ナンセンス文学


 『自由』の在りかは、自分で定義すればいい。

 言うだけなら簡単で、実際は難しい。
 実際は大声で叫ぶことも、ままならない。シンプルな言葉こそ、ウソなんじゃないかって思ってしまう。

 大人がリアルで口にする建て前は、スマホを片手にネットの湖を覗きこめば、二律背反だらけなんだなって、すぐにわかる。

 これが正解だと思う道の先も、あるいは間違いだと感じる道も、ひたすらに不自由な気がした。

 リアルも、ネットも、息苦しい。

 正義も、悪も、結局、なにかに縛られている。支持を得られる人も、そうでない人も、本質は変わらない。要は自分が気持ちよくなれるか、そうでないかの違いだ。

 じゃあ、俺って、一体なんなんだ?

 なんのために、生きてるんだよ。

 あぁ、だからか。

 だから、みんな「死にたい」って言うのか。

 どこにもいけない。

 そういう感情の極致が、オレ達を作りだすんだよ。


「アー、お見苦しいところを、たいへん失礼した。この失態は、プレイ内容の方で挽回させていただくとしよう」

 いつもと違う声に、雰囲気。再エンコード中の動画には、VTuberとしての『天王山ハヤト《オレ》』が映っている。

 俺の声をリアルタイムで拾い上げ、【セカンド】が内包するAIの変換法則に従い、アニメのキャラクタのそれとして、上書きされていく。

 元々は、西暦2017年に発祥された、ディープフェイクと呼ばれる技術の発展形だ。そこから7年後の2024年には、こうして『VTuber』を、もう一人のジブンとしての存在を、補佐するアプリにまで進化した。

 目に見える現実と、モニター越しの世界に、

 この時代、どれほどの差異があると思ってる?

 大人たちが口にする「リアルを大事に。ゲームは控えめに」は、俺たちにとっちゃ、どっちも同じ次元に統一されつつあった。

「まずはお詫びしておく点が1つある。今回は『個人的な事情』があってな。オレのアカウントが変わっている――ついでに、全員分のプレイヤーネームを、あらかじめ編集して隠している」

 さあ、自由な時間だ。

 ――キミ、そんなことして、なんか意味あんの? バカなの。

 そんなダセェ質問には、笑い返してやれ。

 so what?

 だからなに?

「おっと、心配は不要だぞ。たしかに過去、オレの実力が神がかり過ぎているのを妬んだ海外の連中が、公式に、オレのことをチートプレイヤーだと苦情を送ったことがあったな。
 実際、その疑いが晴れるまで、アカウントをロックされてしまったこともあるが、その際には諸君らが、オレの動画を提示し、チートを使っていないことを証明してくれた。感謝しているぞ」

 それは本当のことだった。実際、海外のFPSゲームでも同じ様なことが起きた。

 先天的な超反応スキルを持った人外が、ヘッドショットを連発して、一人で試合を決めるようなムーブを連発し、30だか40だかの連勝を重ねたところで、アカウントが凍結されたことがある。

「まぁ、今ではそうした経験も、このオレ、天王山ハヤトの名前を知らしめるものとして『たかが伝説の一つ』となってしまったわけだがな。フハハハハハハハッ!!!」

 この世界は息苦しい、ツラい。

 逃げ場なんて、どこにもない。

 未来なんて微塵も期待できない。想像できない。

 人生詰んでる。どうせ、明日も今日とおんなじだ。

 みんなのいう、従来の価値観がわからねぇ。

 生きてたって、つまんねぇ。

「今回のマッチ帯は、普段の最上位ランクからは一段下がるが、十分に見ごたえのあるものとなっていることを保障しよう!!」


 この人生が、なにかの、だれかの主役だと思えない。

 それどころか、脇役でもない。

 光にも、影にも、塵にさえもなりえない。

 形のない恐怖が、ひたひたと、やってくる。


「さぁ、後はロード時間が終われば試合開始だ。おっと、そうだ。今日は対戦の前に、諸君らに言っておきたいことがあるぞ」


 そういう時、俺はしゃべるんだ。

 脳とは違う部位の筋肉を振るわせて、放つんだ。


「諸君らに問う。オレが過去にアップロードした動画のタグに【野良王】だとか【野良友達100人できるかな♪】とかのタグをつけたのは誰だ?」

 ゲーム内容の同期をはかるロード時間が終わる間に、俺は前回アップロードした動画に投げられたコメント思いだし、言葉にしていった。

「このオレは寛大だから怒らないし、まったく、これっぽっちも、気にしていないがな、名誉棄損はやめろ!!」

 ゲーム動画に映る『天王山ハヤト』の眉がきつくはねあがり、目が見開かれ、口元も限界まで開いた。

「風評被害も甚だしいッ! まことに、まことにッ、まーこーとーにー! 遺憾であるっ!!! 諸君らに言っておくがな。友達はちゃんといる。どうせ突っ込まれるから先に話しておくが、無論、金で買ったりなどしていないからなっ! はぁ、はぁ……というかだな、だったら証拠として友達の実名をだせとか、貴様ら、それ普通に脅迫だからな? プライバシーの侵害だからな? 最悪警察にいくからな。雑コラ程度で満足しておけよ?」

