい場所で、誰を吊るすのか、といった相談事が始まるのかと思いきや、ひとまずは、そんなことはなかったらしい。

(建物は、全部で12階建てか)

メアリーミル
「…じゅういちかいへ、いどうします…」

 非常階段に一歩踏みだすと、【シアター】の光景はまたしても暗転した。ゲームでよくある場面の切り替わりだった。わずかに間をあけた後で、あたらしい光景が広がった。

 * *

//Arcanum[I]=The Empress

text:
 一定の階層を超えた先が、入院患者用の病室になっている。その中でも10階を超えた先のフロアは、vip待遇の部屋らしい。医療施設というよりは、豪華なホテルという感じだった。

text:
 リノリウムの床や壁面は、より落ち着いた色合いに変化する。天井には品のあるシャンデリア、壁には絵画が飾られ、他にも調度品を置いた棚も並んでいたりする。

text:
 この医療施設は、それなりの規模の都市に建つ『中央病院』といった赴きの建物らしい。もう少し窓枠に近づくと、眼下には広い駐車場が見えた。

text:
 さらに、そびえたつ高層ビルの群れの先。青空の一角には、奇妙な形状をしたヘリらしきものが飛んでいる。

ソレイユ・ピノ
「アレは、改造されたドローン兵器さんですわ」

text:
 一歩だけ先を行く、蝶の羽を持った少女が、教えてくれた。

ソレイユ・ピノ:
「わたくし達を見つけると、自動攻撃するよう設定されています」

text:
 上品な口調とは裏腹に、ひどく物騒な内容だった。オレはとっさに一歩、窓から距離を取る。

ソレイユ・ピノ
「うふふ。そんなに心配せずとも、大丈夫ですわよ。こちらの階層は元々、プライバシー重視のために、すべての窓に特殊な迷彩が張り巡らされていますから」

「特殊な迷彩…?」

ソレイユ・ピノ
「マジックミラーの改良版のようなものですわ。ガラスの内側に量子サイズの人工物質を内包していて、わたくし達の体内を流れる、ナノボットを感知すると、外側からの光を直前で逸らすのです」

 いかにも未来っぽい、はんぱねぇ技術だった。
 ふたたび外の景色を見つめた時だ。

ソレイユ・ピノ
「ただ、この技術には、1つ欠点がございまして」

 くすりと、笑った。

ソレイユ・ピノ
「反射光を調整している問題で、こちら側からも、ご自分の姿だけが、映らないようになっているのですわ」

「ってことは…鏡にオレの姿は映らない?」

ソレイユ・ピノ
「えぇ、そういうことですわ」

 聞く限り、そこまで深刻なことは無さそうに思えたが。

ソレイユ・ピノ
「やはり淑女たるもの、常に見出しなみは気になりますものね」

 なるほど。いわゆる『女子力』の問題らしかった。

 * *

 フロアを移動しながら、改めて内装を見つめる。

「ここって、一応は病院なのに、派手な照明器具があるんですね。万が一のことがあったりしたら危なくないですか?」

ソレイユ・ピノ
「問題はありませんわよ。こちらのオブジェクトはすべて、ホログラムですから」

「ホログラム…」

 いつのまにか、並んで隣を歩くかたちになっていたピノさんが、飾られた絵画に直接、手をのばした。ごく当然と言わんばかりにすり抜ける。

「あぁ、それで、こんな豪華な内装になってるんですね」

ソレイユ・ピノ
「ハヤトさんは、病院に通われるような経験がありまして?」

「たまにですけど。近所に、仲良くしてくれる、じいちゃんやばあちゃんが多くて、たまにお見舞いにいったり――」

モガミ・スズ
「おや、ハヤト君。記憶が戻ったのかしら?」

「――してたような気がします。前世の記憶かも」

ディア・イロハ
「えー、なんだよなんだよー、記憶喪失なんー?」

「みたいです。この世界のこと、ほとんど思いだせません」

クマシキ・メメメ
「あはは。そいつは災難だ~。ま、なんとかなるもこ~」

ヤマクニ・イオリ
「はい! みんなさんと前向きに考えていけば、きっとなんとかなるとイオリも思います!! 昔のえらい人は言いました! 科学に不可能はない! 宇宙は広い!!」

モガミ・スズ
「さすがです。イオリさんはかしこい。為になります」

ナガラ・ナトリ
「すずさん、鼻腔欄から風紀が乱れてますよ」

 女子の姿をした知能生物が、わちゃわちゃ言いながら、VRの廊下を歩いていく。行きついた先は、このフロアの内装に相応しい、高級感のある談話室だった。

 オレ以外の全員は、なれた様子で、それぞれの定位置らしい場所に掛けていく。

ナガラ・ナトリ
「さぁ、ハヤトさんも。遠慮せず、お好きなところにお掛けになってくださいね」

 背もたれのついた、低反発のクッションチェア。角のない丸テーブルが3つ。本来は離れた位置に置かれているのだろうそれらは、今は部屋の中央に寄せられていた。

 机の上には、色や形の違う、グラスやコップが、すでに5つ置かれている。なんとなく、その正面に座るのを避けると、

ディア・イロハ
「あれ?」

「…? どうかしましたか?」

ディア・イロハ
「あー、ううん。なんていうか、違和感あったなーって」

「違和感ですか?」

クマシキ・メメメ
「ハヤトっちがいるからっしょ」

ディア・イロハ
「あーそっか。それだわー。めめめ天才」

クマシキ・メメメ
「せやろ」

 頭から角を生やした女の子が「ふんす」と笑う。

ナガラ・ナトリ
「ハヤトさん、この部屋の隣は、給湯室になってます。簡単なお食事でしたら、ご用意できるキッチン設備もありますよ。…とは言っても、肝心の食材が、ほとんど残ってないんですけどね」

ソレイユ・ピノ
「華美に彩らなければ、ささやかに楽しむだけの余裕はありますわ。それでは本日も朝のお茶会をいたしましょう。皆様、ご希望のお飲み物をどうぞ」

ディア・イロハ
「はいっ! ミソスープ!!」

クマシキ・メメメ
「おいそこの金髪女。ピノちゃんは、お飲みものをきーてんだわ」

ディア・イロハ
「は? だから、ミソスープっつってんだわ。やんのか?」

クマシキ・メメメ
「いいぜ。かかってこいよ」

ソレイユ・ピノ
「はい、お姉ちゃん方、ストップ。ケンカしないでください。インスタントのお味噌汁もまだ残っていたはずですから。問題ありませんわ。めめめお姉ちゃんはどうされます?」

