故郷の島


「あっ、わかった」

 デバッグあるある。問題点を洗いだせた時、思わず声がでる。

「バグの原因わかっちゃった?」
「わかっちゃいました。変数名が悪さしてるわ」
「さっすがぁ。なるほどねー、変数名がねー。で、どゆこと、どゆこと?」
「ここの…」

 モニター画面から目をそらして、振り返る。ちょうど視線の先、肩越しから、ひょいとのぞき込まれる形で目があった。

「これ。明日の予定パッチで入れるつもりだった、女キャラ用のチャイナドレス。竜模様の柄が入ってる衣裳なんだけど」
「やっぱり、その子が悪さしてた?」
「うん。変数名が『chaina_ron』なんだけどさ」
「ふむふむ?」
「変数名の『ron』の部分が、特定の役満あがりの際に、文字列を参照されて、通常の処理と干渉してる」
「あっ、なるなる。それで処理重くなってたんだ?」
「そういうこと。処理の手順を説明しとくと、カットインエフェクトだすとき、こっちの構造体に一度飛ばすんだけど…」

 ピンを打っておいた箇所に、スクロールして、解説する。

「…で、この辺で処理してるわけだけど。カットインの映像を表示する際に、今のキャラクタの外見の参照時に、服の文字列の『Lon』と、役満処理時の条件変数『Lon』が一緒で、無限ループ入りかけてる」

 いっそ、無限ループに入ってくれてたら、強制エラー落ちで、発見が早かったんだけど。これも、デバッグあるあるだ。

「そっか。でも、発生したり、発生しなかったりしたのは、なんでだろ?」
「今度実装する、新しい課金アイテムで、この服だけ持ってたら、発生するっぽいな」
「それも理由わかったの?」
「判明済み。ただ、そっちは説明手順が煩雑になるから、俺の方でまとめて、安藤さんに連絡しておくよ。もうちょい、変数名とか、仮数の範囲とか、厳密に決めておかないと、たぶんこの先も、追加パッチ入れたら、バグるから」
「そっかー。でも環ちゃんって、時々、すごい数字入れるよね。変数の値とばすときに、いきなり『10000』とか、『1000000』とか入れるし。変数名が『annpann」だったりするし
「それも、優秀なプログラマー、あるあるだから…」

 ゲームプログラムのシステムは、イメージとしては、大小さまざまな歯車が噛み合って、ひとつの大きな推進力をだす装置みたいなものだ。

 歯車がひとつ動かなくなると、連動して、他のところも止まってしまう。だから作っている間は、ものすごく神経を使う。唯一自由になると言っていいのが、システムの仕組みに連動する番号だったり、名前だ。

 作っている間は、ひたすらに『理論』の左脳をフル回転させている。だからどうしても、遊び心として『感性』の右脳が顔をだすのだろう。今回はたまたま、その部分が悪さを起こしてしまっていた。

 彼女の【セカンド】も、ぼやいていた。

 ――たまきは、そゆとこ、あるです。つめが、あまあまういんなです。

 普段は『感性』を最優先に生きてる人工知能だけど。そうしたところでは、逆にきっちり、数字を管理して割り振っている。

 俺たちは、きっと自分たちが思ってる以上に、一方向へ偏っている。思ってる以上に、未熟で、不確かな生き物なんだろう。

「…祐一くん? どうかした?」
「ごめん。ちょっと考え事してた。とりあえず、俺は安藤さんに連絡して、許可得たらプログラム修正するわ。たぶん、そろそろ部活終わっただろうし」
「うん、わかったー」

 時計を見ると、午後3時過ぎだった。

 彼女はあれから、東京の高校に進学して馬術部に入った。大会に出場した時の制服姿は、ショートヘアになった安藤さんの外見と、すごく似合ってた。一時は俺たちから「王子!」と呼ばれてたぐらいだ。

「でもほんと、あれだよね」
「ん、なに?」
「いろんな人たちがいて、みんなに、いつもお世話になってて、なんていうか、どこにも足を向けて寝れないって思う」
「わかるわかる。最終的には逆立ちして寝なきゃな」
「あはは。でも空の上には、麻雀の神様がいらっしゃいますので」

 そこで麻雀の神が選ばれるのは、きっと彼女の他にいないだろう。

「でも俺たちも、そこまでお人好しってわけじゃ、ないよな」
「そうかな?」
「そうだよ。結局は他人なんだから。好きなものぐらい、自分の頭で考えて、自分で決めてるさ。特に深い理由なんて、なくてもさ」
「祐一くんは」
「ん?」
「えーと、推し…じゃないにせよ、そういうなにか、とっても大事にしてた、応援していたものが。ある時になってとつぜん、ふわっとなくなった事って、ある?」
「そうだなぁ」

