Re,Vanishment(微修正)


 ――机に置いた、レコーダーのスイッチを入れる。

 録音開始。

 2026/09/11 20:23

 ほんの少し、深呼吸。
 向かいの椅子に座るのは、時計の針を1つ、進めた人間。

 感情を窺わせない、冷めた表情。
 わたしは、技術者『黛景《まゆずみけい》』と向き合った。
 

 ――こんにちは、黛さん。今日はよろしくお願いいたします。


M/K:
「どーも」

 ――わたくし、新人記者の出雲《いずも》と申します。

 本日は、2026年に販売された『ホロライブズ』。人工知能を用いた最新式の通信インタフェース、AIU《Artificial Innovator Unit》。人工進化機構についてお話を聞かせてください。

M/K:
「なにが聞きたいの?」

 では、その中でも『視覚追跡学習型デバイス』という分野の研究、主要開発者として、たずさわった経緯に関して、くわしくお話を頂けたらと思います。

M/K:
「答えられる範囲なら、答えるよ」

 ――ありがとうございます。ではまず『ホロライブズ』の開発に、着手したキッカケに関して、教えていただけますか?

M/K:
「元々『ゲーム』が好きだったから。eスポーツと呼ばれるジャンル、団体。そういうのが、フィジカルなスポーツ分野と同系列に扱われる前から、興味があった」

 ――興味というのは、トップゲーマーの『視点』のことですよね。

M/K:
「そう。最上位のトッププレイヤー、通称『ランカー』の視点だね。彼らが他のプレイヤーより強いのは、反射神経、操作精度、ポジショニング、勝因に直結する情報の掌握、要素はいろいろあるだろうけど、俺は『視点』に注目した」

 ――それは、一流のスポーツプレイヤー、アスリート選手が、試合中になにを考えているのか。『見ている視点』を捉えることで、解析しようとする試みですよね。

M/K:
「そうだね。正直なところ、なにか成果を得られるとは考えてなかったけど」

 ――しかし結果として、『人間の視点を追いかける』という研究が、2026年現在、大流行のVRデバイス『ホロライブズ』を生みだすキッカケとなりましたね。

M/K:
「結果的にね。当時は大学4年目で、卒論も終わってた。今後の方針も決まってたから、なにか作りたいなと思ってたんだ」

 ――初期の段階では、インカムヘッドホンに、レーザポインタを発光させる、赤外線装置を取り付けて表示する、割と単純な物だったと聞いています。

M/K:
「そう。完全に趣味だったね」

 ――それにしても、目的が違いますよね。
 結果的には、最新ゲームの操作系列にも影響を及ぼす、ゲームデバイスのデファクトスタンダードになったわけですが。

M/K:
「いろいろあってね。繰り返すけど、趣味だったんだ。個人で少し勉強すれば、安定性に優れたドローンヘリが作れる時代だよ。わざわざコントローラーで、繊細な操作を要求する、ラジコンヘリを工作で作る喜びって、わかる?」

 ――えぇと…なぜ、『ラジコンヘリ』だったのですか?

M/K:
「三度目。趣味だったから。深い意味はないよ。むしろ意味が無いのが普通。俺は単純に、工作が好きなんだ。プラモデル、作ったことない?」

 ――えぇと…すみません。不勉強でして…。
 
M/K:
「べつに責めてるわけじゃないから。現代の若い連中。インフルエンサーにも多いでしょ。わざわざ河原で石コロ拾ってきて、手洗いする動画をあげてみたり。錆びだらけの包丁を、砥石でピカピカになるまで磨いてみたり」

 ――えぇと、えぇと…?

M/K:
「冷静に考えたら、それになんの意味があんの? って感じなんだけど。趣味って、そういうものでしょ。ワンチャン、バズったら小金に変わるけど。50年先にも残る文化ってわけじゃない。それが、趣味」

 ――。

M/K:
「ごめん、話がそれたね」

 ――いえ。こちらこそ不勉強で…。
 では、その、趣味の範囲だったものに、黛さんが独自開発した人工知能、出雲瞳《いずもひとみ》のディープラーニングを導入した理由は、なんだったのでしょう。

M/K:
「趣味の延長」

 ――。

M/K:
「そうだね、まぁせっかくだから、実益にも結び付けばいいかなと思った感じ。こう言えば、多少わかりやすい?」

 ――ぜんぜん分かりやすいですっ、ありがとうございますっ!

