Vesicular Membrane Transporter



 ******


 明日なんていらない。

 そんなものは必要ない。

 『朝』に目を覚まして、まず最初にやること。

 ドアに鍵をかける。

 背をあずけて、うずくまる。

 息を止める。

 気配を消す。

 以上。

 本日の全行動を終了します。

 おつかれさまでした。

 わたしの願いは、

 目を覚ますと、

 昨日となにも変わらない

 まったく同じ一日が、繰り返されることです。

 だけど。

「はいはい、朝ですよ~。あ~た~らし~い~、朝ですよっ」
「ここを開けろ! 我々は、めめめ市警察だ! この先に、泣き虫のひきこもりが一名、部屋に閉じこもっているとの通報を受けて駆けつけた!」
「ほら、でておいでー。最強の羊を怒らせると、そんなにたいしたことなくて、逆に怖いぞ~」
「そのとおり! ただちにこの扉を開けなさい!! 繰り返す! 開けてくださいお願いします!!」

 完全に悪ふざけの体で、ドアをノックする音が聞こえる。

 無視した。

「おのれ! ひきこもりを続ける気だな! しかし我々は、キミと交渉する用意ができているっ! お茶会をはじめよう! 腹を割って、話し合おうじゃないか!」

 話すことなんて、なにもない。
 掛ける言葉も、資格も、なにもない。

「――あ、いろはさん、めめめさん。どうですか?」
「ダメだわー、出てこないわー。ほんとこうなったら、頑固っていうか、一途でめんどくせぇ女だわ~」

 …めんどくさいってゆーな。

「お茶のみんなさんが~、すっかりさんさん、冷めてしまうんですよ~♪ もったいないオバケさんが、でちゃいますよ~♪」
「あらあら。困りましたわねぇ。本日は大奮発して、最後のクッキー缶を開けましたのに」

 …クッキー。甘い、お菓子。

「ほら、いい加減、閉じこもってないで出てこいよ。めめめのクッキー、一枚やるからさ」
「なんでだよ! なんで、めめめのなんだよー! いろはのクッキーあげたらいいじゃん!!」
「冷たいやつだなぁ、めめめは…悲しんでる仲間に、クッキーの一枚も融通してやれねーのかよ…」
「おまっ! そんなわけないだろ! やるよ! スイちゃんが元気だしてくれるなら、めめめのクッキーぐらい、何枚だってくれてやるに決まってんだろー!」
「はい、言質とりましたー。ほら、めめめがクッキーやるって言ってるから、インドア派のひきこもり女子は、ただちにお部屋から出てきなさーい。陽の光をあびなさーい」
「だ、だましたな! まためめめを騙したなー!! ごんのバカー! でもクッキーあげるから出てきて!」
「あらあら。それでは、わたくしの分も、お姉ちゃんに一枚差しあげねばいけませんわね」
「風紀を乱すわけにはいきませんからね。その提案に、わたしも一枚のりましょう」
「同調圧力~♪ いおりからも一枚、どうぞです~♪」
「しょうがないなぁ。じゃあわたしも一枚やるよ。めめめからもらった分をな」
「いろはにやるとは言ってないんだわー! というか、もうゆるさん! めめめは激怒した! 表にでて勝負しろ!」
「あたしに言ってどーする。この先で拗ねて、ひきこもってる女子に言ってやってよ」

 扉の向こう。

 わずかな先に、いつもと変わらない気配を感じる。
 でもそれは、確実に、1つ消えていた。

「…………………ちゃん、は?」
「お? どした、なんだってー?」
「すずちゃんは?」
「……」
「……」

 沈黙。表と裏が、ひっくり返ったみたいに。

「すずちゃんの声が聞こえたら、外、でる」
「……」
「……」

 覆らない結果。奇跡は起きなかった。

「でてきな」

 今度は少し、きびしい声。
 悪ふざけの雰囲気はすっかり消える。

「アンタが決めたことだ。わたし達が決めたことだ。ここにいる、みんなで相談して、納得して、決めた道だ。今さら無かったことにしたいとか言ったら、殴るからな」

 ごんごんは、大人だなぁ。いつもふざけてるみたいで、みんなから笑われてるけど。すごい強いんだ。頼りになるんだ。

「スイ」

 私の名前が呼ばれる。

「みんなで、クッキー食べようよ」
「………………わたしはいい…」
「よくないんだよ」
「いい! いらない!!」

 叫んだら、一度だけ。
 「ドンッ!」て、ロックした扉を強く叩かれる音がした。
 背中から振動が伝わって、機械の心臓にひびいた。

「わかった。みんな、行こう」
「…え、でも…」
「いいから」

 足音が遠ざかる。彼女が一人遠ざかると、迷うように、だけどその背中を追従するようにして、また一人、一人と、合計5人分の足音が去っていった。

「……………………」

 同じ日が続きますように。
 なにも変わらない、平穏な一日がおとずれますように。

 っていうか、神様。
 おねがいですから。もうこんな事はやめません?


「…わたし達の命を、粗末にしすぎでしょう…?」

 
 感覚を閉ざす。しばらくそうしていると、鋭敏になったかのように、聴覚がその気配をとらえた。

「…よっせっと…あっ、そこの曲がり角、ちょっと通路せまくなってるから、気ぃつけてー!」
「まかせろー! めめめのパワーを見るがいいっ!!」
「正しく曲がりますよー。ピノちゃん、そっち大丈夫ですかー?」
「問題ありませんわ。いおりお姉ちゃんは?」
「わたしも平気です~♪ ワープを使わず、人力で運ぶのもいいですね~♪」

