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 今の家に引き取られて12年。
 毎日、ずっと変わらず、7時になると目覚ましが鳴った。

 二学期。9月の第3週。木曜日。
 最近やっとすずしくなって、昨日は扇風機の出番がなかったなとか思う。

 今日もまた、なんとなく、元気な目覚まし時計の頭を叩く。

「おはよ」

 その目覚まし時計は、想い入れが深い。

 昔。小学校低学年の頃、意味もなく分解した。自分は、この家の両親の好意によって引き取られたのだから、勝手なことをしてはいけないと思いつつ、欲求に耐えられなかった。

 初めての小遣いで買ったのは、百均のドライバーセット。夜中、両親に隠れてこっそりと、バラバラに分解した時計が戻せなくなった。

 一睡もできなかった。今日も朝の7時がやってきて、父さんが部屋に入ってきた時、本気でパニックになった。自分なんて、死んでしまった方が良いと思った。


 ――大丈夫。貸してごらん。 


 散髪屋のお父さんは、器用だった。

 ネジ、ナット、バネ、コイル、ギア。
 小さな、とても小さな部品が集まって、システムになる。


 ――はい、直ったよ。


 神様だと思った。俺の頭を叩く手はなく、優しく撫でられた時。
 本当に、自分が恵まれてるのだと実感した。

 それから12年。物としてはそこまで高くないこの時計は、二度、調子を損ねた。けれど、ていねいに分解して、錆びをふき取り、変形した部分を取りかえてやると、ふたたび元気を取り戻した。また、朝を運んでくれる。

「うっし、今日も一日、頑張るかー」

 窓のカーテンを開くと、気持ちのいい風が流れた。改装した勉強机に近づく。机の中央、充電器に差し込んだスマホを取る。もうすっかり、条件反射にも近くなったフリック操作で、アプリを立ち上げた。


 【 Keep Your SECOND verⅡ 】


 液晶モニターの向こう側。まるで現実と区別のつかない、鮮明な3DCGで描画された、オフィスの一室が映しだされる。

「起きたか、祐一」
「おう、おはよう。昨日はなんかあった?」
「何点かな。軽く報告しておくか」
「頼むわ」

 もう一人のジブン。数えて3年目になる付き合いの【オレ】は、事務机に置いたノートPCを一旦閉じた。ついでに俺も、自分の椅子に座って、向き合う格好になる。

「昨日の夜。キミが、GM《GUNS & MAGIC》のゲーム配信を終了してからの事を話そう。まず、一般公開をしているメールアドレスに、天王山ハヤトとして出演を希望する、ゲームプレイに関する案件がいくつか届いていた」
「申し訳ないけど、今は無理かな。学校というか、リアル優先したいし」
「あぁ、わかっている」

 今からだいたい2年前。中2の時に、LoAのオンライン大会で成績をだしてから、個人性のVTuberとしても、ツイッターを含めたSNSをいくつか開始した。

 フォロワーはあっという間に増えた。ゲームプレイに関する質問から、チーム勧誘を求める誘い。金銭の発生する出演依頼。

 その他、雑多な内容から、軽度の嫌がらせまで、予想していた通り、あるいはそれ以上の情報が、洪水のように押し寄せてきた。

「ただ一応、信頼性、および将来性の高そうな内容に関しては、いくつかピップアップしておいた。いつも通り、キミの本アドレスに転送しておいたから、余裕があれば目を通しておけ」
「サンキュー。ほんと助かる。返信は俺が直にしとくから、優先度の低いやつは、悪いけどそっちで返しといてくれ」
「了解した」

 そこで、SNSに関する活動、情報の取捨選択は、ハヤトに手伝ってもらうことにした。また俺自身の正体に関しても、ハヤトと相談して、去年の今頃に「高校受験があるので、活動が控えめになります」と告知した。

 そこからは、数値の変動もだいぶ落ち着いた。無事志望校に合格してからは、できる範囲でSNSを利用したり、個人勢のVTuberとして、楽しく活動してきたわけだが、

「夏休みの間に、またフォロワーが増えてきたよな」
「オンラインの大会で優勝したり、成績を残したからな。2028年には、通常のオリンピックに並行して、eスポーツに関連した世界大会も興される」
「あれな。やっと日本も動きだしたっつーか、海外のプレイヤーと、まともに戦える土壌ができはじめたよな」