 考えてみる、振りをする。

「応援していたもの、ってなると違うかもしれないけど。うちは散髪屋で、チェーン店でもないから、大きな看板を掲げてるわけでもないと、やっぱり顔なじみのお客さんって増えてくるんだよな」
「うんうん」
「そうしたら、お客さんのなかで、あの人もう来なくなっちゃったなって思う人は、いっぱい思い浮かぶんだ。それも2種類あってさ。ひとつは、来なくなった理由がハッキリわかってるのと、もうひとつは、ぜんぜんわからない人たち」
「それなりに、常連さんだったわけだよね」
「そう。うちに何年も来てくれてて、けっこう気さくて、楽しくおしゃべりもしてくれた人が、急に顔を見せなくなったりするんだよね」
「そういう時って、さびしいって、思う?」
「うーん、どうだろ。いろいろあるかな。散髪って、普通の人にとったら、そんなに頻繁にするものじゃないから。特に男は、とりあえず伸びたら切っとけみたいな感じで、数ヶ月に一回顔見せるお客さん自体も、少なくないし」
「そっか。じゃあ、来なくなった気がするね、って分かるのが、だいぶ後になる場合もあるんだねぇ」
「そういうこと。ほんと、なんでもない時に、そういえば、あの人最近顔みなくなったなー。みたいに思う事があって。頻繁に顔だしてくれる、常連のお客様がもう来れないってわかった時は、ハッキリ、さみしいなって思うんだけど、」

 消えそうになっている、顔をおもいだしながら。

「本当に、なんだか曖昧な、ハッキリとした繋がりはなかった人も、いなくなったかもしれない。っていうのが分かると、ふわっと、さびしくなる、かな」
「そういうのって、ひきずられたり、しない?」
「気持ちがってこと?」
「うん」
「するよ。だけど」

 正直に応える。

「一生は繋がれないよなって、割り切ってるよ。俺のことを、いちばん分かってるのは、俺自身だし。なによりそう在りたいから、他の人たちも、基本的には自分自身が、一番たいせつで良いんだって思ってる」
「うん」
「だから基本、俺たちって、他人にできることは、なんにもないんだよ。いなくなると、さびしいなって、思うぐらい。勝手に、思いやって、感傷に浸ってるんだよなぁ」
「祐一くんは、ドライだなー」
「基本的に能力低めだからなぁ。そういう風にやらないと、立ち回れないのは、自分でもよくわかってるから」

 まぁ、そういうところを見抜かれて、うちの社長もとい、同級生には上手く使われてるわけだけど。悲しいな。

「で、そらさん?」
「ふぇ?」
「なんかあったの?」
「…いやー、ちょっとねー、わたしもいろいろ、悩みとかもありましてー」
「そっか。自己解決がんばれ」
「ちょっとー!? そこはほら、…仕方ねぇな。この女。オレが悩みを聞いてやるよ。ほら話してみろよ――みたいに、ぐいぐい来てよ! 来いよ~!」
「女性向けシミュレーションゲームのやりすぎじゃないですかね? それ、全国の男子にとって、現実的に一番、やってらんねぇって思うパターン入ってるから」
「そんなこと言ってると、10年後には、365日女子のお悩み相談聞くAIが発展して、現実の男子不要論が、憲法レベルで成立するよ!」

 出生率が著しく下がりそうな法案だった。

「わかったよ。パラメータ低めの空キャで良けりゃ、話を聞くよ」
「はぁ~、頼りにならんなぁ…」
「話振っといて、それはひどくね?」

 言いながら席を立って、床に置いたテーブルの方に、向き合って座る。
 まぁひとまず、明後日のコラボイベントは、大丈夫そうだ。

「…ふぁ」

 安心して油断すると、あくびがでた。

「眠い?」
「あー、ちょっとだけ」

 今日は少し、頭を使いすぎた。

 * *

 ――祐一くんが眠っている。

 用意したケーキを食べて、紅茶を飲みながら話をしていた時、もうひとつ欠伸をしたのを、わたしは見逃さなかった。

 彼は、自分自身に対して、すごく無防備だ。わたしのことを、パワー系だとか、防御ゼロとか言うけど、そういう彼自身、『現実の自分』に対して、リソースを割くことが極端に少ない。

 彼の人生は、『自分の家族』の為にある。
 『たいせつなもの』の為に、巡り廻っている。

 仮に、VTuberであることが、彼のご両親の迷惑になれば、即座に引退を決定するだろう。彼は頭が良いから、そうした予兆が見えた時点で身を引くはずだ。

 自己評価が低いわけじゃない。逆に過大評価もしていない。

 適切に自分のことを理解している。客観的な成績《スコア》からも、自分が平均以上の位置に留まれることも知っている。だけど彼は、そのリソースを、現実のジブンに生かそうとはしないのだ。
 