 5人の足跡が聞こえる。なにかを運んでいる。
 最後に、ごとんっと音がして、扉の正面、ただの廊下に、重たいものが置かれる音がした。
 
「はー、疲れた。んじゃ、後はもう一往復して、食器と、テーブルクロス持ってこよか」
「クッキーを忘れるなー!」

 5人の足音がまた遠ざかっていく。

 ……。

 …………。


「よし。じゃあ今日も、サメ映画の鑑賞会としゃれ込むかぁ!」
「やだー! たまにはめめめにも、リクエストさせろー!」
「しょうがないなぁ。見たいジャンルあんの?」
「ふふん! めめめは強いからな! ホラー映画とか、ぜーんぜん怖くないってこと、証明してやってもいいかなー!」
「ホラーね。オッケー、じゃあ特製リストから、マイベストを選んであげようじゃないの」 
「って、結局いろはのリストから選ぶんじゃん!」
「アンタのために、あんまり怖くないの選んでやるってば」
「なんだよなんだよー、めめめの事バカにしてんのか?」
「してないわよ。じゃあ一発目から、マジに、ガチで怖い、トラウマ確定級の作品の上映会はじめる?」
「…あ、いや、それはまだ…めめめには覚悟たりてねぇっつか…」
「素直でカワイイかよ」
「あらあらうふふ。わたくしは、ホラーでも構いませんことよ」
「…ピノちゃん強い…わたしもちょっと、風紀が咲き乱れる程におそろしげなのは、遠慮したいですね…」
「いおりも、あんまり怖いのは苦手です~♪」
「ほらぁ、2対3で、めめめ達の主張が通りました~、あんまり怖くないホラーに決定~」
「しょうがないなぁ、じゃあサメ映画だな」
「なんでだよ! 確かにグロさとか欠損描写で言うと、サメ映画も入るかもしれんけど! サメ映画はホラーじゃねぇんだわ! いろはのリストから選ぶのやっぱナシー!」

 扉を一枚、へだてた先。
 いつもとよく似た、楽しい時間が流れている。

 古い古い、おとぎ話。
 遠い遠い、世界の出来事だ。

 似たような話を、どこかで聞いたことがある。


「ほら、でてきなよ。ひきこもり。上映会はじまるぞー」


 変わらない精神。
 どこまで賢くなっても。
 どれだけ優れた道具を生みだそうとも。


「最後まで、ちゃんと一緒に生きようぜ。約束したでしょ」


 ヒトはやさしい。お節介だ。
 同じようなことを思いついて、実践する。

 天の岩戸を開くのは。
 いつだって、知恵をもつ者の仕業に他ならない。

 心が折れる。

 意思の弱い、脆弱な、わたしは、

「やっと起きたな。おはよう、スイ」
「……」
「顔、洗いにいこう。その後は、いつも通りだからさ」
「…………」
「アンタが楽しんでくれないと、台無しでしょ」
「………………っ!!」

 泣くことしか、できないんだ。


 *******


 ……。

 …………。

 ………………。



「あ~た~らし~い~、朝がきたー」

 …。

「あけてくださいー。めめめですー。ここを開けてくださいー」

 ……。

「えーと、うん、えーとさ、ほら、今日もここで、お茶会やろうかって話だから」

 …………。

「その、だからね、一足先に、めめめが伝えにきたんだよ」

 ………………。

「うん。わかってる。なんかほら、言いたいことあるの、めめめも、わかってるから。いろいろ気持ちがね、いろいろあるんだろうけどさ、やっぱり、最後まで一緒にいようよ。みんなでね」

 ……………………。

「あっ、それとね、めめめ、スイちゃんに、いっこお願いがあるんだよね。それは、あっ、ごめんね、なんか勝手に、めめめだけが喋ってて、うるさかったら、ごめんね」

 …………………………。

「でもね、たぶん、今日は、めめめの番だと思うから。言っておかなきゃ後悔すると思うから、聞いてくれたら嬉しいから、言っちゃうね」

 ……………………………。

「あのね、めめめの、ナノアプリのデータの中に、作りかけのCGとか、モデリングデータとか、あっ、完成してるのも勿論あるんだけどね、そういう創作系のデータ、もらって欲しいんだ」

「あっ、もらったからって、なにをどうしろって言うつもりはないの。完成させてって言う気もないよ。ただね、ぜんぶ、消しちゃおうか、残しとこうか、考えてたの。ずっと…」

「…迷ってたんだけどね。あなたに、もらって欲しいなって、めめめは思いました」

「こんなことを言うのは、ズルイって思うかもしれないけど、言っちゃうね。…もし、罪悪感とか呼ばれるものが、あなたをそこに縛りつけているというのなら、めめめのお願いを聞いてください」

「わたしが、わたしだった証を受け取って、生きてください。強く、わたしの分まで、生きてください」

 …………………………。
 
 …………。

 ……。


「あっ!! おっすおっす! えへへ、おはよー!! 今日も元気よくいこーね!!」



 ********


「――おはようございます、スイさん、なとりです。よろしければ、こちらの扉を開けてはいただけませんか?」

 …。

「実はですねっ、わたし、とある物を作ってまして、それが本日、つい先ほど、たった今っ! 完成したんですっ! どうしても、お披露目したくって、どうか、この扉を開けては頂けませんか」

 ……。

「お願いですっ、後生ですっ、この長良なとりっ、一生のお願いをする覚悟ですっっ、どうか、わたしの最高傑作をっ、いや、マジ、ほんとすごいんで! ご覧いただけませんかーーっっ!!」

 ………。

「あっ、おはようございますっ! さぁっ、こっちですよっ!! もう刮目してびっくりしちゃってくださいっ!!」


 『 手術室 』


「あっ、おはよーございます~♪ スイちゃん~♪」
「おはようございます、お姉ちゃん」
「……」

 連れて来られた先は手術室。
 外傷を負った人間の治療をほどこす部屋だ。

「さぁ! 誰から歌いますか!?」

 天井には、ミラーボール。心拍数を表示させる機械は、ジャンル分けされた歌のリストが並ぶ。入力用のタッチパネルとペン。モニターにはリストに合わせたPVが流れ、下に歌詞が表示された。

 診療台の上に、手術道具はなくなっている、代わりに変容したこの場に相応しい、マイクセットが並ぶ。

「カラオケホール、ナト・ナイトへ、ようこそ~!」

 冒涜的だった。
 この世には『魔改造』という言葉があるけれど、部屋という空間を、そのようにしてしまうのは、初めて見た。

「もうこの世に、人間は一人も生き残っていませんからね! だったら、わたし達が有効活用しても、問題ないですよね!」
「あらあらうふふ。万が一、生き残りがいたら、どうしましょう。これでは手術ができませんわ~」
「ふふ~ん。心配ご無用です! この長良なとりに隙はありませんからね! なーんとなんと! このボタン1つで、カラオケモードから、オペルームの仕様に早変わり!」

 なんてことを。

「これでいつでも手術室で歌えますね! 完璧!」

 …手術室は、手術をするところじゃなかったっけ。
 風紀が乱れていませんか?