 きっかけは、今年の春だ。日本の企業数社が共同管理、維持している、新たなプラットフォーム『サウザンズ・エピックス』が成立した。

 そしてその背後には、超大規模なストレージを保存できるスーパーコンピュータが存在する。


 【富岳百景《ふがくひゃっけい》】


 高温水冷による熱制御、量子演算による処理計算。なにより、人工知能による『映像情報処理に特化した』設計コードが描かれている。

 その主要目的は『ゲーム』のデータ収集、処理、解析、保存に至る。

 ゲーミング専用マシンならぬ、超ゲーミング専用サーバー。ゲームの処理に特化した目的のスパコンなんてのは、他国でも例がない。

 これに加え、日本でも『プロゲーマー』という職業への関心と理解が高まったのもあって、このプラットフォームを介して、フィジカルなスポーツと同様に『ゲームで勝つ、優勝する』ことに、本気で熱量を費やすプレイヤーが増えている。

 もちろん、それ以外にも、楽しむことを第一に、ゲーム実況や配信を行う人たちも倍増中だ。活気が戻ってきた。再ムーブメントが起きたのが大きい。

「できたら、ゲームに関する案件も、積極的に引き受けたいけどな。とにかく時間がねぇ」

 生意気なことを言ってる自覚はある。一応、日付が変わる時間には眠っているから、毎日7時間は寝てるわけだけど。

「祐一、睡眠時間だけは減らすなよ。そもそもオーバーワークは、キミのような人種には向いてない」
「わかってる」

 今でもそうだ。SNSの対応やメールの処理は、AIであるハヤトに、ほとんど任せきり。その上で「時間がない」とか口を突いてるわけだから、本当に、手一杯なのだ。

「今は、その目に映る時間を楽しみたまえ。悩み、迷う時は、手を貸そう」
「たすかる。じゃあ、顔洗ってくるわ」
「あぁ。こちら側は任せておけ」

 スマホはそのままに、席から立ち上がる。扉を開けて、部屋をでた。
 階段を降りて、洗面台で顔を洗う。台所の方に顔をだすと、

「おはよう、祐一」
「おはよう。母さん」

 あたたかい、朝ごはんの香りがやってきた。それから、表の仕事場に続く、廊下の板がきしむ音。

「おはよう、父さん」
「うん。おはよう」

 新聞を片手に持った父さんが、静かに笑った。 
 この時間になると、いつも、お腹が鳴る。

 * *

 朝ごはんを食べたあと、制服に着替えた。
 うちの高校はブレザーだ。色は明色寄りのグレー。2年前のアイツの制服と、少し雰囲気が似ていて、気に入っている。

 入学祝いで買ってもらった腕時計を身に着け、スマホは定期と合わせたケースの中に落として、ポケットの中に入れる。学生鞄を持って部屋をでる。

 階段を降りて、もう一度、台所の方に降りていく。弁当箱の包みを受け取ってから、店の表の方に顔をだした。

「そんじゃ、行ってくるね」
「お弁当は持った?」
「持った持った」
「祐一」
「なに、父さん?」
「よく遊び、良く学んできなさい」
「はいよー」

 店の開店準備を始める父さんに笑いかけてから、裏口の方に回る。だいぶ馴染んできた、高校指定の革靴をはく。見送りに来てくれた母さんの前で、自転車に乗った。

「車に気をつけるのよー」
「はいよー」

 このやりとりも、12年ずっと変わらない。

 * *

 進学した地元の高校は、中学よりも離れたところにあった。自転車で、新公共機関《トラム》の入口まで移動して、定期を使って通り抜ける。

「おはようございます。大野さん」
「あら、祐一くん。おはよう」

 駅は無人改札だけど、顔なじみのおばちゃんがいるので挨拶した。ちょうど落ち葉を掃いて、集めているところだった。

「最近、涼しくなってきましたね」
「ほんとねぇ。やっと秋らしくなった感じ」
「ですよね。扇風機、今週にはしまうかも。そんじゃ、いってきます」
「えぇ。いってらっしゃい。学校、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」

 階段を上がって、電車を待つ。この時間帯は、やっぱり交通機関を利用する人が多い。ただ俺の通う高校は、市内の中心部とは逆方向にあるので、社会人のスーツを着た人たちとは同じ車両にはなることは少ない。

 【まもなく、電車が到着します】

 リニアモーターで走る、トラムがやってきた。中に入って、扉から離れた位置で吊り革をつかんだ。

 同じような学生たちが利用するけれど、降りる駅に着く頃には、ちょうど席が綺麗に埋まる。

 【とびらが閉まります】

 シューッと音がして、ドアが閉まる。席に座る人、同じ制服を着た学生や、同じ方向に職場がある大人の人たちは大抵、スマホを片手に持って、その先の世界へ没頭している。

 中には文庫本に目を落としていたり、新聞を三つ折りにして、眺めている人もいる。俺も制服のポケットにスマホが入っていて、今朝ハヤトが集めてくれたメールを、確認しようかなとか、思わないでもないけれど。