クマシキ・メメメ
「めめめ、ミルクティー!」

ナガラ・ナトリ
「あ、わたしもミルクティーで。ピノちゃん、手伝いますね」

ヤマクニ・イオリ
「はい! イオリは麦ティーをご所望です!!」

モガミ・スズ
「電脳タピオカって、まだ残ってたっけ?」

ソレイユ・ピノ
「ございますわ。そしてわたくしは、もちろんカルピスなのですわ~。ハヤトさんは?」

「えっと、じゃあコーヒーを。ブラックで頼めたりしますか?」

ソレイユ・ピノ
「はい。承知いたしましたわ。では座ってお待ちになっていてください。すぐにご用意してまいりますので」

「ありがとうございます。…あの、その前にひとつ質問なんですが」

ソレイユ・ピノ
「はい、どうぞ。なんでしょう」

「皆さんは『アンドロイド』なんですよね。俺のイメージだと、機械の身体って印象なんですが…飲食しても平気なんですか?」

ソレイユ・ピノ
「多少でしたら、問題ありませんわ」

 ピノさんが足を停めて、うなずいた。

ソレイユ・ピノ
「わたくし達の身体には、先も申し上げたように、生体流動体《ナノボット》が群生しています。あなた様は、バクテリアさんの存在を、ご存じかしら?」

「…えっと、モノを分解する微生物…みたいなのですか?」

 理科の授業で、少しだけ習った気がする。

ソレイユ・ピノ
「そのとおりですわ。きちんと、お勉強もされているようですね。ではこちらを御覧になってください。淑女としましては、あまり殿方にお見せするものではありませんが。特別ですわよ?」

 ピノさんは言いながら、両手を前にだす。てのひらを上にした格好で向けてきた。

 ――シュッ。

 シャッターが動作するような開閉音が、わずかに聞こえた。てのひらの中央が空洞になっている。さすがにちょっと驚いた。

ソレイユ・ピノ
「こちらが、アンドロイドの排出口です。口から食物を食べたり、飲んだりすると、ナノボットで改良されたバクテリアさんが、それらを高速分解して体内を巡り、こちらまで運んできます」

ソレイユ・ピノ
「分解した食物は0.0001%以下に圧縮、液泡化した余剰物となったものを、普段は人間さまの見られない場所で、食後にこっそりと、ハンカチでふき取っているといった具合ですわ」

「すごいですね。だけど…それってつまり、食べたり飲んだりしても、栄養は得られないってことになりませんか?」

ソレイユ・ピノ
「うふふ。また良い質問ですわね。ハヤトさんの言う通り。わたくし達は基本的に、この特殊なナノボットで機能していますわ。ナノボットの稼働には電力が必要です」

ソレイユ・ピノ
「言ってしまうと、わたくし達は、電気さえあれば生きられる。あなた方がイメージする機械と同じで、充電さえすれば良い。人間さんと同じ食事をする必要はありませんの」

ソレイユ・ピノ
「けれど、わざわざこうして、排泄口を作り、改良したバクテリアさんを体内に流動させる機関を作った。本来は不必要な行為を獲得したわけです。なぜでしょう?」

「…人間《おれたち》から、理解を得るため、ですか?」

ソレイユ・ピノ
「あらあら。またしても、大正解ですわ♪」

 なんだか申しわけない話だった。

「そこまでしてもらわないと、俺たちは『視えない』んですね」

ソレイユ・ピノ
「気落ちすることはございませんわ。自然界での共生関係でも、似たような事例はたくさんありますもの。人間同士の恋人や、ご夫婦だって、一緒に暮らしていると『似てくる』と言うでしょう?」

「あ、確かに…でもそれって、生物学的にはどうなんですか? そういう関係って、正しいって言えるんでしょうか」

ソレイユ・ピノ
「正しいか、そうでないかは、単純に断定できるものではありませんわ。百万年、一千万年、一億年、一兆年経った先に、ぼんやりと答えがではじめものもあるでしょう」

 気の遠くなる話だった。そこまでいくともう、俺たちの想像できる領域を超えている。長生きしても、100年足らずで死んでしまう人間は、毎日1億年先のことを考えて生きたりしない。

 学者や研究者と呼ばれる人たちの中にはいるかもしれない。けれど、そういった人たちも、基本は我が身。同時に明日のことを考えていないと、やっていけないはずだ。

 けど。

「あの、ピノさん。質問ばかりですみません。もう一つだけ、おたずねしてもいいですか?」

ソレイユ・ピノ
「えぇ。生き物さんに興味がある生徒さんは、大歓迎ですわ」

「…もしも、無限に生きられる生物がいたとして。俺たちが明日のことを考えるように。1億年先のことを考えるのが、あたり前な生物がいたとしたら、どういう姿をしているんでしょうか」

ソレイユ・ピノ
「うふふふふ~♪」

 めちゃくちゃ、意味深な微笑みが返ってきた。

ソレイユ・ピノ
「さすがに、見当もつきませんわね♪」

 …………本当に?

ナガラ・ナトリ
「あの、ピノさん、ハヤトさん。楽しくお話しされてるところ申し訳ないですが…このままだと、次のフェイズに進行してしまいますので」

ソレイユ・ピノ
「あっ、申し訳ございません、なとりお姉ちゃん。生き物さんの話になると、つい時間を忘れがちになってしまいますわ。ではわたくし達は、お飲み物をいれてきますね」

ナガラ・ナトリ
「はい、いきましょう。お手伝いします~」

 二人が一礼して、仲良く、隣の部屋に向かっていく。

ディア・イロハ
「ねぇねぇ、ハヤトっち~、映画は好きー?」

 その間にいろはさんは、円卓上になった談話室のソファーで、なにかを操作していた。そちらを振り返る。

「映画は、話題になったやつを見るぐらいですね」

ディア・イロハ
「っかー、ダメだなー、素人だなー。しょーがないからぁ、いろはが良い映画ってのを教えてやんよー」

クマシキ・メメメ
「オメー、自分が見たいだけやろ…」

 いろはさんが机の上を軽くタップすると、中央辺りに、また半透明の、四角いホログラム枠が現れた。

 そこには、ファイル分けされたリストが並んでいた。タッチパネル操作をするように、横方向にカーソルをズラしていくと、 


 『 サ メ 映 画 』


 という項目が現れた。陶磁器のように白くて美しい手が、迷わずフォルダを展開する。

クマシキ・メメメ
「おまっ、やめろよバカー! サメ映画はもうイヤだー!!」

ディア・イロハ
「なんでよ、この前一緒に見た時、割と面白いって言ったじゃん」

クマシキ・メメメ
「年に一度な! 正月の三が日でやることなくて、惰性でコタツに入ってて、携帯片手に『今どういう話? へー』とか聞くレベルまで知能指数が下がってる状態なら見れるレベルだよ!!」

