PSYQUI - Don't you want me feat. Such

 週明けの月曜日。
 なんとなく、今日は変化のある一日になるんじゃないかって気がしていた。

 それでも実際は変わらなかった。確認するべき内容、週末の約束、キッカケは、朝、スマホの中で済ませてしまったからだ。

 放課後になれば、いつものように、滝岡と原田と別れて、俺は一人で渡り廊下を進んでいた。

「…ま、前川くんっ、ちょ、ちょっとだけ、いいかなっ」

 それでもその途中で、西木野さんに呼び止められた。上がる階段と、降りる階段。その二択で、今日は上がる側を選択した。

「ごめんね。帰るところだったのに」
「いいよ、大丈夫」

 西木野さんは、図書委員だった。外見は『文学少女』で通し、楽をしようと画策していた彼女は、うっかり図書委員長の役職に選ばれてしまったのだった――という真実をこの前、知った。

「――ご近所のボランティアの話、わたしも、でられるよ」
「ありがとう、朝早いと思うんだけど平気?」
「うん。週末ってむしろ、わたしちょっと早く起きがちだから」

 「今度の日曜日」といった主題の目的語、それから『VTuber』といった代名詞は極力にさけて、西木野さんと少し話ができた。

 進展があったのは『竜崎』さんという女の子のことだった。

「この前の竜崎って人、西木野さんの友達、であってる?」
「そうだよ。竜崎あかねちゃんっていうの。わたし達と同じで中学二年生だよ。ここからちょっと離れた県境に住んでて、中高一貫の女子校に通ってるの」
「そうなんだ。”知り合いのグループ”に一人追加されてたから、誰かなって思ってたんだ」
「あはは…ごめんね。わたしが言うのもなんだけど、ちょっと変わってて、でも悪い子じゃないんだよー」

 学校は不便だ。どこから、なにが噂になるか分からない。

 PCなり、スマホなりを持っていれば、すぐに『炎上』というキーワードが引っかかってくる。

 俺たちは、その実害と影響力を、実際に目の当たりにしているのだ。そうすれば、自意識過剰でバカな俺らだって、さすがに慎重になる。情報合戦の毎日だ。

「ごめんね、もうちょっと、竜崎さんのこととか、いろいろお話したいんだけど、今日は委員があるから」
「うん。時間ある時でいいよ」

 だからせめて、ゆっくり歩いていった。俺たちは棟を移動して、一段ずつ、ていねいに階段をあがった。その先には図書室がある。

「そうだ委員長、俺いま麻雀を勉強中なんですけど、なんかいい本はありませんか?」
「ないですねぇ。ラノベはあるのに、不公平ですよ~」

 謎の選定基準だった。けど、なんとなく気持ちはわかる。そしてあっという間に、図書室の入口が見えてきてしまった。
 
「あ、あとね…本当に申し訳ないんだけど……」
「うん、なに?」
「あかねちゃんにね。昨日の夜、前川くんの住所を聞かれたの。その時は、行ったことないから知らないよって応えたんだけど。なんかね、お昼休みの時に、本人に聞いといてってメールが来てね」
「…えぇ、それは無茶な…ってか、教えるかどうかは別にして、それならラインのグループの方で、直に俺にも聞けばよくない?」
「そうなんだよ~、わたしもそう思ったんだけどさぁ、あかねちゃん、ネットで個人情報を晒すとか、そんな真似はできないって」
「…いやいや、順番というか、優先順位というか、なんかいろいろおかしくね?」
「やっぱり!? わたし間違ってないよね!?」
「うん」

 話を聞く限り、西木野さんも、けっこう苦労してるみたいだ。まぁ俺も確かに「話が噛み合わねぇよ!」とか思ったし。

「えぇとそれで、お昼休みの時にも、無理だよって返して、それでもまだ聞いてくるからね、ちょっとムッと来ちゃって、家が美容院らしいから、自分で調べてみればって言ったら、わかった。って」
「そうなんだ。じゃあ、調べられないこともないかも」
「そ、そうなのっ!?」
「うちの店名。組合にそのまま『前川美容院』で登録されてるはずだから、あとさ、もう全然更新してないけど、うち一応、ホームページがあるんだよね」
「あっ、そうなんだ?」
「うん。俺が小学生の時に作ったやつ。ドメインも生きてるし、電話番号と住所と写真も何枚かのせてる」
「小学生の時に、自分でそんなことできたんだ」

 素直に感心された気がして、俺はちょっと得意げに語ってしまった。

「親にモバイルPC買ってもらって、そっから本読んでいろいろ勉強したんだ。簡単なスクリプトとか、コンピューターの言語とか。あそこの図書館に通うようになったのも、それがキッカケだったからね」
「へー、すごい。じゃあプログラムとか打てちゃうの?」
「超簡単なやつだけ。けど、途中でさ、自分がプログラムを覚えてなんの役に立つのかなって思った時。それよりは、家の手伝いして、仕事覚えた方が、みんな喜んでくれるし、そっちが正しい気がしたんだ。だから本当になんもできないのに等しいよ」

 図書室の前についても、足を止めて話し込んでしまってた。

「前川くんは…」
「うん」
「あ、えっと、ごめんね、なんでもない。それよりも、あかねちゃん、住所が分かるんだったら、もしかしたら、本当にいつか、前川くんの家に行っちゃうかも…」
「それは大丈夫。べつに、お客さんが増えるなら歓迎だし。なんか悪さするんじゃなかったら、ぜんぜん」
「うん。悪さはしないよ。しないと思う。たぶん。…平気?」