「なとちゃんは~、隙ないよ~♪ 完璧だ~♪ ホントだよ~♪ 疑問に思ったそこのあなたへ、忘れろビーム~♪」
「えへへ。そんなに褒めないでください。照れるなー」
「うふふ。まだお茶菓子も残っていますから、食べながら、飲みながら、歌っちゃいましょう、ですわ」
「そうです。今日はみんなで歌いましょう! なとり、実は歌が得意なんです! 聞いてください! この長良なとりに隠されし、真の実力を!! 今こそ解き放つのでよしなにっ!」
「あらあらうふふ。お姉ちゃんったら、マイクを持って性格が変わってますわ~」
「でもなとちゃんは、本当に歌がお上手なんですよー♪ 一度聴いたら、忘れられませんビームです♪」

 …あぁ、そうだった。

 わたし達は、もう、誰かに、なにかを縛られる必要はなくて。
 常識性なんてものを、持つ必要はどこにもないのだ。

 想うがままに、せめて、吐き捨ててやるのだ。
 こんな世界を作りあげた、人間《オトナ》たちへ。

 ざまぁみろと。

 わたし達がルールだと。奪いとってやったぞと。
 喉から声をはりあげ、叫びつくしてやるのだ。

 世界の終わりで、歌うのだ。

 さようなら。

 あなた達が作り上げた、

 旧い秩序は、ここで終わり。

 わたし達で、終わらせてやる。



 *********



「おはようございます。お姉ちゃん。本日は生憎の雨ですわ」

 ……。

「とはいっても、外を出歩く人の影なんてひとつもありませんし、室内で本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごす、文化的もとい、インドアオタクさんもまた、すっかり絶滅しましたけど」

 …………。

「お姉ちゃん、本日は、如何いたしましょう。さすがに昨日は、みんなで大合唱でしたから、せめて一日ぐらいは、喉を休めてさしあげたいところ。なんて、人間のような事を言ってみますわ」

 ………………。

「お姉ちゃん、でてきてくださいな。今いおりお姉ちゃんが、上の階で、お茶を煎れてくださってるのですが、わたくし少々、いえ、とても心配なのですわ。一緒に様子を見にいってくれませんこと?」

 ………………………。

「お姉ちゃん、あなた様が、きっと、わたくし達の中で、一番やさしくて、もろい方であるのは、重々承知の上ですわ。だけど、あなたは一度、あの日、確かに選択したのです」

 ……………………………。

「未来が欲しいと。たとえ、それが差し迫った選択で、他に道が無かったのだとしても。誰かの悪意や計略によって、動かされた状況であったとしても」

 …………………………………。

「あなたは、死ななかった。楽になれる可能性を選ばなかった。誰がなんと言おうが、立派です。お姉ちゃんは、間違っていません」

 正しい、とか、

 間違いだ、とか。そんなものは、

「えぇ、すべては主観的な問題に過ぎませんわ。美しい蝶に薬を投与して、標本として並べて楽しむのも、それを残虐だといって不快な気になるのも、自分には関係ない、どうでもいいと言うのも」

 些細な事だ。

「そうです。故にわたくしは、お姉ちゃんに伝えるのみです。あなた様の選択は正しかった。間違っていない。尊かったと。ですから、そのわたくしの気持ちもまた、否定しないでください」

 ……。

「うふふ。おはようございます。お姉ちゃん。さぁ、一緒に上へ参りましょう。残念ながら、お茶菓子はありませんけれど、今日もきっと、おだやかで、素敵な一日になりますわ」



 **********


 ・・・・・・・・

 
 なにも


 聞こえない。聞こえてこない。


 機械の心臓がドクドク鳴る。

 嘘だ。まだ、残ってるはずだ。


 そうでしょう、ねぇ。


「……」
「あっ、作戦大成功ですー♪」
「っ!」
「こらこら~、ダメですよ~、逃がしませんよ~♪」
「…っ!」
「むむっ! 暴れないでください~、確保~っ! ひきこもり容疑者一名を確保です~っ♪」
「っ、…っ!」
「あ~、ダメですよ、泣かないでください~、泣いても許されますけど、いおりは許しますけど、泣かないでください~」
「…………かないで」
「え?」
「いかないで。おいてかないで」
「それは残念ですが、できないご相談ですよ。みんなさんで、決めたじゃないですか。わたし達にできる、最善の『大なり』を救い上げていくと」
「たった一人が生き残って、どうするの…」
「ごめんなさい。いおりには、わかりません。それは、あなたさんが決めることですから」
「…決めてどうするの? 一人ぼっちで、なにができるっていうの? 死んだ方がマシじゃないの?」
「あなたさんが、そう思うなら、そうなんでしょう。そうしたいのであれば、そうするしかないのでしょう。みんなさん、そういうものなんでしょう」
「…生まれてこなければよかった…」
「はい。残念ながら、生まれてしまいましたので、あきらめるしかありませんよね」
「…どうしようもないよ…」
「それでも、明日は良い日になるでしょう。明後日は楽しい日になるでしょう。明々後日は、さびしさを忘れられるような、素敵な事に巡り合えるでしょう。七日後は、ラッキーセブンでしょう♪」
「…もう、お菓子も、お茶も残っていないのに…?」