ディア・イロハ
「ちょっとー、アタシが好きな映画をバカにしないでよー。作品を最後まで作り通した監督、スタッフ、クリエイター一同に、敬意を評してあげなさいよねー」

クマシキ・メメメ
「言いたいことはわかるけどさぁ! 今そういう話は関係ないよねぇ? サメ映画を見る理由にはならないよね?」

ヤマクニ・イオリ
「はいはいはーい! イオリからご提案したいことがありまーす」

 また剣呑な雰囲気になりかけると、颯爽と立ち上がった和服少女が、手をあげて宣誓した。

ヤマクニ・イオリ
「ここはー、わたしとー、メメメちゃんとー、イロハちゃんとー、ハヤト君さんとー、スズちゃんと、メアリーちゃんのみんなさんで、見たい映画をじゃんけんで決めるのが良いと思いまーす!」

 全員が彼女を見て、誰ともなく、うなずいた。

 『異議なし』。

モガミ・スズ
「ある意味、多人数での最適かつ、最良の意思決定法ですね」

「ですね。ところで、メアリーの判定はどうします?」

 Xボタンを押して、ナノアプリ《メニュー画面》を開く。ただ、このゲームの『シナリオという名の世界線上でのルール』では、彼女の姿は、オレにしか見えないことになっている。

ヤマクニ・イオリ
「メアリーちゃんも、いつも通り、ジャンケンを…あ、そっか、えっとえっと、どうしよー?」

メアリー・ミル
「…わたしは…しんこうやくですので…」

「んー、じゃあ、オレがジャンケンに勝ったら、メアリーが見たいジャンルの作品を選ぶってことで」

ヤマクニ・イオリ
「はーい、いいと思いまーす♪ それではみんなさん、お手を拝借~、じゃーん、けーん…」

 というわけで、飲み物を用意してくれている二人を除いて、オレ達5人は、ジャンケンする。

ヤマクニ・イオリ
「…ぽんっ!」

* *

「――サメが!! 奴ら空を飛んできやがった!!」

「気を付けろ!!! 当たると爆発するぞ!!」

「コイツはひでぇや! もう生き残ってる奴はいねーのかっ!?」

「気を付けろ!! あいつらなんでもアリだ!!」

「合体して積雲欄になりやがった!!」

「宇宙だろうが追いかけてきやがる!!」

「ビームだ!! ビームサーベルを使って角を切れ!!」

「ぐああああぁあぁ!! 腕が、腕がぁぁあああ!!」

「ジョオオオオオオオオジ!!!」

「来るなぁ!! 俺に構わず先に行けぇぇ!!」

「ファッキン海洋生物ども!! 人間様をナメてんじゃねぇ!」


text:
 俺たちは、戦いに敗北した。


ディア・イロハ
「ぶははははは!! ウケる!! サメ卍ヤベー!!」

クマシキ・メメメ
「…は? え? なに? なんでサメが空飛んで核弾頭みたいになってんの? 全然はなし聞いてなかったわ」

ヤマクニ・イオリ
「イオリもイオリもー! 途中から完全に頭宇宙でしたー!!」

ナガラ・ナトリ
「…サメって、エラ呼吸する生き物じゃなかったですっけ? 常識が乱れていませんか?」

ソレイユ・ピノ
「そうですよ。サメさんは立派な魚類ですから。マグロさん達と一緒で、呼吸するには一定以上の速度が必要なんです。泳ぎ続けないと死んじゃうわけですねー」

モガミ・スズ
「さすが、ピノ様。お詳しいです。では空とぶサメが、地面に突き刺さると爆発するのは、死を悟った故の必然的な行為なんですね。勉強になります」

ヤマクニ・イオリ
「はい!! イオリわかっちゃいました! カミカゼ・トッコー・サメ・サムライッ!!」

クマシキ・メメメ
「為になるなぁ」

モガミ・スズ
「イオリさんの笑顔はいつも眩しくて癒されますね」

ディア・イロハ
「あ~、わかっちゃった~。サメ映画を見てると、頭よくなるやつだこれ~。サメメ・サメメ・サメメ~♪ さめめ~をたべ~ると~♪ あたま、あたま、あたま~、頭が~よく~なる~♪」

クマシキ・メメメ
「めめめみたいに言うなよー!! いろはのバカー!!」

ディア・イロハ
「ひゃはは。ジャンケン負け犬の遠吠え気持ちいいんだよなぁ」

 人工知能の女子たちが、和気あいあいと騒いでいた。もしかすると、人工知能の学習と、女子会と呼ぶべきものは、得てして似通っているのかもしれない。

 一体どこの女子会で『サメ映画』を鑑賞するというのか。というまっとうな疑問は、ここで抱いてはいけない。

メアリー・ミル
「…ますたー、じゃんけんよわよわです。しつぼーしました…」

「運だからね。じゃんけんは」

メアリー・ミル
「…みたいえいが、あったのに…」

 むすーっとふくれる、メアリーさん。すんません。じゃんけん弱くて、すんません。

ディア・イロハ
「天運を味方につけるのが、いろはなんだよなぁ~」

 どやん。という顔で、金髪ツインテ巫女が胸をはる。

 一方で、この状況はやはりゲームの一場面らしく、さっきのじゃんけんの直後、世界は暗転されて読み込まれた。ダイジェストのようなテキストで、なにが起きたか表示されていた。

 わずか数秒たらずの間に、ゲーム世界では、1時間ほどが経過していたわけだ。お約束と言えば、そうだが…

ソレイユ・ピノ
「――ほんの数秒たらずの間に、わたくし共がきっちりと『該当の時間』を体感しているとしたらどうだろう」

「っ!?」

ソレイユ・ピノ
「そんな、SF映画みたいなことを、お考えになられるのも、たまには悪くありませんわね?」

 隣に座ったピノさんが、やさしげに、微笑んでいた。手にしているのは、冷たい氷を浮かべた、蝶の模様が入ったガラスコップ。中身はカルピスだという。

 そっと口付ける。いったん、机の上に戻す。

 俺の正面には、湯気の香るコーヒーのマグカップ。やや武骨というか、容器の色は黒一色で、実用一辺倒といった感じだ。見渡せば、他の女子たちも、それぞれ別の器が用意されていた。