M/K:
「どーも」

 ――それでは、インタビューを再開させていただきます。AIデバイス『ホロライブズ』の、中枢とも呼べる機能。独自機能を持った人工知能。出雲瞳に関して、何点かお聞きしてもよろしいですか?

M/K:
「その質問ってさ。つまり、元々の使用目的から、大衆的なゲームデバイスに使用目的を変えてリリースした理由、そういうの聞いてる?」

 ――そういうの聞いてます。

M/K:
「じゃあ単純に答えるよ。趣味の工作に、スポンサーが付いたから」

 ――スポンサーというのは…。

M/K:
「個人の投資家。俺もよく知らないけど、webのクラウドファンディングに載せてたら、なんか数億くれたんで」

 ――太っ腹ですねぇ。

M/K:
「そうだね。ただ詐欺じゃなさそうだったから、商品開発を目指してチャレンジした。『視点』を解析するだけじゃなくて、なにかできないかと。で、大学内で、能力とやる気のある連中を集めて、プロジェクト発進してみたら、集まった」

 ――黛さんは当時、大学で情報工学を専攻なさってたんですよね。

M/K:
「そう。統計学とか。ついでに人工知能の学習も進めてたから、よさげな集積用サンプルが一匹できたんで、コイツでいいかと」

 ――それが、出雲瞳ちゃんだったと。
 なんだか、人間みたいな名前ですねぇ。愛着があったんですか?

M/K:
「勝手に自称してたよ。国のトップが『今日から令和なんでよろしく』。とか言いだした感じで、ある日を境に、わたしの名前は瞳だよ! よろしく! とか言いだしたから、じゃあそれで。みたいな」

 ――わぁ。可愛いですね。

M/K:
「ねぇ、論点ずれてない?」

 ――アッ、ハイ。スミマセン。

M/K:
「別に怒ってないよ。他に、聞きたいことある?」

 ――黛さんの開発された、自己学習型AI、ホロライブズに搭載されている人工知能に関して、もう少し聞かせてください。

M/K:
「なにが知りたいの?」

 ――あっ、えーと、一応、確認させてください。出雲瞳は『人間の視点』を追いかけ、トレースするんですよね。

M/K:
「うん」

 ――それをビッグデータとしてサーバーに集積し、ゲームをプレイしている人間の『目の動き』に対応することで、ゲームキャラクタの移動や視点といったものを操作する。

M/K:
「うん」

 ――以上。出雲瞳の機能に関して、相違ございませんか?

M/K:
「コンセプト上の認識としては正しいんじゃない」

 ――ありがとーございます。では続けて、人工知能、出雲瞳が学習するための、判断材料、動作基盤の概念といったものに関して、ご説明願えますか。

M/K:
「基本は、ホロライブズを装着した、人間の視点を『線』として追いかけてる。他には、装着者の瞳の虹彩、瞳孔の縮小や拡大、といった要素をデータに捉えて反映してる」

 ――瞳孔の変化というと
 暗い時に広がったり、狭くなったりする、アレですか。

M/K:
「そう。他にもプレイヤーの集中力が増すと『視点のブレ』が少なくなったり、周辺を警戒する際は、全体を隈なく見渡したりするよね」

 ――そうですね。

M/K:
「そういった縮小、散開する際のパターンも分別してる。デバイスを装着したプレイヤーが『注目した地点』に移動したいのか。それとも視点だけを移動させたいのか」

M/K:
「それらを、実際の人間の『目の変化パターン』から読み取って、ほぼノータイムで処理。移動キーと、視点変更キーというのを、不要にした」

 ――すごいですねぇ。瞳ちゃん、かしこくないですか~?

M/K:
「そうだね。VRMMOとか聞くと、2000年から2010年代に流行した作品の影響で、脳波を読み取って稼働するのが当たりまえ、みたいな風潮があるけど」

 ――ダブルソードなオンラインですね。

M/K:
「うん。あの人が想定した未来図は、当時にすると、頭おかしいレベルで正確なんだけど」

 ――信者乙です。

M/K:
「どーも。とりあえず俺が言いたいのは、人間の眼球を通じての『焦点の変化』、および視神経を介した際の、脳波との一覧表を作れば、さらにおもしろいことになるかも、ってこと」

 ――おもしろいこと、とは?