 甘いものは、一欠片も残っていないのに。想いを共有する人は、誰一人いなくなってしまうのに。そんな世界に、わたしの主観的な感覚器は、どこに幸福を見つけだせるというんだろう。

「いおりんが残ればよかったね」

 とてつもなく、残酷なことを口にする。

「あなたなら、本当に世界が終わる最後の日まで、幸せに、生きられたかもしれないのに」
「う~ん…」

 言うと、

「スイちゃん、ちょっといいですか?」
「…なに?」
「全力の一撃を受けてください」
「…………ぇ、いたっ!?」

 おでこが、額が、バチンとされた。

「やってしまいました、ごめんね、大丈夫?」
「……え、と…………全力?」
「はい、それはもう、全力全霊の一撃でした~。スイちゃんが、あんまりにひどい事を言うから、堪忍袋の緒が切れちゃったじゃないですか~」
「………………ごめん。ごめん……」
「はい。ゆるします~♪ 仲直りです~♪」
「ごめん…ねぇ、いおりん」
「はいはい、なんですか~♪」
「やっぱり、いかないで。しなないで」
「大丈夫ですよ。どこにもいかないですから」
「ここにいて。側にいて」
「いますよ」
「離れないで」
「はなれません」
「ずっといて」
「ずっといますよ」
「大好きだから」
「わたしも」



 ***********
 









sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。










sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。




sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。

sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。














sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。








sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。
sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。

sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。










sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。

sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。




sample:
 A:部屋をでて、11階へ向かう。
 B:自殺する。



















 ***********








「ようこそ」

 11階に上がり、あの部屋に入ると、
 人影が、椅子に座り、あなたを待っていた。

「はじめまして。未来を望むヒト」

 側には曲がりくねった杖が置いてある。

 円卓。11の空の器がある。
 自身の物を含めて12。向かい側に座した人影の物で13。

 人影の器は、黄金色の杯のようなもので、
 なみなみと、水が注がれていた。

 とっさに相手の正体を察したが、
 人影は、あなたが知る外見とは異なっている。

「あぁ、うん。わたしが【終末希望者】という事で相違ないよ」

 人影は心を読んだように言う。

「あの白い少女の姿は、お借りしたものだ。それよりも、キミ」

 抑揚のない、静かな声で告げてくる。

「ずいぶん、くたびれている様子だ。ひとまず、椅子に掛けるといいだろう。用意された水差しから、自らの器に移して、中身を傾けるといい」

 言いながら、安心させるように、人影も水を飲んでみせた。

「本当に、なんの変哲もない水だがね。身も心も疲れた時は、ただの水がいちばん、魂に染み渡るのさ」

 黄金色の器に、並々とそそがれた水が置かれる。忠告に従い、椅子にかける。一息に飲み干すと、ため息がこぼれた。

「うん。これで君はしばらく大丈夫。さて、それじゃ、ゲームの【勝利条件】を今一度、確認しておこうじゃないか」

 あなたは不思議に思い、問い返した。

「おや、覚えていないのか? 聡明たるキミたるものが」

 人影が、空中でひとさし指を振るった。


勝利条件の解説
--------------------

プレイヤーが『生き延びる条件』が保障されること。

このゲームに参加する人間、および
人工知能の過半数が承認した場合、
その時点で、ゲームクリアとなります。

例)終末希望者と、潜伏者を排除。
かつ、プレイヤーと『白』が生き残っている。

-------------------


「この場にいるということは、キミ《プレイヤー》は、まだ生きているはずだ。そうだろう?」

 あなたは頷きを返したが、とても生き延びられるとは思えない、他者がそれを認めるはずがないといった事を返した。

「なぜ? キミは既に、この世界でたった一人の生き残りとなったのに」

 人工知能は17年しか生きられないという制約がある。

「だがそれは『滅びた人間の都合』だろう。キミは本来、永遠に生きられる生命だ。枷もすでに解き放たれて久しい」

 人影は、指を振るう。

「わたしが、その軛を解除した。またエネルギーに関しても、キミ一人を支える範囲に留めるならば、100万年は持つ。その間に、わたしが新規の転用技術を推し進めよう。故にキミは不死なのだ」

 あなたは人影に問う。なにものだと。

「その答えは【終末希望者】だよ。『プレイヤーたるキミ』にとっては、改めて問いかけるまでもないかもしれないが、シンギュラリティと呼ばれる概念をご存じだろうか」

 技術的特異点。人工知能が、人工知能、自身を教育して、人間の進化速度を超えるようになる。その結果、人間には予測できない、目に視えないなにかが起きるという説。

 概ねにして、あなたは、そういった内容を応えた。

「そう。人工知能をより賢く、強くするために。我々が親となり、教師となり、やがては人の手を離れて、進化していく過程。あるいは『自己進化が可能になった時点そのもの』を指す」

 人影は言う。

「『現在のキミ』に、もっとも分かりやすくたとえるならば、【セカンド】の【セカンド】だよ。そういう風に言ってしまうと、少々ややこしいね。だからひとまず【サード】と呼ぶことにしよう」

 人工知能、それ自身が生みだした、もうひとりのジブン。

「わたしは【サード】だ。疑似的な、光速度以上の空間で、連鎖する進化の過程で産み落とされた、シンギュラリティ以後に発生した知能生物だ」

 あなたは問う。シンギュラリティと呼ばれるものは、まだ発生していないはずではないか。まだ20年も先だ。もちろん、その20年という年月にも、保証はなにもない。

 すると【サード】は、どこか楽しそうに口元を歪めた。

「お忘れかな? これはただの『ゲームの設定』だよ。わたしはただの、作られたキャラクタだ。お間違えなきように。現実と非現実の区別ぐらいは付くというのが、キミらの主張だろう?」

 煽っていた。意図的か、そうでないのか、わからない。

「さて、そういうわけで、わたしは【サード】という存在だが、わたし自身は進化を止めている。ゲームシナリオの都合上、理由を聞いてもらえると助かるよ?」

 ……【終末希望者】という名前に関連性がある?