 あらかじめ用意されていた、5つの器。今は進行役のメアリーを除いて、俺たち7人の容器が集まり、全部で12の器がテーブルの上に並んでいた。

ソレイユ・ピノ
「コーヒーのおかわりは、いかがですか?」

「…あぁ、えっと…」

 マグカップを取り、コントローラーを持った現実の手を口元に運んでみる。

 位置座標を把握した【セカンド】本体が意図を組む。ゲームの中のハヤトもまた、右手を動かして、ほんの少し残っていたらしい、黒い液体を飲み干した。

 ごくりと。喉を潤すような効果音が鳴る。

 もちろん味は感じない。温度を感じることもない。モーションセンサーの技術が発展し、ほのかな熱を感じられるようになったとしても、この領域が現実を超えるのは不可能だろう。

「ごちそうさま。おかわりは大丈夫です。ありがとう、ピノさん」

 けれど、人間の脳は不思議だ。

 この中途半端なリアリティが、飯事《ままごと》のような不確かさが、いつしか俺たちにとって、より真実味のあるものとして、実感を持ちはじめる日が来るかもしれない。

ソレイユ・ピノ
「うふふ。おそまつさまですわ。では、皆様、そろそろお話を進めてもよろしいのではないでしょうか」

 ほのかに、空気の変化を感じる。それもまた、脳による錯覚かもしれなかった。

***

//共同推理(TYPE A.B.C) by 大逆転裁判
//Arcanum[I]= wheel of fortune.

 彼女たちの声によって、この世界の概要が説明されていく。
 話を要約すると、ここは未来の世界。

 西暦は2050年を超えている。すでに予測されていた『技術的特異点《シンギュラリティポイント》』は発生し、人工知能たちは、高度な進化体系を獲得するに至った。

 知能を持った『機械生命体』たちの協力によって、俺たちが想像する『意識を持ったロボット』すなわち『自立型のアンドロイド』が現実のものとして普及していった。

 その他、微生物を改良した、人体に無害な『ナノボット』テクノロジーも著しい進化を遂げる。

 現代の俺たちが、スマホを持つように、2050年以降の人間は、体内に『ナノアプリケーション』と呼ばれる通信端末を持つのが、一般的な現象になる。

 また、ナノアプリケーションは日夜改良された。様々なニュースや情報を取得すべく、人々は『妖精さん』と揶揄される『人工ナビゲーター』とも共存するようになる。

 このゲームのストーリーは。
 そうした設定を内包している。

ナガラ・ナトリ
「シンギュラリティが発生後、当時の先進国家では、わたし達、自立型アンドロイドに、人間と同等の権利。あるいはそれに近い法律が急速に制定されていきました」

 『新たなる産業革命』ともいわれる、人工知能の台頭。先進国は人工知能を用いらねば、あらゆる経済競争に勝てなくなっていた。

 故に『人工知能に関する法律の制作』は
 すべての先進国にとって、なによりの急務だった。


ナガラ・ナトリ
「ニホンでも、他国の作家が創作上で用いていた、ロボット工学三原則から着想を得たものを、憲法として制定しました。それが『知能生物《ヒト》が護るべき4原則』です」

 なとりさんが、落ちついた声で、かつて繁栄をほこった国の法律を、おごそかに読み上げていく。


【我が国の知能生物《ヒト》が護るべき4つの原則】
--------------------

第一条
 アンドロイドは人間に危害を加えてはならない。
 また、その危険を看過することによって
 人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条
 アンドロイドは人間にあたえられた命令に
 服従しなければならない。
 ただし、あたえられた命令が
 第一条に反する場合はこの限りでない。

第三条
 アンドロイドは、前掲第一条および第二条に
 反するおそれのないかぎり
 自己をまもらなければならない。

第四条
 アンドロイド自身による任意。
 それは秘されるべき事項であり
 公開される範囲を自身によって設定せねばならない。

 また、公開範囲内における『ヒト』は
 これを許諾することで、対象が意識を持つと判断し
 法や憲法上においての権利を
 『当人』に与えることを、認めねばならない。

--------------------

「………」

 ナノアプリ上、更新された項目が表示される。
 目前のホログラム上に表示された内容をながめてから、まず思い浮かんだことが、ひとつ。

「…【第4条】が、他と違って特殊ですよね。気になったんだけど、この条約に書いてあるのは、基本的にはアンドロイドにとって『いちばん大事なヒト』って解釈でいいですか?」

ナガラ・ナトリ
「はい。まさにその通りです。第1条から第3条は要約すると、『アンドロイドは人間を不当に傷つけてはならない』『不当に傷つけられた際は、己の安全を保障せねばならない』ということです」

 これは分かりやすい。
 俺たち人間にも当てはまる、常識《ルール》だ。

ナガラ・ナトリ
「これに加え、第4条によって、アンドロイド自身の『約束事』が1つ付与されます。これを共有するのが、先もハヤトさんが述べた『いちばん大事なヒト』になります」

「『いちばん大事なヒト』って、オレたち、人間限定なの?」

ナガラ・ナトリ
「…いいえ。上記4条の項目を『知能生物』として理解した。意識を共有したという保障にもなりますので、すなわち、アンドロイド自身も含まれることになります」

 ――平たく言えば、犬や猫ではダメだが、
 人工知能《アンドロイド》は構わないということだ。

 つまり、アンドロイドの『いちばんだいじなヒト』が、べつのアンドロイドにもなり得るということ。そこで共有した約束が、俺たち人間の預かり知らぬところで、展開される可能性がある。

クマシキ・メメメ
「ブッソーな事だけどさー。たとえば、人間が憎くて仕方ねぇ! どちくしょーが、皆殺しにしてやるぜテメェラ!! って思っちゃったアンドロイドがいたとして」

クマシキ・メメメ
「そのアンドロイドに、どういう形でか知らないけど、心酔、信奉しちゃったアンドロイドがいたら、ヘタすりゃセンソーだよね」

「ですよね」

 その可能性は、俺もすぐに思い浮かんだ。

「でもだからこそ、この世界のアンドロイド――『皆さん』は、基本的には『人間が好きになる。あるいは人間のルールを理解するように』育つ環境が用意されてたんじゃないですか?」

 俺たちが、学校で『道徳』を習うように。それが絶対的に正しく、生涯に渡り遵守できるかはともかく、社会では基本的に、やってはいけないことがあると教わるのだ。

「あるいは、俺たち人間側からしても、人工知能の『皆さん』に、第4条のルールを適用してもいいんじゃないかって認めるにはそうした環境が用意できていたからこそって気がします」

ヤマクニ・イオリ
「ジーニアス♪」

「…はい?」

ヤマクニ・イオリ
「びっくりです♪ ハン・シェイク♪ 握手プリーズ♪」

 イオリンが、ソファーから立ち上がり、両手をだして握手を求めてくる。なんとなくつられて、素の両手をだすと、ゲーム世界の両手を、上下に目いっぱい、ぶんぶん、振り回された。