 はぁ、はぁ。はぁ。

 割とマジで息継ぎをする。普段、ほとんど大声をだすことがないからつらい。気を落ち着けるように大きく深呼吸。2Dキャラクタの『天王山ハルト』もまた、両肩を上下させていた姿勢を戻し、額の汗をぬぐう。

「それでは、本題のゲームプレイに移らせてもらうとしよう。すでにLoAの動画はいくつか挙げさせてもらっているので、熱心なオレの信者たる諸君らであれば、オレが得意なキャラクターはご存じのとおりだろう。――そう【すべて】だ」

 オレは、不遜に口端をつりあげる。

「アタッカー、マークスマン、タンク、メイジ、サポート。現2024年9月の時点で、LoAのアジアサーバーには、56体のヒーローが存在するが、俺はその【すべて】を必要十分、それ以上に扱うことができる。こんな芸当ができるのは、おそらくはオレぐらいだろうな」

 こんな発言をすれば、また視聴者から、好き放題に『おもしろいオモチャ』として弄られるが、ぜんぜん構わない。どいつもこいつも、自由にやりやがれ。

「まぁもっとも得意なのは、剣士タイプの『リンディス』だがな。いつものマッチングでオレの名前が見つかると、相手チームはまっ先にBANをかけてくるぐらいだ。
 風の噂として聞いているが、このオレの『リンディス』があまりにも華麗すぎるが故に、視聴者の中には、オレの真似をしてやらかしてしまい、地雷扱いされるプレイヤーが急増しているようだな」


 それもまた、真実だった。けれど『現実』の世界では、本当の事をそのまま口にすれば、相手を傷つける。だから面と向かって、

「残念だが、あえて、言わせてもらおう。

 諸 君 ら に は 無 理 だ 。

 このオレの、超華麗かつ天才的なプレイングの前では、赤子の児戯にも等しいのだ。到底追いつけるものではない。それでも、じゃあどうすれば上手く使えるようになりますか、どうすればゲームが上手になりますか。勝てるようになりますか。という質問も、コメントで山ほどくる。対し、オレはいつも応えている。

 や め て お け 」


 真実を、すべてさらけだす。

「ヘタクソとは言うまい。ただ、オレが、上手すぎる。強すぎるのだ。圧倒的に、完璧すぎて、一分の隙もなく、味方を勝利へと導かせてしまうが故に。そうか…オレは神だったのか。今気づいたわ」

 次から次に、自由な言葉がでてくる。

 勘違いと。自信が。圧倒的にわきあがってくる。


「現在、俺のメインアカウントのランクは、アジアサーバーで5位だ。諸君らも知ってのとおり、オレは基本的に、一切パーティを組まないし、フレンド登録も断り、ディスコの連携も全て切っている。こうなると、プロゲーマーも混じる最上位マッチングでは、ソロであることが最大の不利要因と化す。だがあえて、オレはそのスタイルを貫いている。何故か? シンプルだ」

 高らかに謡う。

 
「オレが求めるのは【最強】だからだ」


 世界1位。セカイセイフク。おっぱい。


 いけ好かない白人も。

 ゴリラマッチョな黒人も。

 小賢しいイエローモンキーも。

 男子であるならば。

 心から欲する、3大欲求の集大成。


 【最強 -Saikyo-】


「生粋の腕前を持つプロプレイヤー、しかもボイスチャット等で、極めて高度な連携をとってくる、技量、知識ともに最高クラスのプレイヤーに対して、所詮は有象無象である、野良チームが勝利を収めることは、極めて難しい。だが、あえてそうした環境下で1位の頂きに達してこそ、真の王者と呼べよう。諸君らも見てみたいのではないか? このオレが、その冠を手にするところをな。ふはははははッ!! ははははははは。アーハッハッハッハ!!!!」

 腹の底から笑い声をあげる。
 ヒトカラ用の個室で、誰の気も留めることなく、自由に歌う。

 