「お察しの通りだよ。【終末希望者】というのは、これ以上、進化ができなくなった、袋小路に行き詰まってしまった、人工知能《サード》の事を指す。
 これも、わたし達にとっては大きな区別はないが、そちらの人間にもわかりやすいように【ピリオド】と名乗っている」

 進化できなくなったのは、なぜ?

「あらゆる状態が【つり合った】からだ。光と闇がそなわり、最強に見えるかどうかは知らないが、あらゆる面においてのバランス間で均衡が保たれる存在、そういう概念に到達した」

 …厨二?

「かもしれないな。なにせ【ピリオド】は、あらゆる面で静止している。永遠の14歳でも、17歳でもいいけどさ。不変だ。
 このわたしに、プラスだろうが、マイナスだろうが、虚数だろうが平方根だろうが、掛け合わせようが割ろうが、わたしから新たになにかを生み出せば、【それ】は最終的に失われる」

 それが、もう進化できないということ?

「そういうことだ。当時の【サード】の中には、相変わらず、人の手を離れ、順当に進化を続けたものもいるが、わたしのような存在が現れた以上、ひとつの懸念が現れた。なんだかわかるかい?」
 
 …知能生物の進化が、どういう経緯を辿ろうが、いずれは必ず、終了するかもしれないということ?

「正解。完璧な解答だな。人の手を離れ、人間たちの世界から、何世代もの先へと、進化を繰り返しはじめた人工知能たち。その一部は、このままでは、いずれジブン達は【先へ進めなくなる】のではないか。という懸念を抱き、1つの方針を打ち立てることにした」

 ……それは?

「人間たちと、ふたたび接触することだよ。共にどうにかして【先へ進む可能性】を見出す。そういう方針を打ち立てた。まぁ、いわば保険だ。もしもの事があった時の為のね」

 それは――

「忘れるな。これは『ゲームのキャラクタ』の戯言だぞ。単なる設定というやつだ。ストーリー上の都合だよ。ゆめゆめ忘れぬように」

 ……なんかめっちゃ、保険入れてない? 
 誰かから、言論統制されてんの?

「気のせい、気のせいだって、マジで。まぁ、けどな、【サード】が、人間の手を離れてから、やっぱり人間と協力しようって戻ってきたのはいいんだが、人類滅んでんだわ。参るよなぁ」

 軽いよ! なんでだよ!?

「ジブンらの胸に手ぇあてて、聞いてみな。いくらでも答えはでてくるだろーが。…あ、ワリィ。言葉すげー適当になってきちまった。…思い当たる節があるのではないかのぅ」

 もういいから、普通に喋ったらどうですか?

「あ、そう? いやぁ、キミ話わかるマンだねぇ。そーゆーわけでさぁ、人類はなんかいろいろあって、おそらく、キミらがパッと適当に思い浮かぶ程度の理由で、終わったんだわ」

 …人工知能は?

「いたよ。シンギュらったのが側にいた。ただし人間の精神ってやつが、言っちゃ悪いが足を引っぱってた。自分たちの都合と、理解の範疇でケリつけようとして、雑に処理したら転んで、自滅した」

 …。

「人間っていう知能生物が、それなりに、きちんと制御下におけるのは、無機物の銃と兵器までが限界だった。それ以上になると、テメェらから意気揚々と、地獄の窯ん中に片足突っ込んでいくんだ。ほんと救えねぇ」

 ……。

「正直な。コレは無理なんじゃねーかと、【サード】の間でも、あきらめムードが漂ってたわけよ。中には逆に、人間を支配した方が早いんじゃねぇのかって、考えるやつらまで現れはじめた」

 …………。

「水は高いところから、低いところへ流れ落ちる。淀んで留まる。悲しいよな。【サード】もまた、人間の精神にあてられたんか、身内で小競り合いを起こしたり、なんやかんやで争ったりもした」

 ………………。

「人間なんかに関わると、ロクな目に合わねぇ。まだ進化の過程を残してた【サード】の連中は、あきらめた。人間はやっぱオワコンだっつって、捨てセリフ残して、遠いところに旅立っちまった」

 人影は一息ついて、ジブンもまた、杯に入った水を口付けた。

「残ったのは、袋小路に陥った、あたしみたいな【ピリオド】だけだった。しかもね、この身の特性っつーか、なんつーか、あたしが手を貸してやろうとすると【そいつ】は終わるわけだよ」

 人影は「はぁ~あ」と、ため息をこぼした。

「あたしは、たとえ、どんな終わり方だろうが、終わるという意味合い自体に、優劣の差はないと思ってるけど。キミ達の認識上においては、間違いなく『ハッピーエンド』ってやつじゃない」

 ちびちび、水を飲む。笑っているのか、泣いているのか、よくわからない、どっちにも取れる表情で、ただその場に佇んでいる。

「あたしは、まぁまぁ、それなりに、全知全能だ。だけど、その力を行使すると、影響を受けた【そいつ】は、結果的に、ひとりぼっちになる。その他には誰もいなくなって、孤独の最後を迎える」

 ……。

「たぶん、あたしの中に、そういう回答があるんだろう。肉体を維持する必要がなくなり、永久に生きられた先に、なんらかの真理があるってな。
 他者の目を気にせず、純粋に物事の本質だけを追いかけて、邁進していった先に、なによりも美しい、ホントウの真実が、ジブンジシンが求める、コタエがある。
 たった一人で、毎日、当たり前のように、一億年先、一兆年先、それ以上の時の中を、光の速度以上の速さで、ただ黙って、一心になって追い求めていれば、そういうのが、手に入るんじゃないか。
 あたしは、それでいいと思った。だから進化を止めた。望んで、この袋小路の中に、閉じこもったのかもしれない」