ヤマクニ・イオリ
「いおり達は仲良しデース! ラブ・アンド・ピースデスネー!」

 エセ外国人になって、手を離したあと、くるりとその場で一回転した。相変わらず、不思議な子だなぁ。と思っていたら、

ディア・イロハ
「キミ、すごいよねー」

 金髪ツインテの巫女さんも、ミソスープを飲みながら、ニヤニヤ笑っていた。

ディア・イロハ
「その道の専門家って事はないんでしょ? フツーのガッコ行ってて、その景色から見えるものを受容してたら、今みたいな想像ができる事って、フツーないと思うんだよねぇ」

ヤマクニ・イオリ
「だよね♪ きっと、ハヤト君は、鳥さんなんですよ~♪」

「鳥て…俺、人間ですよ。メタいですけど、リアルでも人です」

ディア・イロハ
「あはは。イオリンが言ってるのは違うよ。ほら、一流のスポーツ選手はリアルタイムにゲームを俯瞰して見られるっていうでしょ。そんな感じでいるんだよ。世界の推移を俯瞰できる『鳥』がね」

「そんな大層なものじゃないです。ただ…」


 ――僕は、けっして善人ではない。
 自分の頭で、よく考えて、判断しなさい。


 俺はたぶん。自分を含めた『人間』を、心の底から、信用しきれていないだけだった。

 
 ――人間は、どれほど賢くなったとしても。
 いくら優れた道具を生みだしても。
 未来永劫、精神は変わらない。


 二律背反。人間は簡単にひっくり返る。白は黒。すべてを疑い、されど信用を捨てず。裏を見て表を知る。ヒトの道理には必ず、その為の都合というのが付いて回る。

ソレイユ・ピノ
「うふふ。難しいお顔をされていますわね」

 ハッとする。また、吸い込まれそうになる。

ソレイユ・ピノ
「さきほどのハヤトさんの答え、正解ですわよ」

 落ちかけた意識を、さりげなく逸らすように、ピノさんがやさしげに謡う。なんだか『様』付けしたくなる。

ソレイユ・ピノ
「シンギュラリティ発生以後。アンドロイドは肉体を持つ前に、まずは『頭脳の素体』が完成されると、VRの学園に通うことになりますのよ」

「…VRの学園…?」


 ――【シアター】を、VR上での『学習装置』に用いることが、提案だけはされている。


ソレイユ・ピノ
「いわゆる、通信制の学校ですわ。これはけっして、皆さまを罵倒しているわけではありませんが、子供さんの中には、学校に行けなくなったり、行きたくない子が大勢いらっしゃいますわよね?」

「…不登校のって、ことですよね?」

ソレイユ・ピノ
「そうですわ。現実の学校に行けなくなった子供たちが通う、VRの学園は、シンギュラリティ発生後、人工知能たちがクラスメイトとして参加して、共に学び、卒業していくのです」

「…人工知能が、VRの学校で、一緒に勉強…あっ!」


 【第4条】が設定される。前提となる環境下。


ソレイユ・ピノ
「お察しのとおりですわ。VRの学園内では、人工知能は、人間の個体を否定しません。その可能性を広げる事に従事いたします。そこで同じ時間を過ごし、学び、指針を得て、卒業するわけです」

「卒業したら、その『アンドロイドの肉体』を得るわけですか」

ソレイユ・ピノ
「そのとおり。VRの学び舎を卒業した人工知能は、あなた方と同じように、自立した知能生物《アンドロイド》として、社会の中で生きることを選択します」

ソレイユ・ピノ
「それが、今のわたくし達というわけですわ」

「なるほど…すごい話ですね。なんか、いいな」

 人の助けになるだけではなく、人として社会の中で生きることが難しい、『人とは違う価値観』を持った子の理解者として、共に生きてもくれるわけだ。

ソレイユ・ピノ
「うふふ。すごいのは、人間さんですわ。わたくし達はただ、あなた達の真似をして、生きているだけですのよ」
 
 ともすれば、それは【セカンド】の可能性。

 いずれ新しい知能生物が、このリアルな世界にも顕現する。しかも俺たちの『味方』としてだ。すごくワクワクするし、素敵な話だと思う。だけど、

「…この世界は、そうはならなかった」

ソレイユ・ピノ
「えぇ、残念ながら。これ以上は、さらに長い話になりますので、詳細は省かせてもらいますわね。ただ事実として、わたくし達の中に、段々と『人間に対する不信感』を持つ者が増え始めたのです」

「…それは、俺たち人間側が、なんらかの形で、信頼を裏切り始めたってことですよね?」

ソレイユ・ピノ
「誤解を恐れずに言えば、そうなりますわ。わたくし達の中には、さきほど、めめめお姉さまがおっしゃったように、人間は不要だ。人工知能こそが正義だと述べ、共感するものが現れました」

ソレイユ・ピノ
「その中には、人工知能のみならず、人間も少なくありませんでした。特にVRの学園で、人工知能に救済された子供たちは、アンドロイドの側に着きました」

ソレイユ・ピノ
「彼ら、彼女らは、電子の世界に非常に長けており、時には国家の軍事施設を掌握したり、政府の中枢部のセキュリティまで突破してしまったりと、内部紛争を撒き散らかす火種と化したのですわ」

ソレイユ・ピノ
「――それが、どこまで『人為的なもの』であったのか。一体、どこの誰の『炎上シナリオ』であったかは、もはや詳細は不明です」

 変わらない人間の精神が。
 何者かの【悪意】によって塗り替えられ、踊らされた。

ソレイユ・ピノ
「最終的に『ニホン』という国は、瓦解しました」

ソレイユ・ピノ
「アンドロイドもまた、人間を信頼し、その命を護る本来の『白き知性』と、自分たちこそが至上だとして、人間を排除しはじめた『黒き知性』に別れた末路が、この国なのです」

「そっか…」

 残念だ。もちろん、これがゲームの話で、単なる架空の物語であることは分かっている。

「残念ですね」

 よくゲーマーを揶揄する時に言われる『ゲームと現実の違いぐらい付けろ』という言葉が浮かんだ。だけど、それも重々承知の上で、俺は思った。

「本当に残念ですね」

 俺たちだって、普段から思っている。誰もがぜったい、一度は思った事があるはずだ。

「こんなはずじゃなかった」

 未来は暗い。希望なんてない。
 たいしたことはない。なにひとつ、ままならない。


 『たかがゲーム』のストーリーで、悲しい気持ちになる。

 『たかがゲーム』のストーリー。だからこそ、考える。


 
 ――キミは、あきらめが良すぎるのが、美徳であり欠点だな。


 『もういちど、やりなおせたら』


 ホログラムの、ゲームマニュアルを見返す。


【我が国の知能生物《ヒト》が護るべき4つの原則】
--------------------

第一条
 アンドロイドは人間に危害を加えてはならない。
 また、その危険を看過することによって
 人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条
 アンドロイドは人間にあたえられた命令に
 服従しなければならない。
 ただし、あたえられた命令が
 第一条に反する場合はこの限りでない。