M/K:
「たとえば、眼球の動きと電気信号のパターン解析を、専用のアルゴリズムで反復させたAIに学習させていけば、いわゆるフルダイブのVRMMOも、10年後には可能だろうなって、俺は考えてる」

 ――世の男子オタク共が憧れた、未来が到来するキッカケを、瞳ちゃんが作っちゃったわけですね! いやぁ。やっぱ瞳ちゃんはすごいなぁ。かしこい!!

M/K:
「本人がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 ―ーですよね。わかる~。それと、ホロライブズに搭載された瞳さんは、いわゆる教師アリの自己学習型ですけれど。個々のユーザー毎に『視点』の可変域や、反応速度を合わせているとも聞きますネ!

M/K:
「してるね。ゲーマー的な感覚で言えば『オプション設定』かな。従来のマウスの感応速度や、ミリ単位での操作による、視点変更のブレ幅とかいうのを、個々のユーザーの反応速度、能力に応じてフィットさせてる」

 ――かしこい! えらい!! 出雲瞳ちゃんはさすがだなぁ!!!

M/K:
「本人がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 ――あと『ホロライブズ』がリリースされた直後は「使いにくい!」「誤作動ばっかり!」とかいう、アンチ野郎の感想が目立ってましたけど、半年も経つと急に内容が逆転したように思いますネ!

M/K:
「そうだね。固定観念によって、ユーザーが、なかなか慣れなかったのと、瞳が、各ユーザーの視点操作の最適化に合わせるまでに、時間が必要だったポンコツだったってのが答えかな」

 ――テメェそろそろ殴りますわぞ。でも終わりよければ、すべて良しです。現在は、あらゆる物事が『初動』で判断される傾向にあります。受け入れられない焦りはありましたか? 

M/K:
「なにも。だいたい、俺は自分が満足できたらいい。けど」

 ――けど?

M/K:
「若い人からの反応は良かったよ。適応力があるっていうか、有名配信者も、悪くないから、使い続けてみるって言ってるのを見て。大丈夫かなと」

 ――その配信者の名前をお聞きしても、よろしいですか?

M/K:
「ハヤト。天王山ハヤト」

 ――あぁ。最近、現役の高校生だという事を発表してましたよね。
 黛さんから見た彼は、どうですか?

M/K:
「頭が良いよね。自分の能力を明確に把握してるから、単純に強い。あっという間に、ホロライブズの仕様を把握して、最適化することで、最新のゲームタイトルで、一早くランカーまで昇りつめた」

 ――つまり、その彼が『使える』と思った旨の発信をしたから、大丈夫だと思ったわけですか。

M/K:
「そう。このご時世、有象無象の人間が、好意や嫌悪を積み上げるより、たった一人のインフルエンサーが、発信する方がはるかに効果的だよ。実際、ハヤトが『ホロライブズ最強説』を口にした時点で、在庫が秒で消えたし」

 ――すごいですね。少し話は変わりますが
 架空のキャラクタを演じる、VTuber、あるいはAIが
 『本来の人間』を超えた影響力を持つ可能性はあると思いますか?

M/K:
「あるよ。この世界は最初から、誰もが偶像を求めるように、できてるから」
 
 ――いずれ、現実は不要になる。ということでしょうか。

M/K:
「逆だよ」

 ――逆?

M/K:
「偶像を求めることで、現実の美しさを再認識できるんだ」

 ――そうでしょうか。

M/K:
「俺はそう思ってるよ。ただ、言ってしまうと『自分を誤魔化す』という能力を、最初から備えてるとも言える」

 ――自分を誤魔化す…。

M/K:
「そう。俺たちは、毎日、毎時、毎分、毎秒。どこかで、なにかの幻想にすがってる。大勢の人間が、そういうふうに生きている。『人間単体での活動限界』は、すぐそこまで来てるんだと考えてる」

――わかりました。では、最後に、、、、

M/K:
「どうかした?」

 ――いえ、あの、今日はっ、ありがとうございましたっ!!

M/K:
「終わり?」

 ――はい! すみません!!

M/K:
「そう。じゃあ、また。必要があったら、呼んでよ」
 

 2026/09/11 20:48

 録音終了。