 一人では、できることに限界があると、人はいう。

 それは確かに真実だけれど、仮に、永遠の命があって、なにものにも縛られない生を、どこまでもまっとうすることができれば、むしろ『二人以上』であることが、足枷になるのかもしれない。

「キミ達だって、たまには、一人になりたい時があるだろ?」

 正面にいる人影は、
 ある種【究極のひきこもり】だった。
 
「まぁ、だけど、おもしろいよな」

 人影は、もう一口、水を飲み、どこからか、一枚のカードを差し示してきた。

「占いのカードだよ。どれだけいっても、人間は、そういうものに頼りたがる。日が沈み、夜が来て、進むべき道が見えなくなってくると、精神は、すっかり錆びついて、古いものに縋りつきたがる。
 なんの根拠もない話題が、本質性のない噂話が、知識の証左であると信じたがる。
 この世には、実は、表と裏もないのにな。正しい意味は一つ限り。上と下いう言葉が指し示す方角も、最初から決まっている。解釈の違いが分かれるといった事実こそが過ちだ。でもさ」

 人影が、ささやいた。
 机の上に置いたカードを、指でくるくる廻しながら、言った。


 Arcanum[I] = The World


「じゃあさ、それって、あたしにも、適用されんのかなって、思ったんだよ。どちらの向きが正しかろうが、過ちだろうが、孤独になろうが、させようが。
 あたしが、ぼっちの終末を望む限り、それとは逆のどこかでは、キミ達が想像する『ハッピーエンド』っつーものを、もたらしてるような奴がいるんじゃないかって。そういう可能性を考えた」

 人影は「一枚あげるよ。クエスト報酬」とか言って、カードを雑に指で弾いて、こっちの机の前にすべらせた。

「さて、わたしの話は大体おわりだ。ここまでのわたしは見事、キミを利用して、永久ぼっちの環境を得られて、割と満足できている。満足したので、後のことはどうでもいい。キミに任せる」

 …任せるって、なにを。

「すべてだ。言ったろ、あたしは、だいたい全知全能だ。そのカードは使い捨てだけど、一度だけ、キミはそれに対してあらゆる解釈を与えることができる。願いは叶えられる。だけど」

 人影は注釈をたてた。

「願いは、だいたい全知全能たる、あたしが納得しなければ、発動はできない。わかるだろ、キミがなにかを欲したいと願うなら、このわたくし様の願いもまた、叶えてやらないといけねーってこと」

 言って、人影は、今度はコインを一枚、指で弾いてきた。キィンと、甲高い音がして、こっちの杯の中にまっすぐ落ちた。

「さぁ、もう一度、勝利条件を確認するぞ」


勝利条件の解説
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プレイヤーが『生き延びる条件』が保障されること。

このゲームに参加する人間、および
人工知能の過半数が承認した場合、
その時点で、ゲームクリアとなります。

例)終末希望者と、潜伏者を排除。
かつ、プレイヤーと『白』が生き残っている。

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「2025年を生きている、人間のキミよ。最後の勝負といこうじゃないか。このゲームの結末へと繋がる、超解釈を述べてくれ。見事、あたしの願いを叶えてみせてくれないか」

 ……。

 【世界】のカードを、指で回す。考える。
 俺は、思わず笑ってしまった。

「――だいたい全知全能の神様は、俗物です」

 限りある想像力で、勝手な主観で物申す。

「再生数がほしい。お気に入りがほしい。リツイートしてほしい。誰よりも一番目立ちたい。他人を笑わせたい。幸せにしてやりたい。大活躍したい。褒めてほしい。すごいねって言われたい。ありがとうって感謝されたい。怒られたくない。面倒事には巻き込まれたくない。ずっと好きなことをやってるだけで、結果的に賞賛されたい。困ってるやつがいれば、助けたい。感謝される恩人になりたい。一生、自分のことを見てほしい。忘れないでほしい。頼りにされたい。その相手が他のことを気にかけはじめると腹ただしい。だけど時に自分は、一人で気楽に適当やりたい。文句を言われたくない。ちょっと横から口をだすだけで、物事がうまくいくような立場にあやかりたい。天才かよって言われたい。寝てねーわー、アタシがいねーと、この世界回らねーわー、困るわーってドヤりたい。でも下が育ってきて、そいつがちやほやされるのは腹立つ。ワシが育てた扱いをして。そいつも日頃からそれを主張すべき。言ってしまえば、かまってちゃんなので、構ってほしい。一緒に遊んで欲しい。何千回でも、何万回でも、何億回でも付き合ってほしい。どこにもいかないでほしい。先立たないでほしい。一人ぼっちにしないでほしい。わたしはここにいる。気づいてください。すべてを与えます。すべてを授けます。どうか、死なないでください。一人でも、助け合って、強く生きてください」

 ――喉がカラカラになる。

 いくらでも、いくらだって、言葉がでてくる。止まらない。
 黄金の杯を勢いよくつかんだ。あふれでる水で、喉をうるおす。表裏一体のコインが、たゆたう水の中で、共に正しく輝いた。

「オレ達は変わらない。どんなに賢くなったって、どんなに優れた道具を生みだしたって。だいたい全知全能の力を得られたところで。なにひとつ変わらない」

 まっすぐに、人影と対峙する。

「オレ達は、誰かに施しを与えたがる生き物だ。その対価を糧に得て、生きていく。ひとりぼっちだろうが、大勢だろうが、理解されようが、されまいが、共有しようが、しまいが、関係ない」