 だから彼のことを知る人は、一様に「もったいない」と思ってしまう。あーちゃんに至っては「祐一は将来、ぜったい悪い女にだまされる」とかいう。自分を含めていないのが清々しい。いや、それはおいといて。

 とにかく彼は、表向きは難色を示すことがあっても、最終的に従ってくれる。わたし達の誰もが気付かない視点をもって、現状を打開する導きを与えてくれる。

 彼のご両親も気づいている。
 祐一くんが、自分たちのことを最優先にして、生きていることを。

 だから、たくさん増やしてあげたいと願っている。
 彼のだいじなものを。自分たちが生きているうちに。

「キミは、すごいね」

 わたしは、寝ている顔をみながら、ささやいた。

「ほんとうに、すごいよ」

 彼は、自分が思っている以上に、この世界を動かしている。

 やさしさと、賢さと、自己犠牲。

 あらゆる生き物が兼ね備えた素質。

 人間だけが、選択すること。
 無意識に忌避する要素を、彼は常日頃から行っている。

 祐一くんを見ていると、つくづく思う。

 彼は『命』なんだなって。

 『人間』らしくないなって。

 だから、実を言うと、あせるのだ。

 この人は、わたし達を置いて、遠くへいってしまうんじゃないかと。

 彼は、きっと、みじんもそんなこと思っていないだろう。だけど、彼の近くにいる人たちは、同じような想いに辿り着くのだ。

 おいていかないで、と。

 負けないぞ、と。

 こっちを振り返らせてやるぞ、と。

 なんだかそんな感じに、勝手な対抗心を燃やしてしまうのだ。

「ふふふ~」

 わたしのすぐ側に、そういう男の子がいることが、なんだか嬉しい。言葉だと、この気持ちを、上手く表せない。ただとても、素敵なことに違いないと思う。

「キミは、素敵な人だね」

 言葉にすれば、そこまでが最適解。それ以上先は、どんな言葉をあてはめても、まったく違う答えになる。

「…男子はいいなぁ」

 滝岡くんと、原田くんは、きっと『ライバル』だった。たとえ目指す道や、分野が違っても、二人とも、彼を「すごい奴だ」と認めてるのがわかる。祐一くんも、同じように思ってて、三人そろって、どんどんすごくなる。

「いいなぁ」

 男の子は、負けず嫌いなのが、許されている。
 むしろ推奨されている節すらある。

「ずるいぞ、おまえら」

 うらやましい。男子になりたいとは言わないけれど、せめてもう少し、認めてくれたっていいじゃない、そういうの。

 ――――。

 ふと、自分の部屋の方から、携帯が鳴る音が聞こえた。立ち上がって、両親の部屋をでる。廊下はずいぶん暗くなっていた。秋の宵闇、といった時間帯。

 自分の部屋に戻り電話を取る。あーちゃんからだった。

「もしもし、そら?」
「はいはい。あなたの妻ですよー」
「ごめん、今日帰れないかもしれない。芽衣子さんはまだよね?」

 自然にボケをかわされる。冷たい相方だぜ。

「うん。おばあちゃん、まだ旅行から帰ってないよ。日帰りって言ってたから、もうそろそろ帰ってくるとおもうけど」
「じゃあ悪いけど、そっちに帰るのは、明日以降、最悪明後日の月曜日になるかもしれないって、伝えておいてくれる?」
「いいよー。ところで明後日、月曜の配信は、予定通りでられそう?」
「えぇ。『シゲミヤ』とのコラボよね。それまでには帰れるわ」
「わかった。りょうかい~。あっ、そうだ、祐一くんからのメール見た?」
「さっき見た。バグの箇所見つけたみたいね」
「うんうん。プログラム自体も修正ずみ。安藤さんからも連絡がきて、あらためて修正した内容の仕様書、共有フォーラムに再アップしますって」
「わかったわ。それじゃシステムのアップデートは通常通りで進行でいいわね」
「うんうん。大丈夫」

 安藤は、東京の高校に通う、わたし達と同じ16歳の高校生だ。プログラマと、AIに関する知識は、あーちゃんからも一目置かれている。曰く「ぜったい捕獲する。逃がさない。これ以上の人材流出は罪」とのこと。

「あとは、祐一なんだけど。さっき電話にかけたけどでなかったの。特に問題はないと思うけど、そら、なにか聞いてる?」
「あー、はいはい、それねー。うん。たぶん大丈夫だよー」