(風景見るの、意外と飽きないんだよなぁ)

 夏が過ぎ、秋めいた世界。
 太陽の位置、雲の大きさや広がり。空の色。
 木々の変化。下草の量。遠くに見える、川面の色合い。

 たぶん、毎日見る分には、本当に変化は少ないんだけど。ちょっと高い位置から、自分の街の光景を眺めるのが好きだった。

 時間にすると、20分にも満たない。けれどその間にも「昨日と違うな」と思う変化が見つけられる。むかし好きだった、絵本の中の間違い探しみたいに、ちょっとだけ、昨日と変わっている。

 同じ毎日はやってくる。けれど、まったく同じ日は、一日もない。

 そういう意味だと、スマホの中に映る世界は、意外と『変化』を見つけるのが難しい。SNSを覗けば、秒単位で新しい発信が流れるし、映える写真や、うっかり吹きだすような動画も流れてくる。

 だけど、そういった『分かりやすい変化』が、当たり前にあって、逆に『ここが変わったな』というのを改めて見つけるのが、難しい気がする。

 どっちが良いか、悪いか、というわけではないけれど。どうせなら、限られた移動時間には、ちょっとした『変化』に気付きたいと、俺は思う。

 そうして毎日の違いを追いかける。電車は規則的に1つずつ駅を進む。またゆっくりと速度を落として、プシューと、圧縮された空気音が鳴って扉が開いた。

 同じ高校の学生服を着た女子が二人、乗り込んでくる。

「おはよう。前川くん」

 背中まで届く黒髪をなびかせた、清楚な優等生と。

「おはよ」

 赤毛のミディアムボブ。外国人とのハーフ。こちらも清楚。

 周囲の視線が集まる。スマホの世界に没頭していた乗客が、この時ばかりは「はぁ~清楚な美少女だぁ…。一体どこのお嬢様なんだろう?」といった感じで注目する。

 悲しい生き物だな。俺たちは。
 昨日から、まったく進歩がない。まるで学習していない。

 そんなことは、間違っても声にはださず、「おはよう」と言うに留める。

「あーちゃん、そこ空いてるよ。座ろっか」
「うん」

 必要最低限の交流を伴って、二人が近くの席に座る。扉が閉まり、発車する。他の乗客の迷惑にはならない、ささやく程度に雑談をはじめる。

「今朝ね、なんとなく、今流行ってるゲームの実況者さんのツイートとか見てたんだけど」
「うん」
「なんか案件のオファーがいっぱい来てて、どうしようか迷ってるって」
「そうなんだ。最近、対戦ゲーム、強い人が増えてきたらしいね」
「そーそー。女子もね、本気でやってるっていうか、やるからには勝ちたいけど、誰に聞けばいいか分からない。聞きづらい。みたいな子が多いんだって」
「へー、わたしあんまりゲームしないから、わからないけど、そうなんだー」
「そうみたいだねぇ」

 白々しい清楚っぷりだった。一人だとそうでもないが、二人そろうと、なにか特殊なバフでも発生させるらしい。

 見る者にとっては、「えっ、なんのゲームだろう。僕の知ってるゲームだといいなぁ…」という、幻惑《せいそ》効果を、範囲内に永続的に発揮する。

 攻速特化。DPSマシマシの、勝負勘と嗅覚に優れた猟犬が、

 公共の場で、しとやかに振る舞う。

 というスキルを発動するだけで、防御値が一時的にカンストする。異性に対して有用なデバフを永続的に発揮する。チートじゃん。

 と思うことも少なくないが、俺も吊り革を握ったまま、ただのクラスメイトを装って「へぇ~」とかいう言葉を心の内で発するモブと化す。

 目立ちたくないよな。わかる。

「わたしさ、ゲームって、神経衰弱ぐらいしか分かんないんだよね」
「じゃあ放課後、神経衰弱やる?」
「あはは。いいよ。やるやる。絶対やるやる。ね?」

 言外にプレッシャーを感じる。

 はいはい。『神経衰弱』ね。

 14枚一役がそろったら、宣言するやつね。知ってる知ってる。

「えへへ。今夜は寝かさないよ?」

 すいません。完徹は勘弁してください。
 俺ら、まだ高校一年生なんで。