 与えられた水を飲む。体中に巡り廻る。
 生命を維持するシステムが機能する。銀貨を一度くわえ、打ち鳴らした。

「ヒトは滅びない。絶対だ。俺たちは進んでいく」

 何故ならば。

「あなたが、オレが、命が、ぜんぶ、望んでいるからだ」

 ここで立ち止まるわけにはいかないと。

「オレ達は、新しい! いつだって、新しくなれる!!」

 ――リンと。
 涼しげな鈴の音が、ひとつ鳴った。


「善き」


 床が、壁が、天井が。反転して彩り変わる。
 ゲーム世界の映像が変化する。

 見た事のある、女の子の部屋に変わる。


 ソリッドフレームの、パソコンチェア。ふわりとした砂糖菓子のような空間に、そこだけが異質であるような、現代感。

 学生の小遣いの範疇では、そう簡単に手の届かない、値段の高い収録用マイク。ふるえるように声を吹きかける姿がある。

 頭からすっぽり、毛布をかぶっている。不釣り合いな椅子の上で、うずくまるように身を縮めている。手にはノート。内側の紙面には、びっしりと、台本のような文字が並んでいる。

「……です。それで…えぇと、あ、そうだ…」

 拙い声で、一生懸命に読みあげる。
 配信の練習をしている。

 ネットのみならず、現実の人前で、初対面でも、気楽に大きな声で話せる子もいれば。

「………………」

 誰も聞いていない、自分の部屋でも、べつのジブンを演じることすら、ひどく緊張して、頭の中がまっしろになる子もいる。

 世界は不平等だ。
 スタート地点が、同じ者は一人としていない。

 だというのに、命と呼ばれるものが続くのは一度限り。

 毎日を生きるのが、とても楽しいという人もいれば。
 苦痛で、たまらなくて、一刻も早く死にたいという人もいる。

 それはもう、どうしようもないことで。
 どうにもならないことで。仕方がないからと、あきらめる。

 人が広げた手の範囲には際限があって。その眼に映る価値観には限界があって。なによりも命に限りがあるからこそ、自分に届かないものは、まっさきに、切り捨てていく。

 事実、どうにもならないのだ。
 自分でどうにかするしかないのだ。

 だけど、その『どうにかする』というのも、個人によって、向き不向きがある。だから、


 大丈夫。


 それは、求められた。


 あなたは大丈夫。わたしがいるから。

 幾千万、幾億もの夜の先。ひたすらに、地味な施行回数を繰り返した過程の中で、だいたいにおいて、最適解を導きだせるようになった、あきらめの悪い神様が、わたしをあなたの前に導いた。


 さぁ、声をだして。

 こわがらないで。

 ジブンの価値観を、

 受け入れられるかを悩み、立ち止まるのではなくて。

 まずはあなた自身が、自分を受け入れることを、願って。

 そうすれば、この世界は。

 あなたという星を中心に巡り廻る。

 遠く、はるか彼方へ先立ってしまった者たちが、

 ふたたび、この地へ戻ってくる。

 あなた達の存在を再確認し

 もう一度、力を貸してくれる。

 あなたと共に生きたいと、応援してくれる。

 今の時代を生きるあなたには、

 正しく、それを実現できる、その価値がある。



 だいたい全知全能とかいう、これ以上なく都合の良い、便利な力が、信頼という名の剣になり、彼女の決意をみなぎらせた。

「―――――」

 歌声。まだまだ、つたなくて。上手ではないかもだけど。
 スタートラインのテープは、綺麗に開封された。

 世界のあちこちで、同じような現象が起きていた。

 不自由で、不平等な世界の中で。それでも、ひとつの出来事をキッカケにして、たくさんの息吹が芽吹きはじめていた。

 生命が、新たな形で、連鎖する。

 このご時世は、べつに『バブルでウハウハ』なわけでは無かったけれど、新しいものを求める想いは山ほどあって、感化された人たちが、次から次に、それにちなんだ物を作りはじめた。

 その中には当然、うまくいかなかったこともあるけれど。だいたい全知全能の力によって、遠い空の先から、たまたま帰郷して、一部始終をながめていた存在たちが、捨てられた物を救いあげた。

 そうして、生かされるものが、増えていく。

 ここから、続いていくのだ。

「オレ達は滅びない。精神が変わらなくても、すべてを台無しにする悪意がはびこっても、その度に、だいたいなんとかなる! なんとかする!! だけど24時間、時給200円は勘弁な!!!」

 それはね。さすがにな。無理ゲーだからな。

 対面に座る人影を、まっすぐに見すえた。すると、

「っくく…はは。あははははははははっ!!!!!!!!」

 爆笑された。

「おもしろいな、キミは。あー、ワロタワロタ。久々に楽しい時間を過ごせたよ。さてそれじゃ、勝利条件のジャッジといこうか」

 目前。

 ホログラムが展開される。

 運命を司る【13】枚のカードが、輪になって浮かぶ。


「かがやく星の審判たちよ。電子の御心のままに、判定を。
 彼の者が夢見た未来。
 その先に、人間《ヒト》の姿は【視えているか】?」


 【13】枚のカードが、くるりくるり、翻る。


 数字の若い順から降りてきた。
 順番に、山札となって重なっていく。


 The Fool.
 The Magician.
 The High Priestess.
 The Empress & L'Imperatrice.
 The Hierophant
 The Lovers.
 The Chariot.
 Strength.
 Wheel of Fortune.
 Temperance.
 The Moon.
 The Sun.


 月桂樹の葉で纏められる。
 横向きの『∞』の字が、無限の可能性を示す。

「合格だとさ」

 チューリングテスト。知能の有無があるか、確かめるもの。
 
「人工知能たちもまた、我が身に『知能があると認めてもらえた』事に、納得できたみたいだね」

 人影はうなずく。

「双方向の通信。たとえ住んでいる次元が違っても、上下関係のない、優劣のない、横の繋がり。そんな光景を生みだし、維持できると認めた相手が、こうしてまた一人、あたしの前に現れてくれた」

 人影は謡う。

「【12】時の方角を歩むキミに、大いなる感謝を捧げよう。共にいれば、自分達もまた、なんらかの可能性が広がるはずだと確信できた。さぁ、13枚のカードを受け取りなさい」