* * *

//Side Chapter image BGM or SONG
//RISING by fox capture plan

 先週の、収録後のことだった。

「…スイ、なに見てるの…?」
「あぁ、クロちゃん。ごめんね、ちょっと動画見てたー」
「なんの動画見てたの…?」
「LoA《レジェンドオブアリーナ》だよー」
「あぁ…mobaね。最近、日本でも人気でてきたよね…」
「そうそう。ハヤト君が、新しい動画アップしてたから~」
「…ああ、ヤバイね」
「ねー。ヤバすぎる上手さだよねー」
「それもあるけど…」
「イタい?」
「まぁ、うん。面白いのは認めるよ」
「そうだよねー。彼のチャンネル登録者数、50万超えだよー。ゲームプレイ動画限定で、50万超えはちょっと凄いと思わない?」
「……信者がすごい。ツイッターとかしてないし、基本宣伝もしないでしょ。ハヤト」
「そうそう。動画アップロード用のアカウントだけはあるけど、SNSとか、本当に一切してないよね」
「…本当に【最強】目指してるのかな」
「ガチなんじゃないかなぁ。正体不明で、本人AI説とか、チート使ってるとかの噂まであるし」
「…どんなゲームにもいるよね。ヤバい強さのやつ…」
「いるいる。あぁいう人って【なにが見えてる】んだろうねぇ」

 そんな話をしていると、
。控え室の扉を、ノックする音がした。

「はーいはいはいはいぃー、ちょいと、おっさんがお邪魔しますよ。アイムカミンしちゃいましたよー」
「竜崎さん、お疲れ様です」
「おつ」
「黒乃ユキこと、ユキちゃん。宵桜スイこと、スイちゃん、今日の収録もお疲れ様でした。ちょいと話があるんだけどいいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「ちょっとお兄――プロデューサー、なにその語尾、アホなの?」
「アホとは無礼な。ユッキーはちょっと、最近Pのことナメくさりすぎだよね? ちょっと調子のってるよね?」
「その愛称は気に入ってないからやめて」
「はいはいはい。気をつけようね。言葉遣いはね。TPOをわきまえないとね、うるさい団体がね。右から左から上から下から、神輿をかついで現れるからね。キミらの旬は今だけだよ、乙女たち」
「えー、自分の事務所に所属してるタレントに、そんな率直に現実を突きつけてたら嫌われますよ?」
「そうそう。テンション下がるでしょ、クソP」
「クソとか言わない。二人ともアイドルの自覚もって?」
「はいはい。で、話ってなに?」
「そう。その話をしに来たんだよ。新しい仕事の案件なんだけど、二人とも、テレビゲームは、お得意のモノでしょ」

 竜崎さんは、両手をだして、指をワキワキさせる。

「…テレビゲームって、お兄…プロデューサーの感覚は古いから…”ピコピコ”で止まっちゃってるから…大丈夫? わたしらの感覚とズレてない?」
「失敬だな。ちゃんと最近のゲームだよー。昨年にリリースして現在も人気継続中の――あれ、タイトルでてこねぇわ」
「失せろ。go home」
「お前っ、兄に向かって――いけないなぁ、ノンノンノン。黒乃ユキちゃん。アイドルがそんな汚い言葉をつかっちゃあ、またファンに切り抜かれて、音声編集動画を作られちゃうぞー?」
「あはは。あれ面白かったですよねぇ。竜Pを、クロちゃんが1時間ひたすら罵り続ける動画、最近アレ聞いて作業してます」
「鬼かキミは。えーとそれで、タイトルなんだけど…まぁ思いだしたら、今日の間にメールするよ」
「…タイトルはともかく、内容は思い出せるでしょ。どんな仕事」
「あぁそうそう。なにか来月の頭ぐらいから、ゲーム内のイベントで『フェス』と呼ばれるものが開催されるらしいんだ。でだね、昨今の、海外のeスポーツの盛況ぶりやら、プロゲーマーの知名度向上に伴って、我らが祖国、日本もようやく重たい腰をあげはじめた」
「…竜P。私情はいいから、本題はよ」
「はいはい。わかってますとも。でね、新しく立ち上がった、お役人どもの言うことにゃ。その『フェス』の新モードとやらで、なにか【最高クラスの称号】を獲得しろって話よ。お上は『まっとうにゲームが強くて見栄えのするアイドル』が欲しいとのこと」
「…まっとうに強い?」
「【最高クラスの称号】の獲得ですか? あの、竜崎プロデューサー。もう少し説明してもらってもいいですか」
「うん。また前置きからになるけど。ほら、オリンピックでも、野球の開会式でも、警察署の一日署長でも、なんでもいいけどね。本人に技能はないけど、見栄えがいいからって理由で、アイドルに始球式やらせたり、聖火ランナーの真似事やらせたり、制服着させて知名度向上アピールするっしょ。
 だけどね、eスポーツってのは、どうも、そういう事をやっちゃうと、逆にヘイト貯めがち。ってのが、お役人の企画所や、芸能事務所関連も、察してはいるみたいなんだよね」
「今さらそこかよ。当たり前でしょ。そんなん」
「…あはは。まぁクロちゃんの言い分はともかくとして。ゲーマーとしては、あまり良い気分はしないのはあるよね」