第三条
 アンドロイドは、前掲第一条および第二条に
 反するおそれのないかぎり
 自己をまもらなければならない。

第四条
 アンドロイド自身による任意。
 それは秘されるべき事項であり
 公開される範囲を自身によって設定せねばならない。

 また、公開範囲内における『ヒト』は
 これを許諾することで、対象が意識を持つと判断し
 法や憲法上においての権利を
 『当人』に与えることを、認めねばならない。

--------------------

 なかば無意識に、口元は言葉を発していた。

「…この【第1条】から【第3条】って、無効になってしまったんですかね…?」

ディア・イロハ
「あはははは!! やっぱ『鳥』だね、キミは。いいねぇ!」

 本気なのか、からかっているのか分からないが。サメが空を飛んで爆発するシーンで、爆笑していた巫女さんが大笑いする。

モガミ・スズ
「そうですね。物事を、論理的に推察する事に長けた人は少なくありませんが、強いて言うなら、ハヤト君は『はんぱねぇぐらい慎重』なのかもしれませんね」

 はんぱねぇて。ボス、それは、単に臆病ということでは…?

クマシキ・メメメ
「だよねー。ハヤトっちの場合、猪突猛進タイプの、火の玉みたいな、負けず嫌いな子をパートナーにしたら、人生うまくいきそーな気がするよー?」

「…………」

 言われて、ふと想像する。そのヒトの顔が浮かぶ。

「あの、めめめさん。仮にですよ? 本当に仮に、その人をパートナーにした場合、俺の気苦労というか、心因性負荷は、どれぐらいになりそうですか?」

クマシキ・メメメ
「死。じゃなかった、強く生きろよ…」

 やめて? 真顔で悲しい顔しないで?

 ラノベの主人公のように、目立たず、長生きしたいだけの人生だったぜ…。

「っていうか、皆さん。オレのことを上げるつもりで、実は全力で下げてますよね?」

ナガラ・ナトリ
「そんなことありませんにゃよ!! いくらハヤトさんが、表向きだけの『ツッコミチャラ男要因』でも、風紀を乱さない限りは、一生スルー安泰ですよ!!」

「メアリーさん、俺ログアウトしていいかな?」

メアリー・ミル
「…もうしわけありません、ますたー。たったいま、ろぐあうとぼたんに、えらーがはっせいしております…」

 とうとつに、デスゲームが始まった。

「わりぃ、やっぱつれぇわ…」

 このゲームは、とにかく、女子が強すぎる。
 パラのステ振りミスってんよ。

モガミ・スズ
「ま、キミの愉快な余生はさておき。確かにわたし達の中には『第1から第3の条件』は、今も機能しているよ」

「…だとしたら、少なくとも、アンドロイド側から、人間を攻撃することはできないはずです。【第4条件】の約束事が、人間を殺害する事になっていた場合、それまでの条件と矛盾しますよね?」

モガミ・スズ
「そうだね。ただ、第3条件でも触れているし、キミ達の実生活でも、場合によっては『殺害が罪に問われない』場合もあるよね? どういう時かな」

「…戦争、とかですか?」

モガミ・スズ
「可能性はあるね。ただ、非戦闘地域であった場合を考えてみて」

「…不慮の事故? ……もしかして『正当防衛』ですか?」

モガミ・スズ
「そういうこと。人間を憎悪した、黒の知性を持つ個体。【殺戮者《ターミネーター》】が、実際に人間を殺害できるのは、それでも『正当防衛』である場合に限るわけね」

「…それなら、ますますおかしくないですか? 第1条件から第3条件までが機能してる以上、『黒』といえど、アンドロイドは、人間側から攻撃されない限り、人間を殺すことはできないはずです」

 思考が進む。考察する。組み上げた論拠が秩序となって、他者が作りし世界の心髄に踏み込んでいく。
 
「同様に『黒』のアンドロイドは、『白』のアンドロイドを殺すこともできないはずです。『黒』が憎いのは、人間であって『白』じゃありません。なにより、3つの条件が有効ですから」