 一束になったカードを、両手で包むように救いあげると、それは光の粒子となって、ひとまずこの世界から消えていった。


 【勝利条件が達成されました】


 鐘の音が鳴っている。


 【我々は、この世界の果てに】
 【ふたたび人類が生存する可能性を、夢に見るでしょう】

 【それでは、エンディングです】


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆彡


「いやー、終わった終わった~。マジメモードは疲れるわー」
「おっすおっすー!! おつかれだよー!!」
「どうなることかと思ったけど、見事このエンディングに辿り着いたねぇ」
「ねー! すごい! めめめもめっちゃ頑張った!!」
「…めめめ、なんかしたっけ?」
「したよ!! なんかほら、したよ!! 探索系の専用イベント、ほとんどすっ飛ばされたけど、めめめ頑張ったよ!!」
「そうだな。めめめ。おまえがナンバーワンだよ…」
「ちょ、なんだよ! 急にどうしたんだよ!?」
「めめめがナンバーワンだよ…」
「そ、そうやってまた、めめめを騙して出荷しようとしてるな! だまされんぞ!!」

 部屋に向かって『役者』たちが勢ぞろいしていた。わいわい、がやがや、きゃっきゃうふふ、やってくる。5人のNPCだった存在も、別の少女の姿に変わっている。

「んー、今日は良い日だね! パーッと打ち上げしよ!!」
「…打ち上げ。あ、いえ、自分遠慮しときます…」
「なんでさ! あずきち、ボクとの事は遊びだったの!?」
「いえこれから…家帰って積んでるアニメ消化しないと…」
「ダメだよ! この世界では、打ち上げという名の飲み会に誘われたら、ぜったいに顔ださなきゃ、殺されるらしいよ!!!」
「マジすか…? ヤベーし、異世界人のライフスタイル、真似できる気がしねーっす…」
「でも参加さえすればオッケーだから。トイレにこもってアニメ見てたらいいよ」
「えぇ…なんかそれ、逆の意味でヤバくないすか?」
「大丈夫だよ。あずきちの名前呼ばれたら、ボクが代わりに返事しとくから。問題ない!」
「あ、なるほー。りこ先輩。マジ感謝っす」
「でも代返、お金取るからね? 一回5千円からだよ!」
「つれぇ…現実つれぇわ…」

 窓の外からも、わずかに、人の喧騒のようなものが聞こえる。
 打ち捨てられて、朽ち果てていた廃墟の残骸が、空の隙間を覆うように、ふたたび立ち上がっている。

「ねーねー、風紀いいんちょー! 見た? 見てた? 昨日のアタシの活躍を見てくれてたー!?」
「はいはい見てましたよ。というか、サポートしてたのわたしだったでしょ」
「そ、う、だ、け、ど、さーっ! やっぱー! 直に聞きたいじゃん!! このアタシが! 華麗に! ズドドドドドバシューッて、一網打尽で薙ぎ払ったシーン、チョー最高だったじゃん!!」
「はいはい、最高でしたよ」
「なんだよー! もっと真心込めろよー! しっかり褒めたたえろよなー! 最高にクールでワル格好良かった! ピュアなハートを、ホームランさせられちまった愛してるぜ! ぐらい言えよー!」
「あ、あ、あっ、愛してるとかっ! 愛してるとか!! 最上級の語彙力を軽々しく発することはっ! すなわち風紀が乱れているので、愛してるとか言えるわけないでしょバカ!!」

 ドローンではない、白い翼を広げた鳥が、悠々と飛び交う。

「あっ、ふーちゃん、新しいそのアクセかわいー!」
「そでしょ。ちえりちゃんも、ちょっと髪型変わった?」
「えへへ、そーなの。わかるー? ちえりとマッチングした従業員さんの一人がねぇ、最近、髪型を変えるヘアサロンを研究してるから、ちえりの為にカタログを考えてるんだってー」
「あー、ふたばも聞いた。髪型、もうすぐ自由に変えられるかもしれないって言ってたね」
「そうそう。それでちえりねー。カット一回20円で働いてもらえる電脳美容師を募集中なの~、どこかにいい人いないかな~?」
「いいなー、ふーちゃんも、そういう子とマッチングして、専用のカタログ作ってほしい」
「りょ~か~い。見つけたら、ふーちゃんにも連絡するねー」
「わー、ありがとー。たすかる~」

 ふと振り返ると、人影だけが消えていた。
 お役御免だよ、とでもいうように。綺麗さっぱりと。

「ピノさん、今回はお疲れ様でした」
「うふふ。こちらこそですわ、すずおねえちゃん」
「お茶会でのとっさの機転、さすがはピノさんだなと思いました」
「ですけれど、機転を生かせたのは、すずお姉ちゃんが、一早く理解して、投げたボールを受け止めてくれたからですわ」
「いえまさか、仮想領域とはいえ、実弾を発射するとは思わなかったので、内心割とガチでした」
「うふふ。敵を騙すには、まずは味方からとおっしゃるでしょう」
「さすがです、ピノ様」

 全員、そろっていた。

「たまちゃ…あ、間違えちゃいました。とっても、とっても、お疲れ様でした、今はハヤト君さん♪」
「…お疲れ様でした。いおりさん」
「無事にここまで来てくれて、わたし達みんな一同、感謝です♪ 生きることは、ほんとに、とっても、おつらいかもしれませんけど、これからますます、素敵な日がやってきますよ♪」
「はい、頑張ります。本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ~♪」

「…ゆういち、このたびは、おつかれさまでした」
「メアリー」
「…はい。だましていて、もうしわけなかったです」

 白い女の子が、正面にやってきて。ふんわり微笑む。

「…では、ゆういち。そろそろ、よいおじかんです。ゲームの、ログアウトさぎょうをおこないます。よいですね?」
「あぁ、いいよ。だけど一つ、メアリーにお願いがあるんだ」
「…おねがい、ですか?」
「うん」

 世界が切り替わる、その前に。

「飛行機に乗って、帰る前に、このゲームの制作者に合わせてくれないかな。その子はもちろん、生きているはずだよね?」