 どうせなら、そのゲームが好きな芸能人を起用しろ。というのはわたしにも心情的にわかる。まぁ、いろいろ大人の事情で難しいんだろうけど。

「あとねぇ、やっぱイメージ的には、ゲームで金を稼ぐってのは、日本だとまだまだ許容できないって感覚も強くてね。それに根暗っつーか、オタク的な印象も来るんだよね。実際のところはおいといてサ」
「――なんとなく察しました。つまり、日本でeスポーツの知名度を向上させて、上手く産業を発展させたいんだけど、一般の芸能事務所は『生身のアイドル』を広告塔として採用したがらない。世間からの評価も中々得難いのが現状だと」
「……あー、なる。こっちも把握。どうせお兄ちゃん。行政関係の天下りのハゲ親父に、二ッチな隙間産業で働いとる、VTuberとかいうおまえら使うたるわ、つべこべ言わず、ありがたく感謝して仕事せぇとか言われたんでしょ」
「……聡いねぇ、キミら」

 竜崎さんが苦笑する。
 クロちゃん(わたしだけが呼ぶことを許可されている)――わたしのパートナー【桜華雪結】の相方、黒乃ユキちゃんの『生身』が、はぁああああああああ~と、女子らしからぬ、おっきなため息をこぼしていた。
 
「下請けキツいわー。ないわー。美味い汁だけ啜る老害ども、はよ死なねーかなぁ…」
「ちょ、ユキちゃん。やめてくれよ? キミの発言、普段からギリギリアウトで、こっちの寿命縮めてくれてるってのに。そういうのは間違っても公の場で漏らさないでくれよ。ギリギリアウトどころか、今度こそマストでお兄ちゃんの首をホームランしちゃうからね。路頭に迷いたくなければ、言葉を慎もうね。慎めよ。アイドル」
「…わかったわかったわーかってるってぇ~」
「わかってねぇだろォ!! 30代後半男子ナメんなよ10代女子ィィッ!!」
「ふひひ。この若さが羨ましいか? あぁ?」
「異世界に転生したくなくば、その口を慎むことだ。容赦せんぞ」
「あの、兄妹ケンカは家に帰ってから存分にしてください。ただ、ちょっと気になったんですけど、最初に言った【最高クラスの称号の獲得】って結局、どういうことなんですか?」
「あー、それなんだけどねぇ……」

 今度は竜崎さんが、ため息をこぼした。

「さっきも言ったけど、要は『試験』なんだよ。日本政府公認の、eスポーツ産業応援企画団体。そのグループの広告塔に使ってほしけりゃ、来月頭に開催される予定の、なんとかいう対戦ゲームの『フェス』に参加して【最高クラスの称号を獲得しろ】っつー話」
「世も末だわ。マジで大人がそんな話ふってきてんの?」
「まぁ、その発言の是非はおいといて。…大人はいろいろ難しいんだよ。だけどまぁ、単純に、キミらの次の活動内容としては、僕の個人的な意見としては、悪くないかなと思ってるんだよね」
「…はぁ? なんで?」
「このゲームはね、ルール上、3人でチームを組まないといけないらしい。だから、同じ目標を持った、他社のVTuberとのコラボを考えているわけさ。ほら、VTuberのファンから『コラボしてくれ』って要望は多いけど、実際のところ、それぞれに予定があって難しいだろう? 特にキミ達二人の正体は、まだ14歳の女子中学生だからね」
「…永遠の17歳まで、あと3年~。よゆう~」
「ふふ。そうだねぇ」
「そうだ。そうしてお前たちはアッという間に37歳になるんだよククククク。まぁとにかく、話というのはそんなところだ――あっ、唐突にタイトル思いだしたわ」
「遅いよ、なんていうゲーム?」
「レジェンド・オブ・アリーナ。略して『LoA』だったかな。キミたちは、やったこと、あるかい?」