 西木野さんの顔が、言葉を続けるごとに微妙になる。うん。俺も心配になってきた。そこでその時、見覚えのある先生がやってきて、西木野さんがそっちを見た。

「あっ、じゃあ、わたし委員の仕事するね」
「わかった。俺は帰るね。じゃあまた、明日」
「うん、また明日ー」

 西木野さんと、軽く手を振ってわかれた。来た階段を降りて、自転車に乗って、まっすぐ家に着く。

* * *

 月曜日は、店の定休日だ。今日も夕飯までの時間を利用して、マネキンに人工毛をかぶせ、カットの練習をしようかと考えていた。

「…ん?」

 そうして住宅街の路地に入り、小道を抜けて、うちの前までやってきた時だ。一台の高級車が停まっていた。ミラーはまっ黒で車内が見えない。

 この辺りだとちょっと珍しいなと思いながら、自転車を降りる。いつも通り、裏手の勝手口に回ろうとした途中で、

「そこの」

 声が聞こえた。振り返ると、高級車の後部座席の窓が開いていた。同じぐらいの年ごろの女子の横顔が見えた。

「店の人?」
「あ、はい、そうですよ」
「前川祐一だな」

 会話の順序がおかしい。

「あと5分経っても来なかったら、ラインで、待ってるから早く帰れって言おうとしてた」

 ついでに、初対面の相手をきづかう気配や遠慮は皆無だ。すでに若干の威圧感が場を支配してる感がすごい。

 ガチャリ。と音がして扉が開く。

 まず自分の興味が留まったのは、やっぱり髪型だった。ショートとミディアムの中間。きちんとしたスタイリストに手入れされた様子が窺えるボブスタイルだ。色は茶髪。というよりは、

「おまえを、試しにきた」
「……」

 あきらかに、生粋の日本人ではなかった。
 外国人とのハーフだ。髪は天然の赤毛。眉は細く、目鼻立ちのパーツが、俺たち東洋人とは骨格からして違っている。けれど即座に『綺麗だ』と脳が判断をくだしてしまえるレベルの容姿だった。

「あたしのことは、知ってる?」
「……えぇと、もしかして、竜崎さん?」
「そう。名前はあかね」

 あと着ている服が、ものすごく印象的だった。襟元と袖口が白くて、残りは紺一色のゆったりとした『ローブ』だ。胸元に十字架の校章があって、通学用の鞄らしいそれを持ってなかったら、それが学校の制服だったとは、分からなかったと思う。

「言っていいよ」
「え?」

 俺に言ったのかと思ったが、扉が閉まり、黒塗りの高級車が発進した。

「祐一の店、駐車場がなかったから、べつの場所で待たせる」
「…あぁ、うん。うちは無いね」

 一応、自家用車はある。けどそれも、昔から付き合いのある、土地持ちの人から場を借りて、その一角に格安で止めさせてもらっている感じだ。

「情報が不足してた。ホームページに追記しておくべき」
「す、すんません……」

 まさか、今では月間アクセス数「0」も珍しくない、小学生の俺が一生けんめいに作った『前川美容店』のページ。開設してから5年後になって、内容の不備に苦情が入るとは思わなかったぜ。

「あとデザインが古すぎる。今時htmlを見るとは思わなかった。改ざん、よゆう。一発でハックできる。セキュリティに意識をくばるべき」
「…いやそこは小学生の俺が右も左もわからず作ったやつなんで。あと図書館の本が古くて。付属のDVD-ROMをインストールして、それでも一生けんめい作ったんすよ」
「努力の対価としての肯定を求める者は役に立たない。世の9割は才能で決まっていると見るべき」
「……くっ!」

 厳しい現実を突きつけてきやがるぜ…。

「祐一の最善解は、己の実力不足を認めること。違う?」
「いえまったくおっしゃる通り……わかりました。前川美容院のホームページには、ただちに『駐車場はありません』の一文を添えておきますっ」
「よき」

 竜崎さんはうなずいた。

「あら祐一? 帰ってきたの?」

 その時ちょうど、店の裏口の方から、母さんが顔をのぞかせた。手には白い軍手をはめていて、作業着のエプロンをつけている。店の表に並べるつもりだろう、観葉植物の鉢植えを抱えていた。

「あら、そっちの子はお友達?」

 反射的に、自転車のストッパーをかけた。

「母さん、それ持つよ。重いだろ。貸して」
「あらあら、ありがとうね。制服に土がつかないよう、気をつけなさい」
「うん」

 母さんから鉢植えを受け取って、店の前に置いた。ついた土を手で軽く払う間に、母さんは竜崎さんに自然な笑顔を向けていた。

「こんにちは。あ、もうどちらかと言えば、こんばんは。かしら」
「こんばんは。本日は、そちらの前川祐一くんに、ご用があってきました。あ、ご挨拶が遅れました。わたくし、竜崎あかねと申します。清沢女学院の中等部に通う2年生です」

 竜崎さんが真面目に言った。やっぱり表情も口調も堅いし、どこか愛想がないんだけど。なんかさ、俺に対してのそれと、やっぱ態度違うよね? 猫かぶってる?

「これはごていねいに。祐一、上がってもらいましょうかね」
「えーと、俺はいいけど。竜崎さん、時間平気なの?」
「平気。迎えは待たせてあるから」
「あ、さっきの車」
「そう。うちの運転手」
「へー…」

 一瞬、でもこの辺りだと駐車料金かかっちゃうよな。なんか待たせるの悪いなぁ、とか小市民的な考えが浮かんだけど、すでに目前では『お金持ちのお嬢様ですがなにか質問ある?』というオーラがナチュラルに展開されていて、やはり一般ピーポーな俺は、母の薦めもあって「どうぞどうぞ。狭いところですが」という、よきにはからえなムーブを展開するのだった。
sage