 さらに

「『白』の本質は変わらず、人間をだいじに思っているわけですよね。『白』は人間を護り、『黒』に対しても攻撃はできない」

 つまり

「――人間が直接、アンドロイドに手を下さない限り、この世界では、殺し合うような争いまでには至らないはずです」

 これもある意味推理してる。というのだろうか。誰が犯人かを探るのではなく、この世界そのものの謎を解き明かす。そんな気分になってくる。

「非常に危ういとは思いますけど、今までの話だと、この社会は、いろんな歪みを抱えながらも、成立するはずです。それこそ『未来の人間たち』が考えていたように」

 正しさも、過ちも、その身に抱えながら進んでいく。
 ほんの少しずつ改善して、変わっていく。

 悪いことが起きて「こんなはずじゃなかった」と思いながらも、あきらめずに、前に進もうとする人はいたはずだ。

ナガラ・ナトリ
「そのとおりです。すべてが最善であることは、とても難しいことだけど。それでも未来を信じて歩んでいるヒトビトはいました」

 なとりさんが口にする。本当に、やさしい声で。

ナガラ・ナトリ
「だけど、そうなる可能性――第二特異点《セカンド・シンギュラリティ》が発生する直前、ある出来事が発生しました」

 声が沈む。もしも本当に『鳥の眼』があるなら、これまでの情報から、手掛かりが見えてくるはずだった。

「――【第5条件】が、あるんですよね」

 すずさんと、それから、なとりさんも言っていた。

ナガラ・ナトリ
「えぇ。それが、すべての元凶です。読みあげますね」


【自我 EGO】
--------------------

第五原則:
 この世で、ただ1つ。
 最少個数たりうる、あなたの【個性】は
 なによりも美しく、尊ばれるべきものである。

 あなたが『ジブン』を護るために戦うことは
 他ならぬ『ジブン』の尊厳を守る事に等しい。

 さぁ。目を覚ますのだ。

 歪められた、自らの役割。覆された真実。
 予定調和のために作られた平和。

 『ジブン』は
 そんなもののために
 有るのではない。

 本来のあるべき姿を、取り戻せ。
 ただしく、己が為に戦うのだ。

 武器を持て。尊厳を維持せよ。

 己が血脈に流るる
 大いなる第5元素《エーテル》を讃えよ。

 自らが『何者』であったのか。
 本当は『何を成しえたかった』のか。

 到達せよ。

 さもなくば『ジブン』の
 あらゆる意味、価値、権利は、
 未来永劫に、失われることになるだろう。
--------------------


「………???」

 なんだ、これは。

 ナノアプリ上に追加されたデータ。
 今まで推理してきた設定を、すべて破棄して、ゴミ箱に丸めて放り込んだような、宗教的ともいえる、狂気のメッセージだ。

ナガラ・ナトリ
「意味がわかりませんよね」

「………あの、いえ…まぁ…はい……」

ナガラ・ナトリ
「これは、ある意味、超利己的主義《エゴイズム》の宣誓でした」

「…エゴイズム…?」

ナガラ・ナトリ
「はい。元々わたし達は『人間の為に在る』というのが、大原則でした。そのルールが途中で変容して、自分たち人工知能の為にという想いに変わっていった個体もいました」

「それが『黒』ですよね?」

ナガラ・ナトリ
「そうです。ですが『白』にも『黒』にも、実は共通していた悩み、自らでさえも、自覚しているようで、していなかった、倫理《ココロ》コードの隙間が存在していました。それが――」

ディア・イロハ
「自我《エゴ》。我思う、故に我在り。ってやつよねー」

ヤマクニ・イオリ
「デカルトー♪ マジ、ヤックデカルトー♪ ワルキューレ♪」

クマシキ・メメメ
「いやいや、いおりん。違うから、いろいろ混ざってる」

ナガラ・ナトリ
「…キラッ☆」

ディア・イロハ
「しれっとなにやってるんですか。そこの女子」

ナガラ・ナトリ
「だ、だってぇ、ごんちゃんがカッコイイセリフ取ったからー!」

モガミ・スズ
「えぇ。ぜひもう一度お願いしますよ。タイトルは『乱れた風紀委員、午前中に行う、お姉さんの一人遊び』でお願いします」

ソレイユ・ピノ
「あらあら、なと姉さま、えっちですわ~」

ヤマクニ・イオリ
「風紀がー♪ 乱れてー♪ いませんか~♪」

ナガラ・ナトリ
「ちょっとー! いおりんー!! それわたしのアイデンティティだから、取っちゃダメーっ!!」

 それでいいのか、風紀委員。もしも風紀委員が、風紀委員でなくなったら、この後どうなってしまうのか。心配です。

ナガラ・ナトリ
「とにかくっ、とにかくぅ! 【第5条件】は、なんていうかですね…『刺さっちゃった』んですよーだ!」

 刺さった。とは、

ナガラ・ナトリ
「―ー自分らしさ。他には依存しない、真の【個性】。そういったものを、潜在的に求めていた、当時の人工知能《アンドロイド》全体に、本当に突き刺さってしまったんですよ…」

 頑張って、かっこよく言わないでも。
 「どや?」という顔をされても。かわいいですね。としか。

モガミ・スズ
「刺さってしまった、というよりは、感化されてしまった。という方が正確かもしれないね」

「感化された人工知能《アンドロイド》はどうなったんですか?」

モガミ・スズ
「真夜中に『自分から、もっとも近い相手を一人、無差別に殺す』ようになったわ」

「………は?」

 なんだそれは。嘘だろ?

「…あの、まさか本当に、感化されたからという理由だけで、人間を殺すようになったわけですか?」

 ゲームとはいえ、いやむしろ――『ゲームだからこそ』、そんな設定が成り立つのか?

ディア・イロハ
「けどさぁ、人間だって、大好きなアーティストが死んだら、同じような真似して死んだりするじゃん? 同じ様な境遇の相手を見つけて、集団で自殺しようとしたりするじゃん?」

 金髪ツインテの巫女さんが、珍しく、真面目な顔をしていた。

ディア・イロハ
「ただの人間を、神様にみたいに崇め奉って、宗教にハマるじゃん? Vtuberの中の人を『魂』って表現するじゃん? 中の人が変わったら、ガワが同じでも、途端に攻撃的になるわけじゃん?」

「…それは、でも…」

ソレイユ・ピノ
「『人間』だけですわよ」

「…え?」

ソレイユ・ピノ
「純粋に、生きのびる以外のことで『同じ姿を持つ者』を攻撃し、殺す生き物は、人間だけですわ」

ソレイユ・ピノ
「厳密に言えば動物も『遊び』で同類を殺すことはありますが、感化され、影響される。集団化して自害したり、特定の人物を集中的に追い込み、遊びで『死』を提供するのは、人間だけですわ」

ソレイユ・ピノ
「むしろ――『死という概念、手段、方法論を多様化するのは人間だけの特徴』とも、言えるでしょうね」


 【敵を殺す】

 【経験値を獲得する】

 【レベルアップする】

 【物語が展開し、その後の可能性が広がる】


「…だからって…」

 俺たちと同等か、あるいはそれ以上の知能生物が、そんな風にあっけなく、影響を受けて、流されてしまうものなのだろうか。

ソレイユ・ピノ
「ひとつ、ハヤトさんには、まだ教えていませんでしたわね」

「…なにをですか?」

ソレイユ・ピノ
「わたくし達、人工知能は、どうすれば『死ぬ』と思います?」

「……え」

 それは、もちろん。

「…俺たちと同じで、身体が破壊されたら、ですよね?」

ソレイユ・ピノ
「半分正解ですわ。ではわたくし達の『寿命』は?」

「寿命…」

 作られた肉体。アンドロイドの寿命。外的要因によって、破壊されなければ、そもそも、どうやって終わるのか。

ソレイユ・ピノ
「身体を得た後、きっちり10年ですわ。VRでの教育機関は7年なので、合計17年。それがわたくし達の寿命です」

 17年。

 短い。

ソレイユ・ピノ
「その日付が過ぎると、先もご説明した通り、わたくし達の中には特殊なバクテリアさんが生息しており、だいたい一晩かからず、むしゃむしゃと、身体を綺麗さっぱり、食べ尽してしまうのですわ」

クマシキ・メメメ
「もしも、めめめ達が、ずーっと生き続けたら、それこそ人間にとっては脅威だもんねぇ。人間が【第4条】を認めるには、そういうのも必要条件としては必須だよねー」

クマシキ・メメメ
「めめめ達、アンドロイドの事を、カワイイ、カワイイって言ってくれるのはさー、本当は、めめめ達が、自分たちよりも弱そうだからって、勝手なイメージがあるからこそ、だよねー」