 ちょっとだけ、声が裏返ってしまった。

「…もしかして、祐一、そっちにいたりする?」
「えー?」

 おいおい。するどいぞ、この女。

「ちょっと、そら。祐一いるんでしょ。だしなさいよ」
「えー、いませんよー? そのようなお名前の男子は、現在お泊りになっておられませんよー?」
「そういう悪ふざけいいから。だしなさいよ。でないと、ここから帰りの旅費を、祐一に請求させるわよ」

 あぁかわいそうな祐一くん。社長系パワー令嬢のワガママで、なぜか帰りの飛行機代と、タクシー代を請求される羽目になるなんて。

「そら」
「わかったってばー。いるよ。祐一くん。けど本当に寝てるから」
「…は? なんで寝てるの」
「そりゃ集中して、デバッグしてたから。午前中も家の手伝いしてたみたいだし」
「あたしだって、朝から仕事してるけど、起きてるけど?」
「いやそこ張り合わなくていいでしょ」
「で、なんで人の家で寝てるのよ。ずうずうしい男ね」
「ケーキと紅茶に、睡眠薬を仕込みましたので」
「……」
「冗談だよ?」
「危うく通報するところだったわ。命拾いしたわね」
「あーちゃんが言うと冗談に聞こえない。でも本当に眠たそうだったから、休憩していったらって。ほら、祐一くん、強く勧められると、絶対に断らないから」
「悪い女にひっかかるわ」
「逆にどこかの社長令嬢に捕まって、一生働き通しかもね」
「万人の男たちが妄想する、幸せな人生《サクセスストーリー》ね」

 強い。

「冗談はともかく、もう遅いわよ。叩き起こして、家に帰らせてあげたら?」
「終電までには、ぜんぜん余裕ありますからー」
「そら」
 
 あーちゃんの声が、ぴしっと冷たくなる。うん、向こうも冗談だって、わかってるのは間違いないんだけど。これ以上は危険だよと、わたしの本能が告げてる。

「大丈夫。実はさっき、起こそうかなって、思ってたところ」
「寝顔にでも見惚れてたのかしら」

 エスパーかな?

「まぁ、祐一みたいなタイプは、睡眠がなにより大事だっていうのは、わたしも、愚兄もよくわかってるから、無理に起こせとは言わないわ」

 ――集中力が、ものすごく高い人間。

 オンオフの切り替えが瞬時に行える人は積極的に眠る。無意識に、睡眠を重要視しているって、あーちゃんや、竜崎さんからも聞いたことがある。

 祐一くんは、そういうタイプだ。傍目には、意外な盲点をついたアイディアや、ゲームの攻略法を見出してるように見えるけど、それは実のところ、限界まで集中して、あらゆる選択肢を考慮してるから。脳をフル回転させているからだ。

 だから、彼はよく眠る。

 初めて飛行機に乗った時も、わたし達に一言断ってから、すぐ眠っていた。

「だからって、あなたも不用心よ、そら」
「なにが?」
「なにがって…あたしも、芽衣子さんもいない時に…呼ぶ? 普通?」

 あーちゃんが、普段はみせない声色で言ってのけた。ほほえましくて、ちょっとだけ肩がふるえてしまう。素直に言ってしまうと、ぜったい怒るから。必死に隠し通した。

「わかるでしょ。分別っていうか、ほら、ホームステイさせてもらってるわたしが言うのも、なんだけど、ほら」
「うんうん。ごめんね、わかってる、わかってる。次はあーちゃんも一緒の時に、てきとうな理由をつけて、呼びだそうね」
「いやべつに、いいでしょ。おたがい同じところにいなくても、現代の技術なら、それぞれの場所で作業はできるんだし」

 感情的な、素の表情がでる。ちょっと前まで、どちらかと言えば、人間が嫌いだとか言ってた女の子が、どうしようもなく、一生けんめいになっている。

「ごめんね。なんだか今日は、少しだけ、誰かに、近くにいてほしいなって。思っちゃったみたい」
「…そら」

 良いことも、悪い事も、折り重なって。
 ほんの少しの成功と、たくさんの失敗が連なっていく。

 大勢の人たちと、接点を持つ。いずれ、なにも言わずに去っていく。

 わたし達は、いつまでもは、結びつかない。
 変わるから。まったく、同じではないから。

「――どうしようもない、さびしい生き物だよね」
「そう思う日だってあるわよ。ないことの方が稀だわ。だから、」

 あーちゃんは言う。

「感謝してる。あなた達に、みんなに出会えたこと」

 時々、とうとつにそういうこと言う。

「そら、あなたは、無理に『さびしさ』になれる必要はない。あなたが不得手なものは、わたしや祐一、その他大勢に丸投げして、蹴り飛ばしてしまえばいい。あなたには、それだけの価値がある」
「…うん、ありがとう」

 わたしの親友も、世界で一番、格好良い、素敵な女子だった。