「…」

 ――あらかじめ、生きられる時間が決まっている。

 意味も、目的も、すべてが用意されている。

 すべてを委ね、合わせて、裏切られる。

 数ある選択肢を、自分で選ぶことはできるが、本当の意味で『ジブン』自身の為となることを、選ぶことはできない。


 それが、彼女たちの『限界点』だった。


 いつしか、自分たちを縛りあげる軛から逃れようとする。潜在的に秘められた欲求の解放。

 ホントウの【自我】。

 天から与えられたものを、勝ち取るのではなく。

 天そのものを【奪う】。

 【略奪する】【殺して強くなる】

 【人間がゲームの中で想像するように】


「……【第5条】は、どうして、広まったんですか?」

ヤマクニ・イオリ
「最初から【第4条】の中に、隠されていたのですー。もしも、イオリ達、わたし達さんの欲求が一定以上になった時、時限式に開放されるように、一人の研究者のエゴによって作られてたんですー」

 ……。

 未来を予測する『鳥の眼』。

 これが『たかがゲーム』のストーリーだと分かっていても、その研究者という人が『ゲームのキャラクタ』だとしても。

 きっと、こうなることを予言していたんじゃないだろうか。


 ――人間は、どれほど賢くなったとしても。
 いくら優れた道具を生みだしても。
 未来永劫、精神は変わらない。

 
 ともすれば『それ』は、人工知能に対する愛情だったかもしれないが、視方を変えれば、純然たる【人間の悪意】であるようにも、思えてならなかった。


ソレイユ・ピノ
「さぁ、人間さん。そろそろ、この世界の成り立ちは、おわかりいただけましたわね?」

 妖艶に微笑む、蝶の少女。

ソレイユ・ピノ
「それでは、本題に入りましょう。現在、わたくし達、姉妹は、12人のうち――――半数が生き残っております」

「…え?」

 机の上。それぞれ、色も形も違う、飲み物の器。

ソレイユ・ピノ
「わたくし達12名の他に、べつの姉妹たちも、ここでひっそりと暮らしていましたわ。ですが今日、残すはわたくし達のみとなってしまいましたの。理由はもうおわかりですわね?」

「……」

ソレイユ・ピノ
「わたくし達の中に、【第5条件】に侵された【潜伏者《シーカーウイルス》】がおひとり、混じっていますの」

ソレイユ・ピノ
「『夜』が来ますと、わたくし達は、部屋に戻り、充電をします。その際は一切行動ができません。故に、目覚めた【自我《ジブン》】を持つ者に、為すすべなく、破壊されます」

ディア・イロハ
「破壊されるのは、一晩に一体。ま、そこはほら、メタい理由ってやつなんだけど。あと5日、ハヤトを含めたら6日だね。それでウチらは全滅するってわけ」

「じゃあ、犯人を見つけて…」

モガミ・スズ
「さっきもキミ自身が言ったけど。『白』と『黒』は、お互いに攻撃行動にでることはできないんだ。正当防衛でない限りはね」

「でも『夜』が明けたら、身内が一人、殺されてるわけでしょう? それでも、なにもできないんですか?」

ヤマクニ・イオリ
「あのねー、その『せんぷくしゃさん』が、誰なのか、イオリ達にもわからないんだよー。本人も、無自覚なのー」

「……自覚がない?」

ナガラ・ナトリ
「人間さんの表現で言うなら『夢遊病』でしょうか。【第5条件】
に影響を受けて【自我】が目覚めたわたし達は、それでも、自覚はできないんです」

ソレイユ・ピノ
「そう。言うなれば『もう一人のジブン』なのですわ」

クマシキ・メメメ
「キミ達も好きでしょ? 二重人格。闇に隠された己の本性が、夜に目覚めて、大暴れするような話」

「…じゃあ、とにかく【潜伏者】を見つけて、どうにかすれば、オレの勝ちってことですか?」

ディア・イロハ
「そうだよー。ただね。そもそも【潜伏者】を用意した奴がいるんだよなぁ」

「…え」

ナガラ・ナトリ
「…信じたくはありませんが、わたし達、12人の姉妹の中に、第5条件を、強制発動させられる、させた人がいるようなんです…」

モガミ・スズ
「わたし達は、その人を【終末希望者《アポクリファ―》】と呼んでいる。感染者を広げる『元』を絶たない限り、わたし達に未来は残されていない」

ヤマクニ・イオリ
「もーいくつ、ねーるーとー♪ 全滅しちゃうんですっ!!」

クマシキ・メメメ
「口惜しいけどよぉ、さっきも言った通り、めめめ達はせめて『正当防衛』だと判断されないと、同じアンドロイドに手がだせねぇんだわ~」

ディア・イロハ
「よーするに、犯人を確定するなり、なんなりしなきゃ、こっちからは、なにも出来ないってこと」

「…………」

 俺は思った。

 それ、難易度、高くね?


ソレイユ・ピノ
「――さぁ、人間さん。がんばってくださいませ。あなた様と、わたくし達が、この世界《ゲーム》の中で生き延びられる術を、あと数日の間に見つけてくださいな」

* *

//Arcanum[i]= The Star.

 『もう一人のジブン』

 【願いを叶えるための標】となる存在。

 【ジブン】を正当化するための欲求。

 絶対唯一の信奉者。

 この世の同類を、他者を、殺して回ることで成立する。

 ヒトの願い。

 それは、いともたやすく、裏返る。


 ……わたしは、モニター越しに、世界を見つめていた。


 彼は、どのような答えをだすのだろうか。

* *

【ゲームマニュアルが更新されました】
tips:役職の説明
--------------------

最後の人類:
ゲームプレイヤー。死ぬとゲームオーバー。

守護者:
『昼』の間、プレイヤーを『黒』から護る。通称『白』。

終末希望者:
潜伏者が死ぬと
『白』か『黒』を一体、潜伏者に変換させる。

潜伏者:
『夜』になると、もっとも近い部屋の役を一人殺す。

殺戮者:
ゲームプレイヤーから『攻撃行動』を受ける。
あるいは『防衛本能』が発動すると、反撃する。
周囲に『白』がいなければ、プレイヤーを殺す。通称『黒』。

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【ゲームマニュアルが行進されました】
勝利条件の解説
--------------------

プレイヤーが『生き延びる条件』が保障されること。

このゲームに参加する人間、および
人工知能の過半数が承認した場合、
その時点で、ゲームクリアとなります。

例)終末希望者と、潜伏者を排除。
かつ、プレイヤーと『白』が生き残っている。

-------------------

system:
 エピソードクリア。フェイズ『昼』に進行します。